16殺し合う恋人
今さらの、銃を向けながらの涙。とりあえるはずがなかった。
俺はM97の引き金に指をかけ、流煌の胸元を狙う。
「命令された通りなんだろ……キズアトの奴には逆らえない。違うか!」
俺の問いに、流煌は涙をぬぐわずに答える。
「そうだけど、そうだけど、思い出すんだよ。騎士くんのこと。ずっと機械いじりばっかりやってて、友達も少なかった私に、声、かけてくれて。祐樹先輩や、色んな子と、友達になれて、私嬉しくて……」
なら、その銃を降ろしてくれ。
キズアトの奴の魅了から脱して見せてくれ。
フィクスとして俺を踏みにじったことを謝って、二度と離れないと誓ってくれ。
渦巻きそうになる俺自身の思い出を、棺に閉じ込めるように。
「フィクス。不正発砲と、殺人未遂及び、警察署を破壊した秩序紊乱の罪だ。断罪者、丹沢騎士の名において、断罪するぜ」
俺は断罪者、丹沢騎士。それだけを言い聞かせて、M97の銃身を握る。
幾分頭が冷静になって、相手とこちらの戦力が分析できた。
フィクスの銃は、9ミリルガーを使うオートマチックハンドガン、シグザウアーP220が2丁。腕前はいいから、この距離だと外さないだろう。
他方で俺の銃はショットガン、ウィンチェスターM1897。銃身内の12ゲージバックショットは拡散する。腕前に劣っても、この近距離だとあまり関係ない。
俺の方は、二発撃てれば確実にフィクスを殺せるだろう。他方でフィクスのP220は単発だが、俺の頭部や心臓を貫いて殺すことは容易いはずだ。
要は、早撃ち勝負ということになるのか。
達人同士の剣の勝負で、先に動いたら負け、という場合があるらしい。
俺は達人などではないが、流煌との間で、互いの挙動をけん制しながらこう着状態になった。
彫像のように銃を構える姿を見つめていると、奪われたはずの記憶がぼんやりとよみがえってくる。
流煌は女子の群れから外れており、印象が薄かった。化学の授業になると活発だったくらいだ。
あるとき、俺の気を引こうとして微笑みかけてきた女子が、くだらない噂話にうつつを抜かしているのを見た。二面性に幻滅したのを覚えている。
その後、一歩引いていた流煌がむしろ新鮮に思えた。帰宅部らしいから何をしているのかと思ってついていったら、自宅のガレージで一心不乱に飛行機の模型をいじっていた。見つかって慌てたのが昨日のことのようだ。
初めて先輩の知り合いのライブに行ったとき、ギターのコードを鳴らしたとき、想像の中でスポットライトを浴びる俺は、目の前に流煌の姿を想像していた。
ただ音楽が好きだったのか、流煌に見て欲しいからギターを覚えたのか。二つの気持ちは、ないまぜになって分からないくらいだ。
なんでこんなことを思い出すんだろう。俺に銃口を向けたまま、流煌が微笑む。紅い瞳から、こぼれる涙は止まらない。
「騎士君を撃てなかったときね。わたしは、わたしが許せなくなった。ご主人様に見いだされたのに、騎士君を忘れられない私が。ご主人様以外を見ることは最低の罪だって分かってるのに。それで、頼んだの、騎士君を殺して、死なせてくださいって」
この事態の筋書きは、全てキズアトが仕組んだんじゃないのか。流煌もまた、こうなることを望んだというのか。そこまで、あいつを愛しているのか。
奥歯を噛み締める俺に構わず、流煌は続ける。
「ご主人様は褒めてくれた。それでこそ、ハーレムズの一員だって。私、嬉しかった。すごく、すごく、幸せだった。今も、今もそのはずなのに……なんで、涙ばっかりこぼれてくるんだろう。なんで、あなたとのこと、たくさん、たくさん、思い出すんだろう」
また涙が瞳を満たす。こぼれる液体をぬぐおうと、少しだけうつむき加減になる。
見逃すわけにはいかなかった。
M97のトリガーを引き絞る。流煌は気配で察していたのか、射撃直前で廊下へ退いた。
散弾が廊下の窓を割る。俺がスライドを引くと同時に、P220を持った流煌の手だけが、部屋に差し入れられる。
顔も身体も出してこない。闇雲な連射で俺を仕留めるつもりか。
9ミリ弾で貫ける面積は小さい。だが、P220の装弾数は十発を超える。部屋は狭いし跳弾もある。乱射され、どこかを負傷し、動きが鈍ったところへ手榴弾でも投げ込まれれば、それで終わり。
一発、二発。銃弾がロッカーや壁を叩く中、ガンセーフの扉を開ける。皮紐を引いてM97を背中に回すと、両腕で頑丈な扉に張り付いて銃弾から逃れる。
流煌は九発も撃ちやがった。一発が俺の前髪をかすめ、扉の裏の鏡を割った。
次は撃たせられない。膝射の姿勢で散弾を放つのと、流煌が手を引っ込めるのはほぼ同時だった。
散弾の一部が、P220の銃身を掠めて、流煌の手から弾き飛ばす。片手は封じた。
次の銃弾が来ない。もう一方をリロード中。こちらにはまだ散弾が一発。
そう読んで前進するが、次に出た流煌の白い手が、フラッシュグレネードを握っていた。
「くっそ!」
撃った瞬間目を閉じた。銃声と同時に鼓膜をつんざく音と、まぶたを引き裂くほどの光が辺りを埋め尽くす。
もう弾は無い。だが、散弾で炸裂させた分、俺より流煌の方が近くで強く音と光を浴びたはずだ。
その可能性にかける。M97の銃剣を振りかざし、突進する。
右側に引っ込んだのは分かっている。出た瞬間に振り向くと、流煌が退こうとしているのが見えた。
感傷は消えている。白いブラウスに包まれた、華奢な胴体に向かって、銃剣の先端を突き入れる。
だが流煌は反応し、身をひねってかわす。刃は服の脇をわずかにそれて、真白い肌を赤く染めただけ。
しかも人差し指のない手からこぼれたのは、ピンのない手りゅう弾。まだ持ってやがったのか。
俺はドアを閉じながら、更衣室へ引っ込む。転がるように、ガンセーフまで逃げ込み、扉の影で頭をかばってうずくまった。
轟音と共に、爆風が通り抜ける。
フラッシュグレネードから耳が回復し、ぱらぱらと瓦礫が落ちる音が聞こえる。
俺は辛うじて無事だった。乱暴にガンセーフを開けた瞬間、断罪者のコートが背中に降りて、ちょっとした防御になったらしい。足の傷は相変わらず痛むが、この手榴弾で受けたものじゃない。
ため息をついてポケットを探ると、かさと不審な感触がする。
取り出すとメモだった。こう書いてある。
『できれば屋上に引き付けて ユエ』
「なんだこりゃ……」
いつの間に入れたんだ。あいつが出るとき、俺にぶつかったが、あのときか。
そういや、ギニョルも使い魔がくたばる間際に言っていた気がする。
流煌とは俺が直接決着を付けたい。
だがどうも、一筋縄ではいかなそうだ。
それに、さっきからずっと、流煌とのことを矢継ぎ早に思い出している。
「くそ……」
コートを探って、タバコとライターを取り出す。そんな場合じゃないのは分かっているが、一服やってあのときとの違いを自分に植え付ける。
あいつは強い。また武器をかき集めてくるかも知れない。それに、キズアトの蝕心魔法で殺意を固定した以上、あいつ自身の感情がどうでも、確実に俺を殺しに来る。
対する俺はといえば、手が震えやがる。
蘇ってくるのだ。
笑顔が、か細い体の感触が、二人で見た飛行機の光景が――。
「屋上」
ここは三階だ。どちらかの突き当りから、階段を目指すのは難しくない。幸いなことに流煌とは手榴弾の爆発である程度距離が取れている。
煙草を落とすと、銃床でもみけし、俺は再び立ち上がった。
夕暮れが近づき、蜜色に染まった廊下に出る。
流煌が居ないのを確認すると、床が抜けたコンクリの端を伝い、階段を目指す。
脚をかばいながら、少しずつ進む。
流煌か、俺か。
決着のときが、近づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます