12疑惑と自首


 ギニョルがテレビを消した。重苦しい沈黙が横たわる。


「騎士以外に、フィクスを見た者は手を挙げろ。わしは見たぞ」


 黙って上げたのは、ユエとクレール。

 フィクスの姿を見たのは、俺だけではない。幻覚ではなかったのだ。

 他方で、あまり人相を詳しく確認しなかったガドゥ達は、分からなかったみたいだ。居たとみなして構わないだろう。


 あの場に居たということは、フィクスがキズアトから何らかの影響を受けた可能性が高い。もっといえば、銃を持てば手が焼け付くという蝕心魔法を解除され、キズアトに関する記憶も戻り、ハーレムズとして復帰する可能性さえ考えられる。


「視察が明け次第、あやつを拘束すべきじゃな。異論のある者はおらぬな」


 俺は言葉を飲み込んだ。何も言いようがなかった。


「もっと早いほうが、いいんじゃない? 何か方法はないかな」


 暗に、拘束だけでいいのかとたずねるユエ。十日前の会話が本当なら、こいつは約束した通りに、フィクスを撃ち殺すのだろう。


「ふうむ……じゃが、今日明日は視察をやっておるな。テレビカメラに見つかれば、日ノ本に恥をかかせて、ひいてはこのポート・ノゾミを危険にさらすことにもなる」


 銃弾と魔法が飛び交い、炎がはしる断罪なんて絶対に無理だ。そもそもあの場に居たというだけでは、断罪法に触れない。

 といって、このまま二日後まで放っておいたら、次はハーレムズとして銃撃戦ということも考えられる。


 どうすればいいのだろうか。ギニョルはしばら考え込んでいたが、やがて何か思いついたらしい。


「……よし、騎士、ユエ。お主らは人目を避けて家に帰り、フィクスの帰りを待つのじゃ」


「え、でも、のこのこ帰ってくるかな? ハーレムズに戻ってたら、もう」


「フィクスは、僕たちがテレビを見たことは知らないと思う。恐らく、前と同じような振りをしてお前達を狙うに違いない」


 クレールの発言はありうる話だ。この十日間で俺もユエもすっかりフィクスの居る暮らしに慣れてしまった。


 俺の方は、紛争前を思い出すほどに。まあ、一緒に住んでたわけじゃなかったが。

 無言の俺を察したのか、スレインが言った。


「……ギニョル、騎士には辛い行動ではないか」


 妻子と暮らしているスレインらしい発言だが、ギニョルの答えは予想できた。


「だめじゃ、騎士がやらねばならん。ユエだけでは警戒されよう。殺してしまえば、キズアトに辿り着くこともできんし、何より、これは騎士が断罪者足りうるかの試金石でもある。スレイン、お前にそれが分からぬわけもあるまい」


「むう……それはそうだが」


 スレインが首を回して俺を見る。全員の視線が集中した。


フリスベルが心配そうに眉根を寄せている。ガドゥは頭をかいてバツが悪そうだ。クレールは関心が無さそうだが、唇をきっと結んでいた。


「騎士くん……やっぱり私が、戦おうか?」


 ユエの心配そうな声は、聞きたくなかった。

俺もまた、先へ進む必要があるのだ。顔を上げて、全員を見つめる。


「……あのコンテナの、家主は俺なんだ。俺だって断罪者だ、自分の過去ぐらい、自分で向き合うよ」


 フィクスを、流煌を、断罪することになるかも知れない。

それでも、行かなければならないのだ。


「騎士……」


 ガドゥが顔を伏せた。同族との戦いの果てに、弟を殺すことになってしまったのだ。俺の痛みを想像してくれたのだろう。


「ギニョル、策はあるんだな?」


「うむ。フィクスがハーレムズに戻った場合と、そうでなかった場合と、な。お主らとクレールが協力することになるのう」


 クレールか。フィクスを制圧するためにも、キズアトがどんな蝕心魔法を使ったのか見極めるためにも、吸血鬼の協力は欠かせない。


 十日前に殴られてから、最悪の関係で声をかけにくい。フィクスのことでこいつに何かを頼むのは初めてだ。


「クレール、頼めるか」


 俺の言葉に、クレールは赤い瞳を細めた。


「やるよ。ギニョルの命令だから、いや、キズアトと同じ吸血鬼として、フィクスのことは全力を尽くす。まだ昔に戻れると思っている、お前の軟弱な根性はいけすかないけどね」


 俺は苦笑した。


「言いやがったな。ま、よろしく頼むぜ」


 話はまとまった。後は、あの部屋で、鬼が出るか蛇が出るかだ。



 午後三時。俺とユエはコンテナハウスへと帰り着いた。

 フィクスはまだ到着していなかった。


 新たに加わった、食堂スペース。何度かフィクスを囲んで食事をしたそこで、俺とユエはコップに入った水を置いて、無言で向かい合っていた。


 クレールはザベルの食堂の庭に潜んでいる。使い魔を使ってギニョルが連絡する。このコンテナには入口が一か所しかなく、フィクスを招き入れてしまえば、逃がすことはない。


「……ねえ騎士君、本当に、いいのかな?」


「お前が言うのかよ。仕方ないだろ」


「でも、もし、もしもフィクスが、何もなかったなら」


「キズアトが、何もないで済ます奴かよ」


 それだけは確実だと思う。たった十日だが、一緒に住んだ。流煌だということがなくても、断罪するのにいい気分はしない。


「そもそも私が、フィクスを奴隷にするなんて言わなきゃ、こんな面倒な事にはならなかったかも知れない」


「おいおい。言い出したことくらいは守ってくれよ。俺の立場がないぜ」


「うん……」


 ユエの口調は冴えない。ヴィレを失ったことを、重くとらえているのだろうか。親しい人を失くすことが、怖いのだろうか。


 いずれであっても、もう後戻りはできない。

 そのことを示すように、ドアベルが鳴った。


 扉には錠があるが、フィクスは合い鍵を持っている。


 俺は無言で目配せをした。ユエは黙ってうなずいた。


 俺はM1897を取る。ユエもP220のスライドを引く。

 階下の明かりは消してある。フィクスが、階段を上る音がする。


 上がってきた人影にショットガンを突きつけ、スライドを引いてバックショットを装填。ユエもまた、ハンドガンを突きつける。


 まぶしそうに細めた、紅い瞳。それ以外は全て、七年前と同じ姿のまま、流煌は俺を見つめていた。


「動くな。フィクス、お前を拘束する。俺だけじゃない、ユエも狙ってる」


 距離十メートルに満たない。この距離で、ユエに狙われることの意味は、断罪者を知る者なら分からないはずはなかった。


 ため息。フィクスは困った様に微笑んだ。

 手錠をかけられるように、細い両手を眼前で合わせて、俺達の前に突き出す。


「ヘイトリッド家の御当主を、お呼びください。どうぞ私を、拘束なさってください。ご主人様」


 この十日と変わらぬ調子で、フィクスはそれだけ口にした。

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