11日ノ本領、ポート・ノゾミ


 あのバーは、クレールと行った吸血鬼の行きつけの店だった。店主はキズアトと同じくらい身分の低い吸血鬼だが、なかなかやりての男で、ダークランドを思い出させる調度品を整え、料理も完備して集客を行ない、じわじわと人気を増やしていた。


 そこに居た、あの連中はなんなのかといえば、GSUMにたかる蟻みたいな奴らで、領地のない名家の末弟たちだった。普通ならダークランドで飼い殺しになるところを、紛争での一発逆転を狙って、ポート・ノゾミにでてきやがった。


 家の名前もあり、GSUMに入ったものの、能力が足りなかったり、競争の激しさについていけなかったりで、あの店にたむろしていたそうだ。


 俺が気絶した後、やってきたギニョルたちに取り調べられた奴らは、断罪者への暴行および、不正発砲や蝕心魔法の不法使用などのしょぼい罪で、数年の施錠刑をもらった。酒もつまみもいいバーだったから、あいつらが抜けて、また客足が戻るといいんだが。


 俺の負傷は、フィクスによる手当てもあり、一日寝ると完全に回復した。書類が積みあがって大変ではあったが、断罪者としても大きな穴は開けなかった。


 ユエではないが、俺の思考や行動はかなり甘く、考えが足りないらしい。バーの喧嘩で負傷して休む奴なんて、他の断罪者で見たことがなかった。



 十日が経って、三人での共同生活は、意外にもうまく回っていた。


 俺もユエも、仕事は断罪者。急な事件が起こったら、帰りや休みが不規則になる。二人で住んだところで、どうせ部屋が散らかりがちで、ザベルのところでの外食が多くなるところだった。


 そこをフィクスは補ってくれた。記憶を失ってなお、ひととおり以上の家事は可能で、料理もザベルと比べれば落ちるが、なかなかの腕前なのだ。


 フィクスの存在で、部屋は綺麗になってベッドも整い、快適な毎日となった。特に大きな事件もなく、ギニョルは、力の落ちたホープレス・ストリートの掃討を考え始めた。


 が、その計画は簡単に崩れた。


 日ノ本による視察の連絡が、急遽テーブルズに入ったのだ。


 抜けるような青空に、マンションの白い壁が映える。


 ノイキンドゥに隣接する、高級住宅街。中央にある公園広場では、視察式典が盛大に行われていた。


 マンションに囲まれた広場の中心には、赤い毛氈もうせんが敷かれた演壇が設けられている。その台上で、上等なスーツに真っ赤なネクタイをした初老の男が、同じくモーニングで凛々しく決めたオールバックの吸血鬼と握手を交わしていた。


 初老の男は、現日ノ本首相である、山本善兵衛。吸血鬼は、マロホシと並ぶGSUMの首領にして、島の経済をほぼ牛耳る吸血鬼、ミーナス・スワンプことあのキズアトだ。


 握手を終えた二人は、それぞれの裏ポケットから、豪奢な彫刻が成された、翡翠の判を取り出した。先にキズアト、そしてその後に善兵衛が演壇の書類に押印する。


『ただいま、山本善兵衛総理大臣と、異世界人ミーナス氏による、ポート・ノゾミ特別区の新たな振興協定が結ばれました』


 警察署のオフィス。五人分の机の中央に置かれた画面から、女性アナウンサーの声が響く。ここまでのことは、俺達の目の前でなく、全て映像の中だった。調整により、中継車の電波を拾えるようになった液晶テレビ画面の中のできごとだ。


 視察式典の列席と警護は、自衛軍が完全に仕切る。俺達断罪者は、参加も警備も許されないどころか、カメラが帰るまでは自宅に戻ることもできず、この警察署に押し込められてしまう。


 日ノ本にとってはそれも当然で、島にはすでに議会と法があり、断罪者が居るなどと、口が裂けても国民に知らせられないのだ。


「けっ、なーにが振興協定だ。キズアトの奴なんかに、尻尾振りやがって」


 ガドゥが悪態をついて、机の上に足を上げる。


 追随する奴はいない。ただこの場に居るガドゥ以外の全員つまり、俺、ユエ、クレール、ギニョル、フリスベル、窓から部屋に首を突っ込んでいるスレインは、同じ気持ちだったに違いない。


 紛争から二年、テーブルズに山本というアグロス人代表を出しているくせに、日ノ本はポート・ノゾミが自国の領土だと主張している。そして、国内と国外向けにそれを裏付けるため、たびたび首相が国営放送のカメラを連れてやってきて、島の様子を撮影させる。


 それが通称“視察”。公会もキャンセルになり、ホープレス・ストリートさえしばらく静かになる。自衛軍にはわりと早く予定が知らされるそうだが、俺達断罪者が知れるのは、山本からテーブルズを通した後だ。連中が帰るまでは完全に身動きが取れなくなる。


 警察だけなら、まだぶつかってもなんとかなる。だが、日ノ本という国に逆らったら、この島は再び紛争地とされ、さらに大量の自衛軍が送られてくるだろう。そうなったら、いよいよバンギアに血の雨が降る。


 茶番だろうと乗ってやるしかないのだ。

 漂う無力感を打ち消すように、フリスベルが明るい声を出す。


「でもこの、テレビというものは不思議ですね。まさか魔法も使わず、離れた所のものが見えて、分かるなんて」


 ローエルフだから見た目は少女だが、324歳という最年長だけあって、気遣いができる。クレールがそれを継いだ。


「日ノ本では、決まった時間に色々な番組を放送しているそうだな。ユエ、お前が好きな映画やアニメというのも、このテレビで放送されたものなのか」


「うーん。そういうのもあるし、人気出たら映画になったりもするんだよねー。っていうか、この画面ってすごいよね。下の機械組み替えるだけで、ゲームできたり、映画やアニメ見られたり、電波受けてテレビになったり」


 ユエが興奮した様子でまくし立てる。なにかもう視察のことそっちのけに見える。


 紛争までは考えたこともなかったが、現代のテレビは本当に多機能だ。鮮明な映像だけでも珍しく思うバンギア人からすれば、娯楽にまで使えるDVDプレイヤーや、ゲーム機は魔道具にすら見えるのではないか。


「魔道具でもこんな便利なものはねえな。色々アグロスのものも入ってきてるから、そのうちこっちでも放送が始まったりするかもな。すげえことだぜ、離れた場所の情報が、そのまま見えて伝わるなんて」


 ガドゥは機嫌を直したらしい。


 画面は、三呂市の自衛軍基地から来た軍楽隊と、崖の上の王国から来た魔法騎士団の楽隊の合同演奏を映している。


 この後しばらくしたら、映像が切り替わって、日ノ本が作り上げたポート・ノゾミのイメージが流れる。つまり、指揮官から二等兵まで規律の正しい自衛軍であり、穏やかに支え合って生きるアグロス人とバンギア人であり、許された範囲で日ノ本の技術を模倣し、労働に励む人間と同じ姿のバンギア人たちだ。


 国営放送の流す式典と中継映像を、日ノ本の誰が疑うだろう。


 ため息をついて、ギニョルがリモコンを手に取る。


「……そろそろいいか。この二日の間に、書類の溜まっている者は仕上げておくといい。手の空いた者は射撃場だ。不測の事態も起こらぬとは限らん」


「待ってくれ!」


 俺は思わず叫んでいた。


 画面は、この日のために美しく飾られた、マンションの方を映すところだ。


 アナウンサーの紹介では、住人が一室一室に植木鉢と花を用意したと言っているが、実際には、前の芝生に植えられたスイートピーのような植物が十階建てのマンションの窓辺につるを伸ばして、可憐な花を咲かせている。


 恐らく、ハイエルフの現象魔法で安い花を一時的に大きく成長させたのだ。費用を浮かせて、使われた予算はどこへ入るのだろうか。


 いや、それは肝心なことではない。


「騎士、一体どうした?」


 窓から伸ばした首を折り曲げ、スレインが俺にたずねた。


「……フィクスが映ってる。なんでここに居るんだ」


 住人の一人として、日ノ本の旗を振っている黒髪の少女。それは紛れもなく部屋に居るはずの、フィクスだった。


 その笑顔は、中央の演壇で手を振る、キズアトの方に向けられていた。


 詳細を確認する前に、映像が切り替わる。自衛軍の兵士達が、戦車や装甲車を中心に、隊伍を組んで行進する様子がえんえんと映されていた。

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