2敗北をそそぐ
這う這うの体で警察署に帰り着いた俺達を待っていたのは、ねぎらいでは無かった。
スレイン達をよこして、俺達を助けたギニョルだったが、執務室で俺とフリスベルの報告を聞くなり、身を乗り出した。
「何じゃと、キズアトと接触したのか! ハーレムズまで見たのじゃな!」
「見たどころか狙われたぜ。あいつらシクル・クナイブに復讐する気だ。勝手にやれって言ってたから、わざわざ俺達の邪魔をしてくることはないんだろうが」
あれだけ恨み抜いていたはずなのに、いざ対峙すると迫力に飲まれちまった。
いくら流煌の銃口が光っていたとはいえだ。あのクレールが、一発でKOされたのも大きい。
「うーむ……恐らく奴らも、シクル・クナイブの正体、実行したメンバーまでは知るまい。たどるとすれば、依頼者の線じゃろうな」
シクル・クナイブは、エルフという事以外、詳細が一切不明の暗殺ギルドだ。断罪者のフリスベルでさえ、その詳細を知らない。今までの事件では、被害者から依頼者を見つけ出す所までは行ったが、彼らが知るのは、島の決まった場所から、決まった日に依頼の手紙を瓶に乗せて流したという所まで。
流れ着くのは島の南、元三呂空港だったポート・キャンプのどこかだろうというのは分かっている。だが、そこで誰が手紙を受け取り、どうやって依頼が実行されたのかまでは明らかになったことがない。
考え込むギニョルに、フリスベルが言った。
「キズアト達は、ポート・キャンプまで踏み込むつもりでしょうか」
ポート・キャンプ。ホープレス・ストリートとはまた別の意味で厄介な場所だ。ポート・ノゾミの清潔な環境やアグロスの最新の道具を求めて、大陸中から集まったバンギア人が勝手に住んでいる。
この島の何が厄介かというと、込み入った勢力図だろう。本島の方は、俺達がある程度仕切っているが、ポート・キャンプはというと、小さなバンギア大陸と言っていい。殺人や大口の禁制品取り引きなど、大きな事件なら、俺達断罪者が介入するが、そうでない事件は身内で片を付けることも珍しくない。
シクル・クナイブは、ここのどこかに居るらしいという情報しかないので、俺達が出て捜査を始めると、
が、俺は思い出した。あの怒りと悲しみの表情。取り繕った外面の全てを捨ててまで、キズアトは復讐の邪魔になる俺達を殺すつもりだった。それほどの奴が、手を出すと面倒ぐらいの理由で、復讐を諦めるはずがない。
「あやつ本人が行くかどうかはともかく、ハーレムズは確実に送り込むじゃろうな。騒ぎや犠牲も、気にはするまい」
ギニョルの言う通りだろう。ハーレムズの奴らは法など知らん。主人のキズアトの下に、依頼者と実行犯を連れ帰るまで、何だってやるに違いない。
さすがにそれは、見過ごして置けない。被害者は、恨みを買う事に納得が行くほどの、ひどい悪党ばかりなのだが。シクル・クナイブによると思われる殺人は、断罪者ができて2年の間に、数十件に達する。
いい加減、本腰を入れて捜査してもいい頃だ。
深いため息をつくと、ギニョルは立ち上がった。
「騎士、フリスベル、それにユエであちらへ向かって、シクル・クナイブについて探れ。まずは接触から、話し合いに応じればともかく、そうでなければ断罪して構わん。ただ相手の規模も狙いも分からん、早まった真似だけはするな」
そのメンバーに俺とユエを加えるあたり、どうなんだろうと思うが。
まあ、現象魔法と格闘術主体であろうエルフ達に、銃器のうまいユエをぶつけるのは有効だと思う。
「ハーレムズの連中は、法に触れ次第、断罪だ。今のところは、連中の脅威の方が大きい」
流煌と戦うことになる可能性も、あるに違いない。あいつはキズアトのお気に入りで、信頼も置かれている。渡り合うには、狙撃手であるクレールか、一度あいつの銃を破壊したユエの力が必要だろう。
ギニョルが左目に魔力を集めた。シャッターの向こう側で、ねずみや、からすが光っている。
『残りのメンバーは、こちらの島で出動態勢を整えておく。騎士達がいつ呼んでも、対処できるように。ただ、キズアトが個人的な事情にかまけておる今、くだらんことを企てる輩が出るかも知れん、ゆめゆめ油断せぬように』
つい先日派手に戦った自衛軍と将軍に、下僕をぞろぞろ連れたマロホシ。バルゴ・ブルヌスだって調子に乗るかも知れない。俺達断罪者がにらむべき相手は、シクル・クナイブやキズアトだけじゃない。
「おい待て、ギニョル!」
執務室を蹴破る様に入って来たのは、クレールだった。
その顔色は、いつにもまして青白い。汗もうっすら書いているようだし、キズアトに見せられた悪夢の影響が消えていないのだ。
「捜査なら、僕を連れていってくれ。見も知らぬポート・キャンプの連中から、蝕心魔法なしで、いい結果が得られるとは、思えない」
必死の形相のクレールだが、ギニョルは表情を動かさなかった。
「わしの命令が聞こえなかったのか。お前は警察署で待機しろ」
俺とフリスベルを押しのけ、クレールはギニョルの机を叩いた。
「馬鹿な! せっかく活動縮小の動議も解けたんだぞ。蝕心魔法を、吸血鬼の僕を活かさないでどうする。お前にこんな、愚かな判断ができるとは信じられん」
犬歯をむき出し、赤い瞳でにらみつけるクレール。キズアトには及ばぬまでも、ブチ切れた吸血鬼の迫力は十分。よほどプライドに据えかねたらしい。
ギニョルはため息を吐くと、クレールが散らした机上の書類を、かき集めて整えていく。
「……お前こそ、自分で分かっておろう。蝕心魔法の行使には、術者の精神の安定が不可欠じゃ。お前の精神は、誰がどう見ても万全とは言えぬ。本来なら屋敷に送り返して、一週間は休んでもらう所じゃが、この事態ゆえ、待機要員に加えた。万一のとき、いや、いずれ必ず働いてもらうことになるが、それで不満なのか?」
何かを言おうとして、ぐっと飲み込んだクレール。
これ以上は自分のわがままだと悟ったのだろう。
「連絡はわしらが取り次ぐ。必要なときは呼ぶから、仮眠室で休んでおれ。それがお前の、断罪者としての最善じゃ」
クレールが踵を返した。叩き付けるように執務室のドアを閉め、そのまま部屋を出て行った。フリスベルがおどおどと、その後姿をうかがっている。
気配が遠ざかると、ギニョルが疲れた様につぶやいた。
「……やれやれ、やはり100歳過ぎでは若かったかのう」
「そう言うなよ。あいつ多分、初めて負けたんだ」
吸血鬼でも有数の名家である、ヘイトリッド家に生まれ。アグロスの銃さえなければ、吸血鬼でも最強と名高かった父親の薫陶を受けて育ったのだ。
実際、剣の腕は体格で劣る年上のカルシドを上回ったし、吸血鬼のたしなみの蝕心魔法にしたって、並のエルフじゃ全く抵抗できない程度には強力だ。断罪者となるために、嫌っていた銃の扱いさえ習得し、狙撃は橋頭保で見せたほどの腕前だ。
年若い身というのなら、実力相応のプライドを持っていても、不思議じゃない。
そんなクレールをキズアトの奴は軽く上回ったのだ。しかも奴は、吸血鬼の間では名字を名乗ることすら許されない最下級の家柄だという。
クレールにとってこれほどの屈辱はないだろう。
「……あの、ギニョルさん、私、ちょっと」
「うん? ああ、クレールなら放っておいて構わぬぞ、自分のすべきことは分かっておろう。まあ、一日は休めるじゃろうし」
「でも、やっぱり気になります。少しクレールさんと話をさせてください。ご迷惑は、おかけしませんから」
必死に頭を下げるフリスベル。学校の先生に何かを頼み込む少女に見えるが、これでもギニョルより何十年か年上だ。
真摯な雰囲気に打たれたか、ギニョルはしぶしぶ言った。
「仕方がないのう。行くがいい。ユエよ入れ。騎士も、捜査の期限と段取りをつけよう」
「……どうかしたの、クレール君とフリスベル」
「気にしなくていいぞ。それより、お主らこそ十分に気をつけることじゃな」
あからさまな抗争の場では、ないと聞いているし。
アグロスの三呂の様に、断罪者の存在が認知されないわけでもない。
だが、ポート・キャンプという場所は、油断のできないところだと聞く。
「ユエ、騎士。そなたらには、日ノ本の汚名をすすぐ成果を期待するぞ」
言ってくれる。
俺はユエと顔を見合わせた。
今度は、核心までギニョルのサポート無しだ。
俺だって、やられっぱなしが好きなわけじゃない。
流煌やキズアトの影があろうと、捜査をこなして見せよう。
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