3暴走
俺とユエは、日ノ本に行ったときと同じ、ポートレールの駅前に集合した。
時間は午後3時。あのときと違うのは、俺もユエも魔法による変装をしてないこと、それに持ち込む銃器と弾薬の量だ。
断罪者のコートに、ケース入りのショットガン、M1897。自衛軍の横流し品の迷彩のバッグには、メモに筆記具、ガドゥが渡した魔道具、ショットシェルとスラッグ弾が詰め込んである。
ガラガラと音がするユエのリュックにも、シグザウアーP220用の9ミリ弾とマガジン、SAA用のロングコルト弾がひしめいているに違いない。
戦争でもやりに行くのかという感じだが、わけのわからない場所に行くときは、正直これでも少ないくらいだ。いや、俺が毒されてしまったのだろうか。
頭上を走るポートレールのホームに、車両が入ってくる。
エルフに吸血鬼、悪魔、バンギアの人間などを満載していた。ドラゴンピープルはさすがにいない。最初こそ危険な鉄の蛇なんてえらい怖がりようだったが、すっかり便利さに慣れちまっているらしい。
日ノ本政府はアグロスに行く便について、厳しい規制を敷いている。しかしこのポート・ノゾミとポート・キャンプを往復する便については、橋頭保で発券されるパスのみで行き来を許している。蝕心魔法や、操身魔法の探査は無い。銃だって持ち込める。
アグロスでは、ポート・ノゾミを日ノ本と言い張りながらも。バンギア人の力を借りる事なしに、島の社会が回らないことは認めているのだ。
紛争後や、紛争の末期にやって来たバンギア人には、とりあえずポート・キャンプに住みながら、ポート・ノゾミに働きに出て来る奴らも多い。
ホープ・ストリートで働く娼婦や男娼、その周辺の酒場などで働く店員、また、マーケット・ノゾミの夜間荷受けに来る奴らなど。階段を下りて来る種族はばらばらだが、ほとんどがアグロス人だ。
銃を携え、断罪者の恰好をした俺達に、連中は奇異な視線を向けながら過ぎて行った。
「……目立っちゃうね。やっぱり、これ着てない方が良いかな」
ユエがポンチョを脱いだ。ブラウスを押し広げる見事な胸の脇に、自衛軍と同じ、P220が。左の腰には、SAAだ。オープンキャリーってやつか、銃口が見えっ放し。それでも断罪者のポンチョよりはいいだろうか。
俺もM97を下ろすと、コートを脱いでバッグに詰め込んだ。
「考えてみりゃ、あっちじゃドンパチしかしてねえしな」
聞き込みやるにも、警戒されちゃ話にならない。こんな事なら、エルフにはすぐばれるにしても、ギニョルに操身魔法をかけてもらえば良かったか。
まあ、ローエルフのフリスベルが来てくれるのだから、そのあたりはもうちょっと柔軟にできるようになるだろう。
そう、思ったのだが。
「騎士くん、今もう、5時半だよね」
「ああ」
「集合と出発は?」
「5時、ちょうどだ」
あほみたいに、ぼーっと待っていも、一向にフリスベルが来ない。
準備に戸惑うとか、時間にルーズな奴じゃ決して無いというのに。
こういうとき携帯があれば便利なのだが、残念ながら、島にアンテナが存在していない。一部の建物の固定電話と、イェンしか受け付けない公衆電話が何とか生きているだけ。
仕方ないから連絡を取ろうかと思っていたら、ユエの胸元が光った。
「あ、ギニョルからだー」
「まだそこに入れてるのかよ、使い魔」
しかも日ノ本のときと、同じねずみじゃねえか。一応、使い魔も生き物な以上、人の好き嫌いがあるらしいが。
ユエのブラウスから顔を出したねずみは、目を光らせて喋り始めた。
『騎士、ユエ。とっととポートレールに乗れ』
「いや、フリスベルが来てねえんだよ」
『構わん。あやつならクレールと共に、もうポート・キャンプに入っておるじゃろう』
何だそりゃ。フリスベルが先に出たこともだが、クレールが一緒だと。
「どういうことなの、ギニョル」
『簡単じゃ。クレールのやつ、フリスベルを言い包めて捜査に同行しおった。銃と弾薬、マントまで持ち出しておる。キズアトの部下どもに先駆けて、シクル・クナイブと接触するか、あるいはハーレムズの連中と戦うことも頭に入れておろう』
立派な命令違反じゃねえか。
俺は思わず、両手を叩きつけた。
「あいつ、そこまで頭に血が上ってたのか!」
『フリスベルの奴が同情したのもあるじゃろう。とにかく、お前達もすぐにポート・キャンプへ向かい、二人を見つけて合流することじゃ。どうせクレールは帰らんじゃろうから、そのまま捜査に入れ』
ギニョルの言う通りにするほかないだろう。クレールの奴は、命令を無視したうえ、思惑通りシクル・クナイブの捜査に入り込んだことになる。
釈然としねえ。まるっきりわがままだ。
ユエが指先でねずみの喉をなでて、上を向かせた。
「お仕置きはどうするの? ヴィレさんは拷問とかしてたけど」
はちゃめちゃだな、あいつ。だがユエも、魔力不能者の特務騎士団として、自衛軍との紛争を戦い抜いた、いわば軍隊の経験者だ。
今まではただ戦うだけだったが、こいつなりに断罪者の組織について考えて言っているのかも知れない。軍紀にも等しいギニョルの命令を無視して、何の罰も無いなんて許されたことじゃない。
「ああいうカワイイ男の子が、痛がって弱ってるのって、なんかいいよねー。クレール君育ちもいいし、プライドも高いから、結構エサになるよ」
前言撤回。真っ黒い花が満開だ。そういや日ノ本で買わされた同人誌にも、生意気な少年を痛めつけて喜ぶやつがあったな。
リラックスしてるのか知らんが、性癖歪みすぎだろ。
ヤバさはギニョルにも伝わったのか、若干引き気味で返ってくる。
『……二、三発なら、殴っても構わん。じゃが、弱っている身をハーレムズやシクル・クナイブの連中に嗅ぎ付けられるかも知れん。しっかり守ってやってくれ』
「りょーかい。それじゃ、見つけたら、騎士くんと私でまず一発ずつ殴って話するね」
ユエは勝手にまとめたが、個人的には、やりたくない。
「体育会系過ぎねえか?」
「うーん、でもこういうこときちんとしとかないと、みんな命令聞かなくなっちゃうよ。大きい国なら、仕方ないとこもあるけど、私達断罪者って少数精鋭、みんなギニョルの言う事聞くから、びしっと動けるんでしょ」
正論言いやがる。末っ子とはいえ、崖の上の王国の王女の一人として、色々教えられているのだろう。あの事件以来、その辺が開花した感じだろうか。
「涙目になったら嬉しいなー、それからぎゅっとして、優しい事言ってあげたら、ぼろぼろ泣いちゃったりして」
「そのへんにしとけ」
「わふ」
テンガロンハットを押し付け、顔を隠してやる。
油断しきってたのか、断罪者の誰も敵わん反射神経も発揮されなかった。
帽子を上げて、髪の毛を整えるユエ。
「もー、なんなの騎士くん。横暴だよー」
「それはクレールのセリフだろうな。ギニョル、そういうことなら、すぐに向かうぜ。あいつらの行く先の心当たりはあるか?」
ねずみが前脚をちょこんと組んだ。まるで考え込んでる様だ。
『……理由は分からぬが、長老会のハイエルフがポート・キャンプに来ておるらしい。シクル・クナイブを探るなら、そやつに聞くのが一番良いじゃろう』
それなら、フリスベル達もそいつを目指すに違いない。
長老会。エルフの森のハイエルフを統べる年長のハイエルフ達だというが、その全貌は良く分からない。そもそもエルフ達は、統一された王朝とか家系を持たないし、尊重することもあまりない。ただ、議員代表のワジグルや、断罪者であるフリスベルでさえ、長老会の意向を気にしていた。
フリスベルとクレールで行って、会えるものだろうか。
会えたとして、俺達断罪者に、やすやすと協力するだろうか。
あくまで今の時点だが、フリスベルやワジグルの奴が一切噛んでいないエルフの暗殺者となると、この長老会が、怪しいのだが。
「騎士君、どうしたの? ほら、行くよ」
ねずみをふところにしまい、階段を駆け上がるユエ。俺は慌てて後を追った。
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