4長老会の洗礼

 ポート・キャンプ、ポート・キャンプと連呼しているが。

 もともとそこは、三呂空港だった。


 中央には管制塔と滑走路。その周囲の、ヘリポートに駐車場、物流倉庫にレンタカーの営業所、また西端にあった結婚式場及びレストラン。それから、膨大な空き地。


 みんな、紛争の混乱を経て、バンギア人の波に呑まれた。


 離着陸する飛行機を、流煌と眺めたのは、もう七年前。空港への連絡橋をゆくポートレールの窓からは、ポート・キャンプとなった三呂空港の姿が見える。


 管制塔と空港の施設は、ほぼそのまま、バンギアの金持ちや貴族向けのレストランになった。地盤の安定した滑走路には、雨水用の溝が切られて、レンガ造りのしっかりした建物が建てられている。駐機された飛行機は、珍しかったせいか、残らず宿に転用されている。ヘリポート、駐車場には、ポート・キャンプの名前の所以となった大量のテントが並ぶ。物流倉庫はそのまま倉庫に転用、脇の船着き場には大陸からの小さい船が着く。営業所にあったレンタカーは残らず略奪された。西端の結婚式場は、外見そのままだが、どうなっているかまでは分からん。


 そして、膨大な空き地には、木や石、波板とコンクリートのバラック、即席のテントが隙間なく建ち並んでいる。


「ポート・キャンプって、もうほとんどバンギアだよねー。どこの国か、全然わかんないけど」


 ユエの言う通り、空き地の一部で、ダークランドの作物を栽培している所もあれば。エルフが好むトネリコの木のばかでかいのが生えていたり。かと思えば、ゴブリンが暮らすであろう、スクラップ置き場みたいな家も見える。


「……そう、だな」


 流煌と、飛行機を見に空港施設のラウンジに来たことがある。

 他愛のない話をして、食事をして。


 その後は、ポートレールで三呂に出て――。

 そういうのはもう、遠くなった。

 ここは俺の知っている三呂空港ではなくポート・キャンプなのだ。そして流煌とは、銃口を向け合うことになるかも知れない。


「騎士くん。どうしたの、ここで何かあった?」


「いいや。それより、もう着くぜ」


 ポートレールは、三呂空港に併設されたホームへと入った。

 おかげで、ユエに俺の思い出を悟られずに済んだ。悪い奴じゃあ、ないのだが。気を緩めるわけにはいかない。

 流煌への気持ちを、忘れないためにも。


 改札をくぐると、下には降りず、高架駅からつながるターミナルを目指す。


 かつて来たときは、結構普通の飲食店とか、土産物屋、搭乗ゲートもあったのだが。


 長老会のハイエルフが居るのは、ここにあるレストランか、飛行機宿の中だろうとにらんだのだ。

 アポが取れなくても、長老会を目指すであろうフリスベル達に合流できれば、それで狙いは達成できる。


 2階に上がると、両方の目的が、あっという間に達成された。

 ターミナルは3階と屋上に分かれていたのだが。

 かつての搭乗口にあたる、2階のロビーで、その一団を見つけたのだ。


 アグロスのものであろう、高級そうな黒革のソファー。そこに白い髪のエルフが寝転んでいる。チュニックというのか、布製の頭からかぶるタイプの服に、緑と白でひだかざりがされた、上着を羽織っていた。


 エルフ、耳の形からいえば多分エルフだが、白いひげをたくわえている奴なんて初めて見た。そいつの脇には、ローエルフとハイエルフ、それにダークエルフの娼婦らしいのが一人ずつ侍り、膝枕をしたり、足を揉んだりしている。


 ソファーの周囲を取り巻くのは、白と緑の縁取りがされた、フード付きマントの集団。若木の衆か。なら恐らくこの偉そうなのが、長老会のメンバー。


 いや、それよりもそいつらの前にひざまずいているのは――。


「……騎士くん、あれフリスベルじゃない?」


「まじかよ、行こう」


 俺とユエはそちらへ向かった。2階は本来搭乗口だったが、今も似たような目的で使われているらしい。多分、飛行機ホテルに入るとき、搭乗口から乗り込むのだろう。


 ロビーには、大陸から来たであろう、バンギアの人間も居た。どいつもこいつも、上等な服や鎧を付けていたから、崖の上の王国の奴らだ。昼間の今は人間やエルフの時間らしい。

 群衆をかき分け、最前列に出ると、やりとりの中身が分かった。


 さっきは見えなかったが、フリスベルの後ろには立ち尽くすクレールが居た。

 顔を伏せて必死にかしこまる、フリスベルを見下ろして。ソファーのハイエルフは、娼婦の皿に乗ったブドウの房をむしり口に入れた。


「……フリスベルよ、何度言わせる。シクル・クナイブとやらはただの噂に過ぎない。大体殺し屋などというおぞましい行為、我ら長老会が許すはずあるまい」


 いかにも面倒な奴が来た、という感じで、目を細めるエルフ。フリスベルは顔を上げて話をつづけた。


「お言葉ですが、レグリム様。私が確認した所、殺人に使われた植物は、我らの森でしか育たぬものです。森を育む長老会の一員として、本当に何もご存じありませんか」


 あの白薔薇は、エルフの森の植物だったのか。ギニョルには知らせたんだろうか。フリスベルの言う事が本当なら、ハイエルフ、特に大陸のエルフの森に居る連中に嫌疑がかかる。

 レグリムと呼ばれたハイエルフは、娼婦の一人を見やった。目を合わせて笑い合う。とんちんかんな事を言う奴を、からかうときの調子だ。


 立ち上がると、フリスベルに歩み寄り、しゃがみこんでその肩に手を置いた。


 顔を伏せ、震えているフリスベルに向かって。声を低くして呼びかける。


「……フリスベル、『軽やかな鈴の音の娘』よ。たかがローエルフの身で、何を根拠に私にそんなことをきく。断罪者とやらになり、身の程を忘れたか? この若造の様に」


 どさ、と床を叩いたのは、ワジグルだった。


 いや、ワジグルとは一見して信じられない。その秀麗な顔は、散々殴りつけられたのか、腫れて見る影もない。引き裂かれたチュニックの下、胸や腹には、のこぎりのような刃物か何かで引き切られた跡があった。

 息はしている様だが。ひどい拷問を受けたのだろう。放り捨てたのは、レグリムを取り巻く若木の衆の奴だ。ついこの間、ワジグルの命令で俺達に協力した奴らが、同じワジグルをこんな目に遭わせるとは。


 フリスベルが唇を噛んだ。恐怖しているのは誰が見ても明らかだが、エルフの娼婦たちも、事態を取り巻く群衆の誰も、薄ら笑いを浮かべて見守るばかりだ。

 これが長老会だってのか、ローエルフに対する、ハイエルフだってのか。


 ぽん、ぽんと肩を叩き、ため息を吐くレグリム。


「テーブルズだったか。紛争を終わらせるため、方便で代表にしてやったのに。300年も生きていない子供が、いっぱしの指導者気取りとは世も末だ。フリスベル、よもやお前まで、断罪者とかいう役職を盾に、私に物を言う気では無いだろうな」


 言えばどうなるか、分かっているのか。そう付け加える様に、レグリムは視線でワジグルの方を指し示す。


「先ほど利いた生意気な口のこと、この場で手を突いて私に謝れ。そして長老会と、お前はローエルフだから、我々ハイエルフにも忠誠を誓え。二度と決して、我々長老会に連なるエルフは疑わぬとな」


 唇を噛み締め、背中を震わせながら。

 フリスベルが両手を離す。その手が床に着くかどうかという所で、銃声が響いた。


 ユエじゃない。俺でもない。そして、ハーレムズが乱入してきたわけでもない。

 M1ガーランドを構えているのは、事態を見守っていたクレールだった。

 弾丸は、ハイエルフ最高のクソ野郎であるレグリムの脇をかすめ、群衆を縫ってロビーの窓を割った。


 群衆は悲鳴を上げたが、若木の衆は物も言わずにそれぞれの獲物を取り出す。娼婦たちも杖を取り出した。


 クレールの額に汗がにじんでいる。まだ本調子じゃないのだろう。それに若木の衆に狙われているが、おびえた様子は無い。

 群衆のほとんどは、バンギアの人間とエルフだ。銃を携え、黒と赤のマントをはおった、吸血鬼のクレールは相当に目立った。


 これは、相当きてるな。俺も大体似たようなテンションだが。

 怒りに満ちた赤い瞳で、クレールがレグリムをにらみつける。


「僕の仲間への無礼を、這いつくばって謝るのは貴様だ。老人よ」


 レグリムが立ち上がる。意外と背が高い。銃を向けられているにもかかわらず、怖気づいた様子も無い。


「夜の人の仔だな。その汚い魔力で分かる。私の聞き間違いか、何か言った様だが」


 クレールは激昂した。足を踏み鳴らすと、M1の銃口をレグリムの額に合わせて叫ぶ。


「長く生き過ぎて、耳が遠くなったのか。死にたくなければ、フリスベルに非礼を謝れと言ったんだ!」


 それを聞いた瞬間、レグリムは若木の衆に目配せをした。

 まずい。ショットガンケースに手をかけたが、間に合わない。


「殺せ!」


「待って!」


 ユエが群衆より歩み出た。すでに銃を抜いている。


「なんだ、人間。魔力不能者を抱く趣味は無いぞ」


「意味分からないこと言わないで。あなたも、あなたの部下も、頭に穴が空くよ?」


 P220はレグリムの額。撃鉄の起きたSAAは、クレールの背に居た若木の衆の胸元。それぞれ狙いは完璧だ。


 もう一人、杖に魔力の光が見えた娼婦に、俺はM97を突き付け、フォアエンドを引く。


「なんだか知らねえが、ずいぶん態度がでかいじゃねえか。俺達を脅して捜査を逃れるなんて、断罪法違反になるぜ、レグリムさん」


 背後で衣擦れの気配。俺も4人の若木の衆に包囲されたが、引き金を引く方が早い。


「今度はアグロス人の下僕半か。断罪者とやらには、つくづくろくな奴がおらん。まあ、こんな汚い島を縄張りにするにはちょうどいい」


 クソ野郎を黙らせたくなり、俺は銃口をレグリムに向けた。


「うっせえ。退くのか、退かねえのかどっちだ! うちのフリスベルに舐めた口利きやがって。そこのユエもクレールも、俺だってすぐぶっ放すって評判だぜ!」


 このクソ野郎が何だろうが、散弾でぶっ飛ばしても許されると本気で思う。


 銃を向けているはずだが、よほど自身があるのか、レグリムは引かない。


 だが俺達も、引かない。引く理由が無い、長老会だか何だか知らんが、同じ断罪者であるフリスベルを馬鹿にされ、引っ込んでいられるはずがない。


 若木の衆の一人が、レグリムの前に出た。フリスベルを庇う様な形になっている。フードを取ると、見事な金髪が広がった。


「申し上げます、レグリム様」


「フェイロンド、『生真面目な枝』よ。どうした」


 若木の衆の代表か。フェイロンドといえば、橋頭保で助けてくれた奴じゃないのか。


「断罪者は、銃というものは存外危険です。無論、我ら若木の衆をもってすれば、こやつらを残らず屠れましょう。しかし今は何より、御身をご案じ下さい」


 レグリムが目を釣り上げた。殴りかからんばかりに、フェイロンドの胸倉をつかむ。


「貴様っ! 下がれと言うのか、ローエルフに吸血鬼、魔力不能者にアグロス人、こんな奴らの無礼を許せと」


「いいえ。ただ万にひとつ、長老会の一員たるあなたが、この汚れた島で、鉛の弾で身まかる様なことがあれば、森は悲しみの霧に包まれましょう。同胞のためにも、どうぞご自重なさり、正義と美を重んじてください」


 正義と美、その言葉が、レグリムに何かを与えたらしい。つかんでいたフェイロンドのローブを離すと、周囲に呼びかける。


「ここは引け、同胞達よ。残虐で冷酷な金属の波と戦う機会は、別にあろう」


 殺気が遠のく。群衆から出て来た若木の衆が、レグリムの側に、十人、二十人――こんなにいたのか。クレールも、ユエも気づけなかったらしい。十人以上のハイエルフが、群衆に紛れて、音も無く俺達を包囲していた。


 こりゃあ、ユエでもあいつの頭を撃てるかどうかは分からない。ユエも俺も、素直に銃を下ろした。


「もういいです、クレールさんも、銃を下ろしてください。お願いします」


「だが、フリスベル、この老人は……」


 唯一粘るクレールに、レグリムの視線が注がれる。機嫌を損ねりゃ、ここで殺されるかも知れない。フリスベルが立ち上がり、直接銃口の前に立った。


「もうやめてください! これでいいんです。これが、私達の、エルフの本来の形なんです」


 必死の形相に、クレールのM1ライフルが力無くうなだれていった。


「フリスベル、もう余計なことで、我々を煩わせる事の無い様にな。断罪者だったか、手を出す相手は、しっかり選ぶ様に心得ておけ」


 吐き捨てる様に言って、踵を返したレグリム。

 向かう先は搭乗口、飛行機ホテルがやって来たのだ。


 娼婦達を伴い、去っていく背中。撃てば殺せるその背中を、気配の無い若木の衆が守る。

 俺達は誰も、それ以上口を利くことができず、動く事もできなかった。


 断罪者は、長老会に、エルフ達に敗北したのだ。

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