5エルフについて


『相変わらずじゃな、長老会の奴らは』


 ユエの胸元で声が聞こえた。紫色の光があふれている。

 シャツのボタンを外すと、きわどくなった胸元からねずみが出て来た。


『ほれどうした。とっととワジグルを助けて、ここを離れんか』


 見ていたのか、ギニョル。

 だがその通りだ。俺達の気分がどうあれ、やることはやらなければ。


 テーブルズのエルフ代表であるにもかかわらず、同族の誰もが放置したワジグル。

 俺は助け起こすと、声をかけた。


「しっかりしろ、もう大丈夫だぞ」


「……だん、ざい、者か」


「ああ。エルフでなくて悪かったな。フリスベル、回復魔法を」


 俺の呼びかけにも、放心したように応じないフリスベル。

 さっきの体験がよほどきつかったのか。ワジグルが震える手で俺の肩をつかむ。


「よ、せ。私、は、長老会に、さからった……この、いたみは、しぜんに」


「馬鹿かお前。テーブルズの仕事があるだろ、とっとと治ってもらわなきゃ、ポート・ノゾミのエルフみんなが困るんだよ」


 ひゅうひゅう、と息を吐きながら、ワジグルが自嘲気味に笑う。


「ちょうろう、会が、でてきた、それですべて」


 レグリムと、掌握された若木の衆か。テーブルズと断罪者を無視し、法律を軽んじる奴らが勝手に暴れて、エルフ達が安心して暮らせるわけもない。若木の衆は相当な手練れだが、他の勢力に本気でにらまれたら、レグリム以外を守れはしないだろう。ここはエルフの森ではないのだ。


「あんな奴らに任せておけるか! フリスベル、早くしろ」


「で、でも……レグリム様の、長老会が、与えた罰ですから」


 クレールがいらつくのも分かる。話にならん。フリスベル、いつもならたとえ敵でも怪我人を癒すこいつが、ここまでためらうなんて。

 ハイエルフやローエルフは、高いプライドのせいで他種族を見下すこともあるが。美と正義を重んじ、成立した法をきっちりと守る点だけは尊敬できた。

 だが、何なんだ長老会ってのは。レグリムの様な奴が、なぜ。


 ユエはフリスベルの肩を抱き、俺とクレールを見つめた。


「……無理強いは良くないよ、クレールくん、騎士くんも。フリスベル、このあたりでワジグルさんを休ませられる所を知らない?」


「それなら、エルフ向けの下宿があります。ただ、長老会に睨まれた私たちを、助けてくれるかどうかは」


「だめでもともとだ。そこへ行ってみよう、無理ならポート・ノゾミまで戻ればいい」


 クレールの言う通りだ。それに、本当に命が危なくなったときは、フリスベルも手を出さざるを得ないという気がする。

 というかそうであってほしい。断罪者として一緒にやってきたフリスベルは、そういう奴のはずだから。


 バッグから包帯と、アグロスの消毒薬を取り出し、俺とユエで傷の手当をした。

 それからロビーの店員に声をかけ、棒とぼろ布を借りて、俺のコートやクレールのマントと合わせて即席の担架を作った。


 フリスベルの案内で、空港のロビーを後にした。


 面白いことに、かつて空港にたむろしていたタクシーは今も現役だった。ポート・キャンプを真横に進み、ポート・ノゾミまで結ぶ大きな車道が、まだ生きているせいだろうか。

 もっとも、運転手はゴブリンやら悪魔、吸血鬼が主で、人間は居ない。

 エルフも居たが、そいつらはワジグルを見るなり避けやがった。若木の衆の目が光っているのかも知れない。


 陽気で口数の多いゴブリンの運転手は、フリスベルの指示した島の西端で俺達を降ろした。無事には着いたが、8000イェンも取られた。距離にして1キロあるかないかだったのに。日ノ本の何倍の値段なんだか。


 そうして到着した先、元の名は、ラベール三呂というホテル兼結婚式場。

 空港の造成直後の時期、三呂の東にある会社が、三呂市から三呂空港の西端を賃借して作った。目前には、外海と仕切られ、通年穏やかな波が打ち寄せる砂浜。敷地内には、きれいな芝生が張られ、ヤシの木なんかも生やされた、三呂市で最も美しく穏やかな場所だ。


 紛争から先、来たことが無かったのだが。

 雰囲気は大体同じで、エルフ向けにアレンジされている。

 芝生はそのままに、トネリコやスズカケ、カシやハシバミなんかの、エルフが好きそうな木が植えられている。一部破損したしゃれた建物は、外壁が大方そのままだが、屋根は修繕してあった。窓辺には植木鉢に植わった花も見える。


 タクシーを降りたフリスベルが、玄関前でほうきを使っていたローエルフに声をかけた。

 何事かやりとりをした後、こちらへ戻ってくる。


「話が付きました。部屋が取れましたので、ワジグルさんを運びましょう」


 すんなり行ったな。何かコネでもあるのだろうか。

 そういえばフリスベルの生まれとか、断罪者になったいきさつとかは、全く知らない。


 フリスベルに案内されて敷地の中へ入った。日ノ本の裕也の家の様な、高級そうな建物がいくつも連なっている。

 建物だけじゃない。ガラス張りの大きな広間や、青空の下に広げたパーティテーブルも備えている。

 ここは商売っ気の方が強いのか、吸血鬼に悪魔、エルフ、バンギアの人間などが、ホープ・ストリートから連れて来たとおぼしき女や男を侍らせて、食卓を囲んだり、踊り子を見たりしていた。


 ポート・キャンプの雑踏とはおおよそ無縁な場所だ。ここで結婚式というのは、なかなか良いだろう。かつて三呂空港だったころも、街の喧騒を上手く離れられたに違いない。


 フリスベルは俺達を、連なる家のひとつに案内した。中は元々パーティや会食に使われていた所らしく、リビングというには広すぎる部屋に、大きなキッチン、そして2階も備えていた。

 ワジグルを2階の寝室に入れると、フリスベルは薬と医療器具を取りに行き、そのまま部屋にこもった。魔法を使わずに、できる限りの手を尽くすのだろう。


 俺とクレール、それにユエは、下の階に残されてしまった。


 じゅうたんに上等のソファ、観葉植物があり、西側にはサッシつきの大きな窓。傾いていく夕陽と、照らされる海やポート・ノゾミの周囲の島々が見える。


 一息つくと、沈黙が俺達を覆った。長老会の存在、ハイエルフとローエルフ、その他入って来た情報が全員の頭を回っているのだろう。

 が、持っている知識からじゃ分かりようがない。

 俺は投げ出すようにソファーに座ると、テーブルで頬づえをつくユエと、海を見ているクレールにたずねた。


「なあお前ら。俺断罪者になるときに、結構バンギアのこと勉強したけど、さっぱり分からねえ。長老会ってのはなんなんだ。ハイエルフとローエルフの関係もだよ」


 顔を見合わせると、まずクレールが話し始めた。


「バンギアでは、僕たち吸血鬼と悪魔は、下僕にするために人間を狙っていた。エルフ達、特にハイエルフやローエルフはそれを邪魔して、人間を助けていた。長い間敵対しているばかりで、僕も詳しいことは良く知らない。皮肉なことだけど、お前達アグロス人と紛争になったおかげで、僕はバンギアの種族をバンギア人として捉えるようになったくらいなんだよ」


 敵の敵は味方になるというが、そんな事情があったのか。自衛軍が暴れたおかげでバンギアが平和になったみたいでいやだな。

 さておいて、クレールがだめなら。俺達の視線の集中したユエが、うーんとうなりながら言葉をつなぐ。


「……エルフ達、特にハイエルフやローエルフは、私達人間より上の存在なんだ。寿命も長いし、容姿もいいし、ほとんど修行しなくても、私達人間より、すごい現象魔法や、回復の操身魔法が使える。あの人たちが私たちを助けるのは、ずっと昔から、正義と美を守って来たからなの。私達人間は、強くて綺麗で、長く生きられるエルフにずっと憧れてる。バンギアの人間の中で、魔法が使える人が尊敬されるのも、エルフに近いからだよ」


 あるいは、スレイン達ドラゴンピープルが力の天秤であった様に。悪魔や吸血鬼と比べると、ハンデがありすぎるバンギアの人間達を守り、世界のバランスを取って来たのがエルフ達なのかも知れない。

 バッグからがさがさと音がする。ジッパーの隙間からでてきたネズミが、テーブルに這い上った。目が紫色に光っている。これはギニョルだ。


『その正義と美を保ち続けるために、ハイエルフとローエルフ全体を導くのが、長老会と呼ばれるハイエルフ達じゃ。700歳以上で、正義と美の体現者と認められた優秀なハイエルフの中から、長老会に選ばれた者のみがなれる』


 エルフの寿命が800年くらいらしいから、700を超えればかなりの年寄りだ。レグリムのやつに、ひげが生えていたのはそういうわけか。だがあんな奴が本当に、正義と美の体現者なのだろうか。

 クレールがねずみにたずねる。


「ギニョル、お前はなぜそれを知っているんだ?」


『これでも、ちょっとした家の生まれじゃ。お前ほどの年の頃、悪魔とハイエルフの戦争の講和に立ち会ったことがある。そのとき知った。あのレグリムは、その頃はまだ副官の様なことをしておったな』


 すっかり忘れていたけれど、バンギアには紛争前の文化と歴史があるのだ。本来そっちがバンギアにとっての正常で、異常なのはこの島の方だ。300歳近いギニョルは、そちらの方を良く知っている。

 恐らく、それ以上の年のフリスベルもだ。

 108歳であるクレールもなのだが、寿命の長い種族にとっては、紛争にぶち当たり、バンギアが大きく変わったのは、その長い人生うち、ほんの数年に過ぎない。それまでの方が重くても何らおかしくない。


 2階のドアが開いた。階段を足音が降りて来る。

 こうなっては、直接本人に聞くしかないだろう。

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