7ホープレス・ストリート
”ストリート”なんて名は付いているが、そこはいわゆる”通り”ではない。
十数棟もの市営、公団住宅が建ち並び、建物の間に駐車場や公園、広場がある。保育所、幼稚園、小学校と中学校もある。人工島ポート・ノゾミ内の居住エリアだったのだ。
今はというと、紛争前でさえ老朽化が目立っていたマンションは、紛争中の戦闘に加えてアグロス、バンギア両軍の略奪でぼろぼろだ。公園の遊具もさびつき、歩道や車道のひびに雑草が生え、悲惨なものだ。
外とつながる道路には、有刺鉄線の門が築かれ、脇にはくず鉄とがらくたでできた詰所もある。断罪者や、表向きのパトロールをやるときの自衛軍が入り込まないよう見張っているのだ。
俺とクレールは、そんな門のひとつに足を運んだのだが。
「……やはり才能のあるレディだ」
クレールがしゃがみこみ、守衛所に倒れ伏したゴブリンを調べている。
守衛所のゴブリンは三人。全員が無防備に倒れ伏していた。
俺はゴブリンのAKを拾って、周囲を警戒した。今のところマンションに明かりの漏れてくる部屋はないが。銃口を上げ、クレールを見下ろす。
「くたばってるのか?」
「いや、眠らせてある。ゴブリンに魔法をかけるのは簡単だが、あの子は同時に全員倒したらしい」
その推測通りだろう。こいつら、全員銃剣付きのAK自動小銃を持っていた。一人ずつ眠らせようとしていたら、ほかの奴らに見つかって蜂の巣にされたに違いない。
エフェメラは確か、あの部屋でも同時に三人の女の子を操っていた。魔法の対象を増やすのは結構な労力だと聞く。なかなかの使い手なのだろう。
「いよいよ、行くしかないってわけだな」
へし折れた街路樹や、壊れた電灯の並ぶ通り、それを囲むマンションを見上げた。
エフェメラが目指すのは、数棟のマンションを抜けた先。中央広場を囲むマンションの一室だ。カルシドの手紙には、さびしくなったとき、遠慮なく訪ねて欲しいとして、わりと詳細な地図が書いてあった。
俺はAKにセーフティをかけ、肩紐で背負う。マガジンも二つ失敬した。
一方のクレールは、武器を調達する気がないらしく、ゴブリンから何も取らない。
「いいのか?」
「僕に考えがある。今日は銃を使わない」
そう言ったクレールの両方の腰にはレイピアが一本ずつ下がっている。柄の護拳の部分に、繊細な彫刻が施された高級そうなやつだ。
「用心に越したことはねえぜ。趣味じゃないが、こいつは便利な銃だ」
クレールにAKをかかげる。こいつはアグロスの地域紛争、テロリストやマフィアの抗争など、あっちこっちで使われている。30発ものライフル弾をフルオートでばら撒ける。
「頼もしいのは認めるけどさ。使ったら失敗だろう。そこら中のマンションの部屋は、どこにどれくらい、敵が潜んでるか分からないんだ」
クレールの言う通りだ。ここからどこをどう進んでも、道路に面した数百ものマンションの部屋から背後や頭上を取られる。
エフェメラは銃声ひとつさせずにゴブリンを眠らせたから、今のところ侵入はばれていない。それに街灯が壊れて明かりが少ないし、住人たちは人種でいえばゴブリンやダークエルフなどの夜に眠る種族が多い。
ただ、もろもろさっぴいても、住人達に気づかれたが最後だ。そこら中から俺たちを狙う銃弾の雨が降る。
「……まあ、早く済ませることだよ。お前達の国に昔居ただろう、ほら、あの黒ずくめで、剣を投げる」
「忍者か」
俺がそういうと、クレールは得意げに印を組んだ。
「そうさ。ニンジャの様に、素早く的確にやることだ」
こいつだけじゃない。
バンギア人には、謎のニンジャ人気がある。侍と巫女もだ。本当にこれだけは、全く意味が分からない。なんなんだろうか。
緊張のほぐれた俺は、とりあえず眠っているゴブリン達を、声を出せないように拘束して詰所に放り込んだ。建物の明かりの下には、鉄パイプに服やヘルメットをかぶせた身代わりを立てる。弾を抜いたAKも吊り下げておく。
薄明りの下、遠目に見たなら、それほど違和感はない。しばらくなんとかなるはずだ。
門を後にする。雲は出ているが、今日は月が大きいらしい。
薄明りに目が慣れてきた俺と、夜眼の利くクレールは、お互いに周囲を警戒しながら、マンションの影から影へと動いた。
壁には呪術のような落書きがあったり、血糊がついていたりする。道にはたまに、中毒者や浮浪者らしいのが倒れているが、銃創だらけで転がっている死体もある。両方とも障害物同然に無視した。
外で殺人に目くじらを立てている断罪者として、複雑な思いもあるが。
今はただの人間と吸血鬼だ。エフェメラを助けるという目的のみ。
余計な騒ぎをかわしたせいか。俺とクレールは無事に目的のマンションの入り口にたどり着いた。
「63号棟……ここだ。15階、南端の角部屋を、手紙は指定してる」
懐中電灯もなしで、月明かりの影にある案内板を正確に読み取るクレール。夜目の効く吸血鬼のこいつと一緒じゃなかったら、ここまでスムーズには来られなかっただろう。
何者と出会うか分からないエレベーターを避け、中央の階段へ向かう。
外壁に身を隠しながら、各部屋の前を通る共用の廊下を進んでいると、銃声がした。
クレールが階段の踊り場に隠れる。俺はAKのセーフティを外し、廊下を警戒した。
部屋から敵が出て来た瞬間、作戦は失敗。撃ち殺してすぐ逃げるしかない。
あぶら汗が流れる。月に雲がかかり、わずかにかげる。
数分経った。どの部屋からも反応はない。
踊り場に戻って、ため息をつく。思い返せば、銃声はかなり遠かった。
クレールが前を、俺が後ろを警戒しつつ、階段を上ること数分。
とうとう15階にたどり着いた。
途中、遠くの銃声が少し激しくなったが、建物の部屋から敵が出てくる気配はない。
「あれはただの抗争……なのかな」
「だと思うぜ」
俺達には、ホープレス・ストリートの情報は全くないから、とにかく警戒してきた。カルシドが住んでいるのなら、この棟は幹部待遇の奴らの住居なのかもしれない。そういえばこのマンションはほかと比べて破壊も少ない。
もしかしたらしょっちゅうやってる抗争には他の棟の住人が応戦し、幹部はゆっくり眠りをむさぼるということだろうか。あくまで、都合のいい仮説だが。
この階にも見張りはいない。角部屋の様子をうかがっていたクレールが振り向く。
「どうする、騎士。踏み込むか」
「銃声はまずいけどな……やるか」
「待て」
AKでノブを吹き飛ばすつもりの俺を、クレールが手で制した。
角部屋の扉が開く。現れたのはAKを肩に、ぎざぎざの鉈を腰にしたゴブリン。同じようなゴブリンがもう一人続き、その次に。
「カルシドだ」
クレールに言われるまでもない。
黒と赤のマントをひるがえし、颯爽と現れた背の高い男。
あいつこそが、吸血鬼“カルシド・リム・ギムルガル”。
俺達と交戦したときの、かなり目立つ火傷の痕が、えりもとから頬に広がっていた。回復の操身魔法でもなんでもあるはずなのだが。断罪者とやりあったことを誇るため、あえて残してあるのだろうか。
ちらりと見えた横顔は、若々しく美しい。そして瞳の冷たさには、キズアトと同じ吸血鬼の雰囲気がある。まるで常に蝕心魔法を使い続けているみたいだ。
カルシドは口元だけの笑顔が向ける。相手は、続いて現れた、小柄な少女。
「レディ、やはりここにいたのか」
クレールの言う通り、エフェメラだ。怖れを含んだ表情だが、伸ばした手は、手袋をしたカルシドの手をしっかりと握った。
またゴブリンが一人現れ、合計五人。
全員俺達に気づいてはいないらしい。俺たちと逆、マンションの端に向かって進む。
どうするのかと思ったら、非常階段に入った。上がっていく、すぐに屋上だ。
カルシドたちが見えなくなると、俺とクレールは出てきた部屋の前まで来た。
ドアノブに触れてみると、開けっ放しだ。そういや鍵をかけた様子はなかった。
俺とクレールは顔を見合わせる。無言だがお互いの考えていることは分かった。
部屋を調べたい。
ホープレス・ストリートを断罪者が調べることは不可能に近い。ましてや、バルゴ・ブルヌスの幹部の部屋。外での取引や活動の予定が分かれば大手柄だ。
俺たちはただの人間と吸血鬼から、断罪者に戻ったらしい。クレールに尋ねた。
「……どうする。追うか、中を調べるか」
クレールは細い指をあごに当てる。やがて言った。
「クリアリングだけにしよう。レディを助けるのに、必要な物があれば考える」
それがいい。ただの吸血鬼と人間に、ギャングの予定を調べる理由はない。
ノブのわずかな隙間からクレールが中を覗き、俺がAKをかざして飛び込む。
俺も紛争前はこの辺りの住宅に住んでいた。部屋の間取りも、大方共通している。
最奥にベランダと四角いリビング、キッチンとセパレートバスがあって玄関。
夜眼の利くクレールの存在もあり、電気をつけることもなく、クリアリングを済ませた。敵は一人もいなかった。
薄暗いが、これといって気になるものもなさそうだ。
俺の目でははっきりと見えないが、見えるはずのクレールも、特に何か気にしているわけじゃない。
「騎士、カーテンを開けてみてくれ」
「いいのか。気づかれるんじゃねえか」
「電気を付けるよりましだ」
そりゃあそうだが。俺は窓辺まで進むと、カーテンをゆっくりと開いた。
雲はいつの間にか晴れ、大きく真っ赤な満月が広場の真上にある。
月光は部屋の中を照らしだし、俺にも詳しい様子が分かった。
「うぇっ……なんだ、こりゃ」
一瞬、部屋中に血がぶちまけられてるのかと思った。
この部屋、家具やらベッドやらソファーやら、あらゆる調度品の形は普通なのに。
色がおかしい、全て真っ赤に塗られている。
呆然と立ち尽くす俺に対して、クレールの反応は早い。玄関を出ると屋上へと向かう。慌てて追った。
「屋敷の再現だ、やはりか」
「おい、どういうことだよクレール」
「急いだ方がいいということさ。僕達吸血鬼は、故郷のダークランドで家系ごとに屋敷を建て、下僕を使役して暮らしている」
それは聞いた事がある。しかも家の格によって、差別が激しいということも。
「カルシドの家、ギムルガルは、代々真っ赤な館に暮らした。僕の家は、真っ青だった」
そう、確か家ごとに屋敷の外観を原色一色に統一するのだ。
カルシドが部屋を真っ赤に塗っていたということは、自分の屋敷に見立てていたということか。つまりそれだけ元の家への執着が強いってことだろう。
「あいつの家は、あいつを残して、侵攻してきた自衛軍に滅ぼされたんだ。あいつがここにいるのは、家を再び興すためなのさ。あの小さなレディ、エフェメラの様な吸血鬼の血が濃い子供は、喉から手が出るほど欲しいに違いない」
だからそれが分かった所で何だというのか。
詳しい事情を尋ねる前に、非常階段が終わってしまった。
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