6決意

 俺のコンテナハウスの前まで来ると、クレールが改めて振り返った。


「騎士、部屋に武器はあるかい?」


「武器って……銃はないぜ。警察署のロッカーだ。そもそも断罪事件じゃないだろ。これくらいのこと、ギニョルが見てたって目をつぶるよ」


 三人とも魔法の不正使用には一応なるが、誰も傷ついていないし、まだぎりぎり、子供のはずみの範囲だ。俺の怪我も血が止まっている。


 クレールはいらだたしげにため息を吐き、かぶりを振った。


「違うんだよ。あの子は、エフェメラ・リム・ギムルガルと言ったな」


「そうだった、ような気がするけど」


「父親が本当に、カルシド・リム・ギムルガルで、そいつを尊敬しているとなると、厄介だ。ホープレス・ストリートに向かったかもしれない」


 ふざけた単語が飛び出した。ホープレス・ストリートはポート・ノゾミの中央にある、かつての市営住宅や学校一帯。俺達断罪者でも手が出せない、ギャングが仕切る危険なスラムだ。抗争がらみの血なまぐさい事件は、大抵ここで起こる。


 今夜はわりと落ち着いているが、銃声が聞こえてこない日は珍しいのだ。


 エフェメラが、なぜそんな場所に行く必要がある。


 父親の吸血鬼に会いにか。だがスラムに住んでる吸血鬼なんて、マフィアの構成員ぐらいしか――。


「待てよ、カルシド・リム・ギムルガル……バルゴ・ブルヌスの幹部じゃねえか! 日ノ本に潜り込んで、金持ちの娘を下僕にして、身代金取ってたクソ野郎だ!」


 吸血鬼“カルシド・リム・ギムルガル”。


 殺人こそ確認されていないが、それなりの悪人だ。GSUMや自衛軍と協力し、境界でつながる日ノ本に潜り込んでは、人間のフリをして金持ちの娘を誘惑、下僕にして連れ去っては、両親に身代金を支払わせる。


 絞れるだけ絞ったら、用済みになった女の記憶を消し、歓楽街のホープ・ストリートや、マーケット・ノゾミの奴隷商に売り飛ばすのだ。


 半年前、四件目の誘拐のとき、三呂の警察が断罪者に応援を頼み、俺たちは断罪を行った。最終的には日ノ本とポート・ノゾミを結ぶ三呂大橋で銃撃戦となり、車を奪ったカルシドはスレインの火炎を食らい、火だるまになったままホープレス・ストリートに突っ込んだのだ。その後、一命を取り留め、武闘派ギャングのバルゴ・ブルヌスの幹部になった。


 ギニョルの使い魔にひっかかることがあり、何度か断罪に向かったが。バルゴ・ブルヌスのゴブリンどもが邪魔をして、逃げられている。


 頭に叩き込んだフダツキの一人だ。


「蝕心魔法の中でも、チャームは異性にしか効かないんだ。カルシドのやつ、しばらく大人しくしてたが、仕事を手伝う女の吸血鬼を欲しがったのかもしれない」


 エフェメラがチャームで男を誘拐すれば、倍儲けられるということか。


「それで娘のエフェメラってわけか。でも本当にそこまでの筋書きができて」


「話が早いぜ、さすが断罪者だ」


 俺達は同時に振り返った。


 俺もクレールも足音ひとつ感じなかった。

 街灯でできた影みたいに、ザベルがたたずんでいる。


 よく見れば、服装が全くさっきと違う。

 口元には黒い布、地味な茶色の皮鎧を身に着け、その上からマントのような黒いローブをはおる。足元は足袋の様なぴったりとしたブーツ。胸元の鞘にはバンギアの猛獣の牙の短剣、ローブの袖にも鋭い枝のナイフが仕込んである。


「ザベルさん、それは……」


 俺はつばをのみこんだ。こりゃ本気の格好だ。


 ザベルは強い。その実力は、ハイエルフの暗殺者どもとでも渡り合える。店や子供の事がなかったら、俺じゃなくてこの人が断罪者にスカウトされていたと思えるほどだ。


「俺達のミスだ。ひと月ほど前、カルシドから手紙が来てた。エフェメラは、リーエとヒルディと口裏合わせて、俺にも、祐紀にも隠してたんだ」


 くしゃくしゃになった手紙を渡される。いかにもエフェメラが喜びそうな、繊細な模様で彩られた便箋に、踊るような達筆で書かれている。


 カルシドの本性を知っていれば、吐き気がする美辞麗句だった。


 いわく、亡くなった母親がどれほど優しかったか。


 離れ離れになり、寂しい思いをさせてすまないとか。


 手紙の返事を心待ちにしているとか。


 誇り高い吸血鬼の血を継いだエフェメラは、一族の者がやるように、蝕心魔法を練習し、強く生きていくべきだとか。


「……っ、何なんだよ、これは!」


 俺は手紙を叩き付けた。


 あのクズ野郎、自分の娘を利用するために、こんな手紙を出しやがったのか。7歳というエフェメラの年齢、そして母親の名前から考えるに、ここに出てくる母親というのは、最初の犠牲者のことに違いない。


 三呂の裕福な家庭に生まれたその女性は、人間のフリをしたカルシドに連れ出され。下僕にされて散々弄ばれた後、記憶を消されて歓楽街に売られ。


 家族がようやく見つけたときには、ドラッグで中毒死していたのだ。


 売られる前に生んだ子は捨てられたが、それがエフェメラだったのだ。


 母親にそこまでやって、まだエフェメラを利用するのか。


 どこまでやれば、気が済む。


「このままいけば、もう一人誘拐犯が増える。あのレディには素質があるよ。僕達の手ごわい相手になるだろう」


 クレールの皮肉な物言い。


 腹は立つが、こういうケースは少なくない。


 多くのバンギア人が、混血児をカジモドなどと憎悪を込めて呼ぶもうひとつの理由が、その恐ろしさだ。


 親に捨てられ、一人で生きていけない子供達は、大抵がギャングや裏社会の奴らに拾われ、面倒を看られることになる。


 もちろんギャングは慈善でやってるんじゃない。兵隊に仕込むのだ。


 衣食住と、愛情を与えてくれる組織の基準以外、善悪の判断を全く教えられていない子供達は、汚れ仕事も危険な仕事も容赦なく行うようになる。


 冷酷な犯罪の犠牲者達は、最後の瞬間、せめてもの抵抗に、子供達をこうののしるのだ。


 カジモド《出来損ない》、と。


 ザベルは懐の短剣を握った。


「やりとりは、ヒルディの使い魔を通してたんだ。子供はみんな、エフェメラの親を良いやつだと信じてた。きっと親が、迎えに来てくれると信じてた。俺も、祐紀も精一杯やっちゃいるし、あの子らはあの子らで、おたがい、友達になろうとしたりしてるけど、どうしても、どうしてもさびしくなっちまうんだ。でもあの子らの親は……言いたくないけど、俺が言えたことじゃないかも知れないけど」


 ザベルが声に詰まる。


 攻めて来たバンギア人だというのに、この人は優しい。


 引き取ったのは、本当にどうしようもない奴らのどうしようもない結果から生まれた子達ばかり。そもそも、望まれて産まれた子などほとんどいない。


 放っておけば、紛争で狂った連中の仲間入りをさせられてしまう。


「カルシド、あいつだけは許せねえ。刺し違えてでも、きっちり仕留めて、エフェメラを連れ帰る。ホープレス・ストリートで殺せば、あんたら断罪者も文句言えねえだろう」


 言い捨てて闇に消えかけたザベルの肩に、手がかかる。


「よせ、店主」


 ザベルの右腕がうなる。


 俺が動く前に、クレールが目の前で突きを止めた。このなりで腕力はわりとあるのだ。


 拳を震わせながら、ザベルがクレールを見つめる。


「あんたに何が分かる、あの子達は俺の全てだ」


「だから、よせと言っているんだ。お前はあの店と子供を守っているのだろう。お前が悪党と刺し違えたら、店や子供達はどうなるというんだ」


 クレールは店の方をあおぎみる。


 薄明りの二階では、子供達が安らぎと温かさの中で眠り。


 こうこうと明るい一階では、バンギアもアグロスも分け隔てなく、多くの者がその味に一日の疲れを癒している。


 銃と魔法のただなかで過ごす俺とクレールを、癒してくれる店でもある。


「それに、あの美しい細君がいる。そこの下僕半と共に、学校に通っていたなど、信じられないくらい素晴らしい女性じゃないか。お前が守ってやらなくてどうする」


 下僕半よばわりは余計だが。なにひとつ、間違ったことは言っていない。


 しばらくにらみ合った後、ザベルが、腕を引いた。


 クレールの説得が効いたらしい。が、根本的な解決ではない。


「エフェメラは、どうするんだ。カルシドの奴は野放しかよ、あそこに居る限り、あんたら断罪者でも手が出せないんだろ」


 理屈としてはその通り。


 しかし、クレールは牙を見せて笑う。


「心配は要らない。僕は今夜だけ、ただの吸血鬼だからな」


 やる気だ。何がそこまでこいつの興味を引いたのか知らないが。


 はっきり言って危険しかない。


 昨日の事件からも分かるが、俺達断罪者を目障りに思う奴らは多い。


 殺人、強盗、強姦、禁制品取引、不正発砲、魔法の不正使用など。ポート・ノゾミ断罪法で指定された断罪事件をホープレス・ストリート以外の島内で起こせば、俺達が飛んできて断罪する。おかげで、裏の連中の商売は紛争中と比べて制限された。


 というのはギニョルの弁だが、連中に多大なダメージを与えられなくとも、そこそこの邪魔にはなっているのは確かだろう。


 だからこそ、狙われる。断罪者を殺せば裏社会で有名になる。とりわけ、単純な力押しが大好きなバルゴ・ブルヌスの奴らは喜んで群がってくるはずだ。


 ホープレス・ストリートなんかに乗り込んだら。

 カルシド一人と戦うだけで、済むわけがない。


 俺はクレールの肩を叩いた。


「ただの人間も、連れてけよ。お前一人じゃきついだろ」


「仕方あるまい。付き合わせてやる」


 こいつにしては素直な反応だ。


 なぜこんな人のいいことをするのか、それは分からないが。


「お前ら……」


 ザベルが口元の布を外した。人のいい、ただの食堂のマスターが目の前にいる。


 まとった武装が浮いている。俺もこの人も、昔とはもう立場が違う。


「ザベルさん、俺も色々、慣れたんすよ。断罪者なんてやってると」


「すまねえ、頼まれてくれ。エフェメラの奴をなんとか……」


 まさか、ザベルに頭を下げられるとは。


 俺とクレールは顔を見合わせ、うなずいた。


 断罪事件では、もちろんない。


 ギニョルはきっと、カンカンになるだろう。


 まあ、事後報告で許してもらおう。


 どこぞで、鳥が鳴いた。烏か、不吉なものだ。

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