12流血の策

 確認したが、畑の奥に兵士は居ない。連絡される前に、製錬所と管理棟を制圧すれば緒戦は勝利だ。ザルアは剣を納めると、SPASを拾った。フリスベルが後から続く。俺もすぐに駆け出した。


「援護します。突破を」


「了解だ!」


 森を回り込んでいくニノ。俺とザルアは製錬所に続く道を並走する。

 俺たちが行く前にユエ達が制圧してしまっているかも知れないが。


「お前足速いな。そんな鎧着て」


 がしゃがしゃと鳴る、見るからに重そうな金属鎧。それにSPAS12と12ゲージバックショットが入ったザックを担いで走るのを見ていると、こっちまで体が重くなってきそうだ。

 ザルアは余裕の笑みを浮かべる。


「なに、騎士の嗜みだ。軽いボディアーマーは好かん。お前も騎士なんて名前のわりに、鎧の一着も身に着けないそうだな」


「放っとけよ。と、見えてきたぜ」


 小路の切れ間に、製錬所の広場が近づく。畑の道は簡素な飛行場に続いていたらしい。木を切って地面を慣らした上に、離着陸所を示す丸で囲んだHの文字が書かれている。ただ辺りには人けがない。銃声の中心はさらに先。宿舎や管理棟の方向だ。


「突っ切るぞ」


「ああ!」


 向こう側に宿舎が見えている。石造りにわらの屋根を重ねた、粗末ながらも二階建ての建物だ。銃声はそちらの方角から聞こえる。 


 駆けていくと、足元で土が弾ける。距離50メートル、管理棟の窓から銃撃されている。武器は89式だろう。

 並走しながらフォアエンドを引き、充填されたバックショットを連射。俺のM97とザルアのSPAS12が、数秒の間に二人合わせて約7発。


 ヘルメットが飛び、ゴーグルが割れ、兵士が中へ崩れ落ちた。断罪で慣れている俺と同じほど、ザルアはショットガンの扱いに習熟している。

 アグロスに銃が伝わってたった七年だが、マニュアルと現物と訓練があれば、よほどの不器用以外はこうもなる。


 だが相手の銃撃も止まない。他の窓から3人が顔を出して撃ってくる。自衛軍とバンギア人の混合だ。


 周囲には遮蔽物がない。さすがにまずいと思い始めたとき、背後から銃声。二人倒した。

 フリスベルとニノだろう。俺達が的になった隙に、しっかりと狙いを付けたのだ。しかしフリスベルはベストポケットなんかでよく当てた。


 残った一人に再び斉射を叩き込み、俺とザルアは管理棟の根元までたどり着いた。


 管理棟はれんが造りで、入口は周囲にめぐらせた階段。覚悟を決めててっぺんの小部屋まで突っ切れば、制圧だろうか。上れるのは一人ずつ。


「騎士、先に行く。後ろを頼む」


「お、おい待て! くっそ……」


 止める間もなく、ザルアが駆け上がる。俺は慌てて後ろからついていった。


 いつもクレールに援護してもらって俺が突っ込むから、人の後ろから進むのは慣れない。


 頂上まで一気に駆け上がり、スラッグ弾で木製のドアをぶちやぶった俺とザベルは、無事見張塔を制圧。中には二つの死体と、ライフル弾で右頬を吹っ飛ばされてうずくまる自衛軍の兵士が一人だけだった。


 製錬場や宿舎の方では、ユエや他の特務騎士団員が、生き残った兵士を連行している。奴隷のように働かされていた者達が外に出てきており、互いに声をかけあい、金鋸を見つけて鎖を切り始めていた。


 どうやら終わったらしい。


 開始数分。俺達は一人の負傷者も出さず、自衛軍が作り上げた製錬所を制圧したのだ。まさかこれほどうまく行くとは。ザベルの勇気と特務騎士団の実力だろうか。



 刃向かえばすぐ銃殺されていた状況から解放されたアグロス人達は、大喜びで互いに抱き合った。


 今は負傷者の手当てと拘束具の破壊も終わり、ユエは食糧庫の解放を許可し、余剰分を使って宴が行われている。銃殺をちらつかせて脅していたからよほど食料が切迫気味かと思ったら、そうでもなかった。兵士に聞くと余剰分はピンハネして、商人を通じて各地に売っていたらしい。


 調理場は大忙しだ。料理には特務騎士団員も参加し、やせ細っていた労働者たちは、胃を気遣いながら舌鼓を打っている。


 約百人の宴の喧騒を見下ろしながら、俺達は見張塔に集まっていた。


 得た情報を総合し、今後の作戦を話し合うためだ。メンバーは俺達断罪者とニノ、それにザルアとザルアが畑で声をかけた労働者の代表の、シグという男だ。


 この見張塔は作戦室も兼ねていたようで、無線のほかにホワイトボード、戦略地図も用意されていた。俺達が攻撃したときは、それほどの兵員数ではなかったが、用意された弾薬や食料の備蓄等から見て、いざというときは基地の一つとして使うと思われる。


「はーい、みんな注目してよね」


 ユエが指示棒で張り出された作戦地図を指し示す。


 この戦略地図は、二年間の間に自衛軍の測量部隊があちこち回って作り上げたらしく、ザルアもユエも見たことのない詳細なものだった。


「まずこの国に居る自衛軍の兵員数からだよ。今この国には大体2000人くらいの兵力が居る。そのうち、首都のイスマには400人。ゴドー兄さま、ディフェン伯の所の軍事顧問と随伴した兵員が300人。それからララ姉さま、エルフロック伯の所に200人。残りの一千人ちょっとは、国内に点在した基地や製錬所に配置されてるってことで、良かった?」


 両手を椅子に拘束され、額に包帯を巻かれた兵士にユエが尋ねた。

 兵士は無言のままうなずく。こいつは劣勢とみて撤退しようとしたところを、特務騎士団員に狙撃され、確保された捕虜だという。命を惜しがる奴だから、わりと情報を出してくれる。


「その2000人のほか、エルフの森やダークランドなんかの大陸のあちこちにもう3000人居るくらいだね。だから合計して、5000人っていうのが、バンギアに居る自衛軍の兵士の数になる」


 大陸中とはいえ、ものすごい数だ。せいぜい1000人いるか居ないかの、島の橋頭保なんて目じゃない。5年間も紛争を行い、次々と兵士を送り込んだのだからそれも当然か。


「それから、報国ノ防人を作って、その5000人を統括しているのが、ヤスハラ伯、豊田とよだ血煙けつえんで間違いないんだね? 猪原いのはら山河さんがさん」


 意地悪く微笑み、ユエは報国ノ防人メンバーとしてのもう一つの名を呼ぶ。猪原は唇を噛み締め、ゆっくりと首を縦に振った。


「ってことは、まず血煙を断罪できれば大陸の自衛軍は大弱りだろうけど。さしあたって気にしなきゃならないのは、国内の2000人か。さすがにこれだけいっぺんに戦っちゃうと、私達も勝てる気がしないからなー。このままだと多分他の基地と首都の血煙が動かせる兵士がわっと来て終わりだしなー」


 地形図上の基地や城をなぞっていくユエ。相手は紛争を生き残ってきた兵士達だ。質に多少のばらつきはあっても、実力者と見て間違いない。断罪でたびたびやり合った経験からいえば、この基地に居た十数人を倒すのだって不安だったくらいだ。


 首都が把握しているのかどうかは知らんが、戦略地図には蜘蛛の巣のように無数のヘリ輸送のコースや軍用道路を示す記号がある。二年でここまで整備するとは。


「ひとつ提案があるんだ」


 ザルアが立ち上がった。全員の視線が集中する。


「まずは首都から兵力をある程度引き離す必要がある。そのためには、やはり……」


 力強く話していたザルアが、途中から言い淀んだ。

 黙り込んだ様を見て、隣に座っていたシグが言った。


「反乱しかないでしょう。自衛軍が占領した諸侯の領地で蜂起が起これば、ヤスハラ伯の目は南に向かうはずです」


 シグの言うことは正しい。領主が死んだり、首都方面に逃走したせいでほぼ無秩序となった領地は多い。この製錬所だけでも100人近いバンギア人が捕まっていたのだ。彼らが立ち上がったら、血煙とて、軍を出して反乱を治めるほかない。


 ザルアも考えていたらしい。言い淀んだのは、恐らくこいつの性質ゆえだ。


「だが、事はしょせん、我々貴族階級の問題だ。それに」


「一人や二人の犠牲じゃ済みませんよー。今日はたまたま大丈夫でも、戦えば必ず死人は出ますからねー」


 ザルアを継いだニノの言葉に、シグはうつむく。


「それに、その、負けて捕まったりしたら恐らく……」


 フリスベルが言葉を濁した。ここで行われた銃殺以上のむごい行為が待つだろう。俺達が血煙を断罪しても、その瞬間全てが終わるわけじゃない。連中と明確に戦ってしまった場合、武装解除や撤兵、捕虜の解放まで進むかは、しょせん未知数なのだ。ここが島ではない以上、俺達が断罪の名目で干渉することもできないだろう。


「私としても、勧められないかなー。確かに私達は楽になるけど。それにせっかく助かった命を、そんなに簡単に放り出して本当にいいの?」


 ユエの言う通りではあると思う。常備軍や徴兵制があるアグロスならばともかく、バンギアの戦いは基本的に騎士階級のものだ。ユエの使命感も、王族に連なる者としての自覚ゆえだし、ザルアに至ってはここの領主の息子だということが分かった。


「では、我々には、迫害者に対して剣を抜いたザルア様に、報いる術もないのですか」


 ぽつりと言ったその言葉。伸びっ放しの髪の毛や髭を揺らしながらも、シグの目だけは濁っていない。

 立ち上がると、作戦室に響き渡る朗々とした声でまくし立てる。


「首都の方から、連れてこられた者たちから聞きました。戦うためご領地に留まり、爆撃で死んだザルア様のお父上は少数派です。自衛軍に敵わないとみるや、ほとんどの領主たちは中央に逃げ、ユエ様のような方に頼りながら紛争を生き残り、今は我々のような民草を労働に使い、鉄と火薬を国中にばら撒く始末です。挙句王は、国土を荒廃させたアグロス人と姻戚を結ばれるという。王子様方は、そんな王と対立しておられるようですが、彼らの元にも兵士が入り込み、我々の作った武器弾薬を買い込んでいるのでしょう。結局、我らを鉄砲玉にしたいだけのことだ」


 シグのような一国民から見れば、崖の上の王国の中央は腐敗しているにもほどがあるのだろう。支配階級にしてみれば、家名を守ること、国を残すこと、理由はあるのだろうが、理解できないに違いない。


「もうこの国に、我々のような民を気に掛ける者は居ないと思っていたんです。ヤスハラ伯の下に捕まった誰もが、銃殺を盾に、死ぬまで奴隷のように働かされると思っていました。ですが、ここにいるザルア様は違ったのです!」


 えらい剣幕でふられたザルアは、戸惑ってまばたきをする。 

 人に褒められるのに慣れてないのかも知れないな。


「誰もが諦めていた我々の前で、堂々と立ち上がり、銃を前にして剣を抜かれた。ただ己の義憤のままに。これが、本物の騎士でなくてなんだというのです。また、そのように立ち上がる方を見て、死を恐れて縮こまっている者が、どれほどあるでしょうか。この国は臆病者の巣窟などではありません。私が共に起つよう説きます。どうかご命令を」


 驚いた。大した演説だ。外見からじゃ分からなかったが、シグはこちらが舌を巻くほど、弁舌に優れている。ただの農民じゃないのかも知れない。


 やばいとは思いつつも、俺は断罪者の立場を忘れそうになった。この国の暗雲を吹き飛ばして立ち上がる民が見てみたい。


 だがザルアは冷静だった。


「シグ……気持ちは嬉しいが、私は陛下からの正式な伯爵の任命も受けていない。それに父の領地以外の民も居るだろう。私の一存では」


 慎重というより卑屈にも思える。長くマヤの下についてたからか。人の下につくことに慣れてしまっているのだろうか。


「申し訳ありません。出過ぎた妄言でした」


 シグはあからさまに落胆したようだ。力のない笑みを浮かべ、席に座り込んでしまった。


 俺はもどかしくなった。ここまで言ってくれたのなら、どうか民に戦わせてやってほしい。背中を押してやりたいが、他国の反乱を煽るようなことを言うわけにもいかない。


 気まずい沈黙になったが、しばらく黙っていたユエが、指示棒をかしゃりとしまった。


「よし、分かった。……ザルア、末っ子だけと王族の一人として命令します。マヤ姉様を救って、この国を民の手に取り戻すために、あなたが民と立ち上がりなさい」


 まっすぐに見据えて、王族の威厳をもって放たれた命令。


 ザルアは息を呑み、ユエの目を見つめ返すばかりだ。

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