62可憐な根回し



 走る俺の肩にとんぼが留まった。


『騎士さん、私の根はビル中に巡っています。蝕心魔法の発動場所を探します』


「フリスベルか。連中は十七階じゃなかったのか」


 エレベーター脇の階段に駆け込む。フリスベルの根は壁や階段を侵食していた。


 まだ敵は見当たらない。電源が落ち、明り取りの窓からの光しかないが、クレールの目も敵をとらえていないようだ。


『魔法の前から発見してあるのはそちらです。けれど、蝕心魔法が使われてから、十三階にも魔道具に近い反応が現れました。あちこちで動き出したものと似ているんですけど、ひときわ魔力が強いんです』


「そいつだぜ! 思い出した。文献通りなら、大本で魔力を広げる拡魔の具と、そっから広がる魔力を受ける継魔の具があるんだ。……あ、でも連中が使ってるのとは違うかも」


「いや、ガドゥ。それに賭けよう。僕達は奴を追い詰めている。だからこそ、奴は島の全てを捨てて本性を剝きだした。偽の魔道具でかく乱する余裕はないはずだよ」


「……だろうな。あぶねえ!」


 クレールに飛びつき、廊下に逃げ込む。ガドゥをフリスベルの根が囲んだ。

 銃声が連続する。P90だろうか。階段の上から撃ちかけてきやがった。口径5.7ミリとはいえ、防弾チョッキを貫通する弾丸を食らったら、痛いじゃすまない。


 ここは十階。逃げる瞬間見えた敵は十三階だった。ハーレムズの女が出やがったってことは、キズアトが居ることが証明された。


「死ね断罪者。主の元には進ませない」


 ピンを抜く音。女の声と共に何かが壁と根をはねる。手榴弾か。


 爆風を避けないと。俺とクレールは廊下で身を伏せた。コートとマントで背中を覆えば、上を通る熱風を防げる。


『だめ。これは魔道具です!』


「騎士、とにかく離れろ!」


 ガドゥの声。わざわざ手榴弾じゃない方を使うのか。俺とクレールは慌てて廊下に逃げ込む。青白い光。現象魔法に似た魔力が集中する。


 ひょうひょうと不気味な風が吹き込む。ぼう、と広がったのは冷気だ。


「現象魔法かよっ……!」


「血まで凍って死ぬぞ!」


 クレールに言われなくても分かる。冷気は止まない。逃げる俺とクレールを追いかけるように、階段室をはみ出して廊下の両側に広がっていく。ぱきぱきと音がしてフリスベルの根や枝が崩れた。

 アグロスの技術で作られたガラスや壁まで、凍って崩れていく。ほんのわずかな内部の水分が凍結し、割れているのだ。どれほどの低温だろう。


「ガドゥ!」


 俺が叫ぶのと、AKの発射音が同時に響いた。

 女の悲鳴と共に、階段内で氷が割れる音がする。


「ああ……危なかったぜ」


 青白い氷を太い根が割った。ガドゥを巻き取っている。冷気から守っていたのだ。

 よく見れば凍り付いたのは細い根ばかりだ。太い根は魔道具の冷気でも凍らしきれなかったのだ。


『私の根に凍りにくい樹液を流しました。樹化していて良かったです……体に慣れてきました。皆さんを守れます』


 とんぼの使い魔の声の向こうに、あの小さな姿が浮かぶ。俺たちは全員がフリスベルの樹化を嘆いたが、あの可憐な姿を失ってもフリスベルはフリスベルなのだ。


 銃声が続く。ガドゥのAKに対して、グロックやショットガンが階上から応えている。


「クレール、廊下に」


 バラバラと大きな音がビル中に響く。こいつはヘリのローター音だ。近づいてくる。


 窓側の廊下が暗くなる。モスグリーンの大きな機体が側面を向けて現れた。

兵員輸送用のチヌークヘリだ。サイドドアに機銃が備え付けてある。自衛軍が完全撤退したはずの今も、GSUMは持ってやがった。


 窓が割れ壁が砕けていく。サイドドアの76式機銃が廊下を暴れ狂う。小銃弾は痛いじゃすまない。フリスベルの回復も間に合わず即死だ。


「騎士、突き当りの階段を使おう!」


「それしかねえだろうな!」


 ヘリは並走する俺とクレールを追ってくる。ドアガンが小銃弾をばらまき、コートのすぐ後ろを弾痕が彩っていく。


 下でも銃声が聞こえる。一階に残ったスレインたちが戦い始めたらしいが、ヘリはどうにもならなかったらしい。アパッチでなかっただけましと思うしかない。


 弾痕を振り切り、階段に飛び込む。十三階めがけて突き進む。

 階上に敵影はない。ガドゥの方にかかっているのか。ヘリからは壁でこちらは見えないはずだ。


 十三階の廊下は目前。待ち伏せはありうるか。クレールと顔を見合わせる。一刻も早く飛び込む。


『止まって! ヘリから狙われます!』


 フリスベルが使いまで呼びかける。踏みとどまりしゃがみこんだ俺とクレールの頭上で廊下が炎に包まれた。


「てき弾銃だな。外で待ち伏せてたのか」


 ヘリのドアガンは軽機関銃だけだと思ったが。


『方向転換したんです。十階で撃ってきたのと逆側でした』


 フリスベル、根を通じて敵の動きを感知してくれたのだ。こちらの階段にも根が走っている。まるでこのビルを制御するコンピューターでも味方についてくれたかのようだ。


 今まで断罪で出会った樹化した敵は、ほとんどその能力を活かせていなかった気さえしてくる。


『敵、来ます!』


 フリスベルの感知の瞬間、煙の中から鉈を持った女が襲う。叩き斬られる寸前で、俺のショットガンが火を噴く。


 もう一人かかってきたが、こっちはクレールのレイピアで心臓ひと突きにされた。


 エルフと悪魔。ハーレムズの連中だろう。てき弾で俺たちがダメージを受けたとみたのだろうが。二人とも即死だ。


『十三階、敵影ありません。魔力不能者の存在も感じません。ガドゥさんも合流しますよ。ヘリにだけ用心してください』


 完璧だ。フリスベル、ここまで頼もしい存在になるとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る