63人形の演技



 廊下越しの外側をうかがう。ヘリは高度を下げ、入口をの方を銃撃している。俺たちを攻撃しないということは、この十三階に巻き込めない存在がいるのだ。


 すなわち、キズアトだろう。


 下では銃撃戦が展開されている。やがて衝突音が響いた。


「うわ、スレインの旦那がやったんだな」


「ガドゥ」


 向かいの廊下から出て来たガドゥが外を見下ろす。

 チヌークヘリは腹から横に裂け、そのまま墜落していく。


「灰喰らいを投げたんだ」


 クレールの言う通り、斧刃が底部の装甲を突き破ったせいで墜落しているらしい。


 灰喰らいは、六メートルの巨体を誇るドラゴンピープルにしか扱えないほど重厚な武器だ。車両のエンジンをも叩き斬る威力がある。銃弾を弾く程度のヘリの装甲では、ひとたまりもない。


 外には確かにGSUMの戦力が集中しているが、この分ならなんとかなるかもしれない。


 残るは俺たち。三人でドアの前に立つ。白一色のなんの変哲もないドアだが、ここだな。


『その部屋は私の根を拒んでいます。魔道具の魔力も感じます』


 フリスベルがいうなら、いよいよ間違いないが。


 一気に行っていいものか。相手はあのキズアトだ。


「罠とかは分からないな」


「……おれを信用してくれるなら、大丈夫だぜ。魔道具の本体は大規模で精巧なものだったはずだ。部屋を傷つけたら、止まっちまう」


 ということは、爆発物とか、現象魔法を発するタイプの魔道具はないのか。


「まあ、あってもやるしかねえだろ。覚悟決めろ!」


 俺はM97にスラッグ弾をセットした。狙いはドアノブだ。

 ドアブリーチャーがノブを吹き飛ばす。蝶番だけになったドアを蹴り開けた。


『よく来たな』


 地面の底から響くようなしわがれた声。キズアトは俺たちの正面、部屋の一番奥に居た。


 黒い玉座のようなものに座り、顔には銀色の仮面のようなものをつけていた。仮面の後ろからはなん十本ものコードのようなものが部屋中に伸びている。


 遮蔽物がない。俺もガドゥもクレールも銃を構える。


『……忙しいな。話をする余裕もないのかね』


 三人とも動きを封じられている。首や腕、胴を取り巻いているのは、なんと木の根。ドアから入ってきたフリスベルの根が、俺たちを攻撃しているのだ。


『ご、ごめんなさい、三人とも、なんでわたし』


 根の一本一本に魔力が走っている。だがキズアトの瞳からではない。


 サーバーコンピューターのような四角い装置が、部屋の両端にそって並んでいる。魔力はそこからだ。一つ一つが、俺の身長にも迫ろうかという大型の魔道具。それが合計八つ。


 クレールの瞳に魔力が集まっている。だが、フリスベルの根には干渉できない。数々の戦いをくぐって、吸血鬼としては、かなり強くなったはずなのだが。


「くそっ、魔拡の箱は魔法の範囲を広げるだけのはずだぜ! 通常の蝕心魔法まで、強くするのか」


『君がギーマを殺したおかげで、行き場のなくなったゴブリン達が改造してくれたんだ。今は元気な、なりそこないになっている。楽しく血の饗宴をしているだろう』


 やはりというか、ホープレス・ストリートのマフィア共から使える奴を見繕ってやがったか。そのあと、きっちり実験体にした。


「お前……がっ!?」


 AKのストックで自分を殴るガドゥ。フリスベルを操れるなら、俺たち全員操れても不思議ではない。


『君はべつにいいんだ。使えそうだから下僕にしてやっても。私のものは多少壊したが、これからいくらでも増やせるしな』


 俺の右手が勝手に動いた。懐から取り出したのは、銀のナイフ。キズアトにぶちこんでやるはずの。


 体が根の拘束から解放される。だが蝕心魔法からはまだだ。頭の中に砂でも流し込まれているようだ。銃も根に奪われている。


 フリスベルの根が檻のように俺の背後を囲んだ。そして、俺の正面には―—。


「騎士……」


 クレールだ。こちらも銃を取られて、レイピアだけになったクレールが解放されている。


 抵抗のしようがない。手は勝手にナイフを握り、腰に引き寄せる。


『騎士、君は吸血鬼が嫌いだったな。クレール、君は父親に人間を殺された。だから恨みを晴らさせてやろう! お互いを刺し貫け!』


 俺の体が駆け出す。クレールもだ。俺のナイフが迫る。レイピアの刃も。体のどこも止まれない。突き刺さる。


 冷たい痛みが胸をはしる。異物感がある。ポロシャツが真っ赤に染まっている。みぞおちのわずかに上、肋骨のそばをレイピアが貫いていた。


 ナイフが床で音を立てる。クレールの右足、ふともものあたりが白くなっていく。かすったのだ。銀のナイフが。


 かすり傷とはいえ、吸血鬼が銀で傷ついてしまった。


『うむ、クレール、わずかに抵抗できたか。死なないようにナイフの刃先をずらしたな。騎士の方はきちんと殺したらしいが……』


 満足そうな声が聞こえる。寒くなってきた。もう、だめなのか。俺がクレールを完全に殺さなくて良かったと思うべきか。


『まあ、とりあえず騎士か』


 クレールの腕が俺をつかんだ。細く見えて、鋼の縄のようだ。俺の背中まで刺し貫いたレイピアの柄を握る。


 ぐっと押し込まれた。喉元に血が上がってくる。


「聞け、騎士……」


 クレールが俺を見上げる。その瞳には自分の意思がある。


「君は、死なない……急所は、外れている」


 まさか、いや、俺はこいつを信じるべきなのか。

 それしかない。

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