28石盤に這うものは

 竜食いの胞子を塗った短剣が、スレインにとって最大の脅威だ。

 では鱗のない俺たちが警戒するべきものというと、人間の持つショットガンだ。


 距離十メートルからどんどん接近する間合い。無数の鉛玉が狭い範囲に着弾すれば、共振が巻き起こり肉と骨はまとめて吹っ飛ぶ。


 狭山がエルフに近づいていく。薄明かりに大鉈が閃く。鉈の腹で一瞬なにかが弾けた。

 石床のはざまに枝が突き立った。根が伸びあがり、おぞましくうごめいている。処刑樹を投げつけられたのか。これも持ってやがった。


 距離が縮まる。エルフが短剣を取り出す。刃が閃き赤黒い液体が石床を汚す。白い手首がごろりと転がる。


「ぐあっ……!」


 狭山の鉈だ。二人の首を同時にはねる刃渡り、リーチは短剣より長い。


 うずくまったエルフを無視し、狭山はショットガンの人間に向かう。がぎり、頭を断ち割る一閃をM1887の銃身が受けた。


 銃口は頭上、散弾は使えない。散弾銃と大鉈を間に、二人は激しく押し合う。


 俺の方には三つの銃口が向いている。手近なエルフに棒で殴りかかる。


 石薔薇でできた棒は、一メートルほど。真ん中を持って振り回す瞬間、少しだけ力を抜く。支点が滑り、先端が伸びあがる。


 防御をくぐった。ハイエルフの端麗な頭の端に、硬い先端がぶつかる。


「貴様……!」


 美しい顔に怒りが浮かぶ。こめかみから血が流れている。持ち手を滑らせ射程を変えるのは棒術の基本だ。断罪者としての訓練中、銃剣術のついでに習った。


 俺は間合いを詰めた。次の突きはかわされる。戻して防御。短剣と競り合う。


「下僕半め、殺してくれよう」


「完全な下僕には、言われたくねえんだよ……!」


 力は大体同じか。油断できんが、この密着は狙い通り。俺を狙うほかの銃口が撃てないからだ。近距離戦は散弾銃の十八番だが、飛び散る散弾はフレンドリーファイアの危険がある。


 こうしてエルフと格闘戦の間合いになっておけば、吹き飛ばされる心配はない。


 クレール、フリスベル、ガドゥも似た方法で戦っている。


 それぞれにスレインを襲うエルフに突っ込み、弱らせながら格闘戦の間合い。俺と同様に散弾銃を撃たせない。


 クレールは木の剣を華麗に振るう。石薔薇はスレインでさえ破壊をためらう硬度がある。それを固めて作られた剣は、短剣の防御を破って相手を鋭く切り刻む。


 ガドゥは小柄な体格を生かし、懐に潜り込んで手斧を振るう。腿を負傷したエルフは悲鳴を上げて動きがにぶった。


 フリスベルは石薔薇を操り、鞭のように使って自分を狙う散弾銃を絡めとってしまった。無論、格闘にくるエルフも振り回すつるで近寄らせない。


 狭山は言わずもがなだ。接近しても中距離でも鉈をうまく使い、手や足を落として敵を無力化していく。あんな鉈、今日初めて手にしただろうに、特殊急襲部隊ってのは、武器さえも選ばないらしい。


 二十三人と五人で始まった戦いは、見る見るうちに十人と五人の戦いになってしまった。ショットガンを持った人間さえも、クレールと狭山に襲われはじめた。


 規格外の力を持つスレインが参加していないのに、机上計算されたミリタリーバランスが全く通用していない。

 もっとも、これも当然かも知れない。断罪者の仲間が戻ったのだ。こんなにわか仕込みの奴隷や下僕なんぞに負けはしない。


 部下をたたんだら、いよいよリアクスの番だな。


『……何をやっているのですか』


 かと思ったが、女吸血鬼の目から銀色の魔力が走る。取り巻く先は俺たちを撃ちあぐねていた人間の下僕達だ。


 瞳が真っ赤に染まる。一段強く意識を乗っ取られたのか。七人がM1897特有のトリガーアームを引いた。カチン、という金属音がして12ゲージバックショットが銃身に送り込まれる。


 俺、狭山、ガドゥ、クレール、フリスベル。接敵している全員めがけて銃口がかかげられた。味方ごと撃つ気だ。蝕心魔法で銃撃を命令した。


 石床のステージ上に遮蔽物はない。まずいぞ。


『吹き飛ば……』


「させる、ものかあああっ!」


 銃声をかき消す雄たけび。スレインの口から火炎が放たれる。赤鱗の巨竜が放つ炎の前には、火炎放射器さえライター同然だ。


「うぎゃあああっ!」


「あぐああぁぁ!」


 むごたらしい悲鳴を上げ、火だるまになった人間たちが崩れ落ちる。手にしたM1887は木製のグリップが焼け、内部の散弾がさく裂、暴発して使えなくなる。それ以前に指が焼け落ちて撃てない。


 リアクスは味方ごと撃たせるために、蝕心魔法で意識を刈り取っていた。そのせいで防御の現象魔法が使えなくなったのだ。スレインはそこを突いた。


 生きたまま焼失した味方の姿に、エルフ達が動揺する。その隙を俺たちは見逃さない。


 棒を使って相手の腕を絡めとった。腕を封じつつ体勢を崩した相手の背後に回り、足を払って転ばせる。石床にうつぶせに押し倒す。


 顔面を打った相手の短剣を蹴り飛ばす。肘を背に乗せ、体重をかけて拘束した。


「おのれ……」


 血みどろのまま口を開けるエルフ。まさか樹化の強薬か。


 歯に仕込んだ薬を飲むと、エルフは樹木の化け物になる。恐ろしくタフで虫の魔物を呼び出し、現象魔法を使う厄介な姿だ。特殊な例外を除けば、魔物の姿から戻れないから、命と引き換えの最後の手段だが。


『イ・コーム・ビンド・ヴィーネ!』


 フリスベルが突き立てた杖。石床の溝を魔力が走る。敵が広げた石薔薇のつるが勢いよく立ち上る。


「が、あっ……」


 エルフの口元をとげ付きのつたが絡めとる。口が閉じられなければ薬は飲めん。つたはさらに足首や胴体をも拘束した。クレール、ガドゥ、狭山も相手を倒している。つたはこいつらも全員縛り上げた。とげで血まみれにしてな。


 焼け死んだ下僕が七人。残りは重軽傷を負って石薔薇で拘束済みか。俺達、丸腰のたった六人が勝っちまった。


「それなら、猛獣の餌やりだ……!」


 リアクスはまだ魔力を集める。銀の糸が伸びる先はステージを囲む森の茂み。


 俺は見られていない。なら。

 焼死体のそばに転がるM1887に飛びつく。じゅっ、と嫌な音がしたが、トリガーアームを引いてバックショットを装填。使える。火の当たり加減がよかった。


 うなり声と共に、牛のような大きさの虎がぬうっと現れた。下僕連中が森の見回りで使ってたやつだ。


「ローエルフを食い殺せ!」


 命令に従いとびかかる虎。標的はフリスベル。石薔薇はすべて拘束に使っている。


「やめろ!」


 俺の叫びに、リアクスの動きが止まった。虎たちの動きも止まる。爪と牙が届く寸前だった。


 リアクスは唇をかみ、俺が向けたM1887の銃口を見つめた。

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