27戻ったもの

 だが、どうしてだ。リアクスからすれば、スレインは異性で血のつながりもない。チャームをかけるのは難しくないはずなのに。


 銃撃が続いている。ロドだったガドゥが俺のそばにしゃがみこんだ。しまったと思ったが、手斧を振るわない。俺の傷を確かめている。


「騎士、無事……のわけねえか。いや、本当にすまなかったな」


「お前も戻ったのか、ガドゥ。チャームをかけられたんじゃなかったのか」


「チャームじゃない。記憶を封印し、下僕になる命令を施しただけだ」


「クレール」


 ウィッグを取ると、いつもの柔らかく艶やかな銀色の髪に戻る。ステージで踊っているときは、伸びた部分までが地毛に見えたけれど、やはり偽物だった。


 ドレスとブーツはやたら似合うが、目の前にいるのは、俺とよく反目しあっていた断罪者に違いない。


「リアクスは好みにうるさいのさ。血を吸うのは人間かエルフの男で、気に入った者だけ。ガドゥもスレインも、血を吸うには値しなかった」


 なるほどな。それにしたって、せっかく引き入れた断罪者を逃してしまうんだから、詰めが甘い。俺達が今まで相手にした悪党の誰より、雑な手口だ。


「……僕でも、簡単に戻せた。粗雑な魔法だったよ。母さまと、よぶのも、いやになるくらい」


 顔を伏せたクレール。一族に誇りを持っている奴だ。実の母親の堕落ぶりに耐えられないのだろう。


「クレールさん、今はいいんです」


 フリスベルが肩を抱く。狭山の負傷はとりあえず安定させたのか。少女二人の慰め合いのようだが、まあいい。


 相変わらず、スレインの鱗が銃弾をはじき返している。発射音からは、ピストルが多めか。ライフル銃とか、重機関銃がなさそうなのは救いだが。銃は銃、鱗がない奴は当たれば死ぬ。


「で、これからどうするよ、直ったはいいが、おれたち丸腰同然だぜ。旦那もいつまでも粘ってられねえ」


 ガドゥの言う通りだ。俺と狭山の首をはねようとした大鉈、手斧はある。悪い武器じゃないが、銃口に囲まれていては役に立たん。


 突然銃撃がやんだ。暗闇は相変わらずだ。どうしたというのだろう。


「エルフの下僕が短剣を準備している」


 吸血鬼であるクレールには闇が見える。何をやっているか分かるのだ。しかし短剣か。ドラゴンピープル相手に接近戦をやるとは。冷気の現象魔法ならともかく、わざわざ死ぬつもりか。


 いや。まさか。


「……竜食いを使うつもりなのか」


 俺のつぶやきに全員が振り向く。竜食いは、ドラゴンピープルにのみ寄生する胞子類だ。バンギア最強の種族ドラゴンピープルにとって、最大の弱点といっていいだろう。


 胞子は発射時の高温で焼けてしまうから、銃弾には仕込めない。刃物に塗りつけて使う。接近して鱗の隙間に傷をつければ、そこから浸食して死に至らしめる。


「二十人近く囲んでいるな。どうする」


 狭山が体を起こした。もう動けるのか。さすがに元特殊部隊員だけあって頑健だ。それだけフリスベルが必死に魔法を使ったのかもしれないが。


 いや、俺も痛みはひいているな。

 力を入れてぐっと体を起こす。おお、いけた。


「……わざわざ相手にしなくていいだろ。スレインに飛んでもらおうぜ」


 銃をしまったなら、撃ち落とされることもないはずだ。竜食いの危険からは逃げるのが一番だ。


「待ってください、魔力を感じます」


 フリスベルがそう言ったまさにそのときだ。暗闇の中になにかが広がる音が響いた。びきびき、ずずず、と不気味ななにかがステージの周囲から天井に向かっているようだが。


「なんだ……どうなってんだ」


「頭上を石薔薇で覆い尽くされました。炎の効かない植物です」


 また厄介な植物か。シクル・クナイブはなくなったっていうのに。竜食いといい、戦闘に使えるエルフの植物自体は、GSUMが受け継いでやがる。そういや、マロホシのやつがシクル・クナイブと協力したとか言ってたっけ。


「むう、このつるは石薔薇だったのか。灰喰らいなしでも、壊せぬことはないが……」


 言いよどむスレイン。あの化け物戦斧がないと、破壊に時間がかかるのだろう。引きちぎって空に逃げようとしている間に、集中砲火される。GSUMが協力したってことは、RPGや重機関銃もあるのかも知れない。丸腰の俺たちは肉塊か。


 空には逃げられない。格闘に応じるしかない。


 フリスベルが足元の石薔薇を変形させる。俺には棒、クレールには細く鋭い剣のようなものを投げ渡してくれた。自分は杖状にして拾い上げた。


「……やるしかねえよな。旦那を守ろう」


「これは、なかなかいいな。刃物は素人だが」


 ガドゥは手斧。狭山はなんと、自分の首を刎ねるところだった大鉈を拾った。


 全員でスレインをかばって円陣を組む。スレインは翼を丸め、首を縮めて自分を守る姿勢を取る。翼ならまた生える。胞子が回る前に千切って命を守れる。


「……すまんな。これでは足手まといだ」


「気にすんなよ。もうなんべん助けてもらったか、覚えてないくらいだ」


「お互い様、ですよ」


 苦笑するスレインに、俺とフリスベルはほほ笑みを返した。


 暗闇に目が慣れてきた。リアクスの下僕達が、石薔薇の間からステージに侵入してくる。俺たちを取り囲んでいる。

 エルフは枝や牙の短剣、吸血鬼はレイピア、人間の男達は銃剣つきの、ショットガンか。薄暗くて種類までは分からんが、人間が一番危険だ。


『皆様。少々お待ちを。すぐに壇上が片付きますわ!』


 リアクスの一声で、下僕達が一斉にかかってくる。


 仲間は戻った。来るなら、来やがれ。

 俺の中に久方ぶりの戦意が、みなぎっていた。

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