25ステージと生贄
時刻は宵の口。吸血鬼にとってのゴールデンタイムが近づいている。
ここはステージのような場所だ。俺と狭山は丸い石板のようなステージの端に転がされている。武器は取り上げられ、両手足には茨の手かせが巻き付いていた。
眼前の石の板には、人を食らうおぞましい怪物が彫りつけてある。バルゴ・ブルヌスのゴブリンがしていた入れ墨のようだ。
歓声が耳を埋める。俺達にじゃない。スポットライトが当たっているのは、フリルで彩られた黒と白のドレスに身を包んだ二人。
ソムブルとイレィト。もう、クレールとフリスベルとは呼びたくない、リアクスの下僕となった二人だ。
無機質なダンスミュージックが流れる中、二人は美しい髪とドレスの裾をひるがえして、踊り、歌う。
相当な手練れのスタッフでも下僕にしたのか、スポットライトの強さや色、切り替えのタイミングは完璧だ。
声、音楽、打楽器のミキシングは絶妙。音楽と歌声と二人の舞が混然一体となる心地よさがある。少女二人、片方は女装の歌のはずが、この世ならぬ精霊が闇の中に宿ったような心地だ。
石板のステージの周囲には、黄色や赤、紫色のけばけばしい花。その間を群衆が埋めている。振り回されるサイリウムの光が、官能的に咲き乱れるダークランドの花々と混じり合っている。
インターネットでの配信ライブ映像しか存在しない、謎の二人組アイドルグループ『カオスワインド』。これは、彼らへの寄付額が一定以上を超えたファンに対する、特別なライブイベントなのだ。
三曲目が終わった。スポットライトが頭上に切り替わる。
廃墟と見えたコンクリート造りの三階建てには、立派な棘のついたつるが、一面に茂っている。禍々しい黄色に染まったキイチゴのような果実が、すずなりになっていた。これもダークランドの植物だ。
昼間に見たみすぼらしい光景とずいぶん違う。ぼろぼろの廃墟と繁茂した植物に奇妙な調和がある。吸血鬼の結婚式を見たことがあるが、あそこでも逆十字をかかげたり、不協和音の葬送曲を流したりていた。人間が嫌なものを好むのが吸血鬼の性なのだろう。
『……我が娘達の舞はいかがでしたか、皆さま』
ライトの主の静かな言葉に、歓声が応える。退廃的な場所を作り上げた吸血鬼、リアクスだ。
カクテルドレスが青白い肌を彩っている。クレールの母、と言われればなるほど、目鼻立ちになんとなく面影がある。悪党に特有の酷薄な雰囲気だけは隠しようがないが、断罪者か裏社会の経験がない奴には分からないだろう。
実際、リアクスの呼びかけは響く。
『今日、集まってくださった皆さんには、ショーより特別な余興を御覧に入れます。我が娘達が、人間の愚かなる倫理や道徳を超越した美を持つことを、皆さまにご覧いただきたいのです。ファーン、ロド!』
スレインと、ガドゥの名が呼ばれた。
俺の身体が何かに包まれて浮き上がる。隣の狭山も同じだ。
冷たい石板に押し付けられた。スポットライトが俺達に当たっている。
俺と狭山を押さえつけるのは、鱗のある赤い柱。いや、スレインだったファーンの手だ。俺も狭山もうつぶせにされ、胴体から下をすっぽり覆われている。動くのは首と頭だけ。ちょうど、ギロチンの被害者のような姿勢だ。
果たして、ガドゥだったロドがライトの中に歩み出てきた。
手にしているのは、人の背丈ほどもある長大な刃。片刃の大鉈のようなものだ。
「いいショーにしようぜ、断罪者さん」
小柄なロドが大きく振り上げた鉈。俺と狭山の命を絶つべく、ライトのきらめきに彩られている。
ライブにおける、文字通りの公開処刑。それこそが、俺と狭山を生け捕ったリアクスの狙い。
「この二人は、場違いな思い出を語り、皆様と私の宝である娘二人に近づきました。カオスワインドを調べる者は、いつの間にか姿をくらます。そのことを今、ここで証明しようではありませんか!」
観衆が一層沸き立つ。アイドルでいえば、抜け駆けして手を付けようとした不埒なやつが処刑されるようなものか。それにしても異常だ。
香水のような匂いがする。観客の間に咲く花から匂う。あちらのライトは控えめなのに、やけに鮮やかな花びらだ。あれは魔力を含んでいるのか。
リアクスの目から細い糸のような魔力が伸びている。蜘蛛の巣のように無数に分かれて、観客たちの目とつながっている。すでに数百人の心と記憶が掌握されてしまっている。
これがリアクスのやり方だ。二人のアイドルで釣った奴らをこの地図に載らない場所に引き込み、自らの部下に組み入れているのだろう。全員にチャームを使っているのかどうかは分からないが。
「やるのです、ロド! 首を落としたら腕、その次は足ですよ! 転がった醜悪な首には、優しきわが娘二人が、慈悲の口づけをくれましょう。さあ、皆様。血まみれの愚か者にさえ慈悲の口づけをそそぐ我が娘達の優しさに、盛大な拍手と助力をくださいますように!」
群衆が拳を突きあげる。歓喜の叫びがほとばしる。
『殺せ! 殺せ! 口づけのためだ、首を出せ!』
凶暴なコールが夜空に響く。踊り終わった姿勢のままのソムブルの目は銀色の髪が隠している。同じく、イレィトも黒く変えられた髪に遮られて、表情が見えない。
二人を見つめる俺に気づいたのか。ロドが笑う。片耳のない、あの残虐な弟を思い出させる笑みだった。
「ははっ、無駄だよ。マスターの蝕心魔法は強いんだ」
ガドゥが、俺の仲間が絶対に言わない言葉、しない表情。すなわち、期待も抵抗も無駄ということ。
「ロド、無駄口はよせ。生贄への敬意を欠くぞ」
降ってきたファーンの声はスレインと同じ。だが、敬意をもって首をはねるという前提は動かない。やはり、俺の知る存在は消されてしまった。
「……わーってるって。じゃあな、断罪者さんよ!」
銀色の刃が、空気を裂いてうなりを上げた。
死が、俺に降りてくる。
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