14解放


 ドロテアを狙う3人の兵士が、突然腕をおさえた。

 何かが突き刺さっている、ナイフ、いや、もっと白っぽく細い。

 木の枝か。あんなものを攻撃に使うのは、エルフ達以外に考えられない。

 となると、若木の衆だろう。裏切ったんじゃないのだろうか。


 頭上で、再びガラスが割れる。投げ込まれたのは、若木の衆のマントと同じ、縁に唐草の刺繍がされた、白い布でくるまれた塊。

 一瞬身構えたが、模様を見た、フリスベルの顔が明るくなった。


「珠里さん。平気だから、開けてください」


 言われるままに珠里が開封する。

 俺のM97とガドゥのAK、フリスベルのベスト・ポケットに、トネリコの杖。それぞれの弾薬に加えて、断罪者の上着まである。鍵束は、俺とガドゥの手錠のものか。ついさっき取り上げられたはずなのに。誰かが取り戻してくれたのか。


「一体誰が……」


 フリスベルの視線を追う。黒い煙としぶきの中、割れた窓からこちらを覗き込む、ハイエルフの姿がある。

 あれはフェイロンドだ。あいつがやったのか。だがどうして。

 声をかける前に、その姿は闇に紛れてしまった。

 敵対してくることは無さそうだ。

 これ以上、味方してくれることもないということだろうが。


「おい騎士、ぼーっとすんな。まずは旦那を助けるぜ」


 珠里に手錠を外してもらったのだろう。AKでドロテアを援護しながら、ガドゥが言った。俺も珠里に頼み、鍵を外してもらうと、M97にスラッグ弾を込めた。


「フリスベル、魔錠頭に上げろ。動くなよ」


「っ……は、はい」


 ぷるぷるしながら、頭の上に両手首を差し出したフリスベル。危険極まりないが、この状況ではフリスベルの力が絶対に必要だ。

 クレールやユエの様な腕が俺にあれば。いや、無茶を言うのは止めだ。へたくそってわけでもないだろう。

 祈るような気持ちで引き金を引く。発射音が響き渡り、フリスベルの魔力は自由になった。


「怪我してないか」


「ええ。ありがとうございます」


 ベストポケットと予備マガジンを懐に、トネリコの杖を取ったフリスベル。青い魔力が、杖の先端に集中していく。


「アルリィ・クーレ」


 呪文と共に、くるくると回した杖から降り注いだ魔力が、ガドゥと珠里、少し離れたドロテアとフリスベル自身を取り巻く。傷がふさがっていく。スレインまでは届かないか。


 ガドゥの射撃と、フリスベルの回復魔法で位置がばれたのか、砲火がこちらに集中する。半端に見える奴が居たらしい。

 撃たれまくっているせいか、いくつかの弾丸がコンテナをぶち抜き、後ろのシャッターにぶつかっている。


 立ち上がったドロテアが再び闇の中を駆け、兵士たちを沈黙させていくが、なかなか追いつかない。

 さすがに自衛軍の橋頭保だ。爆炎の向こうに、小銃や機関銃、拳銃の光がどんどん増えてやがる。恐らく、もう警務隊だけが出てきてるわけじゃない。


 向こうもこっちの砲火を頼りにしているのだろう。スプリンクラーの水が降りしきる中、しつこい弾痕が俺達を離れない。

 トリガーを引き絞り、フォアエンドを引いてM97を乱射。2つほど砲火が消えたが、数倍の銃撃が集中する。とても顔を出していられない。


「ちくしょう、スレインを助けないと、これじゃジリ貧だぜ」


「でもどうすんだよ、旦那はまだ片腕が捕まってる、しかも氷漬けだ」


「氷は私の魔法で溶かせます。でもあの鎖は、あんな怖いものに、魔力は効きません」


 金属、アグロスの人工物、現象魔法が効きにくいものの代表だ。


「クレーンには操作ボタンがある。あれで緩めれば、鎖は解ける」


 確かに珠里の言う通り、真壁は柱のボタンを操作していた。

 だがその柱は、黒い煙のまっただ中。俺達と自衛軍の砲火の中心だ。まともに近づける場所じゃない。

 たどりつけたとしても、どのボタンでどうするのか、素人の俺達じゃ分からない。


「私が操作する。整備中隊に居たから、方法は分かる」


「あとは壁か、どうするかな」


「あたしに任せてくれ!」


 ドロテアが柱を飛び移り、戻って来た。焼け焦げたり、撃たれたり、銃剣がかすって傷だらけになり、服があちこち破れている。

 それだけに、姿が良く分かる。尻尾に加えて、腕や背中、腹、足などがスレインと同じ真っ赤な鱗に覆われていた。竜の鱗で作った防具でも着ている様に見えるが。これがドラゴンハーフであるドロテアの体なのだ。


「あたしの鱗なら、しばらくの間、おふくろの弾避けになれる、あそこまで連れていけるぜ」


「だめだ、危ねえ。連中だって狙う場所ぐらい分かるだろ。その……鱗の無い場所を狙われるぞ」


 ガドゥが目のやり場に困っている。

 胸や局部を隠しているのは、引き裂いた服の破片だ。スカートだって大幅に短くなり、鱗の無い太股が露わになっている。

 だが正論だ。向こうはいい加減、ドロテアにやられまくってるだろうし。珠里もドロテアに言い聞かせた。


「だめ、ドロテア。危険すぎる」


「向こうに着いたら、操作の間は、私が現象魔法で壁を作ることができます」


「俺とガドゥが、出てって的になろう。少しはマシに動けるだろうし、狙いを絞らせなけりゃ、あそこまでなんとか行けるだろう」


「だめだ! それじゃおふくろも危ねえし、何よりあんたらが、断罪者が一人でも欠けたら、この島の天秤はどうなっちまうんだよ」


 天秤、スレインと同じ言葉をドロテアが口にするとは。

 炎と煙と、銃撃の中、美しい顔を、自分の手で覆うドロテア。


「真壁は、はっきり言って異常だよ。小さい頃少しだけアグロスに居たけど、あんな奴見たこと無い。あんな奴らが、89式やら戦車やら、強い武器を持ってるのが島の自衛軍なんだろう。戦争が終わったって言うけど、あいつらそんなこと、少しも気にしてねえじゃねえか。あんたらが居なけりゃ、バンギアの奴らは、どうやってそんなのと渡り合えばいいんだよ」


 俺達断罪者が、力を失えばどうなるか。自衛軍はこれ幸いとばかりに、活動を始めるだろう。なにせ島には警察など無く、自衛軍を取り締まる警務隊をまとめているのが、あの真壁なのだ。おまけに頭は、“将軍”だ。

 すぐさま、予算と人員と装備を日ノ本から搾り取り。バンギア中に、血の雨を降らせにかかるだろう。

 ポート・ノゾミは再び日ノ本が占領、この駐屯地を文字通り橋頭保にして、大陸侵攻、バンギアの支配をもうかがうに違いない。

 実行できれば、大英雄間違いなしだ。

 バンギア人達の、無数の屍の上に築かれた玉座が。自衛軍の兵士達と、入植する日ノ本のアグロス人を迎えるだろう。


「あの人も、スレインも断罪者なんだ。ここで死んじゃだめだ、ガンスミスの腕だって、あたしよりおふくろの方が上だし、ここはあたしがくたばってでも」


「ドロテア」


 珠里が娘の肩を抱く。


「……スレインの事、分かってくれて嬉しいけど。死ぬつもりなら、許さないから」


 ドロテアが言葉に詰まった。煙と火花の中、うなだれているスレインを見つめる。

初めて会ったときに言ってた、体面を気にする奴はクズだと。

 だが俺達断罪者の役割は、天秤という一種の体面。スレイン達ドラゴンピープルが重視するものだ。今の言葉は、それを認めたに等しい。


 不本意気に口をゆがめ、ドロテアが珠里に答える。


「安心してくれ、くたばるつもりはねえ。それより向うについてからだ。嬢ちゃん、魔法は大丈夫なんだろうな」


「……え、嬢ちゃんって。もしかして私、そんな年に見えちゃうんですか?」


 状況を考えて浮かれて欲しいが。ナリだけ見れば、ローエルフのフリスベルは、ただの少女だ。この場で一番年下に見える。

 もっとも、ドロテアはそういうローエルフの性質を知らないのだろう。集中した俺達の視線に、小首をかしげる。


「なんだ、そうじゃないのかよ? 婆さんが魔法で化けてるのか。大人しく年相応で居ろよ、趣味悪いなあ」


「あ、いえ。そうです、私は女の子です。まだまだいけちゃいますよ、ですよね、騎士さん」


「ああ、まあな。それよりしっかり頼むぜ」


 スラッグ弾に換装しつつ、話半分に受け流す。

 本当は確か、321歳だったか。寿命の800年からいえばまだ若いのだが。ギニョルが282歳だったから、断罪者で一番年長だ。

 若く見られて、嬉しい年頃なのだろうか。悪魔、エルフ、吸血鬼、このあたりのやたら寿命が長い奴らの感覚は、ときどき謎だ。


「それじゃあ、行こう。援護をお願いする」


「任しとけ。ガドゥ、いけるか」


 AKはそもそも集弾率が良くない銃だ。それに、ガドゥの腕もそれほどではない。


「やれるぜ。ドロテアがいじった銃だ」


 マガジンを換え、確かめる様にしっかりと銃を握ったガドゥ。

 相変わらず、まともにドロテアを見られない様だが、気持ちは伝わったらしい。


「……ありがとな。行くぜ!」


 ガドゥに小さく礼を言うと、ドロテアはコンテナを飛び出した。

 当然、射線が集中するが、両腕で顔を覆い、体を前のめりにして、当たる面積を最小にしている。しかも、正面からでは、鱗のある部分にしか命中しない。

 小柄な珠里は尻尾で巻き取り、背中に隠して突進していく。


「おら、黙りやがれ!」


「くたばれ畜生がっ!」


 AKの乾いた銃声と、俺のM97が放つスラッグ弾。正面の砲火を三つずつ、つぶした。

 その甲斐あってか、珠里とドロテアは無事に操作盤にたどり着く。


「殺せ、ドラゴンピープルを開放されるぞ!」


 狙いに気付いた奴が居たのか、叫び声が飛んだが。そこにフリスベルの呪文が重なる。


「リズ・リズ・ゲトゥ・オルディナ!」


 少し長い呪文と共に、魔力が倉庫の床を取り巻く。

 岩山が出現した。


 いや、コンクリートの床が、数メートルの小高い岩山ほどに隆起し、珠里とドロテアを守っている。

 ただの岩なら銃撃で簡単に砕けるが、幅は数メートルの岩塊を打ち砕き、向こう側を望むには、ドリルか爆薬が必要だ。


 スレインの腕を引きちぎったときと同じ。煙と光の中で、不気味な機械音が響いた。

 曇った景色の向こうでは、スレインの巨体が解放されていく。


「あなた、鎖はゆるめた、今なら出られる。フリスベルの所へ!」


 珠里の叫びは届いているのだろうが。巨体は動く気配を見せない。煙の狭間に見えた顔も、苦痛に歪んで目を閉じている。

 気絶してしまっているのだろうか。腕一本引きちぎられたのだ、それもありうるだろうが。


「そのトカゲ女に銃弾は効かん。重機関銃を使え!」


 今度は真壁の声だった。見えないが、向こう側にも銃架がある。

 大口径の弾丸が、フリスベルの作った岩山をえぐる。元がただのコンクリートのせいかシャベルで砂山を掘り進む様に、岩が崩されていく。


「くそったれが……うおっ!」


 銃架を守る様に、残りの兵士は俺達に砲火を集中した。これじゃ援護できない。

 ドロテアが姿勢を屈め、珠里をかばいながら床に伏せているが、岩が崩れればひとたまりも無いだろう。体がさらされるまで、もう数秒。


 てき弾が炸裂する。コンテナが破壊され、俺とガドゥ、フリスベルも吹っ飛ばされてシャッターに体をぶつけた。


「着剣しろ、断罪者を突き殺せ!」


 ときの声が聞こえた。爆炎とスプリンクラーを潜り抜け、89式に銃剣を装着した、屈強な兵士が突っ込んで来る。

 まずい、このままじゃ。


「……なに、やってんだよ親父。立ってくれよ。天秤を守るんだろ。あたしと違って、あんたには体中に赤い鱗があるんだろう。頼むよ、このままじゃみんな、みんな」


 銃撃の中、呟いたドロテアの声に。

 霞がかった巨体が、力強い叫びで応えた。

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