13横暴な力


 格納庫のシャッターが閉まっていく。一緒に入って来たのは、警務隊が6人ほど。見張塔の警備の兵士や、真壁より階級の高い奴は居ない。


 警務隊の活動は、日ノ本の警察と同じ法律で規制されていると聞くが。

ここに、そんなものは無いらしい。


 それは、タンカーの碇に使う様な太い鎖で、整備ハンガーにくくられた俺達の仲間の姿をみて分かった。

 鱗の薄い胴体に、無数の弾痕を作った姿。

 解体される家畜の様に、両腕で吊るされているのは、スレインだった。


 斧で軽トラを打ち砕く膂力りょりょくを恐れてか。鎖は整備用のクレーンにつながれている。数百キロのパーツや装甲を吊るすときに使う機械だ。スレインとて一度拘束されれば、簡単には逃げられない。

 それだけじゃない。下半身が凍り付いている。どうやら格納庫の下半分には、スレインの様なドラゴンピープルのために設計された、冷凍ガスのパイプが通っているらしい。

 弱点の寒さと、鎖の拘束、恐らく珠里を盾にされたのだ。

 周囲には緑の鱗が落ちている、ここでは、ほかにもドラゴンピープルが同じような目に遭わされているに違いない。


 かたわらには、スレインが使ったのと同じ、銃架つきのM2重機関銃が3つ。距離は10メートルほど、さぞ簡単な的当てだったろう。


 檻の動物の様なスレインの脇で、銃剣を背中に当てられているのは珠里だし。どこから入手したのか、魔錠をはめられ、立ちつくすのはフリスベルだ。

 この二人も、性的な意味の暴行は受けていない様だが。頬が腫れて、青あざを作っているから、小突かれたのだろう。


「お仲間だぞ、スレイン。別れの挨拶でもしておくか」


 真壁にあおられ、スレインが閉じていた目を開いたが、何も言わない。

 ギニョルの悪知恵の事は知っているし、こうなってはそれを待つしかない。

 時間稼ぎを、する覚悟があるのだ。


「それがし達ドラゴンピープルに、別れは無い。それがしの体が亡ぼうとも、天秤が釣り合う限り、貴様らの様な重荷を平らげようとするものが居る限り、な」


 信念の様なものだろうか。世界のつり合いこそが、スレイン達の存在理由なのだ。

挑発するつもりで言ったのではないにしろ、真壁の気分を害したらしい。


「貴様ら野蛮人と戦い、日ノ本を守る我々自衛軍が、重みだと言うのか! ならばこの程度の苦痛、大した事は無いだろうな」


 真壁が柱のボタンを押した。

 無情な金属音を立て、スレインの右手の鎖が引っ張られていく。

 いくら軽トラを破砕する力があるとはいえ、戦車のパーツを吊るす様なクレーンには敵わない。


 びき、びし、という音を立てて、腕の筋と骨が伸ばされる。

 スレインは歯を食いしばり、声を抑えて耐え続けている。

 フリスベルとガドゥが、うめき声を上げて顔をそらした。俺も眉間にしわが寄る。

 

 大昔には、牛や馬に手足を引かせて引きちぎる刑罰があったというが。

 これはまるでその再現だ。スレインの苦痛はどれほどだろう。


「や、やめてください、もう、もうこんな事。裏切ったのは私なんだから、それに対する刑罰が警務隊の……!」


 人差し指で、珠里の唇をふさいだ真壁。あごをつかむと、寒気のする笑顔を浮かべる。


「珠里。私は君に死んでほしいんじゃない。戻って来て欲しいだけだ。自衛軍と我が国を信じ、野蛮人と戦うことを選んだ兵士としての君自身に。ガンスミスとしての腕前を、日ノ本の未来に活かすことを、語っていた頃の君に」


 なるほど、そういうわけで、珠里は自衛軍に入ったのか。

 真壁の言っていることが、嘘というわけでも無いのだろう。真面目な人らしい。


 だがそれだけに。珠里は顔を上げると叫んだ。


「それはできない! 私の体が切り刻まれても、彼がここで死んでも、あんな蛮行が平気で出来るあなた達には絶対に従えない! 私は、私の天秤を見つける。そのために、島に来た!」


 恐怖で彼女を、支配できると思っていたのだろうか。

 真壁の表情がゆがんだ。獲物を横取りされた、肉食の動物、スレインやドロテアより、よほどトカゲという呼称が似合う。


 銃架に座ると、M2重機関銃の照準をスレインに合わせる。

 フルオートではなく、単発に切り替える。

 狙っているのは恐らく腹の部分、鎖に引かれる腕の内側に、鱗は無い。

 あそこを12.7ミリの弾丸でぶち抜かれたら、いくらスレインでも。


 そう思ったときには、弾丸が発射されていた。

 M2を単発で狙撃に使ったのが、対物ライフルのはしりだというが。

 距離10メートル、外せというのが間違いだろう。

 伸びきったスレインの肩、脇の部分が、無慈悲な血を吹き上げる。


「う、ぐ……!」


 さすがに、苦悶の声が上がったが。真壁は撃ち続ける。


「分かっているんだ。このトカゲ共と野蛮人のせいだ。君はこいつらに狂わされている。何が天秤だ、大仰な言葉を吐いて、私達の国を侵すことしか考えない。こいつらを消せば君の考えも変わる。いや、消してやる。消して、変えて見せる、こんな島と、汚れた血から解き放てば、君はきっと僕と居た頃に戻るんだ!」


 弾丸で穴をあけられ、食い込んだ鎖に引っ張られ、スレインの腕は文字通り肩から外れ始めた。骨が砕ける音から、肉の千切れる音に変わり、やがて体全体が傾く。

 腕が引きちぎれたのだ。スレインの苦痛の叫びが、格納庫に反響する。


「見ろっ、どうだ。ドラゴンピープルといえど、この始末だ。我々は強い、すぐにこいつを殺してやる! 珠里、もう心配する事は無い。ここは日ノ本だ! 我らの国土だ!」


 狂気じみた声で笑う真壁。珠里は目を背けて、声を殺している。

 これ以上は、もうスレインが持たない。


 ギニョルの悪知恵、使わせてもらおう。

 俺は隣のガドゥの耳に、あらんかぎりの声で叫んだ。

 

「今だ、やれ!」


 捕まったときの事も考えて。ガドゥの耳の中に、虫の使い魔を仕込んだ。

 無論協定違反だが、これでギニョルに連絡できる。


「貴様、何を」


 けたたましい音を立てて、格納庫のガラスが割られた。

 真っ黒い塊が飛び込んで来る。


「なんの真似だっ! これはどういう」


 真壁が何か言う前に。一番奥の窓で、爆炎が上がった。


 俺とガドゥは素早く地面にふせた。

 フリスベルも、魔錠のまま珠里をうながし、身を隠す。ドロテアは二人に覆いかぶさってかばった。


 爆炎は止まらない。入って来た黒い塊、ギニョルの使い魔の黒いカラスにくくった、魔道具が爆発しているのだ。


 原理は無線式の爆弾と似る。小さな生き物に飲み込ませて、爆発させて周囲を殺傷する魔道具だ。大切な使い魔を粗雑に扱うことを、悪魔はみんな軽蔑するが。

 今回は手段を選べなかった。まとめて吹き飛ばせば、使い魔を使った証拠は残らない。ガドゥの耳にハエを仕込み、俺の合図で使い魔の爆弾を放つ。この援護が、ギニョルの第一の悪知恵だ。


 ライトの配線が切れ、格納庫が薄暗くなる。アラームが鳴り、スプリンクラーの水があたりを濡らす。

 それでも、俺達の隠れたコンテナを特定し、何人かの兵士が銃撃してきやがる。


 弾は避けられても、反撃の手段が無い。俺とガドゥは武器を奪われ、手錠をされている上に。フリスベルも魔法を封じられている。そしてスレインは敵の手の内だ。


 十二時までまだ、一時間半を超える。その時間まで、ギニョル達の助けは望めない。本当は、ぴったりを過ぎてから発動の予定だった。


「早すぎたか、どうするよ、一時間半も逃げ回れるのか」


「やるしかないです。ああでもしないと、スレインさんが殺されていました」


「そうだよ、旦那を開放できれば」


 ガドゥの言葉に、顔を上げたドロテアがいきり立った。


「いらねえ! 見捨てることはしなくても、あんな奴の手は借りない。私だって戦えるんだ、こんな奴ら、一人も生かしておくもんか!」


 飛び出していくドロテア。薄暗いせいで、狙いがおぼつかない兵士に組み付くと、容赦なくのど元を食いちぎる。銃剣でかかってくる兵士にも、尻尾を振るってこめかみを打ち、床に倒した。


「化け物が! 先に死ね!」


 一人の兵士が、てき弾銃を構えた。狙う先はドロテアじゃない。足元、スレインを釣ったハンガーの壁面。


 爆発が起こる。破損したパイプから、冷凍ガスが噴き出した。

 もろに食らったドロテアの動きがにぶっていく。


「う……く、そ……」


 力を失い、兵士を離してうずくまったドロテア。

 兵士たちが銃を構えた、まさにそのときだった。

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