22マヤ・アキノの事件処理
俺とガドゥに悲しんでいる暇はなかった。島に戻ったとたん、事件に関わった断罪者として、テーブルズ議員で、バンギア側の人間代表である、マヤ・アキノの取り調べを受けることになってしまったのだ。
というのも、あの争奪戦は、結局、断罪事件とならなかったのだ。領主が死んで無秩序に近いが、今回の事件が起こった港町ゲーツタウンというのは、崖の上の王国の領地となっている。
だから、そこでの事件も裁く権限は崖の上の王国にあり、ポート・ノゾミにおける王国の代表権を持つ自分が、それを代行する。
俺達断罪者が拠るポート・ノゾミ三呂水上警察署の取調室。灰色一色の部屋に不釣り合いな絹のドレスを着た女は、得意げな顔で、俺に向かってそう言い、取り調べを始めた。
それからかれこれ三時間。四畳ほどの狭い部屋、二人のごつい騎士が見守る前で、俺は事件のあらましを語らされた。
大抵はクレールが相手の頭を読み取って終わる取調室だが、こうして取り調べられる立場になるのは初めてだった。
書き終わった調書に、俺の署名を取り、アグロス製のプラスチックのファイルに閉じたマヤ。この程度の時間密室で喋るのに慣れているのか、疲れた様子は見えない。
「……なるほど、バルゴ・ブルヌスとシクル・クナイブの攻撃については分かりました。特に、フェイロンド達は我が国に根を張る可能性もありますわね」
ガドゥとギーマの関係、フェイロンドと断罪者の因果まで喋ることになっちまった。
「ダークエルフたちでも見抜けなかった操身魔法だぜ。そう簡単には」
「貴様、マヤ様の資質を愚弄するか!」
いきなりブレザーの襟首をつかまれる。ブレストプレートがはち切れんばかりの筋肉を蓄えた、精悍な護衛騎士の仕業だ。
こいつ、捜査会議のときに、ブチ切れて俺につかみかかってきた奴だな。
改めてみると、頬に傷痕がある。剣じゃなくて、銃弾かも知れない。
しかし、なんて力だ。首がへし折れちまう。16歳から成長してない俺の体じゃ、全く抵抗できない。
今にも腰の剣を抜いて、柄で俺の顔をつぶしそうだ。
扇を開いて自分をあおぎながら、マヤが鷹揚にたしなめる。
「およしなさい、ザルア。彼は私を心配したに過ぎない。身の程を知らずとも、悪意はありません」
「しかし、こんな下僕半にマヤ様の魔法の素質を」
「わらわの言うことが聞けぬというのか、ザルア?」
ぞくりとする冷たい雰囲気をまとい、切れ長の目を細めるマヤ。
ヴィレと撃ち合ったときのユエのようだ。何をするか分からない恐怖がある。
「……いえ」
ザルアと呼ばれた騎士は俺を突き放す。椅子に放り出された俺は、激しくせきこんだ。
「ほほほほ……こちらにも、あなたのように、目的に忠実過ぎる部下がおりまして、つい先走ってしまいます。申し訳ありませんわね」
ころころと無邪気に笑う。あのときの意趣返しか。根に持ちやがって。まあ、ここは警察署、監視カメラも回っている。問題になるほどのやんちゃもできないだろう。
俺はため息をつくと、襟首を整え、後半戦に備えて椅子にもたれた。
マヤもまた扇を閉じてドレスのポケットへと納める。
「さて。では」
「ああ。ブロズウェルたちの密輸の件だな」
あれだけの大量の武器密輸、島の断罪法に照らして、施錠刑100年は固い。俺でどれほど弁解できるか。
「……何をおっしゃっていますの?」
俺の言葉に、マヤは小首を傾げて見せた。
ユエがときどき見せる、無垢さがにじみ出る。信用できないやつだが、悔しいほどに魅力的な女でもある。
そうじゃない。
知らないはずがない。あの後、消火の終わったくじら船を接収したのは、ほかならぬ崖の上の王国の魔法騎士団だったのだ。船底の倉庫にあった、大量の銃火器を見つけていないはずがない。
「何言ってるってのは、こっちの台詞だぜ。あんたらの国には、あんなに危ねえ銃を大量に持ち込むのを処罰する法律もねえのか。自衛軍から分かれた奴らが、銃やら迫撃砲やら使って、あちこちで暴れ回ってるって、いつもぐち言ってるじゃねえか」
肩をすくめるマヤ。ドレスの衣擦れの音が、いやに響く。
「こちらで調べた結果、あの船にあるのは、アグロスからの交易品のみでしたわ。主に化粧品や生理用品でしたわね。私が使っている乳液やファンデーションや、下着に肌着の類など、非常に使い心地がよくて、こちらの女性には引っ張りだこで……」
「とぼけるな! お前らの耳は飾りか、俺はさっき確かに言ったぜ、ゴブリン共を攻撃したのは、船底の武器庫にあった89式自動小銃のてき弾発射装置」
興奮した俺は、背後に回ったザルア達の動きに気が付かなかった。
両腕を取られて首をつかまれ、机に顔を押し付けられる。
マヤが冷たい笑顔と共に、閉じた扇で俺の頬をぴたぴたとやる。
「……事実でないことは、おっしゃらない方がいいですわよ。そんな事実があれば、あの健気なダークエルフの生き残りたちは、一人残らず我が国の首都広場で、最下層の民から凌辱された後、石打のうえ、火刑になってしまうでしょうね」
そこまでの罪――いや、崖の上の王国では、それほどの罪なのだ。
断罪活動中に、殺傷権の行使ができる断罪法だが、刑自体はそれほど重くない。施錠刑が一般的だ。
だが、崖の上の王国の法は違う。拷問、惨い刑罰、はっきり言って中世レベルだ。
ブロズウェルが俺達断罪者に罪を裁けと言ったのは、大人しく応じればそれほどむごい結果にならないと踏んだからだろう。多大な犠牲を出して、満ち潮の珠の争奪戦に協力したことも、考慮すると予想したに違いない。
だが、島の混とんを嫌っている王国は違う。むしろ、ポート・ノゾミに多大な犠牲が出るなら、満ち潮の珠が使われることを歓迎するのだろう。
マヤが俺に頬を寄せる。香水の匂いがして、おくれ毛が少しだけ頬をくすぐる。悪魔より悪魔らしいやつだ。扇で口元を隠しながら、耳打ちをしてくる。
「あの悪魔と取引しましたの。密輸に目をつぶる代わりに、武器を頂きますわ。こんなにたくさんの質の良い銃火器、表向きを清廉潔白で通している我が国が、おおっぴらに買い付けることは難しいんですのよ。お父様も喜んでくださっています」
俺の知らないところで、ギニョルと話が付いているに違いない。これ以上何を言っても、事態は動かないのだろう。
この事件を握りつぶされてしまったら、武器密輸の捜査に本格的に入ることは、もう不可能だ。目の前を過ぎていく紛争の火種を見守る日々が、再び戻ってくる。
「……放せよ。そういうことなら、もう言わねえ。もう、聞きたくねえ」
唇を噛み締める。あれだけ必死に戦ったというのに。罪に苦しむニヴィアノ達に、黒幕の断罪で報いてやることができないというのか。
マヤが顔を上げ、手ぶりで騎士達を下げさせる。俺は解放された。
出て行こうとする三人の背中に、ぽつりとつぶやく。
「お前らも、銃を憎んでると思ってたぜ」
三人の動きが止まった。何か、考える所があるのだろうか。
マヤが突然振り返る。俺もまさかと思ったが、騎士達が静止する間もなく、駆け寄って机越しに俺の襟首をつかみあげ、顔を寄せて叫んだ。
「勝手なことを言わないで! 私達には、泥をすすってでも守るものがある! あの恐ろしい鉄の火を使ってでも、硝煙の末姫を使ってでも! それがお父様のご判断、私はその代行者に過ぎない、あなたやユエのように、自由には戦えない!」
冷たく見えた切れ長の目に、一筋、涙が浮かんでいる。
あまりのことに、ザルアともう一人の騎士も身動きが取れないようだった。
この取引には、マヤも不本意さを感じているのか。
そういやこいつ、ユエより二つ上だからまだ二十歳くらいか。となると俺の方が年上になる。だからってわけでもないが。
眼力や権威に迫力はあっても、素の力はただの人間の女。はかり知れぬものを抱えて、必死にやっているのだろう。ザルアに締め上げられたときとは比べるべくもない。俺はため息を吐くと、人差し指でその目元をそっとぬぐう。
「……なあ、お姫様よ。部下が見てるぜ。もう分かったから、俺みたい下賤な輩に、感情丸出しにしてる場合じゃないだろ」
強張った白い手を、そうっと外す。滑らかなドレスの肩をつかむと、ぐるりと振り向かせる。
「いつもみたいに、もうちょっと頑張って居丈高に行けよ。国を背負ってるあんたがそんなじゃ、みんな不安になっちまう」
ユエにやるように、ぽん、と背中を叩くと、マヤはよろよろと前に進んだ。
小さな体を受け止めたザルアが、口を開けたまま硬直してやがる。憧れでもあるのか、ここまで近づくのは初めてだったらしいな。
ぼんやりとしながら、両手を握りしめ、背中を丸めるマヤ。そういやユエより背が低い。
「……にさわ、ないと……き、今日の屈辱は忘れませんわよ! ザルア、いつまでつかんでいるの」
「は、ははいっ!」
弱弱しく言われて、こちらも壊れ物を扱うように体を放したザルア。もう一人の騎士が目の笑ってない笑顔でその肩に手を掛けた。抜け駆けしやがったなってところか。
微妙な関係の騎士二人を従えて、マヤは無理に胸を張る。こうしてみると、やっぱりユエの姉だな、ドレスの膨らみがすごいことになっている。
「この調書は持ち返って精査いたします! 嘘があれば追及いたしますわ、次の公会を覚えてなさい!」
マヤと二人の騎士は、逃げるように取調室を出て行った。
後に残された俺は、また襟首を整えた。
カッターシャツのボタンが飛んでやがる。どれの仕業だろうか。
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