7シクル・クナイブ
部屋はフローリングで、天幕付きの豪奢なベッドに、男女の2人のハイエルフが座っていた。薄い寝巻の様なローブを着ている。女の方はフリスベルのものと似た、トネリコの杖を持ち、男は動物の牙の短剣を持っていたが、肩に血がにじんでいた。
一方、流煌の方はというと、ガラスの割れた窓を背にして、P90を2人に向かって構えている。銃身の上についたプラスチックの弾倉には、口径に不釣り合いな貫通力を誇る、SS190と呼ばれる弾丸がぞろぞろ連なっているのが見えた。
あれは5.7ミリ口径ながら、一部のボディアーマーは貫通し、人体の内部で止まって体内を破壊する高威力の弾薬だ。さすがにドラゴンピープルには効かんだろうが、薄着のハイエルフ2人くらいなら、一瞬で血みどろの死体に変える。
そうできないのは、断罪者最高の射手であるユエと、俺が狙っているからだろうか。ユエがSAAの撃鉄を起こした。
「最後の警告だよ。この距離なら外さない。ヴィレさんや、海ちゃんのお父さんを撃ったときみたいにはいかない。騎士くんも居るし、逃げられないよ」
流煌の不利は、ターゲットに銃を向けてしまっていることだ。俺達のどちらかに反撃しようと思えば、銃口を動かす必要があるが、そのきざしだけで、ユエはすかさず頭を撃ち抜くだろう。
俺にだって、ためらいは無い。流煌に向けたM97を握る手は、普通の断罪と何ら変化は無かった。
「さあ、銃を捨てて」
外の暗闇から、何かが投げ込まれた。殺虫スプレーのような、真っ黒い缶。
流煌が顔と耳を覆う。反射的に俺もそれに習った。ユエが銃を発射する前に、轟音と閃光が部屋を覆った。
フラッシュグレネード、特殊部隊が突入用に使う、殺傷能力の無い手りゅう弾だ。
もろに食らったユエと2人のエルフは、たまらず倒れ込む。
他方で流煌はうまくしのぎ、P90を標的に向ける。
させるものか。ほぼ闇雲に撃ったが、M97の散弾は、部屋の壁と右腕をえぐった。
血のにじんだ腕を抱えて、流煌が踵を返した。窓から階下へ飛び降りる。
俺は追いかけたが、窓辺に立った瞬間、下から銃声がした。
植木鉢が割れ、ガラスが弾け、手すりが吹っ飛ぶ。俺は部屋に飛び込み、ユエに覆いかぶさってかばった。
弾丸は部屋の中にも入ってくる、インテリアがチーズの様に穴ぼこになり、絵や石造が次々に砕けた。
数十発撃ち込まれた所で、掃射がようやく途切れた。P90のマガジンは50発程度、建物を確保した2人以外に、まだハーレムズが来ていたのだろう。
下から、クレールが叫んだ。
「騎士、ユエ、状況は!」
「フィクスが来てたが、フラッシュたいて逃げやがった! ユエがやられたが、エルフは無事だ! 上がって来てこいつらを頼む」
下は制圧できているのか。俺の腕の下で、顔を歪めながらユエが言葉を絞り出す。
「ご、ごめん騎士くん、私、目が……ここはいいから、あの人を追って」
「任せろ!」
立ち上がって窓辺に向かう。ガラスを踏み分けバルコニーに立つと、階下の茂みで、P90にマガジンを込める女の姿。
相手の銃口が上向く寸前だった。
M97の残弾5発を、スラムファイアで5連射する。
距離は十数メートルあったが、散弾の嵐に女は銃を投げ出して倒れた。
他に敵が居たら、撃たれるかも知れない。いや、今はそうも言ってられない。ひといきに、バルコニーから飛び降りた。
まだ辺りは薄明るい、芝生の上に、血の跡が外に向かって続いている。
流煌は俺の銃で負傷してる、P90を投げ出すほどに。
血痕を追っていくと、外への策を乗り越えて、庭から出ていた。
鉄柵をひらりと飛び越え、着地する。
目の前は、ポート・キャンプの雑踏。尖ったものや丸いもの、地味なものからけばけばしいものまで、即席のテントやバラックが立ち並び、エルフにバンギア人、吸血鬼に悪魔、ゴブリンなんかが、夕暮れどきをがやがやと過ごしている。
洗濯物や魚の干物が釣ってあるし、軒先に鍋やかまどを出して食事を作っている奴らも居る。藤棚みたいな何かの木が勝手に植えられていたり、その下では日ノ本の発泡酒で酒盛りするローエルフが居やがる。何かの魔道具を溶接するゴブリンも居るし、もう大概カオスだ。
そんな中で、流煌の姿は、すぐに分かった。右腕を押さえ、ときどき右足も引きずりながら、必死に人を避けて走っている。
俺のM97による負傷だ。一度は飛行機に憧れ、2人で訪れたこの三呂空港で、流煌は恋人であった俺に撃たれ、血を流しながら懸命に逃げている。
揺らぎそうになってしまうのを、断罪者の義務で固め、流煌の後を追った。
まるで刑事ドラマの様な追跡は、意外な形で終わった。
テント村を抜け、滑走路沿いの閑静な場所に入った所だった。前を走ってた流煌に向かって、空から茶色い網が降って来たのだ。
さすがに流煌とて、銃の無い状態で、俺から逃げることに集中し過ぎていたのか。
見事に食らって絡め取られた。
もがく間もなく、首筋に何かが飛んできた刺さり、そのままばったりと倒れてしまった。
何者が、こんな。
答えは路傍のそこかしこから現れた。
バンギアの建築様式であろう、人けのない石造りの住宅。その角や窓、屋根、路地から次々と人が出て来た。何の気配も感じさせない、本当に、何もない所から現れたかの様だった。
ゴブリン、悪魔、吸血鬼、バンギアの人間。どいつもこいつも目が虚ろで、あまり生気を感じない。
網を投げたのは悪魔らしい。地上から、6メートルはある2階から、連なる電線にぶらさがりつつ、元滑走路のアスファルトにうまく降りて来た。
こいつら、姿は他のものでも、身のこなしがおかしい。一様にねこか何かみたいに、足音一つ立てもしないし、動いていてもその気配が分からない。
何も言わずに、ゴブリンと吸血鬼が網ごと流煌を包む。
俺はM97をそいつらに向けた。
「待て。そいつは不正発砲で断罪法を犯した、手当ても俺達断罪者でやる。勝手に連れて行くことは許さん」
それだけでは、無い様な気もする。気絶した流煌をさらわれるという事が、俺にとっては重要だった。守らなければと、強く思った。
ゴブリンは顔を見合わせ、降りて来た悪魔に視線を向けた。悪魔が小さくうなずくと、2人は流煌を担ぎ上げた。
「待ちやがれ! ぶっ放すぞ!」
フォアエンドを引き、ショットシェルを銃身へ。分かってないはずはない、銃の威力もそれを向けられる意味も。
だが2人は平然と去ろうとする。背後からだが、仕方ない。引き金に指をかけようと思ったそのときだった。
紫色の魔力が、周囲の全員を取り巻いた。これは操身魔法だ。
悪魔は分かるが、ゴブリンや吸血鬼、人間までが。
そう思ったのは、俺の浅はかさ。
光の中から現れたのは、奇妙な集団だった。
引き裂かれた様なぼろぼろの黒いマントに、滴る血のごとき赤いペイント。顔には月と星がいくつも描かれた真っ白い仮面。
体格と、飛び出している長い耳からして、全員ハイエルフだろう。
まさかこいつらが、こいつらこそが。
『どうした。撃つがいい、悪魔の従者よ』
金属が震える様な声が、耳の中に入ってくる。寒気がしやがる、おおよそ、生き物の声じゃない。
「お前ら、シクル・クナイブだな。そいつを渡してもらおう」
とうとう出会った。存在が噂されていただけの、殺し屋集団に。
さっきは操身魔法を使って、姿を変えていたのだろう。ハイエルフは悪魔達を嫌い、傷や病気の治療にしか操身魔法を使わないが。こいつらは無制限に使用している。
今にも襲い掛かってくるかと思ったが、相手は黙ったまま突っ立っている。仮面のせいで、俺を見ているのかすらも分からない。不気味な奴らだ。
「らしくねえじゃねえか! 女をさらうなんて、殺すのがお前らの仕事だろうが!」
こっちの挑発にも乗らない。ともあれ、ある種幸運かも知れない。
ユエか、クレールあたりに来てもらわないと、相手は存在すらつかめなかった腕利きがざっと10人だ。俺一人で勝てると思い上がっちゃいない。
『……この下僕は、正義と美を貫いた我らに、報復を企てた。我らの正義の下に誅する必要がある』
「なるほど、報復への報復か。だが、わざわざさらうのは、どういうわけだ?」
『この下僕に与えられる死は、辱めに満ちた、吸血鬼が後悔と悲嘆に暮れるものだ。苦しみと不名誉に満ちたものでなければならない』
仮面が気絶した流煌を見下ろす。細い指が、7年前と変わらぬ前髪をかき分けた。
『我らには及ばぬが、なかなか美しい娘。長の良き贄となろう、それもお前達の望む所ではないか、断罪者よ』
瞬間、俺のM97が吠えた。
答えの代わりに、銃口を飛び出した散弾は、流煌の髪をなでた奴の腹部に命中。噴き出した血でマントが染まる。
仮面達が獲物を取り出す。杖や短剣、いずれも金属の銃の類は無い。
九対一、勝ち目があったら教えて欲しい。無茶をし過ぎたが、後悔は無い。
「きたねえ手でそれ以上流煌に触るな。全員ひき肉にしてやる」
『……血管が怒りと繋がっているか。まあいい、そういう者の方が、良く育つな』
育つ、だって。何が。
『リグンド』
誰が言った言葉だろうか。聞いたか聞かないかの内に、両腕と喉に、燃え盛る鉄板を押しあてられた様な痛みが走った。
続けて、傷口をつかまれ、もみほぐされる様な感覚。猛烈な痛みと、足元から力が抜けて来て、俺はその場に膝を突いた。
何だ、どうなったんだ、俺の体は。
カッターシャツがぼこぼことうごめき、袖口から緑の塊が出て来た。これはでかい苔の類か、増殖しながら、みるみるうちに、おぞましい真っ赤な色に染まっていく。まるで俺の血で育っているかの様な。
『その苔は、貴様の汚れた血を吸い尽くし、土に還るまではびこり続ける。悪魔に体をいじられた様だが、苦痛が長くなるだろうな』
言葉が聞こえない。痛みが腕を伝い、首元、胸まで回ってきやがった。
俺が暴れた場合を見越して、すでに胞子がばら撒かれていたのだ。目に見えないほど小さいものが。
『依頼が無いゆえ、貴様の死で断罪者への禍根は流そう。せいぜい苦痛に踊れ』
「る、き……!」
M97を取り落とし、崩れていく俺の意識。
視界には、連れ去られる流煌の姿だけが焼き付いていた。
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