35ポート・ノゾミの漂流

 安原を逃しはしたが、結局、事態は収まった。


 連れて来た兵士達は、狭山の説得を聞き入れて一旦銃を納めた。迎えに来ていた船は、どうやら安原を収容して大陸の方に逃げたらしい。避難した住人たちに後で聞いて分かったことだ。


 他方で、大損害を受けた人工島の方も、戦闘になることなく、自衛軍と島の勢力の両方が銃を収めた。


 もっともこっちは、フリスベル達エルフの起こした奇跡のおかげというわけでもなかった。


 話が着いたのは、山本首相を始めとした日ノ本の内閣を構成する大臣達が現れたからだ。



 少しばかり腹が減った。巨海樹へ動き出した未明ごろから、なにも食べていないせいだ。足元がふらつきそうだが、それだけは絶対に許されない。


 なにせ、今俺達断罪者は、非公式ながら日ノ本とポート・ノゾミのテーブルズ議員たちが会見する場に居合わせているのだから。


 空は相変わらずの晴れ。ここは橋頭保の訓練場中央。巨海樹が呼び出した様々なものに、散々に痛めつけられた、かまぼこ屋根の格納庫や兵舎が痛々しい。


 ドラゴンピープルが公会の議場から持ってきた長机が置かれ、左に島の議員代表がずらりと並ぶ。


 ドラゴンピープルのドーリグ、ハイエルフのワジグル、悪魔のギニョル、バンギアの人間のマヤ、吸血鬼の代表、ゴブリンのジグン。そして、ポート・ノゾミに住む日ノ本の人間の代表として、とうとう実の父と対峙することになった息子の方の山本。


 この七人だ。


 他方、右側の席に対するは、上座から、日ノ本国、内閣総理大臣の山本善兵衛。さらに防衛相の笹谷ささや良治りょうじ、自衛軍統合幕僚長の御厨みくりやたけしに加えて、外務大臣、経産大臣、厚労大臣、法務大臣が並ぶ。大臣たちはそれぞれ、隣に所管する省の局長らしい背広の壮年の男たちを控えさせている。


 テーブルズ側の背後には俺達断罪者が、日ノ本側の背後には、銃を持った自衛軍の兵士が控えていた。


 報道陣は一切居ない。境界を閉鎖してシャットアウトしたらしい。この橋頭保の周囲に関しても、自衛軍の兵士が警戒し、フリスベルの魔力感知があるため、部外者は入れない。


 白い顔で歯を食いしばっていた、テーブルズの山本が、立ち上がった。どう考えても、総理大臣の親父に見劣りする。


「そ、それでは、総理大臣以下、日ノ本の方々に関しまして、ポート・ノゾミ復興委員長を任されました私が、紹介を」


「必要あるまい。お前はポート・ノゾミの議会、テーブルズの一員だろうが」


 じろ、と首相に見つめられただけで、山本は背を縮めて座ってしまった。


「……けっして、私は、日ノ本に背くつもりは」


「カジモドとかいう、混血の孫を作り回って、外交機密費名目で金をせびる男の言うことか」


 侮蔑の言葉を聞いた瞬間、山本が椅子を蹴って立ち上がった。


「私への批判はいい! あなたの孫への侮辱を取り消せ!」


「孫か。出来損ないが女遊びの結果つくったものになんの責任がある」


「彼女らも子も必死に生きてる!」


「お前は山本家が、始まって以来の屑だな。女に鼻毛を抜かれて、国を裏切った政治家など、歴史書になんと書かれるか。いっそ異世界の騒乱で死ねばよかった。汚らしい血もろともにな!」


 実の父に散々な言葉を浴びせられ、山本は悔しそうにうつむく。


 意外と根性があったが、相手が善兵衛では何も言えないのだろう。

 まあ、雉も鳴かずばというし、この程度だ。


 これでもこちらの議員の一人なのだ。


 スレインには及ばぬものの、4メートルという巨大な体躯のドーリグが、火のため息を吐く。


「二人とも、そのあたりで、もうよかろう。山本議員、君はポート・ノゾミにおけるアグロスの人間を代表する立場にあるのだぞ。山本首相も、内閣から六人も引き連れて、家庭の問題を討議しにきたのではあるまい。本題に進もうではないか」


 こういうとき、ドラゴンピープルの威厳は優れている。二人とも不満そうだが、話の脱線は防げた。


 人間姿のギニョルが立ち上がり、赤い髪を揺らして日ノ本側の面々を見ながら発言する。


「我らテーブルズも、ここに居る断罪者も、今やそなたらが、どう隠そうとも、日ノ本に認知された存在じゃ。それは否定できぬな?」


 善兵衛は難しい表情で黙っている。防衛大臣も、法務大臣も、外務大臣もだ。横の局長も訂正しないということは、恐らく日ノ本の認識も同じだろう。


「その上で、ここに居るテーブルズの議員は全員一致で断罪者への断罪を決議した。すなわち、そなたらの国とは違う法的根拠、断罪法に基づいて、断罪活動を行った結果、島は救われたということじゃ。分かるであろうな、このポート・ノゾミを規律するのは、日ノ本ではなく、テーブルズの作った法であると」


 今まで日ノ本は、ポート・ノゾミを自国領土と主張してきた。


 テーブルズの存在と、断罪法、そして断罪者の活動はその主張を根底から打ち崩してしまう。


 他の国の法律、しかも断罪法のようなめちゃくちゃな法律が適用されている場所を本当に日ノ本だと呼べるだろうか。


 巨海樹に出発する前、ノイキンドゥのビル屋上で行った特別公会。そこでドーリグは、断罪の決議が事実上の独立宣言になると言った。まさにその通りなのだ。


 ギニョルがわずかにため息を吐く。三百年近く生きた悪魔でも、この一言はさすがに緊張するのだろう。


「ポート・ノゾミはそなたら日ノ本とは別の法秩序下、すなわち日ノ本から国家的に独立しているということじゃ。我らテーブルズは、日ノ本に対してここに独立を主張する」


 そう言い放ったギニョル以下、テーブルズの全員が、まっすぐに顔を上げて日ノ本側を見つめた。


 ドラゴンピープル、ゴブリン、ハイエルフ、吸血鬼、悪魔、バンギア人、アグロス人。


 ときに反目することもある全種族の代表が、結束して背筋を伸ばしている。


 間違いなくポート・ノゾミを代表する者達、紛争に終止符を打ち、ねじ曲がった形でも紛争を前に進めた、テーブルズだ。


 善兵衛が渋い表情で唇を噛む。防衛大臣の笹谷と、統合幕僚長の御厨も、ハンカチで汗をぬぐって腕を組んだ。


 この三人は、紛争終結の会議に参加して、テーブルズと断罪法の存在を受け入れていた。その後も、色々ときな臭いことはあったが、テーブルズに向かって島の状態に異を唱えたことはない。


 まあ、その後で断罪者としてスカウトを受けた俺は、会議には出ていなかったが。


 どうやら日ノ本側では話しがまとまっていなかったらしい。三人を除いた大臣連中が一斉に椅子を蹴った。


「ふざけるな! 我が国が整えた港湾のインフラはどうなる! 貴様らの略奪で倒産した大企業もあるぞ! 独立国家だというなら、国家として、破壊と略奪の賠償を請求してやる!」


 息巻く経産大臣。全てその通りで、ポート・ノゾミの施設はほぼすべて略奪されたものだ。建築に倉庫、小売、島のあらゆる産業が収奪され尽くしているといっていい。


「近代法の原則に照らして、こんな法秩序が受け入れられるものか! 断罪法などと比べれば、封建制下の我が国の方が、よほどましだ! 戸籍制度すら整っていない国など、この世にあるものか!」


 法務大臣の指摘も大正解。断罪法のめちゃくちゃ具合と手続きの欠陥を指摘すればきりがないし、島に居る奴がどこに住む何者なのかすらテーブルズはまだ、把握し切れていない。


「とんだ、ならず者国家だな! 寝言を言うのは、貴様らが我が国に広めた、異世界の魔法や害毒を取り除いてからだ! 失踪被害者を全て、耳をそろえて返してからにしてもらおう!」


 国民の福利と厚生を司る優しい立場からまくし立てるのは、厚生労働大臣だ。


 この視点も当然で、俺自身が、バンギア・グラで攻め寄せて来たマロホシによって下僕半の身になり、流煌はキズアトのチャームを受けてしまった。ほかに、被害に遭った日ノ本の人間を数え上げれば、全くきりがない。


 こちらの議員は誰も答えない。いや、答えられないのだ。


 どの大臣が言ったことも、いちいちすべてその通り、証明できないことは、どれひとつとしてない。


 大臣連中にポート・ノゾミの悪辣さを吹き込んだであろう、官僚の連中も、勝ち誇ったようにこちらを見つめている。


 経済産業大臣が、善兵衛たちを見下ろした。


「首相、申し上げますが、こんな交渉は馬鹿げています。我が国が資金と人命を賭して作り上げた人工島を、みすみす侵略者に渡す道理がありません。三呂市長がこの場に居れば、同じことを申し上げるでしょう」


「その通りです。やはり異世界人は異世界人です。我々人間が、こちらの世界で作り上げて来た文明を到底持ちえるものではないのです。独立の承認などと、どの口でいうのか」


 法務大臣も言いやがる。


 ただ、当の善兵衛と、防衛大臣の笹谷、幕僚長の御厨は、相変わらず渋面のまま。


 なんとなく、大臣も官僚も表情にけげんなものが混じる。


 自分たちは間違ったことを言っていないということだろう。確かにその通りで、攻めてきたのはバンギア人で、ごちゃごちゃになった島にそのまま居座っているのも、ほとんどがバンギア人なのだ。


 七年前の状態に戻せというのが、筋合いだ。


 論理的にいっても、感情的にいっても、それしか考えられないのだ。


 ポート・ノゾミなどというのは、日ノ本の領土を侵害して勝手に独立を掲げる異世界からの侵略者に過ぎない。

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