34優しさのたどり着くところ

 紛争で傷ついたエルフ達は、同族の間でもさらに傷つけ合った。


 フェイロンドやレグリムは、失った全てを求めて、この島とバンギアとアグロスのなにもかもに怒りを剥き出し、断罪者と戦った。


 今、フリスベルの想いによって、全てのエルフが新しい平和を得られるところだったのだ。


 それを、日ノ本に連れ去って、吸血鬼に操らせてでも軍事の役に立てるだと。


「騎士さん」


 フリスベルが心配そうに見上げてくる。俺は自分の腕に力がこもっていくのを抑えた。


 さっき撃ってきたことといい、安原の沸点もそれほど低くない。

 軽率な行動を取れば、この場の全員が殺されてしまう。

 断罪者としちゃ、洞察力を働かせるべきだろう。


 こいつらはなぜ今のタイミングでここに来た。ギニョル達は気づいてないのか、人工島の自衛軍はどうしたのだろう。


 考えている間にも、安原は呼びかけてくる。


「どうした。死ぬか従うか、早く決めてくれ。迎えの船が現れるぞ」


 沖の方に、箱型の船が三そう見える。自衛軍の保持する船舶ではないらしいが、軽装甲機動車を収容できるタイプだ。


 この場のエルフ達は全員収容できる。あれで日ノ本に連れ帰るつもりか。


 いや、待てよ、船だと。この島からどこへ寄せるつもりだ。どうせ、三呂大橋しかアグロスへの脱出口はないのに。


「……なあ、本当にお前のバックに日ノ本はいるのか? これは、日ノ本政府が自衛軍に命令した作戦か?」


 一瞬、ほんの一瞬だが、安原の唇が歪んだ。


「悪魔に踊らされる非国民が何を言う! お前達、まずこの男を撃て!」


 89式の銃口が俺に向けられる。だが、一糸乱れぬ動き、ではない。

 数人、ためらっている。他の兵士と視線を交わした奴もいる。


 狭山も気付いたらしい。すかさず叫ぶ。


「お前達、一体どこの部隊だ。安原克己一等陸佐の指揮下に入るよう、作戦司令部に命令されたのか!」


 空挺団を率いていた元中隊長の一喝に、兵士達の雰囲気が変わる。

 やはり、こいつら寄せ集めだ。狭山がまくしたてる。


「一体、島でなにがあった。戦闘は終結したのだろう。兵士なら敵意を感じ取れ。ここに居るエルフ達は、日ノ本に敵対行為をはたらく意志もない! 防衛上確保する意義があると自分自身で判断できる者はいないのか!」


 兵士達が89式の銃身を下げる。チヌークの兵士も機銃座での待機をやめて見下ろしている。


 ザベルが武器をしまった。エルフ達も杖をかかげる気配はない。


 お互い戦う意思はない、危害を加える意思はない。


 こうなると視線は疑問を加えていよいよ安原めがけて集中する。だがまだ、安原は平静を装っている。


「どうしたお前達、疑うのか、戦闘の惨状を見たろう。我が日ノ本を確実に防衛するためには、あの力の研究と制御が必要だ。それを見抜けぬ無能者が作戦本部に」


「お言葉ですが安原一佐。異世界の者を百人以上強制的に拘束する行為は重大です。警察ならば逮捕状が求められる行為に当たります。本当に作戦司令部からの指揮命令が存在するのでしょうか」


 聡明な奴が居る。ヘルメットを上げて、まっすぐな目で安原を見つめる。


「防衛作戦によって、我々は大樹の破壊と除去を命じられてここまで来ました。しかるに、戦闘は終結し巨海樹はすでにありません。あなたのおっしゃることに、軍事的な理由がないとは思えませんが、それらは、本来幕僚長や陸将方、山本首相の判断にかかることではないでしょうか」


 安原が黙った。

 状況が読めて来た。


 日ノ本からバンギアに派遣されてきた安原は、紛争の中で自衛軍の過激派を集めて報国の防人を結成し、バンギアを脅かし、俺達とも敵対した。一方で、自衛軍の軍事力をちらつかせ、崖の上の王国の王族たちに取り入り、マヤと結婚してヤスハラ伯となることを狙っていた。だがこの間の事件で、王国からは王政が廃され、貴族として立つ望みは潰えた。


 その後日ノ本に帰ったか、このあたりに隠れていたかはともかく。今度の争いを潮に、手柄を立てつつ日ノ本が派遣した自衛軍に取り入るつもりだったのだ。


 ところが、バンギア側のギニョル達が島にやって来た自衛軍と先に協調したか、少なくとも戦闘を治めたに違いない。計算外の事態だったはずだ。


 だから、乱戦の後で編成の混乱している兵士達をまとめて、こうして俺達を狙ったというところかな。


「なあ安原さん。いや、報国ノ防人の首領、豊田血煙と呼んだほうがいいか。あんた、このままじゃ日ノ本に帰れねえんだよな。島の爆破のほかにも、裏が取れてる事件はごまんとあるぜ。殺人、誘拐、不正発砲で断罪法違反、エルフの寿命が何べんも尽きるほどの禁固刑だ」


 俺の言葉に、安原は黙って一歩後ずさる。


「戦争犯罪だと?」


「まさか安原一佐が」


「ありえない、危険なのは異世界人の方だ」


 兵士のざわめきが疑いに変わっていく。もうお得意の虚言も通じるまい。

 『積み』ってやつだな。 


「安原一佐……残念ですが、騎士を疑うことはできません。共に戦い、断罪者のことは分かっています」


「狭山、お前まで、侵略者の法に」


 頬を引きつらせ、ものすごい形相で睨み付ける安原。狭山は無念そうに、しかしはっきりと言った。


「我が国に従うよりも、適当だと判断できます。あなたは断罪法違反者だ。どうか断罪者の法に身を委ねてください」


 たゆまぬ訓練と厳しい規律、日ノ本への強い忠誠心を持った空挺団の元中隊長がそこまで俺たちを評価しているとは。ちょっといい気分だな。


「狭山さん、いいんですか?」


 フリスベルが困惑して振り向く。狭山は穏やかに微笑んで見せる。


「構いません。私も、我が国の法に身を委ねますから」


「馬鹿な! 私戦提起は死刑だ! 貴様国に殺されたいのか!」


「望むところです」


 静かな一言は、非を問われると潔く腹を切った戦士たちすら思い起こさせる。ここまでの覚悟で協力してくれていたのか。


 狭山の覚悟は、兵士達の胸を打ったらしい。89式の銃口が再び上がる。ただし、方向は俺達と逆、万策尽きた安原を狙う。


 うなだれる安原。影になった顔は人形のように生気がないが、締め付けられるような声を発する。


「……ふっ、くく、ふふふ、はっははは……なるほど、戦場を知らぬ腰抜けは使えない、くく、あの悪魔の、言った通りだったな……日ノ本の兵士にも、玉石のべつは厳然と存在するわけだ」


 悪魔、マロホシか。

 あいつがなにかしたというなら、手をこまねいてはいられない。


 ショットガンを引き寄せる。スライドを引き、バックショットを送り込む。


「自衛軍B-2連隊一佐、安原克己、お前を断罪」


『ジド・ウルズ』


 ぼ、と炎が噴き上がるような音。

 89式を構えていた兵士全員の服が裂け、下から枝や葉が飛び出した。


「な、なんだ……」


「あ、ぎぁああ」


「ぐぅ、う、うぅ……」


 ヘルメットが落ち、銃も取り落とし、信じられないような顔つきで、樹皮に変化する自分の体を見つめる。あるいはうずくまる。その両足から地面に根が張っていく。


 すぐに兵士は絡み合って茂みになり、俺達と安原の間を覆い隠していく。


「ヤドリギだ! 現象魔法の一種だ! 暴れ狂っていろ、お前達は日ノ本に捨てられた部隊だ!」


「貴様っ!」


 狭山が撃った9ミリ弾は、樹と化していく兵士の体がはばんでしまう。


 安原はそのまま海岸へと逃げ去っていく。船を目指しているのか。逃がせないが


「この方々はヤドリギを植え付けられた兵士だったのですか!? 日ノ本はみんなを助けず、この島に捨て石にして」


 フリスベルの叫び声は、爆発音にさえぎられた。チヌークのガソリンタンクだ。操縦士が樹になって、幹が貫通した。


『ぎゃあああ、火、熱い、あ、あぁぁぁぁ……』


 樹化はしたが、操縦士が燃えちまう。

 他の兵士も次々に巨大な樹へと変化する。強薬を飲んだシクル・クナイブのエルフ達と全く同じだ。


 四十人。紛争は終わってるのに、島へ派遣されてきた兵士が四十人。

 俺はほとんど泣きそうになりながら、エルフ達に叫んだ。


「フリスベル、ザベルさん、ワジグル、ニヴィアノ、誰でもいいよ、なんとかならねえのか!」


 誰もが目を逸らしていた。やっぱりだめなのか。

 M97を乱暴に地面にたたきつけた俺に、フリスベルが小さな手を伸ばす。


「騎士さん、ヤドリギを止めることは、私達の現象魔法では……」


「くそっ!」


 悪態をついた俺に向かって、樹が幹の方向を変える。

 狭山がくやしそうに拳を握った。


「フリスベルさん、これはまさか……」


「もう記憶も人格もありません。ヤドリギは人間の方には耐えられないのです。私達が樹化したときよりも、理性を深く犯していきます」


 杖を取るフリスベル。ザベルも武器を取る。ニヴィアノも、ワジグルもだ。


 狭山が9ミリ拳銃を構えて、震えながら下ろした。


「こんな、馬鹿なことがあるか……まだ血を、同胞の血を流せというのか、安原のような奴のために、花は、咲いたのに。フリスベルさんも、戻ったのに……」


 どんな状況でも戦闘をこなせるはずの空挺団員が、膝を突いた。

 フリスベルがしゃがみこんで、その肩を抱き、男泣きの横顔に頬を寄せる。


「ごめんなさい。私達、エルフは、やっぱりあなた方人間を傷つけてしまうだけだった。二つの世界は、出会ってはいけなかったんです……」


 悲哀をかき消すように、ワジグルがときの声を上げる。ザベルやニヴィアノ、数十人いるエルフ達がそれぞれに散って、樹化した兵士に対して、戦闘態勢を取る。


「騎士、こいつらの始末は俺達エルフに付けさせてくれ……ケジメだ」


「新たな正義を、見せよう」


 ザベル、ワジグル、二人ともが俺達の前に立った。


 今にも呪文が詠唱され、銃声が響くかと思われたそのとき。


 再び、島が胎動する。魔力の光が木々を覆う。


 樹化した兵士達が止まった。


「なに、この魔力」


 フリスベルがけげんそうにあたりを見回す。こいつに分からないなら、俺には完全にお手上げだ。


「あ、また、花だよ!」


 ニヴィアノが指さしたのは、俺達が後にしてきた森の奥。


 フェイロンドとレグリムが化身した巨木の方角に、さっき見た色とりどりの花が咲き始めている。


 魔力は止まらない。あたり一帯の木々、花びらが積み重なってできていた地面までがとりどりに咲き誇る。


「また、ふわふわだ。どうなるんだこれ」


 ザベルが短剣を下ろす。俺も狭山も経過を見守るばかりだ。


 フリスベルが顔を上げる。異世界の兵士達のために、涙を流していた断罪者にだけは、事態が分かるらしい。


「よかった、よかった、大丈夫、だいじょうぶ、です……」


「フリスベルさん」


 泣き崩れる小さな体を、今度は狭山がしっかりと支える。


 樹化した兵士達の体にも、花が咲く。とりどりの花が咲くと、その樹皮に根らしきものが張っていく。根は見る見る広がって、樹皮を割っていく。


 花が根を張り、咲くたびに呪われたような樹皮が壊れていく。


「奇跡だ。奇跡だぞ」


 ワジグルのつぶやきは誰もが思っただろう。

 崩れゆく朽ち木の中から、迷彩服の破れた兵士達が体を起こしたのだ。


 これまた信じられないような顔で、お互いの無事を確かめ合っている。


「この花は、ヤドリギの魔力を咲かせて散らしています。アグロスの方々は、また、人間に戻ることができます」


 フリスベルの言う通りならとんでもないことだろう。ザベルが腕を組んで頭をかく。


「まいったな。四百年ちょっと生きてて初めて見る光景だぜ。俺のじいさんでも、樹化したやつを戻すのは、無理だって言ってたのに」


「だが海鳴に咲く花は、奇跡を起こすのかも知れない。フェイロンドと、レグリム様は、最後に願いをかなえてくれた……」


 ワジグルの言う通りなら、まさしく奇跡だろう。


 たくましい胸にフリスベルを抱き締め、狭山がほほ笑む。たくましい体つきや、戦闘能力で気が付かなかったが、意外と、面長で繊細そうな笑顔だった。


「フリスベルさん。あなたが教えたんだ。巨海樹の中で、あの戦士たちに優しさを」


「狭山さん」


 潤んだ瞳に、今度は狭山から頬を寄せ、ささやく。


「……私が、あなたを守らなければならないと思った理由だ。あなた達は、私の同胞も救ってくれた」


 優しさの、たどり着くところ、か。


 咲き誇る花の中、怪物と化する運命だった兵士達が、お互いの手を取り無事を喜んでいた。

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