9策略

 うなだれていたはずのカルシドが、突然目を見開いた。


「……起きろ、貴様ら! 断罪者が丸腰だぞ!」


 魔力の稲妻が走ると、三人のゴブリンが意識を戻す。

 二人がAKを取り直す。銃口が向く先は、クレールとエフェメラ。


「クレール、こっちだ!」


 俺は今度こそためらいなく、AKからライフル弾をばら撒く。


 一人は仕留めた。だが残りの二人が撃ち始める。


 エフェメラの手を引き、走り出したクレールの足元を弾丸がうがつ。


「カス野郎が、くたばりやがれ!」


 うるさい掃射音と共に、二人目の腹と胸を小銃弾が貫く。


 クレールとエフェメラが俺のいる非常階段にようやく到達した。


 壁を盾にしながら、AKでゴブリンとカルシドをけん制する。すでにカルシドは倒れたゴブリンのAKを拾い、屋上の給水タンクに隠れながら撃ち返してきている。


 美しい決闘など、まるで最初から存在していないかのようだ。野蛮な銃声が、次々と夜を切り裂いて響く。


「すまない、騎士、僕がうかつだった……」


「クレール様、傷が」


 左肩をやられている。AKの小銃弾が貫通したんだろう。シャツは無残に破れ、傷口がいびつに広がっていた。


 あの決闘の傷跡と、全く違う。まるで歴史の繰り返しだ。アグロスでも、数百年前、銃の登場で、戦いは残酷な命の奪い合いに堕ちた。


「銃を、用意していればよかったな」


 真っ白な額に浮かぶ、あぶら汗をぬぐい、クレールが苦しそうにつぶやく。俺はその肩を叩いた。


「いいんだよ。これで良かった、そうだろ、エフェメラ」


「……はい」


 涙を浮かべながらも、エフェメラがクレールにしがみついた。


 そんな彼女をあざ笑うように、カルシドは激しく撃ちまくってくる。

 屋上の壁を、7.62ミリの小銃弾が次々とえぐる。

 リロードの隙を突いて、俺も叫びながら撃ち返した。


「おいてめえ! 決闘を汚しやがったな! 吸血鬼として恥ずかしくねえのか!」


 貯水タンクに隠れ、マガジンを替えながら、カルシドも叫ぶ。


「私がいつ、負けを認めた! 人間もどきよ、教えてやる! 紅の戦いは相手の剣を奪い、最後まで立っていた者の勝ちだ! その若造と貴様を殺して、ダークランドに剣を送りつければ、私はヘイトリッド家を奪えるのだ! エフェメラ、そいつらを殺して私の所に来い。ギムルガル家を再び始めよう」


 まずい。クレールが負傷で集中できない今、エフェメラに蝕心魔法を使われたら、俺は抵抗できない。


 だがエフェメラは、もう父親のものではなかった。つい今しがた、生意気な吸血鬼が、その手から身も心も奪い取ってしまったのだ。

 悲しげにかぶりを振ると、父に向かってこう告げた。


「父様……このようなことは、誇り高き吸血鬼の所業ではございません。潔く敗北をお認め下さい」


 銃声も沈黙するほどの、静かで凛とした声。


 混血でも吸血鬼としての誇りは、確実に受け継がれている。


 紅の戦いに応じたことを思えば、プライドの高いカルシドには効果があるかも知れない。俺はAKのマガジンを換えながら、結果を見守ることにしたが。


 カルシドは、とうとう残酷な本性を剥き出した。貯水タンクの方から聞くに堪えないあざけりが降る。


「黙れ……。黙れカジモドめ! ギムルガル家の助けにならぬのであれば、貴様など用はない! 待っていろ、人も殺せぬ臆病ものの役立たず、馬鹿な母親の様に汚しつくして、歓楽街に売り飛ばしてくれる! ローエルフと違って、本当の子供は高く売れるからなあ!」


 実の父からの最悪の罵倒。エフェメラが頭を抱え、震えながらうずくまる。


 クレールがまだ動く右腕で、小さな体を必死に抱き寄せ、胸元でその耳を塞ぐ。食いしばった歯に、怒りが見て取れた。


 さすがにこのレベルのゲス野郎を目の前にすると、色々考えることがあるんだろう。吸血鬼も吸血鬼に怒ることがあるか。


 ちょっと安心したのだが、取り逃がしたゴブリンも銃撃戦に加わってくる。俺の方のAKも弾が少ない。


 それに、ほかのマンションに明かりが灯り始めた。これだけ撃ち合っていれば気が付くか。応援に来られたら終わりだぞ。


「とにかく、何とか脱出しなくては。せっかくレディを助けたんだ」


「俺がここを止めとくよ。エフェメラとお前でここを出ろ。適当な奴を操ってでも、絶対生きて帰れ」


 クレールが驚いたようにこちらを見つめる。腹が立つほど美しく澄んだ目だ。俺の行動が意外だったか。


「……吸血鬼のために命張るんじゃねえ。ザベルとの約束のためだよ」


 決まったかと思ったとき、階下から足音が聞こえた。

 カンカンと非常階段を踏み鳴らし、こっちに上がってきやがる。


 増援か。せっかく色々いい感じになったというのに、これまでなのか。


「畜生っ……!」


 悪態をつきながら、足止めすべく階段の下に銃を向ける。


「おーい、待て待て、撃つな撃つな!」


 聞き覚えのある声。


 姿を見せたのは、ゴブリンはゴブリンでも、俺たちの仲間。ジャケットを着こんだ断罪者のガドゥだ。


 ガドゥは俺たちを確かめると、感心したようにうなずく。


「いやー、ギリギリだったなあ。でも嬢ちゃんが助けられてよかったぜ。さすがお前らだ」


 エフェメラを助けに来たことを知っている。


「いや、お前なんでここにいるんだよ。俺たちのことをなんで知ってるんだ」


「ああ、そりゃギニョルが来てるからさ」


 当然だろ、とでも言いたげに首をかしげたガドゥ。俺はクレールを見つめた。クレールも俺を見つめた。二人ともなにひとつもらした覚えがない。


 どさっと、物音。振り返るとゴブリンが、AKの銃床で後ろからカルシドを殴り倒していた。


 何が起こったか、全くつかめない様子のカルシド。


 ゴブリンはAKに付属した銃剣を突きつける。身体を紫色の魔力が取り巻いた。


「……どうした、カルシド。悪魔が操身魔法を使うのがそれほど珍しいか」


 現れたのは、紫のローブをはおった二本角の美女。


 まさにギニョルそのものだった。


 操身魔法で姿を変えて部下の中に紛れていたのだ。カルシドの奴、元々エフェメラに殺させる目的で適当な部下を集めたのだろう。気が付かなかったらしい。


 しかし、よく俺に撃たれなかったものだ。そういえば、あいつは一番遠くの狙いにくい位置で倒れていた。一人だけ銃を取るのが遅かったから俺も見逃したし。


 だがどうして、俺達が来ることが分かったのだろうか。


「ほれ、早くこちらへ来い。とっとと脱出するぞ」


 カルシドから銃を奪い、手早く魔錠をかけながら、俺達をうながしてくるギニョル。話が全く見えん。


 だが今は言う通りにした方がいい。階下からは、さらに扉が開く音がする。これは完全に気付かれている。いくらなんでも、銃声をさせ過ぎた。


 エフェメラと共にクレールを支えて、ギニョルの下へと向かう。


 ガドゥはAKを拾うと、階下に向かって乱射している。


「すまねえな、ちょっとおとなしくしててくれ!」


 さらに懐から手榴弾のようなものを取り出し、階下に放り投げた。


 爆発するかと思ったら、火柱が発生し、燃えるものもないのに非常階段を覆い尽くした。屋上への入口はここ一か所だ。これで、追手は近寄れない。


「へへっ。炎の現象魔法を閉じ込めた、古代の祭や儀式用の魔道具だ。アグロスでいう花火みたいなもんよ」


 便利な魔道具があるもんだ。バンギアじゃゴブリン以外の種族は手を出さないというが、ちょっと信じられんな。


 さておいて、俺たちはギニョルに言われるまま近づいていった。


「ギニョル、なぜここが分かったんだ。僕らを助けて」


 振り下ろした拳が容赦なくクレールの頭を打った。


 ついでというか、俺も額に拳を食らった。


 目から星が出る。涙も出る。これだから、祐紀先輩の方がいいんだ。


「うぅ……」


「……痛ぇ」


 涙目で頭をさする俺たちに向かい、ギニョルがかっと目を吊り上げた。美しい顔を怒りに歪めて、怒鳴りつける。


「このあほうどもが! よりによってホープレス・ストリートに手を出すとは。蜂の巣をつついた騒ぎになるのが、分からんわけではあるまい」


 というか、もうなっている。よりによってバルゴ・ブルヌスの幹部棟に侵入してしまったのだ。ギニョルが来なければ俺達はハチの巣、エフェメラはカルシドの手に落ちていただろう。


 ぎろり、と音がしそうな目で、ギニョルがクレールの顔を覗きこむ。


「クレール、貴様、昼飯を食いに行くと言ったきり、報告もなく午後の勤務をさぼって子供と遊びおって。普段の態度が優秀だと思えばこれだ。そんな不良に、このわしが使い魔一匹つけんと思うたのか!」


 クレールがはっとした顔になる。ここにくる前、夜なのに鳴いている烏が居た。あれが使い魔だったのだ。俺達の動きはすでに筒抜けだったのだ。


 厳しい視線は俺にも向けられる。


「騎士も騎士じゃ。子供が危ういなら、まずこのわしらに連絡せい! 断罪事件も大事じゃが、未来に罪びとを生まぬことも大事に決まっておろう。わしらみんなで考えればもう少しましな解決策もある、違うか。それから今日、捜査報告書を一文字でも書いたのかお前は!」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。明日の朝提出の予定なのに。


 心底情けない。ザベルに義理立てした俺も、吸血鬼の誇りを守ろうとしたクレールも、こうなっては、母親にどやされる子供に過ぎない。


 階下を警戒するガドゥの背中が震えている。

 笑いをこらてやがるな、ちくしょう。


 俺たちにげんこつをくれ、怒鳴りつけてやっと怒りが収まったのか、ギニョルは腕を組んだ。切れ長の目に細い腕、いくら怒ってても、胸が乗っかるんだよな。やっぱりガキよりこっちのが魅力だ。


 谷間に視線を吸い寄せられているクレールの様子に、エフェメラの目が冷え込んでいる。


「……まあ、このカルシドが相手じゃったからの。いずれ捕ろうとは思っとった。お主らの無茶を補うために、全員を集めて、ホープレス・ストリートに潜入する計画を立てて実行したのじゃ」


「全員って、断罪者みんなでここに来たのか」


 クレールの問いに、ギニョルは唇の端を吊り上げる。


「来る途中、銃声をきいたじゃろ。あれはユエとスレインじゃ。西の通りで喜んで戦っとるわ。ここは伸び放題の犯罪の庭。放置しとったが、ちと刈り込むのも悪くあるまい。いい陽動になる」


 じゃあ、なにか。ギニョルは俺達の動きを把握したうえで、カルシドを捕らえる計画を立て、ホープレス・ストリートに潜入してきたと。


 陽動や、脱出の手筈まで整えて。かっこを付けて出てきた俺たちは、見事にギニョルの手のひらで踊ったってわけか。


 悪魔かこいつ。いや、悪魔だったな。


「しかしクレール、紅の戦いとは考えたのう。見よこの男を。家を奪われて、逆らう気力も無いようじゃぞ」


 ギニョルの言葉通り、カルシドはうつむいて何も言わない。


 負傷したうえ魔法を封じられ。クレールを殺す手立てもない以上、紅の戦いには完全に敗北、頼みの家が潰えたのだ。


 あの罵倒のせいか、もうエフェメラもクレールの影に隠れている。二度と父親面などできはしない。


 この野郎からしてみれば、たった数分で胸に抱えた生きる目的の全てを、完膚なきまで失ったのだ。これほどの敗北はない。


 もっとも、同情はせん。エフェメラの目の前で、殺傷権を使われないだけ感謝してもらいたい。自殺の用心だけはしとくか。


「でもどうやって脱出するんだよ、ギニョル」


「心配要らぬわ、こっちじゃ」


 ギニョルが屋上の端まで歩み出た。


 手を振ると、小さく、本当に小さく遠くの方で魔力の光が見える。

フリスベルも来ていたらしい。


 あんな位置では見つかるかと思ったが、撃たれる気配はない。階下のゴブリンたちの注意が、完全に屋上に向いているせいだろう。


 連中からすれば、銃声も火柱も、屋上や屋上へ続く非常階段で起こっている。上にだけ注意が向くのが普通だ。


「さあ、行くぞ。フリスベルが準備をしてくれている」


 ギニョルの言った通り、下で魔力の光が広がる。


 薄暗い中、下からなにかが急激にふくらんでいく。色は不明だが、まるで何百年も経たかのような巨大な木らしいものが現れた。


 さらにはその先端から根本の方まで、枝に次々と実らしきものが成り、あっという間に膨張し、はじけて開いた。


「でっか……」


 俺は思わずつぶやく。こりゃ綿の花だ。部屋一つ分くらいはありそうな、巨大な綿の花が、下に向かって点々と咲いている。現象魔法には植物の種に働きかけ爆発的な成長を起こさせるものもあるのだ。


 たださすがにここまでやれば、どんな馬鹿でも下が怪しいと気づく。


 魔力めがけて散発的に射撃が開始されるが、フリスベルは塔のような茎の影に隠れている。直径数メートルもある分厚く堅い茎は、AKの小銃弾でも貫通できない。


「お先だ、効いてるうちについて来いよ」


 ガドゥが手近な綿に向かって飛び降りた。綿と綿の間隔は数メートル。トランポリンで跳ねる様に、うまく降りていく。


 しかも途中で何か投げてると思ったら、閃光弾らしい。

各階の廊下で次々に弾け、肉眼で見た太陽の様な光をまき散らしている。


 部屋を出て銃撃を始めた連中は、起き抜けの闇に眼が慣れた直後凄まじい光を食らう。銃をとり落とし、転げまわってもがいている。


「わしらも行くぞ。ついてこい騎士」


 ギニョルが再び姿を変えた。スレインほどではないが、大きな山羊顔の悪魔姿だ。

クレールとカルシドを軽々と抱え、背中にはエフェメラを乗せた。


「先に行く。落ちるでないぞ」


 四人分の体重で大きく綿がへこみ、枝がたわむ。だがへし折れたりしない。


「誰に言ってんだよ……」


 俺も続いた。でかいトランポリンに、連続で乗る様な感覚と共に、まぶしさにもがくゴブリン達を振り切って地上を目指す。


 着地したものの、地上は地上で、あちこちから狙い放題なのだ。


 幹部棟以外のマンションから銃撃が始まる。着地した全員の周囲を弾痕が彩る。


 フリスベルが杖をかざすと、魔力が道沿いに広がる。ひび割れに生えた草や木が一気に成長。目隠しの茂みを作った。


「みなさん、こちらです!」


 フリスベルの誘導に従い、俺達は茂みに逃げ込んだ。

 東側の出口が近い。急がなければ。


「逃さんぞ!」


 ダークエルフも居た。しげみに火の玉が降り注ぐ。

 まずいと思ったが、闇の中に真っ赤なかたまりが現れた。


「邪魔をするな!」


 六メートルの巨体に、銃弾をはじく鱗。スレインだ。赤い月を背景にして、スレインが上空に現れた。背中には、黒いポンチョをはおったユエを乗せている。


 スレインがマンションに炎を吐きかけ、ユエは奪ったAKを両手で乱射する。今や注意は完全に二人に移ってしまった。


 二人の陽動の隙を突いて、俺たちは必死に駆けた。なんとか無事に、ホープレス・ストリートを東へと抜け出た。

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