10休暇の終わり

 警察署に戻ると、入り口前にはザベルと祐紀先輩、それにリーエとヒルディが待っていた。俺達に気づくと、四人で駆け寄ってくる。


「エフェメラ!」


 先輩とリーエ、ヒルディ、それにエフェメラの四人が、お互いを強く抱きしめあっている。エフェメラが涙を浮かべながら、とぎれとぎれに言葉をつなぐ。


「リーエ、ヒルディ、先生も、ごめんなさい……ごめんなさい。みんな友達だったのに、私、私」


「いいもん! エフェメラが戻ってきたから」


「そうだよ。もういいんだから、もっと一緒にいてよ!」


 リーエとヒルディに言われて、エフェメラはとうとう泣き崩れた。


 涙を流して喜び合う四人に、クレールが小さくうなずいた。


 エフェメラはしばらく泣いていたが、振り向くと、急に駆け出し、クレールの薄い胸板に飛び込んだ。


 108歳と7歳だが。こうしてみると兄妹の様だ。

 兄貴の方は傷に障ったらしいが、心配かけまいとうめき声をこらえている。


「やったな、騎士」


 ザベルに言われると悪い気はしない。少しは昔の印象がぬぐえたんなら幸いだ。


 解決ムードの俺達に対して、水を差す奴が一人。

 カルシドが目を釣り上げ、ものすごい形相で叫んだのだ。


「なぜだ、貴様ら! なぜカジモドごときをかばい、私を裁く。クレール、栄誉あるヘイトリッド家とて、アグロス人に荒らされているのだぞ! この島では全てが許されるのだろう。あらゆる手段でかつてを取り戻すことは、誰もがやる当然の」


拳がクソ野郎の言葉を断ち切った。

クレールがカルシドの胸倉をつかみあげる。烈しい怒りが美しい顔に広がる。


「いいか。僕がこの世で最も嫌いなものは二つだ。一つは、僕達吸血鬼の全てを無視して、銃を振り回し全てを壊したアグロス人! そしてもう一つ、自分たちの苦しみをそんな奴らのせいにして、誇りを捨て、卑怯な真似を正当化する同族だ! 僕が断罪者であったことに感謝しろ、カルシド!」


 俺も初めて見た、吸血鬼の本気の感情。


 クレールの底にある本音。それは、あのキズアトと全く違う。


 気高い誇りと、激しい義憤。

 それがこいつの、断罪者としての根幹なのだ。


 突き放されて尻もちを突き、呆然と見上げるカルシド。

 侮蔑の視線でそんな同族を見つめるクレール。


 友達と抱き合って泣いているエフェメラ。


 『吸血鬼』という、ただその一言じゃ表せないほど。

 こいつらは一人一人、全く違うのだ。


 本当は分かっていたはずだ。

 断罪者として一緒に仕事をするくらい、そう難しいことじゃないんだと。


 重々しくうなずくと、ギニョルが改めて命令する。


「ガドゥよ、連れていけ。80年も閉じ込めれば、少しは性根が治るであろう」


「おうよ。ほれ、行くぞ」


 ギニョルの指示で、ガドゥがカルシドを立たせた。

 一旦、地下の拘留所に繋がれ、取り調べの後、監獄へ送られるのだ。


 吸血鬼が頼みにする魔法が、全く封じられる施錠刑。

 殺されないとはいっても、寿命が長いとはいっても。

 魔法を封じられたまま、人の世話になり続ける80年間だ。生きて出られても、世間の全ては変わってしまっている。一世紀近い、気の遠くなる年月なのだ。


 カルシドは、エフェメラに声をかけなかった。

 だがもう、ののしることもしなかった。背中を丸めて、黙ってガドゥに従う。


「父様……」


 警察署に消えていく背中を、エフェメラはしばらく見守っていた。


 カルシドが連れていかれると、ザベルと祐紀先輩は子供達をうながし、食堂へと帰って行った。エフェメラも一緒だ。


 俺とクレール、それにギニョルとフリスベルは、角の向こうへ消えていく背中を見届けた。


 変則的だが、事件は解決、か。

 すべてを見守ったクレールが、やれやれとため息をつく。


 かっこをつけていたが、エフェメラを守れて安心しているのだろう。


 俺も疲れた。とりあえず家に帰りたい。


 ふらりと歩み出そうとした、まさにそのとき。


「どこへ行く」


「え」


 俺とクレールの肩に手を置き、両目でぎょろりとにらむギニョル。

 まだ山羊顔の悪魔の姿だ。瘴気がかかって思わず息を止める。


「明朝には、この間と、今日の分の捜査報告書が必要でなあ。騎士もクレールも、きっちり仕上げてもらわんと困るのう」


「おい待て、僕もか。7.62ミリを食らってるんだが。早く、帰って手当てをしておかなければ」


 懇願するクレールの腕に、フリスベルがすがりついて微笑む。


「素敵ですクレールさん。私、あなたのことを冷たいと思ってました。子供を助けるために、同族と決闘するなんて。怪我なんか私がすぐ治しちゃいます! だからお仕事頑張ってください」


 絶望に染まったクレールの顔。


 そういやこいつ、徹夜ならぬ徹昼になってるのか。


 ちと面白かったが、俺とても状況は同じだ。


「さあ、夜はこれからじゃ。クレール、騎士、この二年見ておったが、お主らどうも書類仕事があまり得意でないな。みっちり、教えてやるからの」


 なんという力だ。


 俺とクレールは、ギニョルの腕で警察署に引きずり込まれる。


 フリスベルが嬉しそうに、傷口から銃弾をほじくり出していく。


 包帯を巻くと、操身魔法を使い始めた。見事に傷が治っていった。


「ただいまー! お土産の手配犯捕まえてきたよー!」


「てんで歯ごたえがないな。ギニョルよ、あの通りを潰せぬ『政治』とやらは、いつ終わるのだ」


 スレインが三人のゴブリンと、ダークエルフを一人引っ立てて空から降り立つ。ユエにも見たところ負傷はない。あれだけの数を相手に無事どころか、断罪して帰ってくるとは。


 ギニョルは嬉しそうにうなずき、俺達を締め上げる手に力を入れる。


 ものすごく、長い夜になりそうだ。


「下僕半、貴様のせいだぞ!」


「うっせえ。お前こそ格好付け過ぎなんだよ。しかもエフェメラにプロポーズしたみたいになってたじゃねえか」


「う、うるさい、あの子はああでもしないと」


 恥ずかしかったのか。


「おいおーい、何意識してんだ。言っとくけど、お前は100歳過ぎで、向こう7歳だからな?」


 悪態を返そうとしたクレールが、傷の痛みにうめいた。どうやらほかにも撃たれてたらしい。


 まったくと呟いて、ギニョルがため息を吐く。


 こうして、俺の長い休日は終わった。


 いや、こんなもん休暇と認めてたまるか。

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