21帰還


 テーブルズの議員でもあるギニョルのおかげか。

 帰りのポートレールでは、魔法での調査が免除された。


 ホームでは俺達のほかに、自衛軍の高官やその愛人らしい女たちも乗り込んできた。


 しとしとと降る雨の中、列車が駅を後にする。

 高架は三呂のビル群を縫い進み、三呂大橋、次元の歪みへと向かって続く。


 ふと窓辺から振り返れば、街並みが見渡せる。


 ポート・ノゾミより大きく、数も明らかに多いビル。夜魔ふ頭の倉庫街、西側の乾ドックにクレーン、全てが身じろぎもせずに横たわっている。幹線道路を流れる車や、入港する船さえ、いつも通りだ。


 1億2000万の人口を抱える、この国の日常は揺るがない。

 俺達、断罪者の存在程度では。


「ね、騎士くん。騎士くんってば」


「なんだよ、ユエ」


 いつの間にか隣に座っている。


 いや、隣に来たのに気づかないほど、俺が景色に夢中になっていたのか。


「……色々、ごめんね」


「何がだよ」


 つっけんどんな言い方になっちまった。

 ユエは少しためらいながら、言葉をつなぐ。


「だましてた、こと。ヴィレさんのこと、ちゃんと言ってなくて、危ない目に遭わせちゃって。それに、もっと早く私があの人を止めてたら、ハーレムズが出てくることも」


「よせよ」


 聞きたくないのが半分、ユエの瞳に再び浮かぶ涙を止めたいのが、もう半分。


「いくら強くても、紛争生き残ってても、まだ18だろお前。日ノ本なら、アグロスなら、お前の年だと海や裕也みたいに、俺達に守られる側だ。失敗とか臆病だって、ギニョルの奴は計算済みさ。それに俺は、お前の断罪を見たから、断罪者らしい事をしなきゃならねえと思った。流煌のこと、隠そうかとも思ったんだ」


 ユエの唇が震え始めた。俺の言葉は、涙をとどめるどころか、逆にあおったらしい。


 異変に気付いたのか、向かいの席のギニョルが俺を見つめる。


 どうしようか、目で聞いてしまう。

 笑ってうなずくギニョル。


 仕方がない、言ってやるか。


「今度の事件、本当に辛かったのはお前だろ。でも頑張ったじゃねえか」


 感情のダムが決壊したらしい。見た目だけなら俺の年上なユエが、胸元にすがりついてきた。


「……騎士くんっ、ヴィレさん、死んじゃったよぅ……いい、人だったのに。わたし、わたしあのひとがいたから、死ななかったし、銃もうまくなったんだよ。生き方も、たくさん、習ったのに。戦うの、辛かったけど、一緒にいて、楽しい、ことも、あって」


 落ち着けるよう、背中をなで。金色の髪に指を入れて、そっとすいてやる。まるで子犬でもなでてるみたいだ。


 ヴィレ、どことなく憎めなかったあの女は、やはり俺にとってのザベルだったのか。


 ユエは目の前で支えを失くしたのだ。

 俺とフィクスのこともあり、悲しむ機会を飛ばしていたのだろう。


「うみちゃんの、お父さんも、守れなくて、わたしが、油断して……銃しか、取り得ないのに、それもだめなのに……うみちゃんの、てがみが」


「手紙か。なんて書いてあったんだ」


 涙をたたえたまま、ユエが俺を見上げる。

 青い瞳の目尻。本当だったら、夢や望みを称えているべき、お姫様の純粋な瞳が、悲しみで一杯になっている。


「ありがとう、って、書いてあって。見送れなくて、ごめんなさいって、また家に、遊びに来てって、お父さん、死んじゃったのに……! 私、わたし守れなかったのに……!」


 海か。強い子だな。

 汚職警官であっても、遊佐はあの二人にとって良い父親だったのだ。


 フィクスはそんな男を、この世から消してしまった。


 やはり断罪者として、逃すことはできない。

 いずれ俺の手で、断罪しなければならないのだろう。


 冷たい決意を悟られぬ様に、意識して声を柔らかくする。


「良かったじゃないか。休み取れたら、また行ってやれよ」


「うん……でも、逃げちゃいけないよね、私断罪者だもん」


「それもそうか。じゃあ働かないとな」


 俺の背中をつかんだまま、ユエの雰囲気が変わっていく。


 自分の手でしっかりと涙をぬぐえば、SAAを祈るように構えた、断罪者としての顔だ。


「……私、頑張る。頑張って、もっともっと断罪する。自衛軍だって、GSUMだって、私がいた王国だって、日ノ本だって。相手が誰でも、もう迷ったりしないもん。みんなのこと、ちゃんと信じるから、私のこと……信じてくれる?」


 俺を見上げる目。凛々しくも美しい顔には、高貴ささえ感じる。

 こいつはもう大丈夫だ。


 そう思うと、ダメな遊び心が芽生えてきた。

 少し、からかってみるか。


「最初っから頼りにしてるぜ、俺達みんな。そうだな、今度クレールに引っ付いて聞いてみろ」


「クレールくんに?」


 それこそ、学園もののヒロインの様に。無垢な顔で首を傾げるユエ。

 俺はにやにやしながら言った。


「こう、頭に胸をおっかぶせる形でな、面白い反応が見られると思うぜ」


 一瞬、何のことか分からない様で、自分の胸に手を当てる。

 所在なさげに、豊かなふくらみを両手で押し上げ、言葉の意味に気がついたらしい。


 ユエの顔にみるみる赤みが差す。突き飛ばすように俺から離れると、胸元を抱きしめ、こっちをにらむ。


「……馬鹿っ、エロガキ」


「ガキはお前だ。こう見えても、俺は23だからな」


「じゃあエロオヤジだよ。キモい」


「制服デートに行って、男にBL本持たす奴よりは健全だろうなあ」


「……騎士くんの意地悪。もう知らないもん」


 そっぽを向いたまま、ユエは俺に話しかけて来なくなった。

 ギニョルが頭を抱え、あほうに対する視線をくれる。


 ほかの乗客の失笑も買ったが。


「それだけ元気なら、大丈夫だな」


 俺のつぶやきに、ユエは驚いた顔でこっちを見つめる。


 どうやら、気を遣われたのに気づいたらしい。


 しがみついて泣き言を吐き出したことも、思い出したのか。

 恥ずかしそうに背中を丸めてしまった。


 ギニョルが隣に座り、その肩を抱いてやっている。


 ポートレールは次元の境目を抜け、ポート・ノゾミに達した所だ。


 正面に見えてきたのは、ホテルノゾミのばかでかいビル、ホープレス・ストリートの住宅街に、ノイキンドゥのいけ好かない高級建築。


 そして、十日ぶりに見る断罪者の本拠。

 三呂水上警察署の、茶色い六階建てだ。


 まさか、この島に帰って来たと思うときが来るとは。


 高く晴れた午後の空が、俺達を優しく照らしている。

 三呂で浴びた雨粒が、ポートレールの窓辺を彩る滴に変わる。


 錯覚か。バンギアの青空が、アグロスよりもまぶしく見えた。

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