37転がる布石

 集中する全員の視線にギニョルは話を始めた。


「順を追って話そう。このダークランドに来る前に、わしはフリスベルに指示をしておいた。エルフの森が将軍達につこうとしたら、ララを攻めろとな」


 ララってのは、ユエの姉でエルフロック伯爵夫人のララ・アキノか。かつてあった崖の上の王国の王家の中では、長兄のゴドーと並んで独立勢力を貫いていた。


 ゴドーの方は騒乱の中で一時的に首都のイスマを掌握したが禍神を使った王に挑んで返り討ちにされた。その領地も王国の再編に巻き込まれてしまった。


 だがララの方はエルフの森と協力して騒乱を乗り切っている。


 ララは人間でありながら平均的なエルフ達よりさらに強い魔力を持ち、特殊な現象魔法を使う。今のエルフの森とエルフロック伯の旧領の指導者的な立場だろう。


 イスマじゃ俺も話したり戦ったりしたが、ユエの銃の技能を全て魔法に転換し、さらに甘さを完全に取り除いた様な恐ろしい女だった。母国である崖の上の王国が崩壊してなお、勢力を保っていることもあるし、アキノ家の兄妹で一番の傑物だろう。


 あいつに用心するならともかく、あいつを攻めるっていうのか。


 ニュミエが腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げる。


「……悪くないわ。エルフロック伯爵の事件を使うのね」


「ニュミエ様はご存じなのですね」


「七年前にアグロスの軍が来て変わったけど、元々エルフは私達吸血鬼と悪魔の最大の邪魔者じゃない。動静を探っておくのは当然のことだわ」


 ギニョルとニュミエの二人だけは分かっているらしいが、他の全員はかやの外だ。


「どっちでもいいから説明してくれよ。俺はあっちが主だし、他の連中もここのことだけで精一杯みたいだからな」


 クレール、亜沙香、ロンヅのねずみ、他の悪魔や吸血鬼達は俺をたしなめない。どうやら同じ気持らしい。


「ニュミエ様、私から説明させていただいても」


「いいわ」


 ニュミエに言われて、ギニョルが立ち上がる。ゴドウィ家の当主はロンヅで、ギニョルはその娘。吸血鬼を率いるニュミエには一目置いているのか。


「……将軍は、二等陸士だった頃の剣侠志は、嫁いできたばかりのララの夫、エルフロック伯爵を当時の自衛軍の司令官とまとめて殺害した。伯爵と司令官は大陸に戦火が広がることを懸念して、せめてエルフや人間だけでも自衛軍との間で調停を行おうとしておったらしい。それが邪魔だったのであろうな」


 そんなまともな奴らも居たのか。紛争初期に関しては、ザベルと協力して生き抜くことくらいしかしてなかったから分からなかった。


 バンギアに来た自衛軍が、暴走するきっかけになった出来事かもしれないな。


「じゃあ将軍の奴は、ララにとっては夫の仇ってことか。だから、今度も手を結んだように見えて、もろさがあるってわけか」


 紛争が再燃するなら、将軍たちを味方にすることは良い手だ。それを分かってるララが感傷で動くとは、簡単には信じがたいが。


「賭けじゃった。実妹のユエがあちらに残ったのも幸運であったわ。ララは人間としてわしら悪魔や吸血鬼の脅威を良く知っておる。寝返りの条件はわしらがダークランドを治めるにふさわしい態度を取って見せること。そう言ってきたのがわしの屋敷での会議の直前じゃ」


 ギニョルにもどうなるかは分からなかったんだな。

 読めてきたぞ。普段冷静なギニョルが、団結できない領主たちを前にしてあれほど感情的に訴えていた理由が。


「……家の対立や身分、僕達吸血鬼や悪魔がふりかざしてきた常識を無視して、命を賭けられるか見極めていた、ということだったんだね」


 クレールの表情は苦い。それもそうで、屋敷への砲撃で多くの領主が殺害されたうえに、その後の戦闘でも、悪魔吸血鬼の両方が多大な損害を受けた。


 吸血鬼の男が立ち上がる。北東斜面で将軍達の本隊に侵攻され、かろうじて生き残った中の一員だ。


「ではなぜそれを、会議で発言しなかったのです。このマウントサースティを取るために多くの同胞を忠実な下僕たちを失いました。連中の砲撃によってもです。これほどの犠牲を払うことになろうとは」


「そうだ。ララ・アキノは確かに優れた魔術師だが、たかが人間の分際で我らを試したのか。そのために私の父は、多くの名誉ある家長達は鉄と鉛の前に倒れていったというのか」


 父である当主が殺されたレギンも厳しい眼でギニョルをにらむ。

 亜沙香は言葉を発しない。ただ、冷たいさげすむような笑みを浮かべる。


 ニュミエがこめかみに指を当て、疲れたように眼を細めた。


「……若者は無茶を言うわね。それを知ったからって、私達が人間の助けなどを望んでいたと思うの」


「ニュミエ様……」


『それに、助かるとなったら、僕達はダークランドのことなんか考えないで、いつもみたいに領地の拡大や家の中の争いを始めただろうね。団結するふりをして、できるだけ自分の家は守ろうとするとかね』


 ロンヅの言葉には、怒りの表情を見せていたほかの悪魔や吸血鬼達も黙るしかなかった。本人達が最もよくわかっているのだろう。


「よろしいか。とにかく、ダークランドの全員が相当の損害を受けながら戦い、それによって将軍が部隊を割った。この二点が揃ってララは考えを変えたのじゃ。狩谷一佐と比留間一佐の二人を解放し、兵士達に対して、中央即応集団を本来の任務に戻すよう説得させた」


 断罪者と一緒になって、なんとかして暗殺を隠そうとしてくれたあの二人か。ここで戦うこと、紛争の再燃の意味がどういうことかしっかりと分かっている二人。あいつらが説得にあたってくれるとなれば心強い。


 統合幕僚長の御厨を殺されなければ、そもそもこんな状況を招かなかったのかもしれないが。


「その結果が今の状況ってわけか。俺には見にくいが、お前らには見えてるんだろう。ダークランドがどうなってるか」


 立ち上がって防護用の金網に近づき、妖雲の中を見下ろす。ダークランド中央に位置するこのマウントサースティから広がる平野。音だけではあるが、ヘリや軍用車両が集結してきているらしい。


 いずれも方向はこのダークランドより外側、つまり国境を越えてきた中央即応集団側ということだろう。


 ただこれは想像にすぎない。俺は後ろを振り向いた。


「クレール、どうなんだ?」


「……吸血鬼の僕から見て、チヌークヘリが十機。軽装甲機動車が八十台。96式走輪装甲車が十台来てる。ダークランドを荒らす兵士に、投降の呼びかけが始まってるな」


 俺の隣に歩み出たクレール。他の奴らも席を立ち、事態を見つめに金網の際に出てきた。


 全員が立ち上がり、会議が立ち話に移ろうとしたときだ。

 妖雲の中で銃声が響いた。音は次々に積み重なり、砲撃音も重なっていく。


 ギニョルが金網を握りしめ、無念そうに顔をしかめる。その眼には使い魔を示す紫色の魔力がある。


「……将軍側が撃った。即応集団が応戦している。アグロスの、日ノ本の軍人同士の殺し合いじゃ。侠志め、最後の最後まで愚かなことを」


 元日ノ本の人間として、国を守るための軍人同士が敵味方に分かれることほど情けなく悲しいことはない。ギニョルにはその意味が分かるのだろう。


 ただ、自分をさらい、兵士と共に辱めた将軍を、なぜここまで心配するのだろうかは分からないが。


 数分銃声と砲撃の応酬が続いたが、やがて音は一か所を取り巻くように移っていく。俺は雲で分からないが、悪魔や吸血鬼には状況が見えているらしい。


 レギンが呆然とつぶやきをもらす。


「もう決着が着くというのか。我々があれほど苦労したというのに。父も死んだというのに……」


 亜沙香は無表情にレギンを見上げる。


「同じ武器と練度の軍隊同士よ。数が倍以上違うし、将軍たちは武装解除を求められると思っていなかった。おまけに同国人と戦う覚悟を決めてきたのは中央即応集団の方だったのよ」


 客観的な分析だがレギンには堪えるだろう。そういえばこいつは、多少向こうの事情を知っているのかもしれない。俺は亜沙香にたずねてみた。


「将軍の側は、この戦いで英雄になれると思っていたのか」


「私が向こう側だった頃は、そう言って兵士たちを掌握していたわ」


 それが本当なら、日ノ本の正規軍に攻撃された今、将軍を支えた求心力が根本から崩れたことになる。


 銃声がまばらになってきた。ロンヅのねずみが目を光らせる。


『終わったよ。将軍側は突破を図ったけど、僕の本体の上、屋敷の中から出られなくなった』


 ロンヅの本体は自分の屋敷の地下壕の中だったか。となるとギニョルの屋敷を攻めた将軍側は、逆に自分たちが屋敷の中に包囲されたことになる。


 ギニョルの肩のフクロウが、主であるフリスベルの声でしゃべった。


『ララさんが許可を求めています。ギニョルさんのお父さんと屋敷の人達ごと将軍たちを吹き飛ばしていいかどうか。すでに迫撃砲陣地が構築され、砲撃すれば立てこもった全員と地下壕ごと焼失するでしょう』


「日ノ本側は何か言うてきておるのではないか?」


『中央即応集団以外の兵士は、まずこの世界に扱いを一任する、と』


 物分かりがいい、というよりは紛争終結後に将軍たちを支援し続けていたことを思うと、戻ってこられても都合が悪いというところか。


 善兵衛首相の政権運営上でも、メリゴンとの戦争以来ずっと平和主義を掲げ続けた日ノ本という国的でも。


 戦場に浸かってしまった兵士の存在は面倒でしかないのだ。


 今や将軍たちは、あれだけ自衛のためを叫んでいた日ノ本から、厄介払いされたに等しい。


「直接行くと、伝えてくれ」


『分かりました』


 それで十分だったのか、フクロウは闇の中へと飛び去って行った。


 レギンが杖を振りかざし、操身魔法で鳥の悪魔に変化する。くちばしを開いて、ギニョルを見下ろした。


『ギニョル様、お乗りください。クレール様も』


「ドネルザッブ家の当主を足蹴にはできぬ」


「同じく。父様が亡くなって当主にはなったが、僕とて百八歳の若輩だ。ギニョル、使い魔でスレインに来てもらって……」


『いけません。このダークランドの中で、あの者達と常に戦ってきたのは、あなたがた二人だけなのです。結末はあなた方に結んでいただきたい』


 その場の誰もレギンの言葉を否定しなかった。部下や親族を戦いで失ったほかの悪魔と吸血鬼。夫や子を失い、自身も片足を失ったニュミエ、そして自らの命を握られているロンヅと、ギニョルと同じ辱めを受け助け出された悪魔の女も。


 気が付くと俺とクレールとギニョルの断罪者の三人に、皆の視線が集中している。


 ギニョルがため息をついた。


「分かった。良いか、クレール、騎士」


「異議なしだ」


「断るわけには、行かないね」


 俺たちはレギンの背に乗ると、妖雲の中へと飛び出していった。日の出が近いのか、赤紫の霧の中でも薄明かりが広がっている気がした。

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