14術者を追って

 ドラゴンピープルと共に、再び島に近づく。

 雨の中だが、俺の目でも少しは様子が分かって来た。


 フリスベルが居るのは、最初に上陸した海岸の砂浜だ。


 他方、見える限りの樹化したハイエルフ達は、丘の頂上を目指して進んでいる。すでに3体ほどが囲んでいたが、銃声の中に爆発音が交じって、火や煙が小さく上がっていた。ギニョル達が食い下がっているのだろうが、集中砲火にスレインの剛腕、そしてナパームの火で焼いてようやく一体倒せるほどのタフさだ。M2重機関銃でも簡単には倒せない。


 せいぜい、致命的な現象魔法を防ぐくらいだろうが、それとて数が増えれば厳しい。


 島が近づいてくる。行動を決めなければならない。


「どうするか。海を背に騎士たちを助けたときと違って、広場に降りれば、もう飛んで逃げることは叶わんぞ」


「この期に及んで逃げるというのか、スレイン」


 クレールが容赦なく言い立てる。長い首を回してスレインが振り向いた。


「軽々しく無茶を言うな。それがし達が消えればどうなるか、知らんわけではあるまい」


 それきりそっぽを向き、空気が悪くなりそうだったが、再びスレインが振り向く。


「……嘘はいかんか。率直に言うが、それがしが死んだ後の、家族の事を考えてしまった。うぬぼれかも知れんが、娘が不憫でな」


 ドロテアか。戦士と父親、両方やらなきゃならないのが、こいつの辛い所。

 父親を連想したせいか、クレールは納得がいったらしい。

 ライフルを肩にかかげて、海の方を見下ろす。


「なら、考えろ。うら若い娘が、お前の様な頼もしい父親を失うことなど、あってはならない。僕だってこのまま乗り込んでどうにかなるとは思わないさ」


「いや、お前こそ考えろよ」


「何だと、下僕半。その言葉はお前に……」


「どうした?」


「考えか。ギニョルはどう考えたんだろうな。なぜフリスベルを逃がしたんだろう。ただ生き残らせるためとは思えない」


 そうだ、ギニョルにはきっと考えがある。フリスベルを逃がしたことには意味がある。

 色々な策で、これまでも窮地を救ってくれたギニョルだが。通信が無いと何の意図だか分からない。


 ギニョルやガドゥにできなくて、フリスベルにしかできないこと。


「そっか、魔力の探知だよ! フリスベルなら、雨の魔法使ってる人が探せるから、見つけて止めれば」


「待てよユエ、今さら雨が止んだ所で、あの森どもが焼け死ぬわけじゃねえぞ」


 ナパームの火はもうほぼ消えちまった。雨がやんでも、俺たちの持ってきた銃火器では森を焼くことができない。


「回らん頭だな。これだけの魔法だ。使い手は限られる。僕たちが見てないシクル・クナイブの親玉といえば誰だ」


 いけすかんレグリムの奴か、鼻持ちならんフェイロンドのどちらかに違いない。樹化させた部下に戦わせて、どこかに引っ込んで魔法で援護しているのだろう。


「なるほど、樹化してもハイエルフには理性がある。長老会のレグリムを抑えれば、引かせることができるかも知れん」


 スレインはそう言うが、ちょっと不安なのは、フェイロンドやその部下が、素直にレグリムに従うかどうかだ。そもそも、あのプライドの塊の様な爺さんをとっつかまえ、ハイエルフに働きかけること自体、本当にできるのだろうか。

 仮に捕まえたとして、自分の命と引き換えに断罪者と心中なんてことも企てそうだ。撃っちまったら、ブチ切れて俺達を皆殺しにかかるだろうし。


「考えている暇は無いぞ。ギニョル達も危ないんだ、急いで行動に移ろう」


 クレールの言う通りだが、フリスベルを守る断罪者が必要だろう。空の足として、ドラゴンピープルも一人要る。


「……よし、下僕半、お前が行け」


 俺かよ。ハイエルフとは相性が悪いと思うが。


「いいと思うよ、騎士くんは籠城より攻めた方が合ってる」


「というか、ショットガンを振り回しても、あの森どもには通じない。僕とユエなら、重火器も使えるし、スレインの力は、あいつらを防ぐのに最も必要だろう」


 なんでそんなに俺をおしてくるんだろうか。どうもクレールらしくない気がする。


「なら言わせてもらうが、お前が吸血鬼らしく、連中見つけて蝕心魔法で操れば早いだろうが」


 俺の言葉に、クレールは黙ってしまった。

 もしかして。


「……お前、自信がねえのか」


 この事態の発端となった、ホープ・ストリートの事件を思い出す。クレールはあのときキズアトに蝕心魔法を食らい、尊敬する父親が撃ち殺されたときの苦痛を甦らされた。

 流煌達が襲撃してきたときは、ローエルフを操って非難させたり、それなりに自信は戻っていると思ったのだが。


「長老会のハイエルフは、傑出した魔法の使い手なんだ。レグリムやフェイロンドは男だから、チャームをかける事もできないし、眠らせることさえ至難だ。狙撃ならともかく、魔法では確実にかかる保障が無い」


「だからって、諦めるか」


「違う! 失敗すれば、守っている断罪者が全滅するんだ。僕の魔法に全てを頼るのは、分の良い賭けではないと言ってるんだ。分かってくれ」


 なんてこったろう。吸血鬼の名家として、自身の塊みたいなクレールが。

 深刻だが、言ってる事の筋は通ってる。その通りにするのが良いのか。


 戦術論というか、確率的に言えば、それが一番いいのかも知れんが。

 この先を考えたとき、今こいつを放っておくのも心もとない。


 しょうがねえ、一肌脱ぐか。

 俺はショットガンを抱え、スレインの背に飛び移った。


 クレールの手をひっつかむと、立たせる。


「な、なにをする、下僕半」


「スレイン、ユエ、ギニョル達を頼むぜ」


 ユエがドラゴンピープルを近づけて来た。


「騎士くん、どうするの?」


「俺とこいつで、フリスベルを拾って、レグリム達を探して、森どもを退かせるよ。相手に何かをさせたいときに、吸血鬼を出さない意味が分からん」


「お前……」


 クレールが俺を見つめる。外見16歳の俺から見ても、さらに少年らしい細い肩に、性別が分からなくなるほどの端麗な顔。

 しかし残念こいつは男だ。ザベルの所の子供達にやるように、灰色がかった柔らかい髪の頭をわしゃわしゃっとやる。


「いつもみたいに、皮肉のひとつも返しやがれ。らしくねえぞ、俺の四倍は生きてる、108歳のジジイだろうが」


「お前以下のガキさ。長老会のレグリムや、キズアトや父様と比べてしまえば」


 本当にらしくねえ。頭をつかんで見上げさせる。


「いいか。だとしてもだぜ。俺たちは、断罪者だ。七人ができることを全力でやって、ぶちかましてなんぼだ。ここはお前の出番なんだよ」


 いつも胸くその悪い皮肉ばかり言う奴だが。それが無いとこうも調子が狂うとは。

 ため息を吐くと、クレールは言った。


「……いいだろう、保障は無いぞ」


「いい。お前で無理なら、それまでさ」


 不安はあるが、これが正直な反応なのだろう。

 思い返すと、どうも今回、クレールは逸ってばかりだった気がする。


 色々なものの、裏返しか。

 プライドはこいつの力にもなれば、押しつぶす重りにもなる。

 素直に誰かに弱音をはけりゃいいのだろうが、そういうキャラじゃないからな。

親父も早くに死んでるし、かなり無理と苦労をしてそうだ。


 飛び移って来たクレールに、ぼそっと言った。


「……お前、年上の女とか恋人にするといいのかもな」


「な、なななにを言い出すんだ、下僕半。吸血鬼のお嬢様がたは、僕の様な若輩に目を向けたりはしないぞ」


 そういうものかもしれない。思えば、108歳ってのは、微妙な年齢だな。人間でもたまにそれくらい生きる人は居るし。


「なにもいきなりスレインと珠里みたいになれってんじゃねえよ。身近なら、ギニョルでも、フリスベルでも、ユエでもいいんじゃねえか。女に相談に乗ってもらえると、こう元気が出るぜ」


 フォローのつもりだったが、クレールは黙ってそっぽを向いてしまった。

 想像しているのだろうか。

 ま、多少なり気をそらせればそれでいい。


 俺たちと別れたスレインとユエは、広場へと飛んでいく。

 俺とクレールを乗せたドラゴンピープルが、再び海岸へと上陸した。


 フリスベルが駆け寄ってくる。

 俺達を見るなり、言った。


「あ、あの、すいません。レグリムさま……レグリムと、フェイロンドを捕らえるのに、協力してもらえませんか」


 精一杯の勇気で、レグリムを呼び捨てたフリスベル。


 どんぴしゃり、か。

 クレールがいつの間にか顔を上げ、いつも通りに胸を張った。


「いいだろう、乗るんだ。君の探知に、期待しているぞ」


「は、はい!」


 フリスベルが108歳で、クレールが323歳に見えちまう。

 両方見た目はただのガキだが、なんとも不思議な光景だ。


 まあいい。あのいけ好かない奴らに挑むのに、心強いメンバーなのは確かだ。


 大きく翼を羽ばたかせ、再び海へ出たドラゴンピープル。

 振り返れば、ひときわ銃声が大きくなっている。

 スレインが吐いた炎が、雨の中でも明々と見える。


 急がなければならない。ギニョル達の無事は、俺たちにかかっている。

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