8.IU同好会
授業が終わると、まっすぐにユエの借りた部屋へと帰る。
玄関を開けると、ちょうどユエが靴を履いている所だった。
「あ、騎士君、お帰りー」
「先帰ってたのか、どっか行くのか?」
制服から私服に着替えている。さすがにテンガロンハットやポンチョはやめて、ブラウスにスカート、ブーツのノーマルな恰好だ。
ホルスターと銃も部屋に置いてある。確かに日ノ本じゃ、銃なんぞ不要なトラブルを呼び込むだけだ。
「ちょっと買い物に行くことになるかな。海ちゃんたちが駅で待ってるんだよ。三呂駅の方に住んでるから、遊びに来ないかって」
本当に仲良くなってたんだな。あの巻き毛の子と。
「なにか知ってると思うか?」
「分かんない。けど、本当に県警の本部長の娘さんらしいし、ちょっと調べといて損はないと思う。ていうか、せっかくだし仲良くなりたいなって。あ、この子預かってほしいんだけど」
バッグから出てきたのは、いつぞやの使い魔ねずみだ。
さすがに次元が違うと、ギニョルでも操れないのだろう。今のこいつは、多少寿命の長い、ただのえろねずみ。素直にユエから俺の腕に渡ったかと思えば、肩にとまって、ぶすっとした面で、俺をにらんでる。
「さっき電話があってさ。なんかギニョルもこっちに来るかも知れないんだって。そのときは使い魔を使うからって」
有線の固定電話だけは、三呂大橋の中を電話線が伝っている。警察署からこちらに電話することも可能だ。
「何かつかんだのか」
「それも言ってなかった。盗聴されるかもしれないって」
ただの電話線だもんな。使い魔の通信とは違う。
しかし、盗聴ってのは穏やかじゃない。どちらかというとアグロス、日ノ本の奴らがよくやる手だ。
「二人とも出るのはまずいか。俺も、予定があるんだ。食堂の男子いただろ」
「ええっと、裕也くんね。海ちゃんの弟さんでしょ?」
あの子、さっそく弟のことをユエにしゃべったのか。
「そいつだけどさ。なにかやってるみたいなんだ。ものも知ってるし、情報を集められるかも知れない。会ってみようと思ってな」
「へー。あ、それならお金、テーブルに置いといたから。帰り遅くなるんだったら、タクシー使ってね。領収書ももらっといてよ」
捜査名義でテーブルズに申請すれば、各国が供出した予算から、経費が落ちるかも知れない。ポート・ノゾミでは貴重な日ノ本のイェンで。
「気をつけてな」
「そっちもね。いってきまーす」
由恵を見送ると、俺は部屋に戻ってメモを広げた。
「夜魔ふ頭、第3倉庫に、深夜11時か……」
まだかなり時間がある。
街に出て、飯でも食って時間をつぶすか。
そう思って鏡の前まで行き、ブレザーを脱いで思い当たった。
「……だめだ」
この服しかない。転校第一日目に、制服で街にたむろなんて、笑い話にもならん。といって、ひま過ぎるしな。
煙草を一服やろうにも、ここじゃ未成年だ。自販はおろか、有人でも絶対買えない。吸ったところで、制服に臭いでもついたらトラブルの元だ。
仕方なくため息を吐いたとき、電話が鳴った。
由恵の趣味なのか、どこで見つけてきたかも知らない黒電話だ。
ギニョルかも知れない。来ているなら使い魔を使うとは思うが。
「もしもし」
「あ、ここで良かったんだな、裕也だよ」
「お前、なんで電話番号を」
「その理由は、来てくれたら分かるぜ。それなりの覚悟は要るけど、お前には見込みがある気がしてな。普通のやつとは雰囲気が違う」
断罪者であることが、ばれたのか。
それならそれで、余計に会っておかなくては。
「で、なんの用事だよ」
「ああ、場所いきなり書いたけどな、よく考えたら、転校してきたばっかりでよく分からないだろうと思って。お前が俺達の仲間に入るなら、迎えが用意できるんだ。どうだ?」
迎え、か。この部屋に由恵や俺が住んでいるのを突き止めたことや、ポート・ノゾミの現状をある程度知っていることからして、ただの部活への誘いじゃないだろう。
おそらく車なのだろうが、裕也のような正体不明の奴の手の内に、武器も持たずに入っていいものかどうか。
『行け。構わぬ』
思わず声が出そうになった。
懐のねずみがギニョルの声で囁いたのだ。
「なんだ? 誰か居るのかよ」
「いや。分かった、行くよ」
気づかれてしまったのか。心配になったが、裕也はそのまま話し続ける。
「まあそう来なくちゃな。待ってろ。八時前に迎えが行く。クラクションが聞こえたら外に出るんだ、楽しみにしてるぜ、騎士」
大丈夫だったか。裕也は電話を切った。
テーブルにねずみを置く。しばらく口をもぐもぐやっていたが、再び紫の魔力を放ち始めた。ギニョルが操身魔法を使っているのだ。
「一体どうしたんだ、こっちに来るなんて、みんなも連れてきたのか」
『いや。わし一人じゃ。明日の朝には帰らねばならん。わしらみんなをそちらに通すように頼んだのじゃが、山本の奴、今度ばかりは、てこでも断罪者の捜査を認めん。今しがた訪問して直接説得したが、だめじゃ』
山本とは、今の日ノ本の首相、
元は三流の国会議員で、当選二期目でハニートラップにかかり、議員を辞職してから、日ノ本がお飾りで作った、ポート・ノゾミ復興振興委員会の頭をやっている。
はっきり言って日ノ本の傀儡もいいところで、俺たちに嫌味を言うか、日ノ本に帰りたいとぼやくか、断罪者がへまをすれば解散動議を出すだけのことしかしない。といって、自衛軍を動かす権能もないので、面と向かって俺達とぶつかることはしないのだが。
そんな奴が強情を張るということは、いよいよ日ノ本が一枚噛んでいるな。
『余計な事はするなと、くぎを刺されておる。わしのおる部屋の入口は、吸血鬼と悪魔の見張りつきじゃ。今度ばかりは我々の援護を期待しないでもらおう』
吸血鬼や悪魔は魔力が分かるから、見張られちゃ脱出できない。
しかしギニョルを帰すのか。これはただ事ではない。
「分かった。ユエにも伝えておくよ、俺はどうすればいい」
『とりあえずは、集まりに顔をだしておけ。お前たちを送り込んだ以上、それなりの収穫は欲しい。しかしよいか、けして無茶をするな。連絡はおそらくこれきりじゃ』
そう言うと、ねずみからの魔力は収まってしまった。
何でもないことの様に、きょろきょろしている。
どうやら俺たち断罪者への日ノ本の圧力は確実らしい。
高校の現代社会で教えられている、自衛軍の姿といい。この国の裏の姿がどんなものか、いやでも見えてきたな。
裕也のいうIU同好会とやらが、どれほど情報を持っているのか。これは、何が何でも入り込む必要がありそうだ。
じりじりとした時間が過ぎ、ようやく夜の八時前。裕也の言った通り、アパートの前で車が止まる。
俺が出ていくと、運転席にはなんとうちの担任の、現代社会を教えていた先生だった。
授業中のカーディガンとロングスカートの雰囲気も似合っていた。着替えたのか、仕事中のギニョルをほうふつとさせる、タイトスカートにスーツできめている。
「騎士くん、話は聞いています。夜魔ふ頭へ行きましょう」
「先生はどうして」
「私は新聞部の顧問なんです。そう言ったら、分かりますよね?」
はにかんだその表情には、どこか子供みたいな雰囲気がある。
表の社会を教えながら、社会の裏に潜り込む、か。
愉快な人も居たものだ。嫌いじゃない。俺は助手席に乗り込んだ。
東の首都周辺には及ばないものの、三呂は貿易港として有名だ。
かつて人工島ポート・ノゾミをわざわざ造成したのは、増え続ける住宅需要以外に、既存の三呂港の設備が取引に追いつかなくなったせいだった。
ポート・ノゾミ以外にも、三呂の沿岸、特に市の中心の南東部一帯は、埋め立てられてガスタンクや造船所、倉庫に巨大なクレーンが設置されている。夜魔ふ頭はその一角なのだ。
目的のふ頭に着いた時間は九時も過ぎていたが、港にはまだ活気があった。工場にも灯が入り、搬入のトラックが行き交っている。本当にこんな場所で何をしているというのだろう。
頭上を見上げれば、このあたりのふ頭をつなぐ、港湾幹線道路の高架が目立つ。先生は車を進め、廃倉庫の敷地に停車させた。このあたりには、作業員や仕事中の車は見えない。繁栄も今は昔、ふ頭にも空きがでてきている。
「先生、どこに行くんです」
「車が目立つから、ここに置いておきます。ついてきてください」
いわれるまま車を降りて、しばらく歩く。ふ頭の東端、照明の下で、まだトラックが積み下ろしをしている倉庫の脇に、大量のコンテナが積まれていた。
ポート・ノゾミの闇市である、マーケット・ノゾミを思い出す。こういうコンテナを適当に改造して、隣に露店なんぞ出して、住んでいる奴が島にはたくさんいる。
端の方の貨物は、フォークリフトが来て動かしたりするが、奥に行くと人気がない。ひっそりしたコンテナの塊に向かう。
積まれた一段目の入り口を叩く。小窓が開いて、中から誰かがこう問いかけた。
「手に入れたいものは?」
「月と星」
合言葉だ。月と星を手にする、洒落ているが、それらしい。
改造されたコンテナの鍵が外れ、横の壁がドアのように開く。
「よう稲村ちゃん、騎士、来てくれたんだな!」
裕也だった。奥には、デスクトップのパソコン、モニターを複数備えたものが稼働している。食堂で見た男子たちがなにやらひたすらキーボードを叩いていた。
稲村と呼ばれた先生が、扉を閉めて鍵をかける。これでコンテナは密室だ。
しかし、見事に仕上げたものだ。
入ってきた扉の脇には、右奥の隣のコンテナへ進む通路がある。上の段に進むためのはしごもある。ここに積み重なった十二個のコンテナが、すべてつながって行き来できるのだろう。
パソコンを使うせいか空調も効いている。外からは気づかないが、工事をしっかりしてあるらしい。
「さあて、騎士。ここに来ちまったら、後戻りできないぜ。IUに入るか、俺達の監視の下、口をつぐむか、2つに1つだ」
「そのIUってのは、なんなんだ」
俺の問いに、へへっと笑い、裕也が答えた。
「インフォメーション・オブ・アンダーグラウンド、この日ノ本の地下に流れてる、いろんな情報のことさ」
「地下といっても、本当に地面の底じゃありません。主に知られていないネット上、報道規制が敷かれてることや、内務省なんかが隠している情報のことなんです」
「まあいろいろあるんだが、基本的にはポート・ノゾミのことだぜ」
裕也と稲村先生が、近くにあったパソコンを断ちあげた。タブレットPCと連動したモニターに灯が入る。
紛争からこの方、ネットにはほとんど接続してなかった。見たこともないインターネットブラウザから、初めて見る検索エンジンが立ち上がる。
これはなんのブラウザ、どういうネットだ。
「政府は情報を隠してやがるし、こんなこと言っても、どのマスコミも馬鹿扱いだけど、あるところにはあるんだよ、ほら」
ポート・ノゾミ。そのたった一言の検索で、大量のページが現れる。
日ノ本だけではない、バンギア各国への入国申請の手続き、島内の施設の紹介、写真つきの地図まである。
このネットでなら、つなぎ放題というわけか。ホームページのロゴはGSUM。ネットに詳しい奴までいるらしい。
夢中で見つめていると、キーボードと向かい合ってる、パソコンオタクらしい2人が言った。
「この検索エンジンは、通常の回線では入れないんだ。ブラウザ自体、普通の検索じゃヒットしない、ハッカー向けの掲示板を探して、そこでハッカーのテストに合格しなきゃ配ってもらえない。おまけに、コピーにはシリアルコードが必要なんだ。間違えればウイルスをばら撒くよ」
「もらってからも、大変さ。ただの無線LANじゃ接続できない、IPアドレスの偽装だってしなくちゃ。素のIPじゃ、一回潜っただけで、ウイルスの巣になるね」
まずいな、ちんぷんかんぷんだ。思考停止している俺の肩を、稲村先生がとんと叩いた。
「簡単に言うと、ハッカーのテストに合格しないと、入れないのよ。ポート・ノゾミとやり取りしたい人は、ハッカーと個人的に知り合って、お金を渡してこのネットに接続するの」
「それか、俺達みたいに努力して勉強するとかね」
IU同好会は、ポート・ノゾミとアグロスを結ぶアングラなネットに接続し、情報を集めているらしい。
断罪事件ではないが、だいぶグレーなことだ。日ノ本の法律的にいうと、不正アクセス防止法だかなんだかに触れることは確実だろう。
「さて騎士。お前には新聞部の下働きになるかどうか、選ばせてやるぜ」
裕也がライターを取り出した。金属製のオイルライター、かなりいかつい見た目のやつだ。
小気味いい音をさせながら、ふたを開けると火を点ける。もう一方の手には、紙一杯にプリントされた日ノ本の国旗があった。
「俺達の仲間になりたいなら、こいつを持つんだ。火を点けるから、燃え尽きるまで離すなよ。手が火傷しても、だからな。痛みに耐えて国を焼き、国より俺達と共にあることを誓うんだ」
外国のマフィアは聖人の写真を燃やす儀式を行い、世俗の権威より自分たちの組織の規律への忠誠を試して、入会の儀式とするらしい。
子供の遊びにしては、度が過ぎてる。
いつの間にか、パソコンの席を立った奴らが集まってきている。俺のそばには稲村先生が立ち、ほかの部屋からも、人が入ってきやがった。
これはもう断れない雰囲気だ。ギニョルの命令があるとはいえ、断罪者である俺がこいつらの仲間になるとは。
まいった、銃を持ってくるんだったか。いや、そんな事をしたら、それこそここには来られなかった。
仕方なくプリントされた日ノ本の国旗を受け取る。しっかりと持つと、無言でうなずく。裕也がライターの火を近づける。
紙がみるみる焦げ、獣の舌の様な火が手と腕をなめていく。これは水ぶくれどころじゃない。かなりひどいことになるだろう。
「っ……ぐ、うぅ……」
紙が燃えていく。普通に火を点けたなら、一瞬のことなのだろうが。手を焼かれる痛みの中では、何時間にも感じる。
ようやく紙が燃え尽きた。
腕は赤くなるどころか、少し焦げてやがる、普通の人間なら、治るのに数週間ってところか。俺なら明日には治っているだろうが。
「よく頑張りましたね」
稲村先生が消毒薬を取り出し、手当てをして包帯を巻いてくれた。
数週間にわたる利き腕の火傷、それが恐らく、UI同好会の同志の証というやつなのだ。
となると、裕也やほかの生徒が誰も包帯をしていないのは、かなり前にここを作ってメンバーになったってことか。三呂東高校の生徒だけじゃないのかもしれないな。
心配そうに俺を見守っていた裕也が、いきなり笑顔に変わった。
「おめでとう! これでお前はIUの同志で、新聞部の部員だ。お前用の端末もあるぜ」
俺を引っ張り、一台のパソコンの前に座らせる。
「パスはお前が決めろ。これからは、好きなときにここにきて、好きなことをしろ。ただ、ROM専だぞ。俺達はあくまで眺めるだけ、そして集めた情報をサーバーに記録しておくだけさ。いつか状況が変わったときに、政府がくだらねえ言い逃れできないようにな」
裕也は、俺の画面とつながったタブレット端末を操作している。立ち上げたブラウザから、IUのページに入ってパスを入力し、入り込む。画面に、集めている画像が表示された。フリックしながら、説明を続ける。
「今のおすすめは、そうだな、半月前に起こった闇市の事件だ。自衛軍が何かよくわからん相手と、派手に銃撃戦をやらかした。みんな逃げてたから、映像がブレてるけど、まあまあ撮れてるだろ」
驚きを隠すので精いっぱいだった。映っているのは、霧島やオーグル達と俺達の銃撃戦だった。横たわる死体や、クレールに狙撃されて倒れる奴らまで映っている。スレインのM2重機関銃でハチの巣になり、フリスベルに凍らされた装輪走行車両もだ。
もちろん、俺達断罪者も撮られていた。うまい具合に、俺とユエの顔が写っているものはなかったが。スレインにガドゥ、フリスベルにギニョル、クレールといった、バンギア人達は見事に分かる。こりゃ俺たちが来て正解だ。
「まあいろいろあるぜ。GSUMってのは、なんかの企業かねえ。やたらたくさんページが出て来るんだけど、誰がやってるのか、とんと分からねえ。銃やら麻薬の取引、売春ツアーのあっせん、臓器移植のコーディネーターまで、ずいぶん手広くやってるな。紛争が集結してからも、自衛軍を何べんも派兵してるのに、こんなもんがのさばってるんじゃ、向こうは相当な状況なんだろうな」
フリックする度、事件になったものや、そうでないものが目の前を流れていく。こいつは、ものすごい情報源にぶち当たっちまった。これだけを証拠とすることはできないが、捜査の参考としては申し分ない。
「……なあ、ときどき来て良いのか」
「いや、いつでもだよ。言ってるだろ。ただ学校はさぼるなよ。俺たちは、あくまで普通の高校生なんだ。下手に目立つのはだめだ。後、活動日は出てきて、新聞づくりに協力してくれ。調べられることは、できるだけ調べて、誰が書いたかは明確にしとかなきゃならない。いずれ、紛争の実情にも迫りたいんだ」
裕也は本気らしい。本気で、日ノ本政府が隠していることを暴き出し、それを記録に残しておくつもりなのだ。
県警の本部長の息子がどうとか言っているが、そのへんも関係してくるのだろうか。
結局その日、俺は先生が帰ってもさらに粘り、いろいろと調べてしまった。
中学の頃は、ちょこちょこ潜ったものだが。久方ぶりにのめり込んだ。
帰宅にはタクシーを使うことになったが、果たして経費で落ちるかどうか。
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