44土壇場のほころび
俺は改めてクレールを除いた断罪者全員の姿を確認した。驚いたことに無傷だ。あの将軍の断罪で、誰一人負傷していないなんて。
もっとも、ここはポート・ノゾミではなく、まして断罪者をはるかに上回る装備と人員を誇った橋頭保ではないのだ。
これまで事件の陰に姿を見かけても、強力な火力と人員で直接の断罪を防ぎ、政治的なルートで当たるしかなかった自衛軍が相手ではない。
将軍こと剣侠志とて、ただの人間なのだ。俺たちが断罪したのは装備が強力でも、中央即応集団の離反によって追い詰められたたかだか十数人の兵士達に過ぎない。
これまでも相手にした経験があった、尻尾きりに遭った元自衛軍の集団とそれほどの違いはなかったのだ。
ギニョルが使い魔でクレールに呼び掛け、クレールを通じて屋敷の制圧が終了したことが包囲した者達に伝わる。
十分と経たないうちに、エルフ、悪魔、吸血鬼達が屋敷にあふれ、死亡した兵士達を運び出していく。
彼らの亡骸が日ノ本の家族のところに戻る事はない。日ノ本は将軍たち紛争中からこちらに残った自衛軍の兵士を戦闘中行方不明として葬る方針を固めた。彼らは親族や主人を殺された悪魔たちによって、操身魔法の材料や、なり損ないのようなおぞましい怪物の餌として使われるのだ。
ギニョルは生きている者の断罪は呑ませたが、死体への憂さ晴らしをさせないことまではできなかった。
さらに、ぎりぎりで日ノ本からの命令に戻った中央即応集団も現れ、将軍たちが使用していた銃器弾薬、戦闘車両を回収にかかった。
投降した者、負傷した者は武装を解除され、拘束されて馬車の檻に入れられた。こいつらは俺たち断罪者が身柄を預かる。
将軍を含めた七名と、半死半生ながらエルフや悪魔の回復の操身魔法で一命をとりとめた者達が八名。合計十五名が断罪されたことになる。
橋頭保にはほかにまだたくさん自衛軍の兵士が居たが、戦闘の結果捕虜になったり戦死したりした者がほとんどだ。
弾丸を摘出され、手当てを受けたうえで両手を拘束された将軍こと剣侠志は、もはや放心した様子だった。
檻の中に見世物のように座り込み、すすけた顔でぼんやりと外を眺めているばかりだ。
これがポート・ノゾミとバンギアの各所で戦い続けた“将軍”かと疑いたくなる。強力な兵士達を束ね、日ノ本を顎で使い、キズアトやマロホシと並んで島を動かしていた一人だとは信じられない。
ほかの断罪者が、吸血鬼達に記憶を探られている兵士達についている中、俺とギニョルはその将軍の眼前に立った。
クレールはまだほかの兵士の記憶を探っている。両足に包帯が巻かれた侠志に向かい、ギニョルはゆっくりと呼び掛けた。
「侠志よ。そなたの断罪法違反は断罪者である丹沢騎士に対する暴行及び殺人の未遂じゃ。さらに断罪者であるわしへの強姦、そして断罪に抵抗してわしとユエと騎士の三人を殺害しようとした」
ここは断罪法の及ぶ島ではないから、確認できるのは俺たち断罪者への直接的な加害行為のみだ。
侠志は反応を見せない。確実に勝てるはずの企てが、味方に引き込んだつもりの同じ自衛軍の裏切りで終わるのだ。残虐な行為や争乱の火種になってでも、最終的に勝利して、両世界の英雄となるはずがこの結末。
心がここにない。自殺の可能性も考えられる。
「……駄目だぜ、ギニョル。もうこいつには何の気力も残ってない。どの道、クレールを待つしかないだろ」
俺の言ったことぐらいは、ギニョルなら推察できるはずだ。それでもじっと見つめることを止めない。痛ましい姿になった息子を見守るように、冷たい鉄格子に指先で触れる。
「皮肉しかないな。戦いの汚さを最も嫌ったお前が、最も戦いに染まってしまった。あのとき、特警だった喜銃を通じて日ノ本はお前の特別除隊も認めておったが、間に合わなかったのだな……」
喜銃が殺されたときのことか。戦争のむごさを知り尽くした兄から見れば、侠志はとても紛争に耐えられる奴じゃなかったのだろう。
ギニョルは喜銃に惚れていたのだ。ゆえに喜銃の侠志への思いをも身に着けてしまったのか。
辱めを受けてなお、惚れた男の目で侠志を見つめ続けるのだ。こいつの断罪がこの先につながることは確かだが、ギニョルの感傷もあるのだろう。
侠志は憎んでいたであろう喜銃に助けられた。喧噪の中、鉄格子をはさんだ二人の間だけ、時が止まった様だった。
待てよ。あの将軍が、こんな扱いを黙っていられるだろうか。いくら全てに敗れたといっても、喜銃はもっとも憎い相手で、しかも手に入れるはずだったギニョルがその喜銃の思いの通りに憐れみを掛けているのだ。
それでも歯向かう気力がないか。あの激昂しやすい、幾人もの者を怒りの下に葬ってきたであろう将軍が。
「……ギニョル、こいつの魔力は本当に将軍のものなんだな」
「騎士、何を言い出すのじゃ。フリスベルも確認した。この場におるわし以外の悪魔も、エルフ達も、魔法に堪能なララでさえ――どこじゃ、あやつは?」
あたりを見回すが、武器の回収や死体の運搬の喧噪の中に、あいつの姿がない。
夫の仇を取ることは宿願だったはずだ。侠志が監獄に入れば顔を見ることもかなわなくなる。殺人の経緯くらいは聞かせてやるつもりだったし、気持ちとしても一言浴びせておきたいのが人情だろう。
そのララが、なぜここに居ないんだ。
「魔力はどうなんだ」
「同じじゃ。こやつはあの侠志と全く同じ魔力。姿は覚えておるじゃろう」
「確かにそうだ」
表情を失ってはいるが、目鼻立ちの酷薄で繊細そうな印象も、細身だが力のある体格も、あの将軍となにひとつ変わることはない。
クレールが俺たちのところにやってきた。
「どうしたんだ二人とも」
「クレール、こやつの記憶を見てはくれぬか」
「それは島に帰ってからじゃないのか。膨大な量だし、ほかの兵士の記憶捜査が滞ってしまう」
「いいんだ。とにかく間に合わせで構わない。あやつかどうかを確かめてくれ」
ギニョルの口調に有無を言わさぬものを感じたか、クレールは蝕心魔法を使った。銀色の魔力が将軍の虚ろな目とクレールの紅い瞳をつなぐ。
「僕たちをさんざんに痛めつけた記憶が書かれているよ。君を辱めたこともだ、この男にとってはよほど最高の体験だったんだな……」
美しい顔が怒りに歪む。女性を傷つけることを激しく嫌うクレールらしい。言葉を失っているのも、将軍のやったことがあまりにひどいせいだろう。
「……違和感はない。ここに来て僕たちが見たことはすべて入っている。亜沙香達に訓練を施したこともそうだし、その後その仲間を殺害したことも」
あぶら汗が一滴、クレールの頬を流れていく。いくら断罪者とはいえ、この男の記憶を辿るのは楽ではないのだろう。まだほかの兵士の記憶捜査も残っている。
「おいギニョル、やっぱりいいよ。俺の考え過ぎだ、もうこのへんで」
「いや。クレール、最後に一つ。この数日より遡れ。キズアトとマロホシ、GSUMとの協力体制について探るのじゃ」
ギニョルに言われたクレールは、ため息と共に魔力の光を強めた。
やがて、小さくつぶやいた。
「おかしいな。あいつらが現れない、最初に御厨統合幕僚長を殺害した件を関知していないはずがない」
この事件の始まりとなった御厨統合幕僚長の暗殺事件。ギニョルやフリスベルでも見抜けないほどの完全な操身魔法で人間に化けた吸血鬼が、全ての原因を作ったはずだ。
自衛軍にはバンギアの知識はあるし、魔力の感知まではできる奴が居るが、実際に魔法を使うやつは確認されていない。
ましてやあれほど高度な操身魔法を使える者は決して居ない。GSUMが、マロホシやキズアトが今回のことにかかわっていないはずがない。
「ひそかに接触して、先に記憶を消しておいたのか、それにしては記憶の形がずさんだ。キズアトの奴ならもっとうまくやるのに。まさか、この男は……」
姿を変えられ、記憶まで移された将軍の身代わり。
いつの間にかこちらにも人だかりができている。エルフに悪魔、吸血鬼に作業に参加していない中央即応集団の指揮官級だ。
迷彩服の男たちの中、背の高い比留間一佐が身を縮め、隣の小柄な狩谷一佐になにごとかをささやきかけている。ほかの兵士達の視線も集まっている。
俺は妙な気配を見とがめた。
「おい、あんた達! まさか何か知ってるのか」
わざと大きな声で怒鳴ると、二人を含めた兵士達全員が肩をすくめた。俺たち以上に過酷な訓練を受け、味方への砲撃も任務としてきっちりこなした中央即応集団の連中がだ。
悪いことは、できないのだろう。ギニョルが静かに言った。
「知っているなら教えてくれ。本物の将軍は、どこじゃ」
沈黙が流れる。仮に中央即応集団が俺たちの敵に回ったら勝ち目はない。これは説得だ。やがて比留間が渋面を浮かべて絞り出した。
「……ヘリポートだ。剣侠志二等陸士には脱出を持ちかけた。そう見せかけて、確実に殺害しておくためだ」
馬鹿な。俺たちを欺いたというのか。断罪者は全員屋敷での戦闘に夢中だった。そのわずかな隙を突いたのか。
集まってきた断罪者全員に浮かんだ失望に、狩谷が気づかわしげに言った。
「ララ・アキノが剣侠志の殺害を条件に、戦争責任の追及を緩める旨の証書を交付することを持ちかけました。我が日ノ本政府はそれに乗りました」
「愚かな人間どもめ!」
あいつは俺たちも裏切っていたのか。いや、ユエが言った。
「姉様、甘くなってるよ。あいつがこれくらいのことに気づかないと思うの?」
その通りだ。ララは強いが、だからといって逃げおおせた将軍が次の手を用意していないはずがない。
そういえば、こっちも無事に逃げ出した過激派の報国ノ防人の指導者だった奴の姿が見えないな。
「全員追うぞ、将軍を今度こそ断罪する。比留間、狩谷、わしらを止めるか!」
スレインが戦斧を担ぐ。俺はショットガンに散弾を送り込んだ。ユエの手が二つのホルスターを探る。フリスベルの周囲に胞子が舞っている。クレールはすでに将軍の偽物を放し、一人の指揮官に蝕心魔法で操っている。
ガドゥはスイッチを手にしている。俺たちを囲む兵士の足元に見慣れない小瓶みたいなものが落ちている。相手の動きが妙だと分かった段階で、すでに魔道具を仕掛けていたのか。
俺たちを全員殺すことはたやすい。だが、ここまで御厨一人だった派遣軍の被害は少なくないだろう。
「……行け。今度は、我々も頭を飛び越えられたりしない」
その言葉を聞くなり、ギニョルは命令を下した。
「クレール、ユエ、騎士、わしと来い。残りの者はこの場を見張れ。断罪した兵士たちを決して傷つけさせるな!」
全員で行きたい所だが、同じ失敗は繰り返せない。
俺たち四人は、悪魔側が奪った軽装甲機動車に乗り込んだ。
ガドゥの爆弾、スレインの剛力と火炎に、フリスベルの魔法。信頼関係もへったくれもないが、最低限の防備は残した。
やはり将軍の断罪は、一筋縄では行かないのだ。
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