45伸びる法の手

 車両はギニョルの屋敷を後にして、夜の森を突き進んでいく。ヘッドライトは灯っているが、夜明け前でも赤紫の霧は絶好調。ギニョルかクレールでなければとても運転はできないだろう。


 がたがたと揺れる車内でショットガンの点検をしながら、俺はふと思い当たったことをつぶやく。


「あわてて出てきたが、将軍の奴がどうやって逃げるか分かるのか」


 使い魔はあるにはあるが、将軍の奴はあれほど見事な操身魔法で俺達をあざむいたのだ。そう簡単に脱出ルートを嗅ぎつけられるとは思わない。


 隣のユエがため息で応じる。


「騎士くん、将軍の奴が分からなくても、ララ姉様を探せばいいんだよ。あの人が狙ってるのが将軍なんだから。どんな姿をしてても、ね」


「そうだったな……ギニョル、どうなんだ」


「言われずとも探っておるわ。ふむ、ララを見つけたぞ」


果たして、ギニョルがダークランドに張り巡らした使い魔の網であっという間に判明した。


「あやつはヘイトリッド領のヘリポートじゃ。不自然な部隊が集結している。マウント・サースティでの戦闘の最中に、ダークランドの外からチヌークが来ておった」


 下僕にされた自衛軍の兵士により、悪魔や吸血鬼の移動手段になっていたチヌーク。だがさすがにマウントサースティをめぐる戦闘の最中に営業しているはずもない。大体、主である吸血鬼や悪魔達にかなりの死者が出てしまっている。


 M1ガーランドを抱えて、助手席のクレールがつぶやく。


「十中八九それだよ。迎えに来たのは、恐らく豊田血煙と名乗っていた、安原克己一佐に違いない」


「あいつも出てくるのか。そういや巨海樹の事件のときにちょっとだけ見たな」


「偽物の将軍の記憶に居たんだ。ダークランド占領の兵力の動員を手伝ったらしい。今は報国ノ防人といっても、ずいぶん弱体化しただろう。日ノ本から報いられることもないだろうし、将軍と協力しようとするはずだ」


 クレールの分析はいちいち適切だ。となると、今度こそ本当にアグロス側で紛争をかき乱した奴らをまとめて断罪することになるのか。


「スレインにガドゥに、フリスベルも来られたら良かったんだけどね」


「あの将軍と決着をつけるんだ。全員でやるのが当たり前になると思ってたぜ」


 やり合うときは橋頭保に攻撃を仕掛けて、島を火の海にしながら撃ち合うことになるはずだった。代わりに焼け落ちたのは、ギニョルとクレールの故郷であるダークランドになってしまった。


 俺は窓の外を見つめた。相変わらず妖雲と黒い森の茂みが続く。やっぱり不気味だが、今はこれでいいような気もする。少なくとも迫撃砲の雨が降り、アパッチの切り裂くような探照灯が降り注いでくるよりはいい。


「数分もすれば到着するが……む」


「どうしたのギニョル?」


 ユエが運転席をのぞき込む。ギニョルは右目を使い魔と同調させ続ける。


「ララが動いた。兵士を一人殺害して将軍に――」


 先を続けないギニョル。まさか俺たちは無駄足になるのだろうか。あいつは複雑で予測のつかない現象魔法を使う。フリスベルのようなエルフでさえ計り知れないものがあるという。さらには、あの強かさだ。


 いくら将軍が何かの策を用意していても、やすやすと陥らないはずだ。


「行く必要がなくなったのか」


 俺の質問に、ギニョルは車のギアを切り替え、急ハンドルで応えた。

 軽装甲機動車は、草むらを踏み分け、激しい振動と共に木々の間を進む。


「お、お、落ち着いてよ、ここ、道じゃないみたい」


 ユエがシートにしがみつき、振動に耐えながら呼び掛ける。ギニョルは無茶な運転を止めない。最短ルートを突っ切っているのだろう。


「エルフがララを裏切ったのじゃ。わしらの備品から魔錠をかすめ取ってララにはめおった。このままだと、ララは連れ去られるぞ!」


 ララ・アキノがいくら強かろうと、現象魔法が使えなければただの美しい未亡人だ。

 マヤとの結婚を逃した安原あたりが、連れ去ることを主張しているのだろうか。


 目的はいい。ならばなおさら行かなければならない。


「ギニョル、相手の人数は。武器はどうだ、エルフ達も抵抗すると考えていいんだな」


 クレールは冷静だ。マヤの側近のエルフが加わるとなると、俺たち四人では難しいか。


「確認できる限りで、チヌークの方に五人、将軍と部下が四人で兵士は合計十人じゃな。エルフの側近は、ララに魔錠をかけた男一人。エルフロック銃師団長のナクラウ」


 将軍たちの人数は戦えないこともない範囲だ。


 それはそうとララを裏切ったエルフはあいつか。御厨暗殺の件では俺たちに協力してくれたのだが。


「その人は断罪できるんだっけ? ほら、私達には何もしてないし、ララ姉様の誘拐だって島のことじゃないじゃない」


 俺は全く思い浮かばない視点だった。確かにナクラウは俺たちに対して断罪法違反を犯していないし、ここはダークランドで断罪法の管轄が及ばない。


 ギニョルがハンドルを切りながら答える。


「どうせララを失脚させる件で侠志か安原とつるんでおるわ。二人の断罪には抵抗する。その瞬間、そなたの銃に物を言わせろ。あるいは、クレール、わしのローブの脇のポケットを探れ」


 一瞬顔を赤らめたクレール。シートベルトが魅力的に食い込んだ谷間。そのすぐ脇にあるポケットから小さな鍵を取り出した。


「魔錠と、鍵か」


「そうじゃ。それでララを開放してやれば、裏切り者のかたがつく。侠志の命だけは注意せねばならんがな」


 策にはめられて怒りに燃えるララか。崖の上の王国で一度戦って殺されかけた俺としては、あまり想像したくないな。


「姉様の開放は私に任せて。将軍を殺そうとしたら、銃で止めるから」


「自分が死んででも、夫の仇を取る可能性はないのか」


 クレールの言うことはもっともだ。


「……あの人、お父様に似て責任感強いからね。エルフの森には自分が居なきゃってのがあると思うよ」


 だから死なない、死ねないとみるか。実の妹の言うことには説得力がある。


「ユエを信じよう。ララの開放を任せる。クレール、援護の狙撃を頼めるか」


「ヘリポートの構造は知っている。管制塔を占拠しておくよ」


 管制塔があったのか。着陸のときは追っ払われて確認できなかった。高所を取ったら、こいつのスナイプは無敵に近い。しかも今はまだ夜明け前、人間の視界は霧に紛れてかなり鈍る。


「突入組は俺とギニョルだな。そういや相手の武器は」


「今のところ9ミリ拳銃が全員分、ただ安原と部下が89式を携帯しておる。チヌークは偽装のためにドアガンを排除してあるが、弾薬のコンテナはあるな」


 弾薬の補給か、もしかしたら爆発物の類もあるかもしれない。が、万全の状態の小銃小隊と戦うことを思えば、チャンスは今しかない。


 機動車がスピードを落とす。クレールがシートベルトを外し、ユエがホルスターの銃を確認した。


 二人はドアを開け、外の茂みにうまく転がり出る。俺はドアを閉めなおした。


 進行方向で銃声。ギニョルの目から魔力が途切れた。


「侠志がこうもりを撃ちおった。気付かれたぞ騎士、覚悟を決めろ!」


「決まってなけりゃここに居ねえよ」


 岩を踏んだ車体が、がごん、と跳ねる。チヌークのエンジンが始動しているのか、もうローターの回転音が聞こえる。茂みは土の道路へと代わり、やがて機動車のフロントが貧弱な木の柵を踏み倒した。


 俺とギニョルはドアを蹴り開け、そろって外へと飛び出した。


 来たときと同じ、赤い霧が押しつぶすように覆う平坦なコンクリート。

 雨の匂いが漂う中、霧の中にぼんやりと浮かぶチヌークの巨体。


 そしてそのサイドドアの前。

 こちらを見つめている、迷彩服にヘルメット姿の男たち。


 火竜の紋をつけた紫のローブがひるがえる。エアウェイトの撃鉄がシングルアクションになる音が確かに響いた。


「断罪者、ギニョル・オグ・ゴドウィの名において。将軍こと、陸戦自衛軍B-1連隊二等陸士、剣侠志!」


 俺もショットガンのスライドを引き、連中に向かって構える。


「過激派組織、報国ノ防人、首魁、豊田血煙こと、陸戦自衛軍B-2連隊一佐、安原克己!」


 断罪文言をギニョルが結ぶ。


「殺人、不正発砲、人身売買、合計三十二件の断罪法違反により、お前たちを断罪する。おとなしく武器を捨てろ!」


 紛争の根源に向かって、今まさに法が王手を突き付けた瞬間だった。

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