46捕えられた紛争
目が慣れてきた。赤い霧の中でも、迷彩服の男たちの顔が分かる。今まさにララの片腕をつかんでチヌークに引きずり入れようとしているのが、報国ノ防人なんてカルトじみた名で活動していた安原克己。
その手前で兵士に荷物の積み込みを指示していたのが、将軍こと剣侠志だ。
囚われたララに対して、腕組みをして見下ろしていたのが、銃士隊の隊長であるハイエルフのナクラウか。
俺たちに対して銃を構えている兵士は二人だけだ。はっきり言って迎撃態勢が全く整っていない。不審な使い魔を殺したと思ったら突然断罪者が現れた、といった感覚か。
連中との距離は約五十メートル。安原と侠志、ナクラウは体つきからして、ボディアーマー等を着ていない。M97の散弾では確実性がないが、エアウェイトの38スペシャル弾で十分に命を奪える。悪魔であるギニョルなら、この霧の中でも見えるし、射撃の腕は折り紙付きだ。
将軍が銃を構えた兵士を手で制する。自分が撃ち殺される可能性を悟ったか。交渉に出るつもりだ。
「……一体どうやって知ったんだい、ギニョル! せっかくマロホシの部下に頭を下げて代わりを用意させたんだけどね!」
チヌークのエンジンとローター音を抜けて、将軍の声がこちらに届いた。
やっぱりつるんでやがったのか。
ギニョルはエアウェイトの照準を本物の侠志から離さない。まっすぐに見すえて叫び返す。
「力づくじゃ! 中央即応集団に、全力で抗すると言って脅したら教えてくれた!」
御厨の死以外には、実質無傷の中央即応集団。日ノ本がその結果を大事にすると踏んだ。紛争の真の姿が掘り起こされている状況で、これ以上派遣した兵士が死ねば政権批判は間違いなく激化する。山本内閣の一致した結論だろうな。
改めて考えても勢いだけの力技だ。おかげで最大戦力のスレインを含めた三人が向こうの抑えに取られている。いや、全滅させられなかっただけましなのだが。
「貴様ら、わが日ノ本の誇る中央即応集団の精鋭たちに危害を加えるつもりだったのか! 許しておけん、やはり島ごと沈めておくべきだった!」
ララを捕まえて、ずれたことを言ってる安原。頭に来た俺は叫び返した。
「あんたの話じゃねえぞ、安原さんよ! 言っとくが、もう日ノ本はお前らを表に出すつもりはねえ! 紛争の犠牲者として消えるか、俺たちに断罪されて監獄で暮らすか二択だけだからな!」
俺の指摘は効いたらしい。安原はそれ以上何も言ってこない。日ノ本のために戦う名誉を大切にして、報国ノ防人なんて過激派を作った安原だ。日ノ本に捨てられるってことが最大の弱点なんだろう。
「よさぬか騎士。それで、侠志よ。おとなしく断罪を受けるのか。それとも抵抗してみるか」
「そうですね……」
侠志は銃を持った兵士と俺たちを見比べる。俺とギニョルの銃口は最初から侠志の急所一択。兵士達が正確な射撃で俺たちを仕留めても、引き換えに侠志の命だけは道連れにできる計算だ。
マロホシに頭を下げてまで逃げようとしている時点で、侠志と安原はなんとしても自分たちの命を守るつもりに違いない。自分の命が惜しいから状況を見ているのだ。
といって、素直に断罪されるはずもない。
「では、古典的な手を使わせてもらいましょうか!」
目くばせに応じて、安原が無事な手で腰の9ミリ拳銃を抜く。向いた先は魔錠を付けられしゃがみこんだララの胸元。しまった。
「さあギニョル。これでは、僕を殺してもユエの姉の命が消えてしまうよ。腹立たしいほど有能な彼女の手なくして、果たしてこのバンギアはどれほど安定させられるかな!」
その通りで、ララの存在は大きい。死なせるわけにはいかない。
ギニョルの目くばせで、俺は動けなくなった。
だがまだ手はある。管制塔のクレール、どこかに潜んでいるユエだ。
そう思ったが、二人の兵士が銃を抜き、ララの背中に押し当てる。これで銃口は三つ。クレールとユエでも一発も射撃させず三人を倒すのは難しい。
「管制塔に居るな、スナイパーの吸血鬼!」
やられたと思ったが、管制塔に動きはない。霧の中には相変わらず黒い建物がたたずんでいる。将軍はつづけて罵倒する。
「どうした、ばれていないつもりか。父親を殺した男の様に、卑怯な技でわが軍の兵士をさんざん葬ってくれた腰抜け狙撃手が。出て来ないなら来ないで、こちらにも考えがある。やれ!」
将軍の命令で一人の兵士が懐のボタンを押した。俺は気づかなかったが、コードが管制塔の方に伸びている。
爆風が巻き起こり、管制塔は一本の柱の様な炎に包まれた。焼け落ちたがれきが轟音と共に滑走路に降り注ぐ。破片はかなり飛び散ったのか、ギニョルの足元にも小さい穴が開いた。
すでに爆弾を仕掛けていたのか。自分たちがチヌークで逃げた後、それ以上追わせないためだ。
「クレール、クレール!」
俺の叫びはローターと炎の音に吸収される。畜生が、ポート・ノゾミでやられたときは無事だったが。あれでは生きていても狙撃の援護なんぞとてもできないに違いない。
俺たちの存在に気づいていなくとも、管制塔を爆破しようとすることぐらい予測しておくんだった。
「やったぞ、おぞましい吸血鬼が! 妖魔は焼き清めて殺してもいい。爆破作戦を妨害した報いだ!」
安原が顔中に喜色をたたえて叫んだ。そういやクレールはくじら船の撃沈をやったんだったな。根に持ってやがったのか。
残るはユエだが、果たしていくら銃の腕がいいからといって、この状況を破ることはできるだろうか。しかも将軍をはじめ周囲の兵士たちは俺たち断罪者のできることは知っている。
クレールが管制塔を使うと踏んで、爆破したのはそのいい例だ。
一人の兵士が無線機を手にしている。もう俺たちの存在じゃ相手の行動を封じられなくなってきた。
「中央即応集団より連絡です。スレイン、ガドゥ、フリスベルの三名と対峙しているとのこと」
将軍がにっと唇を歪めた。
「だったら君達のほかにあと一人か。あの銃使いのお姫様だね! どこかそのへんに潜んでいるのかな。お姉さんを助けるつもりで。獲物は確か、西部劇きどりのSAAと9ミリ拳銃だったかなあ! 警戒しておかないと、搬入は中止だね」
将軍の合図で、チヌークの後部ハッチに六人の兵士が現れた。ギニョルの使い魔が撃ち殺されるまでに見つけられなかった伏兵たちだ。
全員が89式を構えている。侠志たちに忍び寄ると、円陣を組み周囲を警戒する。
「彼らは、キズアトに都合してもらった下僕さ! 投降したいなんて言ったから、戦力として完成してもらったんだ!」
主人である吸血鬼に侠志に従うよう命令されているのだろう。同じ方法でユエの兄のゴドーも人間を下僕として使っていた。
吸血鬼や悪魔を妖魔とののしりながら、その魔法で作った下僕を利用する。もはやなりふり構わなくなったな。
「もう銃を下ろしたらどうだい。君達の準備と戦力の不足だ! 僕は逃げるよ、再起のためだ。この世界に紛争をもう一度ばら撒いてやる、GSUMと組めばまだまだ火種は見つかるよ!」
侠志は俺とギニョルをののしった。
「丹沢騎士、同士血煙へのお前の言葉は間違いだ。日ノ本は僕たちをもう一度必要とするようになる! 僕たちの手によってな! ギニョル、君はもう一度迎えに来るよ! そのときはもっとゆっくり愛してあげられるからね!」
狂気の笑い声を上げる侠志。とうとう最後の一線を超えた。もはや日ノ本の防衛など二の次。自分たちが日ノ本に必要とされるために、GSUM傘下としてバンギアを戦禍に突き落とすのだ。
「そうとも。我が祖国は真の恐怖を知らん! 山本首相は聡明だ。より強い痛みを知れば、我らが報国ノ防人の存在に気が付かれるはずだ!」
安原まで調子に乗ってやがる。
俺たちはユエを入れて三人。それに対して相手の数は十人を超えて膨れ上がり、威力の高い89式を構えている奴らが六人。
将軍の命を握っているとも言えなくなってきた。大体、こいつ一人殺した所で、安原がそれを引き継いでバンギアを再び紛争に引きずり込むだろう。
ダークランドを火の海にしても、俺たち断罪者にこいつらを止めることはできないのか。
ギニョルは言葉を発しない。今回ばかりはこいつの策も当たらなかった。そもそも準備も必要な戦力もなく、成り立つ策など存在しない。
相変わらず銃を構えて侠志を見つめたまま、ギニョルが言った。
「騎士。スラッグ弾を入れていたな」
「え? ああ……」
ボディアーマーの兵士が出てくるのを警戒して、M97に入っているのは、二発目までが大口径のスラッグ弾だ。
「ララの左側の兵士を即死させられるか」
「銃を突き付けているやつだな。いけるぜ」
五十メートルなら、まだ何とかなる。ボディアーマーは着ているらしいが、大口径のスラッグ弾なら貫通する。心臓を撃ち抜けばいい。
「では、侠志がわしらに命令したら、奴から銃を外すふりをして撃て。それで解決じゃ」
成功してもララを狙う銃口はまだ二つある。クレールとユエが同時にもう二人を撃ち殺さない限り、殺されてしまう。
「……妙な顔をしておるが、無駄な会話の間に準備は整った。お前は撃った後素早く機動車に隠れられるかを注意せい」
ララは魔錠をされ、三つの銃口を突き付けられている。俺たちを狙う銃口も五つに増えたしそのうえ敵は89式で周囲を警戒している。
クレールやユエが無傷でどこかに潜んでいるとして、どうやってこの状況を変えるというのか。
想像もつかないが、ギニョルが判断を誤ったことはない。
俺は部下として信じるだけだが。
ギニョルの読み通り、侠志が叫んだ。
「さあ銃を下ろしてもらおうか。心配しなくても、今は君達を見逃してやるよ。ギニョルは必ず迎えに来るし、また会うことになるからね!」
安原はここぞとばかりに得意げだ。
「吸血鬼は灰になったかも知れんが、すぐにお前たちも後を追えるだろう! 日ノ本は我々を選ぶに決まっているからな! あの島にも後を追わせてやる」
ポート・ノゾミにそんなに恨みがあるか。単純に作戦を失敗した私怨か。
「騎士」
「……うるせえな! じゃあ一二三で銃を外すぞ。一、二、三!」
叫び声に銃声が乗る。スラッグ弾はララに銃を突きつけた兵士の一人の胸元を貫く。要求通りの即死。
だが二人残っている。
真ん中の一人が後ろに倒れた。頭に穴、クレールの狙撃だ。おそらく管制塔の爆発を避けて樹木の上に居たのだろう。爆弾のコードも見えていたのかもしれない。
安原が両手を撃ち抜かれる。やはりというか、ユエのポンチョが一瞬だけ森の暗闇でひるがえった。近づいてきていたのだ。
これで三人取った。
侠志が怒りのまま俺たちに背を向け、ララめがけて大型の拳銃を構える。詳細不明のあの大口径、文字通り頭の吹っ飛ぶ威力。
ほかの兵士たちがこちらめがけて撃ってくる中、ギニョルは銃を外さなかった。エアウェイトは軽快な発砲音を立てて、侠志の両手と右肩を撃ち抜く。
俺はギニョルの命令通り機動車の裏手に隠れたが、視界の端にはなんとナクラウが処刑樹のかけらを握ってララに近づいている。
あれは人間の体に刺さると根を伸ばして心臓と脳に到達し、破裂させて殺したうえで樹木になる。フェイロンド達シクル・クナイブしか使わないはずだが。
ナクラウは身をかがめて他の兵士達に守られている。クレールの狙撃が来ないから角度的に不可能。ユエも兵士達の乱射に森を出られない。
殺せ、絶対に殺せとわめき散らす侠志の絶叫の中、ナクラウは表情一つ動かさず処刑樹をララめがけて振り下ろす。
その手が、もう一つの手につかまれた。
手は滑走路の間からつながっている。あれはコンクリの間の砂が手の形になってナクラウを止めたのだ。
滑走路に着いたララの手から、魔力が流れ込んで砂を操っている。まぎれもなく現象魔法、まさかと思ったら魔錠が外れて路面に置かれていた。
どうやったか知らんが、鍵が届いていたのだ。
「ナクラウ、誰を裏切ったか分かっているんでしょうね!」
砂が広がり、ハイエルフの全身を取り込んで滑走路に張り付けた。あれは強烈だ。そのまま潰し殺すこともできる。
砂はララを撃とうとした兵士の顔面に張り付き、その手から銃を奪って下の地面にくっ付けた。
ララ・アキノは現象魔法で砂を自在に扱う。その魔力はローエルフのフリスベルさえ一目置く。魔錠を外された時点で、侠志たちに勝機はないのだ。
下僕の兵士がララに銃を向ける。砂は打ち止めか、ララには自分を守る術がない。だがユエが闇から現れる。SAAの銃口から硝煙が上がり、クイックドロウが見事に決まって銃を持った兵士を倒した。
一人残った兵士がなんとかララめがけてナイフを振りかざしたが、ユエはちょうどSAAのリロードのタイミング。
そこに、クレールの蝕心魔法がその意識を刈り取る。こちらも近づいてきていたのだ。
倒れ伏し、負傷にうめく元自衛軍の兵士達。響くのは、チヌークのローターとエンジン音だけだ。
追い詰められた末の悪あがきは、見事に失敗。
伸びた法の手は、紛争のただなかの将軍と血煙を、とうとうつかみ取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます