3大紛糾


 動画ファイルが終わった。誰も口を利かない中、再び裕也の言葉が響く。


『……こいつが、二日前にテレビとネットで一斉に流れたんだ。テレビの方はグロいシーンが修正されてたけどな。あんたら断罪者と自衛軍と警察が、アイランド・サンロでハーフ達と戦ってからは、戦闘の映像と、日ノ本政府の伝染病でっちあげの追及で、数日大騒動だったんだが、今は騒動のベクトルが違う。こいつを共有してくれ』


 言われた通り、ガドゥが次の動画ファイルを共有する。


 演壇に居る初老の背広の男は、日ノ本の首相の山本善兵衛。それを囲む何百という周囲の議席にはスーツ姿の壮年の男女。これは東の首都にある日ノ本国会か。いつもと違って、誰も居眠りはしていないらしい。


 質問に立ったのは野党議員らしい。白いひげを生やした、仙人みたいなひょろひょろの老人だった。ありゃあ、仙道せんどう竜眼りゅうがんという仰々しい名をした、老議員だ。紛争この方、山本達の政党が国会を圧倒し、野党の支持率が二割を切りかける中、どうにか野党第一党をまとめている。


 仙道はおちついた物腰で、問いかける。


『首相、ポート・ノゾミの防衛活動については、あくまで我が国の自衛軍のみに任せるのでしょうか』


 進行役が、山本総理大臣と呼びかける。


『自衛軍は我が国土と国民の防衛を行うために存在しております。士気も高く、兵士も優秀なのです。あのようなならず者たちに負けることは、決してあり得ません』


 仙道議員と振られて、老議員は立ち上がる。


『法律と我が国の自衛軍に関する制度趣旨に則れば当然の判断でしょうな。緊急性も十分にあります。普段ならば、野党の我々でさえ、首相の意見に賛意を惜しまぬところです。しかし、先日のアイランド・サンロ紛争では、ドラゴンピープルと称する種族に、自衛軍第一の実力を持つという空挺団所属の者達が殺害されてしまいました。異世界の者達が、現代の知識では全く不可解な魔法やその他の力を駆使することは明らかです。自衛軍に思わぬ被害が出るどころか、防衛任務に失敗し、我が国は数千、異世界では数万とも思われる尊い命が失われる可能性もあるのです。それでも自衛軍の派遣を行うおつもりでしょうか?』


 山本首相は動じなかった。再びマイクに立つ。


『失礼ですが、我が国家の力を侮っておられるのではありませんか。なるほど、映像にあったドラゴンピープルと呼ばれる者達は、通常弾をはじき返し、乗用車を破壊するほどの力を持っています。ですが彼らは異世界でも希少な存在であり、映像の連中とは手を握っていないことは明らかです。映像の連中は残虐な手段こそ扱いますが、枝や棒切れを振り回し、格闘を行うのがせいぜいなのです。魔法と呼ばれる力もまた、行使するには対象を認識して呪文を唱える必要がある。遠距離からの迫撃砲や、攻撃ヘリを使われればなす術もないことでしょう』


 なかなか軍事の知識に詳しい。山本首相は、野党の質問に対して、防衛官僚や大臣の力も借りずに的確な返答を行うことで知られている。


『付言すれば、かの人物も映像内で言っていましたね。自衛隊の二等陸士が扱う89式自動小銃ですら、彼らの脅威になるのです。異世界の駐屯兵力三千に、こちらから一万五千を派遣すれば、我が国の国土も国民も十分に守備できる。あのような映像で我々を脅すのは、自衛軍の派兵を何より恐れている証左です。今こそ、我々は紛争の真実を直視し、毅然とした態度で日ノ本の正義と平和を示すべきだと考えます!』


 首相が拳を突き上げると、応じるように与党議員が立ち上がって拍手を送った。

 国会は完全に掌握されているといっていい。独裁の風すら吹き始める勢いだ。


 嫌な雰囲気だが、政治的には的確な手を打っているといえる。


 日ノ本のことだけ考えるなら、現状での派兵は有効だ。あちらの橋頭保には将軍の率いるバンギアでの戦闘に慣れた自衛軍が居るし、それに加えて首相の言う通り一万五千もの自衛軍が派遣されれば、シクル・クナイブとて、まずなす術がない。


 自衛軍の誇る戦闘ヘリ、アパッチ・ロングボウがどれほど恐ろしいかは、崖の上の王国の戦いでよく知っている。あれなら、スレイン達でさえ相手にならない。


 ただこの場合、十中八九そのままバンギアそのものに対しての防衛戦争に発展するだろう。大規模な派兵がなされ、将軍たちは英雄となって……という、お決まりのコースだ。


 野党議員が質問を終了しようとしたそのとき、首相に近寄ったスーツの男性が何事か耳打ちする。同じく、仙道にも秘書らしい男が耳打ちをした。


 仙道議員がマイクの前に立つ。


『……首相、派兵は見直すべきです。お聞きでしょう、つい今しがた、ポート・ノゾミに向かう三呂大橋とポート・レールが何者かによって封鎖されてしまいました』


 進行役も名前を呼ぶのを見合わせる。首相はマイクの前に立った。心なしか、額に汗がにじんでいる。


『艦船の派遣は不能。戦闘機どころか、ヘリも通行できない。あなた方与党が隠密裏に雇っていたバンギアの者達によると、強力な魔法による封鎖がなされているそうです。異世界の、それも相当な練度の魔法を会得した者にしか解きえない魔法が』


 もはや進行役も発言を忘れている。仙道は静かに言った。


『事態は、もはや我々の力では解決できません。断罪者を開放し、島の法に基づいて、エルフ達を断罪させましょう』


 その瞬間、首相が壇上に拳を叩き付けた。


『馬鹿を言うんじゃない!  テロリストに防衛活動をさせるというのか! それにポート・ノゾミは我が国固有の領土だ! 島には我が国の法が適用される。紛争解決の方便に作った議会や断罪法などを適用させてたまるものか!』


 激高は止まらない。首相は敬語すら忘れて、仙道を指さしがなり立てる。


『奴らは断罪などと称して、だぶついた銃器を振り回し、この日ノ本に刃向かっているのだぞ。我が国の兵士すら殺害している狂ったテロリスト共なのだ! 必ず死刑にする。それこそが国民の総意だ。解放するなどと血迷ったことを。お前は本当に我が国の国会議員か、この売国奴め!』


 内閣総理大臣は行政の長にして、国会議員のトップ。

 そいつの本音は俺達にとってあまりいいものではなかった。


 静まり返った議場では、仙道がため息を一つ吐いた。


『……首相。いや、善兵衛。きさま、昔取り立ててやったわしを、売国奴呼ばわりするか。ならばこちらも潔白を証明せねばならん。この議場での発言は全て速記されている。まずきさまの言った断罪者がテロリストということは間違いだ』


 議場がざわつく。よせ、やめろ!という鋭いヤジが飛んだが、仙道は構わず続ける。


『政府は隠したが、二年前に終わった紛争は酸鼻を極めていたのだ。国民の方々よ、信じたくは無いだろうが、世界有数の優しさを誇る我が国の自衛軍でさえ既に狂っていた。異世界に行った自衛軍は、つるぎ侠志きょうじという二等陸士に完全に掌握され、今や自らの生存のために何でもやる。異世界の紛争に介入し、銃器や麻薬はばら撒く、異世界人を奴隷同然に扱い闇ルートでこちらへ売り払う。過激化した一部は、ポート・ノゾミへの自爆攻撃や、異世界に住む人間の国を掌握しようとさえした。あちらに送られた自衛軍に関しては、もはや我が国の文民統制や法など意味を成していない』


 将軍や、あの豊田血煙のこと言っているのだ。


 野党議員なのに知っているのか。いや、この仙道というじいさん、確か二十年くらい前には与党に居て、派閥では、まだ若手だった善兵衛の面倒を見ていた。


『我が国は、山本の政府は、そんな自衛軍に銃器を送り、求められるまま追加の兵員を供出し、資金も潤沢に供給した。この二年野党が必死に追求してきた機密費は、九割が連中の資金だ。さらに、自衛軍が行えば、どれほど非道な行為であっても、国防のためとして事後承認してきたのだ。紛争中も紛争後も、今現在もずっとだ! 我が国の自衛軍が居るということで、ポート・ノゾミは我が国の領土だと対外的に示すためにな』


 一字一句、その通りなのだろう。というか日ノ本がそこまでやってなければ、あそこまで自衛軍がはしゃげるはずがないのだから。


『ただ、様々な手段で訪問した方はご存知だろう。あの島は、そんな自衛軍が牛耳るよりはるかに平和だということを。テーブルズという議会に、各種族から代表が集い、我が国を手本に法律を作って執行している。我が国では警察にあたる断罪者が、山本首相に言わせればテロリストたちが、命がけで苛烈な法を執行しているのだ。たった七人を中心に、古く傷んだ銃器で、自衛軍や数え切れぬほどの島の犯罪組織と二年間戦い続けてきた』


 俺達のことはそこまで知られていたのか。ギニョル以下、スレインを除いた全員が俺を見つめているが、俺も日ノ本よりバンギアに慣れつつある。こっちがどう島と向き合っているか、実際の所は全く分からない。


 仙道は話を続ける。ヤジが増えてきたが、まだ聞き取りやすい。


『断罪者の活動の情報は、我が国が島の一員として選出したテーブルズの議員、山本を通じて逐一収拾されている。与野党も無所属も無く、国政に携わる議員の間では常識だったのだよ。三呂市の職員や、各省庁、公務員と呼ばれる者達の多く、各企業の代取、新聞やテレビ局の上層部などメディア関係者、この国である程度の権力を持っている者は皆知っているのだ。知った上で、混乱を避けるために隠してきた。我々野党も、追及しなかった』


 首相が机を叩く。ハウリングを起こすほどマイクに声を叩き付ける。


『その通りだ! お前は我が国の約束を破った! 血の涙を呑んで我々が隠してきた約束をよりにもよって公開の国会の場でだ。混乱をもたらす売国』


『黙っていろ小僧!』


 眉を怒らせ、轟いた叫びが山本を押しつぶす。仙人然とした細い体のどこにこんな強力な声量があるのか。


『私は自分を恥じる。この期に及んでまだ責任を取ることを避け続けてきた私自身をだ。伝染病をでっち上げ、島のギャング共と手を握る政府の方針が嫌で野党になってやったが、それとて気休めにもならん。確かに島は紛争の無法により占拠された。だがその無法を放置して育てたことに我が国も責任がある。それなのに、その無法と懸命に戦う者達を、我が国民を含めた島に住む全ての者のために秩序を取り戻そうとする者達を、どの面で死刑になどできると言うのだ。大体、先日のアイランド・サンロの戦いからして政府見解はねじ曲がっている。断罪者は全てを捨てて、我々を助けに出向いたのだ。放送は禁止されているが、武装した空挺団に対して銃を捨てて説得を行った断罪者や、撃たれながら手当てを行った断罪者も居た。口だけで平和や法を唱える者には、決してできることではない。私には無理だ。貴様に同じことができるか、善兵衛!』


 核を突かれた首相は、一瞬押し黙る。与党議員の視線も集中する中、顔を上げてやりかえした。


『……だが奴らは、我らの国土を侵す者だ。テーブルズなど政府と認めない。法を執行させるわけにはいかん! 何千人死のうと我が国の国土は守られねばならない! それに、自衛軍はきっと連中を倒して国土を守る!』


『自らの手で沈めようとした島をか! 都合のいい妄想はやめたらどうだ!』


 売り言葉に買い言葉だった。議場はすでに収拾がつかない。与党も野党も立ち上がり、口々にやじと怒号を上げて乱闘になっている。映像は調整中のものに切り替わり、しばらくお待ちくださいのメッセージと共に無音になった。


 あまりの紛糾に、国会中継が中止されてしまったのだ。


 こいつが、テレビで流れたというのか。


 ここ数日、飛んでいるヘリや、塀のまわりにときどき現れる群衆の意味が変わってきている。恐らく日ノ本は、俺達の存在や行動、島の姿について上へ下への大騒ぎなのだろう。


 国会の大紛糾を機に、日ノ本の人間にとっては、見たくない者を詰め込んだ窯の蓋がいっぺんに開いたのだ。

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