4侵入者は予定外

 また映像が切り替わった。裕也が現れる。


「……これがつい昨日で、今日の昼間、山本首相が自衛軍に出動要請を出して、境界が攻撃されたが、突破はできなかったらしいんだ。爆弾も、火も、重機でもだめだった。それからも国会は相変わらず乱闘寸前の審議で、対策審議会も麻痺。自衛軍の上層部には、ろくな情報がねえって。俺が勝手に探ったことだが、ユエさんの姉ちゃんと、騎士だとか言う海外セレブみたいな奴が訪ねてきて言ってたぜ」


 マヤとザルアか。こっちに来ていたが、日ノ本からうまいこと逃げ切ったのだろう。いや、あるいは俺達と違って、ポート・ノゾミの外交使節扱いでこの局面に対処しようとしているのだろう。


「俺は少々ハッキングしたり、ドローンの映像を見ただけだが、もっと詳しいことは侵入に協力してくれた空挺団の連中が知ってるぜ。セキュリティキーの認証やら、いろいろ教えてくれたんだ」


 それを最後に、映像が途切れる。

 空挺団といえば。

 俺達と共に着席していた狭山と駒野。自衛軍の空挺団員。


 ギニョルが狭山を見つめる。驚愕が浮かんでいる。俺たちと共闘したことは知っているが、自衛軍といえば島で戦った奴ら知らないのだ。


「お主ら、国に背くのか。自衛軍でありながら、日ノ本の領土で跋扈するわしらの味方をするのか。それは、外患誘致という罪ではないのか」


 日ノ本の刑法典の勉強をしたとき、ちらっとだけ習った気がする。ユエが小首をかしげた。


「がいかんゆうちって、なに、騎士くん?」


「……よく知らねえが、外国の軍隊とかが日ノ本を侵略するのを助ける罪だ。死刑や無期懲役が大抵でめちゃくちゃ重い。確か、まだ一度も罪に問われた奴は居ないんだったか」


「いかにもだ。おそらく私たちが最初に裁かれるだろう。だがこれは、自衛軍第一空挺団の総意だ」


 狭山は平然と口にする。もう一人、同じく俺たちをここに案内した駒野も動じていない。


「我々空挺団は、日ノ本自衛軍第一の実力を誇る。我が国は平和主義を選択し、戦争、つまり実戦は経験していなかったが、練度なら歴戦の傭兵やメリゴンの兵士をも驚愕させた。相手が人間であるならば、勝てる自信が確かにあった。それが、アイランド・サンロでの戦いでは多くの犠牲を出した」


 あのときイェリサやハーフたちに殺された自衛軍の精鋭は、目の前で死んだ奴だけでも十人は超えていた。派遣されていた部隊の半分以上が殺害されてしまったのだ。


 それでも、最後にスレインが来るまでイェリサを止めたのはぼろぼろの空挺団だった。戦争を経験していない奴らが、あれほどの損害を受けてまで戦い続けられたことは誇っていい。が、狭山にはその結果が不満だったのだろう。


「目の前で国民を蹂躙され、過酷な訓練をくぐった仲間がなす術もなく死んでいった。その事実は、重く受け止める必要がある。異界と戦うのには、断罪者のような異界の力が必要だ。そもそも、自衛軍が依拠する軍事理論もそれに基づく我々の訓練も、この世界の理に対してのものでしかない」


 通常弾どころかてき弾や対物ライフルの効果がないドラゴンピープル。何の違和感もなく完全な変身を行う操身魔法に、同じく親しい部隊の仲間をただの駒に変える蝕心魔法。


 三つとも、アグロスの軍事学上発見されたことのない異常事態だ。

 バンギアに来た将軍たちが、対策に窮してあんな道を選んだ原因でもある。


「国会の紛糾の後、私たち一般の兵士も、政府の記録を見られるようになった。紛争の真実は惨憺たるものだ。だが、だからこそ、お前たちの力が必要だと思う。たとえば、断罪者の活動によって、あの島がもはや我が国の一部でなくなるとしてもだ」


「中隊長、それは」


「自国領土を切り売りしても、僕たちの活動を許すというのか?」


 クレールの鋭い眼。見かけは線の細い少年のうえ、今は魔錠もあるのだが。人外の厳めしい雰囲気が鋭く包み込む。


 ごくり、とつばを飲み込んで、狭山はクレールを見つめ返した。


「……一兵士にそんな権限は無いがな。空挺団も先日の戦闘の被害で、再編すらままならず、お前たちの見張りに振り分けられている。マヤといったか、あの女性の求めに応じて、ここへの潜入と情報把握の機会を得させるだけで、精一杯だった」


「十分さ。それでどれほど助けられたか。僕は感謝するよ、人間」


 自衛軍にクレールが礼を言うときが来るとはな。というかリナリアのことやらなにやら、ここ数カ月で急速に成長した感じだなこいつ。


 吸血鬼だし、まだ700年くらい生きるだろうに、最終的にどんな奴になるのだろうか。


「さて、では、どうするかじゃが。当然ながら脱出の協力はできぬのじゃな?」


「不可能だ。まだ一般の国民向けには裁判の準備ということになっているが、明日の昼にはお前たちを首都の拘置所に移すよう命令されている」


 拘置所ってことは、死刑台もあるわけか。

 あの山本首相の憎みっぷりからすると、たぶんそうだろうな。


 ガドゥが首をかしげる。


「移すって、どういうことだ。今も拘置所みたいなもんだろ」


「……死刑が、待つのであろうな。拘置所には死刑台がある。裁判も、あってなきがものとなるじゃろう」


「げっ!? 首つりかよ。嫌だぜおれは。銃殺のがマシだ。おれたちは体重が軽いから、つるされても結構生きてんだ。昔人間によくやられたらしいぜ」


 小柄なゴブリンにはそんな心配があるのか。というか体格といったら、スレインを絞首刑にできる絞首台なんてこの世に存在するのだろうか。


「裁判も不完全ですか。緊急になればなるほど、手続きは簡単になりますからね」


「私たちと一緒ってことだね……」


 ユエの言うとおり、俺たち断罪者の活動では、禁固刑を適用するための制圧段階で撃ち殺して実質死刑ってのがすごく多い。


 だがまさか、自分たちがそんな目に遭うとは。


 命がけでロットゥン・スカッシュを追い、断罪したらそいつらの罪を着せられて捕まり死刑か。悪い冗談にしても行き過ぎだ。


 ギニョルが眉をしかめて、美しい脚を組みかえる。リクルートスーツも似合う。


「さすがに、そうかと死刑になるわけにはいかぬな。といって、強行突破して島に帰っても、日ノ本との関係はこじれよう。それは、たとえフェイロンドたちを断罪し、島を救っても同じに違いない」


 なぜあそこまで、あの島に執着するのか分からないが。


 あの山本が首相をやっている限り、日ノ本政府が俺たちを認めることは決してない。死にたくはないが、逃げて紛争の火種になるくらいだったら、とも思う。


 いや、馬鹿な。断罪者が断罪をあきらめて死刑になってどうする。


 大体、俺たちが暴れまわった場合の紛争はあくまで可能性だが。

 このままほっとけば、ポート・ノゾミは確実にシクル・クナイブの手にかかるのだ。


 おそらく全員同じ思いだろうが、フリスベルが毅然と立ち上がった。


「行くべきだと思います!」


 小さな背中だが丸まっていない。スレインを除いた断罪者全員を見回して、言った。


「すぐに、脱出しましょう。私達で、フェイロンド達を断罪するんです。断罪者として、私はたとえ一人でも行きます!」


 俺の胸ほどの背丈、細い身体、さらさらの長い髪に大きな瞳という少女らしい全てが不釣り合いな決意に張りつめきっている。


 ハイもローもダークもない。エルフとしての、断罪者としての責任感がみなぎる。


「……まあ、当然の決断じゃな。ここで退いて断罪者は名乗れぬわ。みな、良いな?」


 ギニョルに目で問われても、誰ひとり首を横には振らない。


 俺は黙ってうなずいた。

 ユエはホルスターの銃がないせいか、手持ちぶさたにしている。

 クレールも魔錠をうっとうしそうに持て余しながら、うなずく。


 ガドゥも唇を結んで決意を表したが、やがてぽつりとこぼした。


「ただ、よう。今日ノ本のみんながおれたちのことに気づいたんだろ。この状況で断罪に動くってことは、あの島にはテーブルズの法が適用されるってことを、日ノ本に向かって主張するってことだぜ。つまり、そりゃあ……」


「事実上の独立宣言になる。でもそれの何が問題なのかしら?」


 全員がドアを振り向いた。入口に立っているのは、白衣に眼鏡の黒髪の女。

 こめかみから突き出た角。こいつの姿だけは忘れない。


「まあそう、殺気立たないで。断罪者、いえ。事実上の死刑囚さんたち」


 その身柄にかかる断罪法違反の嫌疑は四十件以上。

 日ノ本の特殊急襲部隊にも、見かけたら即射殺するよう命令が下っている。


 本名、ゾズ・オーロ。通り名は“マロホシ”。崖の上の王国の一件あたりから、日ノ本に姿をくらましていたGSUMの首魁の一人が、自衛軍基地に現れやがった。

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