5悪魔のささやき
今俺達には銃もなければ、魔法だって誰も使えない。
「貴様、どうやって!」
狭山が腰の9ミリを抜く。駒野も同じだ。
さすがは空挺団、ユエに迫る素早さだった。
スライドの音が部屋に響いた。
距離は5メートル。マロホシは丸腰。
得意の魔法を使おうにも、呪文の一言目で頭と胸を撃ち抜かれるだろう。
空挺団に銃を向けられる意味は、この間の戦いで散々思い知った。
「……シグザウアーP220の日ノ本におけるライセンス生産品、9ミリ拳銃ね。標準的な9ミリルガー弾なら、私やギニョルのような悪魔は簡単に殺せますわね」
「分かっているなら答えろ。ほかの兵士をどうした」
「少し眠ってもらっているだけですわ」
眠っている。マロホシは悪魔だ。人を眠らせるなら蝕心魔法、つまり吸血鬼の下僕も連れてきたのだろうか。だが、いくらなんでも市街地の真ん中の基地にGSUMのメンバーを連れてくるなんてのは。
狭山と駒野も、なぜ銃を向けたんだろう。俺達は助かるが、マロホシは日ノ本では存在を知られていない島の犯罪者なのに。
ギニョルが立ち上がる。
「狭山よ、そいつは」
「分かっている。悪魔ゾズ・オーロこと“マロホシ”だな。紛争の前後を通じて、我が軍の兵士を67人も行方不明にした奴だ。三呂の境界警備の者には、見かけ次第撃ち殺すよう命令が下っているらしいが、空挺団に声をかけないとは水臭い」
資料で読んだのか。しかし、将軍のやつ、同じ自衛軍の兵士がそんな目に遭わされてGSUMとつるんでやがるのか。
マロホシは眼鏡をくいと上げ、かぶりを振って見せる。
「まあ、人聞きの悪い。銃を使える下僕として、生まれ変わってもらっただけですのに。確かに、あまりに綺麗な身体をしていたから、一部は解剖と臨床試験に使って、臓器も売ってしまいましたけれど」
銃声。放たれた9ミリ弾が、ドアのガラスを砕いて飛び出た。マロホシの右腕をかすったらしい。ブラウスが血に染まっている。
ウィーバー・スタンスで拳銃を構えたまま、狭山がマロホシをにらみすえた。
「私と駒野で、あと17発撃てる。臓器の再利用も不可能な肉塊にしてやる」
駒野は無言だが、全く同じ意見なのだろう。
ここは自衛軍基地だ。マロホシを撃ってもいかようにも始末が付く。
狭山も駒野も自衛軍の空挺部隊員。罪人の捕縛ではなく、敵の殺傷を目的とする軍人なのだ。戦友を殺した敵に容赦はない。
俺達が追ってきた最重要人物は、ここであえない最期を遂げるのか。
この場で銃を手にしているのは二人だけ。俺を含めた断罪者は、全員成り行きを見守ることしかできない。
マロホシはじっと自分の傷を見つめる。細めた目が、吸血鬼のように赤く光る。
「ではやってみなさい」
上げると同時に魔力が走る。狭山と駒野の瞳をつないだ。
まさかと思った次の瞬間、二人は銃を持った腕を、お互いの頭部に向け合う。
俺とガドゥ、クレールが二人に突進。
狭山は俺が、駒野はクレールとガドゥがなんとか組み付いて、銃口を壁にそらせた。
物凄い力だ。確かに空挺団は底知れぬ体力を持つが、人間を超えかかっている気がする。
「うぐ、なんだ、これは……!」
「蝕心魔法だ、僕たち吸血鬼が使うはずの……っ!」
クレールが取りすがって答える通りだ。マロホシの奴、悪魔だというのに蝕心魔法を使いやがった。
「どうなってるの、あいつは悪魔じゃないの?」
「吸血鬼の魔力ですよ。マロホシから出ているのは」
ユエとフリスベルのやり取りで分かった。あいつは、蝕心魔法が使えるほど完全に、吸血鬼に姿を変えたのだ。
吸血鬼と悪魔、共にダークランドに住み、同じく長命な種族だが。得意な魔法からいえばかなりの違いがある。すなわち種族間の違いが大きいということ。
「バケモノが。とうとう、種の境界まで超えおったか」
外見や身体能力程度なら、普通の悪魔でも操身魔法で模倣が可能だが。魔法の適性まで変えるのはありえない。そう、ギニョルが以前言っていた。
吐き捨てるような言葉に、マロホシは笑顔で答える。
「優秀とおっしゃってくださいな。バンギアが始まってこの方、私の領域に辿り着いた悪魔がこの世におりまして?」
「行く必要のない場所などいくらでもある。それで、貴様、こんなところまでわしらを笑いに来たのか」
マロホシが弾けたように笑う。
「アハハハハッ! それもそうかも知れませんわね。いつもいつも、法だ秩序だと私達の邪魔をする断罪者が、その法の下に刑死しようとしているのですもの。でも残念……あなた方の応援に、ですわ。断罪者の皆さん」
そんなわけがあるか。俺は思わず言った。
「どういうことだ」
「率直に言います。私達GSUMはシクル・クナイブに出し抜かれてしまいましたの。日ノ本、アグロスで私とミーナスが動きまわっている間にね」
嘘ではないのだろう。それが証拠に、マロホシは単身で俺達の元までやってきたのだ。
いくら魔法があろうとも、島と比べれば力の及ばぬ日ノ本で。
「あのエルフども、同族の裏切者をサンプルとして差し出して、私にミーナスを説得させましたのよ。近ごろはエルフも警戒して、捕まえにくくなっていましたからね」
まだ流煌が下僕のフィクスとして生きていた頃、キズアトの奴が怒り狂って前身の若木の衆を攻撃したから、てっきり今でも、敵対状態かと思っていたが。
そんな方法で懐柔していたとは。フェイロンドらしいといえばそうか。
「見返りは我らによる、銃器の入手や実戦訓練です。悪魔の使う操身魔法も教えましたし、彼らからはエルフの森にしかない植物を応用した新種の麻薬の製法と栽培法も引き出しました」
まさに両者が勝つ取引だな。そこまでやって、離反するメンバーが居ないというのは、フェイロンドの奴の求心力の高さが分かる。
「でもそれは表向きでした。その実、奴らは私達の手伝いをしていたエルフ達に接触して、仲間に引き込んでいたのですわ。全て海鳴のときとかいう、馬鹿げた終末思想を実行するために!」
怒りをあらわに、背後のドアに拳を叩き付けたマロホシ。
「なんて、くだらない。二つの世界が混じり合ってこそ、新しい世界が開けるというのに。ですが、準備は的確でした。私とミーナスがアグロスに来ているときに、ハーフを扇動して、あなたがた断罪者をもアグロスに放逐し、まんまと境界を塞いでしまった」
「GSUMで下僕にされたハイエルフでも、破れないほどの力で、ですか?」
フリスベルの非難がましい視線に、マロホシは唇を釣り上げた。
「……ええ。あなたに分かるように言えば、樹化した者が接ぎ木をしてつながり、全身に壁蔦とヤドリギをまとわせて生きた壁になっています」
そりゃどういうことだろう。全員の視線が集中する中、フリスベルが話す。
「樹化したエルフには、植物を枯らす現象魔法が効きません。壁蔦は、悪魔や吸血鬼に対する壁として栽培された植物で、再生が異常に早いんです。魔力にもよく反応するから、樹化したハイエルフが何人も集まって組織を変化させれば、解析して薬剤を調合することも不可能です。エルフについたヤドリギは、自我を削って種を生み出します。種を植えられた生き物は、樹化を起こして自我が侵食され、操られてしまいます」
薬剤、魔法、火器が効かず、戦力をばら撒く。最悪の存在じゃねえか。どうりで天下の日ノ本自衛軍が集まってどうにもならんわけだ。
だがそれほどひどいことになっているなら、わざわざ俺達の所に来たんだ。
断罪者は一丸になって戦うが、自衛軍以上の兵器もなければ、GSUMほどの資金力や組織力もない。
俺は首をひねりたかったが、ギニョルは何かを察したらしい。
「……だが、わしら断罪者は、フリスベルは違うというのじゃな?」
マロホシが満足げにうなずいた。
「話が早くて助かります。なにせ、フリスベルを差し出せば、ノイキンドゥの資料の持ち出しを許すと、あのいまいましい壁越しにフェイロンドが伝えて来たのですからね」
そんなことが。
スレインを除いた断罪者全員、男性陣に抑えられている狭山と駒野までが、フリスベルに視線を集中させた。
「あの人は、そこまで……」
悲痛な面持ちで、小さな唇を結んだフリスベル。
あり得ないことじゃない。崖の上の王国で偶然に出会ったとき、あいつはフリスベルに執心していた。本気で仲間に引き込もうとさえしていたのだ。
手に入れるか、さもなくば、自らの手で殺すということも言っていた。
「日ノ本の政府にも、断罪者のフリスベルを差し出せば、一千人だけアグロス人を開放すると伝えてきているのですよ。もっとも、あなた方の扱いを見ると、山本首相は、交渉に応じるつもりがないようですね」
明日にも、死刑台のある拘置所に移されようかというのだ。国会での口ぶりを見ても、自衛軍が島を守って両世界の者を全て助けるというのがシナリオなのだろう。
「御託はもうよいわ。マロホシよ、そなたはわしらを解放させる手段を持っておるな。いや、わしらの行動を含めて、日ノ本に認めさせる算段も揃っておろう?」
「うふふふ、さすがですわね! ええ。その通り。私はあなた方を処刑台から解放し、あちらで戦う準備を整えることができますわ。法に基づいた断罪活動の後、日ノ本からの独立の算段もつけております」
本当かよ。そんな都合のいい話があるのだろうか。
「嘘くせえなあ……」
「まあ、騎士くん。心外なことを言うのね。何のために私が、百万や二百万イェン程度の代金で、こちらの有力者に操身魔法を施してきたと思っているのかしら。お陰様で彼らがよりよい魔法や医術の開発に関心を抱いた。もうこの国は、島と離れられなくなっているのよ」
ノイキンドゥでの講義の様子を思い出す。おだてられ、まつりあげられて、人体実験同然の施術を受けに来た金持ち達の面が思い浮かぶ。
この国会の紛糾の最中、連中が残らず動いたら、あるいはこの国の世論が雪崩を打って俺達の支持に回るかも知れない。いや、あの仙道という野党議員が政権の要となれば、テーブルズや断罪者の存在を日ノ本が承認することだって夢ではないだろう。
「それも意味が分かんない。そんなことしたら、GSUMがやりにくくなるんじゃないの? 私達が日ノ本に遠慮しなくなるよ」
ユエの指摘に、マロホシはため息で応えた。
「騎士くんのパートナーにしては、腕以外が足りないんじゃないかしら。日ノ本が断罪法を認めたところで、断罪者が、この私を断罪できると思うの?」
四十件以上の断罪法違反を犯した嫌疑を持ちながら、決して証拠をつかませないマロホシ。残虐な手段で得た医術と魔法の能力で味方を増やし、巧妙に俺達から逃れ続けている。
三呂になり損ないを解き放って大量の犠牲者を出し、虐殺まで計画した以前の事件でも結局断罪できなかったのだ。
煮え湯を飲まされた経験は、ユエも含めた断罪者全員が共有している。
「……銃があれば、頭を吹き飛ばしてやるのに」
SAAか、俺が抑え込んでいる9ミリ拳銃があれば、確実に言葉通りになる。ユエの目が何より言葉通りのことを示す。
だが、その銃がないことを織り込み済みで、マロホシは現れたのだ。
「それも、ちゃんと持ってきてあげるわ。ギニョル、伸るか反るか、断罪者の長として、賢明な決断をなさってくださいね。この私も、あのミーナスも、GSUMという組織は、ポート・ノゾミが沈むことを決して認めません。なにより、私達のためにね」
俺達全員を見回すと、踵を返して、マロホシが部屋を出て行った。
足音が遠ざかると、ようやく押さえていた狭山の腕から力が抜けた。駒野も蝕子魔法が解除されたらしい。
二人は俺とクレール達を押しのけると、部屋を飛び出した。
他の兵士を助けるのだろうか。
だが、俺達は続けなかった。
まさに悪魔と呼ぶにふさわしい、あのマロホシに、売られた恩を買い取るか。
さもなくばテロリストとして死刑になるか。
あいつの言葉通り、のるか、そるかの決断が差し迫っていた。
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