6急転直下
十分ほどで話し合いは終わった。
俺達は死刑を免れ、島に渡ることにした。
そのために、マロホシの手を借りるのだ。
あいつが何者で、どれほどのことをやってるか、断罪者は全員知っているが。
島を見捨てて、死刑に甘んじることは絶対にできない。
それに加えて、答えを聞きに来たマロホシの部下は、遊佐裕也と遊佐海の二人の存在を知っていることを告げてきた。
俺達を救うため、連絡を取ってくれた裕也だが。日ノ本に加えて、GSUMからも存在を認知されている。連中の誘いを断れば、腹いせに危害が及ぶことも考えられた。
法のために悪党と手を握る選択は、ギニョルがいなければ成し得なかっただろう。
俺もユエも複雑だったが、必要なことは痛いほど分かっていた。
部屋に居なかったスレインには、マロホシの部下があらましを伝えており、承諾したそうだ。
そこからの話は早かった。個室に戻り、三時間ほど仮眠。朝食のために出向いた食堂のテレビに、驚くべきものが映っていた。
「おい、こりゃあ、おれたちじゃねえか」
バターロールを手に持ったまま、ガドゥがぽかんとしている。
確かに言う通り、あのハーフ達との戦いの映像だった。俺やユエやスレインだけじゃない。俺の直接見ていない、ギニョル達の戦いまで流れている。
確かにあの場には、政府の呼んだ報道カメラマンが居た。ディレクターだって来ていたが残らず警察に捕まって、取材データは全部破棄されたんじゃなかったのか。
外のスレインが窓を通して覗き込み、見張りの兵士すら89式を持ったまま食い入るように見つめていた。
目玉焼きを食べ終えたギニョルは、背もたれに体を預ける。赤い髪がさらいと揺れた。
「……やりおったな」
「ギニョル、これはマロホシの仕業なのか。こんな真似をどうやって」
「おおかた、こちらのテレビを牛耳る連中に取り入っておるのじゃろう。そやつらが、いまの政権よりマロホシの方を支持したのじゃ」
支持率七割を超える政権の支持に回るより、マロホシの一声が大事か。あいつどこまでこっちに影響力を持っているのだろうか。
『……この映像以外に、私達報道関係者の命が奪われる映像もございますが、刺激が強いため放送はいたしません。わが社は三人のテレビクルーを現場の取材で失いましたが、そうまでして手に入れたこの映像を、警察と政府は奪い取って破棄しようとしました。報道の自由の侵害は、民主主義の危機であると考えます。視聴者の方々に申し上げます、この映像は真実です。断罪者と呼ばれる者達について、どう考えるか、主権者としてご判断ください』
丁寧に言って三人全員で頭を下げた報道キャスター。
俺は戦闘に巻き込まれてなす術もなく死傷したテレビクルーの姿を思い出した。文字通り血を流してカメラを回していた奴も居た。
駆けつけた警官や兵士はそいつらを殴り倒し、取材データを次々に奪い取って拘束していた。
さすがに、報道関係者として腹に据えかねるものがあったに違いない。
もっとも、マロホシが動かなければそれも取締役やらなんやらに首根っこを押さえられていたのだろうがな。
食堂の奥では、調理に当たっていた若い職員がスマホを取り出している。何事か話しながら、次々に見ているらしい。
まだ片付けが途中だ。注意に行った年配の男も、画面を見せられてスマホを取り出す。
ざわつき始めた。俺達をまじまじと見つめて、何事か話している。
「どうしたんでしょうか、何か様子が」
「もしかして、ネットにも私達のことが書かれてるんじゃないの?」
「恐らくそうであろうな。テレビを動かせたのだから、ニュースサイトは軒並み操れよう。恐らくは新聞もわしらのことを報道したのであろう。スレイン?」
ギニョルに言われて、スレインが長い首で空を見上げる。
「……今朝は妙にヘリが多い。さっきからそれがしも、何度か撮影されている」
反響は迅速だ。最初の一報はマロホシが手を回したのかも知れないが、視聴者、読者、国民が反応するとなれば、マスコミは雪崩を打ってそちらに動く。
兵士が血相を変えて、食堂を飛び出していく。俺達のことなど構っていない。
どうしたのかと思ったら、訓練用のトラックを、基地の外へと駆けていく。
「あの、何か聞こえませんか。ヘリの音もですけど、基地の外の方、周りで」
きょろきょろと見回すフリスベル。ガドゥも立ち上がる。もはや見張りは一人も食堂に残っていない。
「なんか動いてねえか、フェンスのへん、騎士分かるか?」
「いや、でもなんか妙だな。おいクレール」
「……昼の視力に期待はしないでくれ。ユエ?」
クレールに話をふられたユエだが、ガラスの窓から外を見つめたまま固まっている。一体なんだと言うのだろうか。
「……みんな、大変だよ。この基地、日ノ本の人にぐるっと囲まれてる」
馬鹿な。俺達は全員窓に駆け寄った。開けてよく見ると、確かに入口を始め、周囲のフェンスにへばりつくように大量の群衆が押し寄せていた。
仕事等でみんな暇じゃないはずなんだが、どうしてこんな数が集まったんだ。
「まあ見てなさい、もうすぐお迎えが来るわよ」
ふりむくと食堂の入り口に、マロホシの奴が立っていた。今度は三人の部下が一緒だ。一見日ノ本の人間ふうだが、どういう種族だか全く分からない。
「お前の仕業なのじゃな?」
「ええ。ここ数日、日ノ本政府は全国から自衛軍を集めてこの三呂市に駐留させているのよ。どうやら、この街は境界に何かあったとき、それをせき止めるために閉鎖されるようね。地域限定の戦時体制みたいなもので、経済活動が止められているわ」
となると、三呂市からその外へ出る境界が封鎖されているのだろうか。
そこへこの報道だ。三呂市民が怒って集まってくる理由も分かる。
「テレビやネットで、この状態は全国に刻々と中継されてるわ。新聞記者もぞろぞろ来ている。一億もの日ノ本の人間が、何かを考え始めているのよ。そろそろかしらね……」
腕時計を気にするマロホシ。スーツ姿に眼鏡と黒のヒール、怜悧で涼しげな美人の女医という感じだが、中身を知っている俺には冷たいだけに思えた。
果たして、マロホシの言葉通りに正門が開く。群衆をかき分けて、走輪走行車が入ってくる。それに続いて現れたのは、真っ黒に光るセンチュリー。バンパーの上に日ノ本の国旗が掲げてある。
「あれは、まさか……」
スレインが言いかけた所で、食堂に兵士が入ってきた。
「内閣総理大臣が到着される。至急、身だしなみを整えるように!」
それを皮切りに、次々と兵士が入ってくる。十人ほどが俺達を囲み、銃を構えたまま、有無を言わさずギニョルとフリスベルとクレールの魔錠を解いた。
銃は下りない。一言の呪文でも唱えれば、89式の5.56ミリが俺達の全身を貫くだろう。
外ではクレーン車が稼働し、スレインを拘束していた鎖が外されているらしい。
マロホシがいつの間にか出て行っている。誰もとがめる者が居ないあたり、日ノ本での立場を感じさせる。
男性と女性に分かれ、まず個室へ戻される。
監視の目にさらされたまま、断罪者の黒衣に着替えさせられた。
当たり前だが銃は与えられないまま、格納庫に連れていかれる。
重い鉄扉が開かれ、スレインを含めた断罪者全員が中に入ると、再び閉じられた。
コンクリートと鉄で囲まれた、がらんとした倉庫内。
戦略会議を思わせる簡素な机と無骨な椅子には、紛れもなく山本善兵衛首相が座り、その脇を自衛軍の幕僚長クラスらしい中年の男、防衛大臣や警察官僚らしいのも居る。
マロホシがどういう手を使ったのかは知らんが。
本当に、日ノ本首相との面会が実現しやがった。
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