2先触れ

 俺達を襲ったクオン・アキノを警察署に連行すると、刺客に襲われたのは、俺とユエだけじゃなかった。


 クレールにギニョル、ガドゥの勤務する警察署に五人。

 フリスベルの島に三人。

 スレインの眠るガンショップ、パールにまで、四人の刺客がやってきたのだ。


 内訳は全てバンギアの人間。崖の上の王国に関わる者たちだった。さらに不可解なのは、そのうちの三人が、ユエの兄や姉だったということだ。


 非番だった俺とユエとフリスベル、それにスレインも、取り調べのため、急きょ出勤することとなった。


 王族以外を拘束し、証拠を保存して調書をまとめるのに二時間。空が白みかけるころに、ようやく全員が会議室に集合した。


 いつもの机と、外の止まり木に落ち着いた俺達の前には、魔錠で拘束され、椅子に縛られた三人のアグロス人の姿がある。


 右から、俺とユエを襲った金髪の男、クオン。

 

 そして、フリスベルの島に潜んで、炎の魔法を使おうとした赤い髪の女。


 さらに、命知らずにも、客のふりをしてスレインの妻である朱里とドロテアを人質にしようとした青い髪の男。


 いずれも、ときどき警察署を訪れるマヤのように、ツンとした態度で悪びれた様子を見せない。断罪法の意味が分かっているのだろうか


 命乞いをした金髪の男、アキノ家の三男である、クオン・アキノがユエに向かって話しかける。


「崖の上の王国の王子と王女を、さも罪人のように拘束して、どういうつもりだ。ユエ?」


 まだ兄貴の威光が通じると思ってやがるのか。本当にただのチンピラそのものだ。同じ権威を振りかざすにしても、ハイエルフのレグリムや、吸血鬼のルトランドみたいな年月からくる重みが全くない。


 しょせん人間のガキか。


「……鉄の塊を弄ぶことしかできない者は、話にならない」


 陰気そうな目でぼそっと言ったのは、ユエの一つ上の姉であり、アキノ家の三女リカ・アキノだ。みつあみにして、肩から垂らした真っ赤な長い髪は魅力的だし、鼻筋は通ってるし、表情豊かならさぞ美人に見えるのだろう。だが声が低く、ぼそぼそしゃべるので雲がかかったみたいに暗い印象がある。


 こいつは、フリスベルの暮らす島でダークエルフに見つかり、つたの魔法でわりと卑猥なぐるぐる巻きにされて捕まった。どうでもいいが、ユエやマヤに、このリカといい、アキノ家の女はみんなグラマーらしい。


「ユエ、悪いことは言わないよ。ぼくらの国といさかいを起こすわけにはいかないだろう。断罪者だかなんだか知らないが、町の警備隊長みたいなものなんだ。王族に弓を引く騎士が居るかい?」


 恐らく、くせなのだろう、にこにことした笑顔でそう言ったのは、あのディレと同じ青い髪の青年。アキノ家の次男、ジン・アキノ。こいつは、このにやついたツラで大胆にもスレインを狙いやがった。しかも人質を取るという手段でだ。


 俺はため息を吐きたくなった。断罪者を殺そうとして失敗し、拘束された、その意味が分かっていないのだろう。マヤが傀儡としての行動を取らされているのは分かっていたが、崖の上の王国本国が、これほど島への理解が浅いとは。


 ユエはうつむいてだまっている。この三人とも、現象魔法の能力は人間の中でかなり優れる。恐らく宮廷時代は魔力不能者であるユエをさんざんいじめたのだろう。


「だめ。クオン兄さん、ユエでは話にならない。私達が怖くて口も利けない」


 リカはいい具合に誤解している。クオンもさらさらと金色の髪を振るった。


「そうだな。おい、悪魔よ。お前が頭だろう、私達を早く解き放て」


 ギニョルはちらりと三人を見たが、取り合わなかった。ジンがスレインに微笑みかける。


「好色な火竜よ、あなたでもいい。この場の全員に命令する権限を持っているのだろう。やはり正義の化身たる赤燐、あなたの炎はこの僕にも熱かった」


 そういや、スレインは存在そのものがバンギアにおける正義の化身だったっけ。一応は敬意を払っているのだろうな。スレインは目を細めて、焚き火くらいの息を吐くばかりだ。


 俺達が黙っているのを見て、三人は口々に好き勝手なことを言い出した。


「兄さま、やっぱりだめ。みんな驚いてる。王族を捕まえてしまったから」


「そうか。もし我が国の精強なる騎士団と争いにでもなれば、こんな島は一たまりもないのだな」


「おまけに、今はヤスハラ候が訓練している王国騎士団もあるね。我が国が大陸を制するのも近いんだ。僕はこの島をもらおうと思ってたところだよ。アグロスとの交易をやってみたいし」


「なら私は、化粧品や服飾の権益が欲しい。最近デザインを学んでる」


「おれはインフラについて学びたい。アグロスの供給する清潔な水や効率のいい燃料は便利だ。ゴブリンや悪魔、吸血鬼たちにはもったいない」


 完全に緊張感のない三人を見て、俺達はそれぞれに呆れ果てた。


 フリスベルがあはは、と空虚に笑い。

 クレールはため息を吐いて、額に手を当てる。

 ガドゥに至っては、大きくなる何かの気配を感じ取り、緑色の耳をぴこぴこやりながら、ユエの様子を不安げにうかがう。


 俺は目を細めて見守ることしかできない。


 ユエが少しだけ首を上げ、ギニョルを見る。


 ギニョルは大きなため息を吐くと、言った。


「構わん。やれ」


 瞬間、銃声が部屋を支配する。


 腰だめに構えたユエの右手、握られているのは、ガンスモークの揺らめくシングル・アクション・アーミー。


 左手の指で撃鉄を操作し、瞬時に放たれた三発の弾丸は、三人の背後のホワイトボードに食い込んでいる。

 狙いは正確で、リカ、クオン、ジンの右頬に小さな切り傷を作っていた。もちろんわざと外してやったのだ。


 火傷と傷の鋭い痛みが、取り巻く状況を自覚させたらしい。


 口を結び、目を見開くジン。

 黙ったものの、歯の根も合わないクオン。

 そして、あとわの中間の震えた声しか出せなくなっているリカ。


 なるほど、銃が効果的なのも、典型的なバンギアの人間らしい。


 しかし、ここまでびびってくれるとは。三人とも外見はかなり秀麗なだけに、サディストはさぞゾクゾク来るかも知れない。さっきの自信満々っぷりとのギャップが凄い。


 ユエはSAAのトリガーをゆっくりと下ろし、ホルスターに収め直す。

 感情のこもらない声で、まずジンを見つめる。 


「崖の上の王国アキノ王の次男、ジン・アキノ。あなたは断罪者に対する殺人の未遂、および現象魔法の不正使用と、一般人に対する傷害で、30年の禁固刑」


「そ、そんな! 何かの間違いだよ……」


「正面からじゃスレインに勝てそうにないからって、奥さんや子供を人質にとろうとするなんて、犯行態様が相当悪質だよ。エルフや吸血鬼なら、300年はつく。それから、同三男、クオン・アキノ」


「ユ、ユエ、おれは関係ない者を巻き込んだりは」


「同じく断罪者に対する殺人の未遂および、現象魔法の不正使用。20年の禁固刑」


「いやだ! まだ結婚もしていないのに、そんなに長く閉じ込められるなんて」


「この島で法を司る断罪者を殺そうとして、簡単に許されると思ってないよね? マヤ姉様はちゃんと、断罪法の文言を本国に送ったよ。島で罪を犯せば、誰であろうと島の法に従ってもらう。父さまが、王国印で承諾した」


 うつむいて背中を震わせ始めたクオン。こうしてみると、俺の本来の年齢より年下なのかも知れない。マヤの奴が第二王女、つまり次女ってことなら、こいつらはそれより年下だろうし。


 ユエの視線が自分を向き、リカはいよいよ涙を流して懇願する。


「ね、ねえ。許してユエ。私は何もせずに捕まっただけだから」


「あんなに綺麗で素敵な島を、無差別に焼き尽くすほどの現象魔法を仕掛けておいて?」


 リカの表情が凍る。何か言おうと口を動かしたが言葉にならない。過去は変えられない。ユエは無慈悲に言った。


「崖の上の王国三女、リカ・アキノ。あなたにも断罪者及びダークエルフ5人に対する殺人未遂。23年の禁固刑」


「い、いや。そんな、そんな……ねえ、なんとかして! ユエは私達に恨みを晴らそうとしてるだけ」


 リカが金切り声を上げたが、ギニョルにはため息しか付けない。


「……量刑は、この二年で様々な事件を経て調整がついたものじゃ。アグロスのような三審制もわしらには存在せぬ。弁護士はおろか、検事も裁判官もまだおらん。法の精神にのっとり、なんとかしなければならんところじゃが、お主らの様な奴らが静かにならんうちは、致し方あるまい」


「そんな、あああぁ……」


 嗚咽をもらして、うつむくリカ。事態の重大さに、三人とも気の毒なほどうろたえている。島の犯罪者なら、チンピラ程度の奴らでさえ、こんな風になったりはしないというのに。


 身内の恥に耐えられなくなったか、ユエが机を叩いた。 


「いい加減にしてっ!」


 三人とも黙って目線を集中させる。ユエがきっと目を釣り上げた。

 今銃を抜けば、三人は即死だ。撃たれる心配がないはずの俺すら、正直言って恐ろしい。


「二年前、特務騎士団の任を解かれて、国を出た日から、私は崖の上の王国、アキノ12世の四女じゃなくなったんだよ。テーブルズに任命された、断罪者のユエ・アキノなんだから! 法を知った上で、私達を殺そうとしておいて、断罪が嫌だなんて、本当に見苦しいよ! せめて王族らしく、堂々としたらどうなの!」


 正論にもほどがある。三人ともお互いを見つめて、がっくりとうなだれてしまう。

 糾弾したユエこそ、情けなかったのだろう。顔を伏せて黙ってしまう。

 なんか気の毒になってきた。結果だけ見れば誰も殺してないんだし。


 フリスベルがユエの肩を抱く。


「ユエさん。もうこのあたりにしてあげましょう」


「フリスベル! でも、私情けないんだもん。こんな人たちがお兄ちゃんやお姉ちゃんだなんて……」


 今度はユエが泣きそうだ。それがまた、プライドを痛めつけたらしく、三兄妹も背中を震わせる。

 断罪後のこういうやりとりは初めてだ。ギニョルはもう何度目かになるため息を吐いた。


「このままでは、収拾がつかぬ。クレールよ、とりあえずこ奴らの記憶から黒幕を読め」


「分かった」


 いくら馬鹿でも、ただ単純に俺達に仕掛けてきたとは考えにくい。騙すなり調子づかせるなりして操った奴らが必ず居るはずだ。


 そして、そいつらのやり方によっては、事件の責任が軽減できる。そうすれば、こんな馬鹿でも救う方法がある。


「ユエよ、マヤを呼ぶがよかろう。テーブルズの議員の指揮権を使わせよう」


 テーブルズにおいて各種族の代表が断罪者に行使する指揮権。山本が最もよく使うが、テーブルズの議員代表には共通して備わっている。


 ギニョルはそれを使うことを勧めた。つまりこいつらを減刑か免除しようということだ。実際のところ、報国ノ防人関係で、領内に多数の自衛軍が活動する崖の上の王国の協力は欲しい。王国ともめごとを起こすことは避けたいのはある程度事実だ。


 そういう意味ではジンがふんぞり返って言った、我が国と事を構えるうんぬんというのは的外れというわけでもない。


「ギニョル、ありがとう……」


 ユエの目にも涙が浮かんでいる。身内の断罪などやりたくなかったのだろう。たとえ自分を軽んじ、魔力不能者と侮ったにしてもだ。


「被害者がわしらで良かった。スレイン、よいか?」


 長い首を振り、スレインが牙を覗かせる。


「それがしは不正義だと思う。だが、朱里もドロテアも刑を望んでおらん。何より、マヤが指揮権を行使すれば、何も言えぬ。十中八九行使するであろうが」


 指揮権は強い権利だ。どうしてものときのため、各種族の代表にこれほどの特権を認めてあるからこそ、断罪法のような強力な法律が、公会において、全会一致で採択されたのだ。


 自分たちが救われそうな兆しを読み取り、三兄妹はようやく顔を上げた。全員ほぼ放心したかのようなツラをしている。数分前と同じ人間とは思えない。


 ユエが涙をぬぐい、出て行こうとしたまさにそのとき、廊下を走るけたたましい足音が聞こえた。


 ノックもせずに、扉を大きく開けたのは、わりと見慣れたマヤ・アキノの御付きの一人。

 鉄と筋肉でできたような、精悍な若い騎士、ザルアだった。


「マヤさまの行方を、知らないか。今朝からお屋敷におられないんだ」


 正装の鎧で、息が上がるほど駆けずり回ったか。


 誰もがザルアに注目する中、一人ギニョルだけが、ジンの表情の変化を捉えていた。


「何か、知っておるようじゃな?」


 ジンは首を振り、うつむいて唇を噛み締めた。

 ガドゥが記憶を映像に起こす魔道具の起動にかかった。案外早く黒幕が分かりそうだった。

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