3焦点

 ジンが目をそらそうと、嘘を吐こうと、関係はない。

 クレールには、ただの王族に容赦する理由などないのだ。


 読み取った記憶で、大体の事体が分かった。


 事を仕組んだのは、ユエの父親であり、アキノ家の家長にして、バンギア唯一の人間の国の王、アキノ12世だ。さすがに王だけあって、映像の中でも、髭面と鋭い目、老賢者を思わせる灰色の髪、王笏をたずさえた姿は威厳があった。


 そいつが、実の子供であるジン達を王宮に呼び出し、あろうことか俺達断罪者の暗殺を命じたのだ。

 無論、俺とユエが体験したように、実の娘であるユエまでもが、その対象だ。


 ジン達は称号を持つ貴族であり、領地を与えられていたが、紛争この方、ろくすっぽ経営ができず、無秩序状態だった。余談だが、満ち潮の珠をめぐって、俺とガドゥがバルゴ・ブルヌスやシクル・クナイブと争奪戦を繰り広げたゲーツタウンも、元々の領主が死んだ後は名目上この兄妹の領地だったらしい。


 あんな状態で、王に領地を取りあげると言われれば、実際どうしようもなかった。その代わりに、事がなったあかつきには、アグロスとの間で莫大な利益を上げている、ポート・ノゾミを領地に組み入れ、交易を任せると約束されていたわけだ。


 ユエのために、少し兄姉の擁護をしておくなら、ジン達に断わる方策などなかったのだ。それほど、バンギアの人間にとって崖の上の王国の王は強く、絶対たる存在だった。


 あの気位の高いマヤが、傀儡になり下がるだけのことはある。


 さて、そのマヤの行方なのだが――。


 ザルアが俺達にマヤの失踪を訴えて二十分。ジンから得た情報を元に、断罪者と、ザルアを始めとしたマヤ付きの部下、それにバンギアの人間からなるテーブルズの議員が、橋頭堡へと押し掛けた。


 理由は、俺達断罪者が、マヤを島から大陸へ移すのに、島と大陸の自衛軍の協力がなされると読んだからだ。普段なら俺達にそうそう協力したがらないバンギアの人間達も、マヤがいないとなると慌てて協力を始めた。


 ザルアを始め、騎士達は七人。人間ながらも、危険な現象魔法を自在に操るテーブルズ議員が九人。そして、俺達断罪者が七人。計二十三人がそれぞれ武装し、基地内へ押し入らんばかりの迫力とあっては、さすがの自衛軍も俺とクレールを追い返したときのような態度を取るわけにはいかなかった。


 急きょ警報を鳴らし、正門前に、軽装甲機動車や、てき弾銃に、M2重機関銃つきの装甲車と、兵員約三十人を集結させてにらみ合いとなった。


 大陸の自衛軍との間で飛び回っているはずの将軍が、久方ぶりに現れた。専用の82式指揮通信車のハッチから上半身をだし、俺達と対峙している。


「ギニョルさん、こんな昼間に、あなたから僕に会いに来てくれるのは嬉しいんですが、これはどういうことなんでしょうか。バンギア人たちも、あなたの妖艶な魅力で従えたのですか?」


 微笑みながら軽口はたたいているが、俺達に向いた相手の銃口は、八九式小銃に七四式機関銃、M2重機関銃、機動車の影に隠れて、対スレイン用のRPG。一人とて逃さない勢いだ。

 奥の格納庫ではシャッターが開かれ、特車隊の連中が戦車の発進準備をしてやがる。戦車砲なんぞ食らったら、どうなるか考えたくもない。


 そんな連中を前に、山羊顔の悪魔姿のギニョルは退かない。紫色の瘴気を吐いて、話しかける。


「なに、少々よからぬ情報をつかんだのじゃ。つい今しがた断罪した者の記憶から、貴様らが、テーブルズの議員代表、マヤ・アキノを拉致し、崖の上の王国の首都イスマへと連れ行くと出た。実際に、このザルアはマヤが屋敷におらんと言うておる。調べねばなるまい」


 将軍は、一度だけまばたきをした。寒気のする微笑みは崩していないが、予定外だったのは確かだろう。


「この門を破ることがどういう意味を持つか、わしもここに来ている者も重々知っておる。だがマヤ・アキノはテーブルズの代表者じゃ。事は島の者すべてに関わる。一刻も早く、この基地を我らに捜索させよ」


 要求を突き付けたギニョル。心なしか、兵士達にも動揺が見えるようだ。


 十や二十どころではない数の銃口を前に、ギニョルがここまで強気なのは理由がある。

 自衛軍に対する俺達もまた、完全武装しているのだ。


 鉄塊をも両断する重厚な戦斧、“灰喰らい”を担ぎ上げたスレインに、瘴気を吐き出す山羊顔の悪魔となったギニョル。約300メートル離れたホープ・ストリートのホテルの一室からは、クレールが将軍の頭にM1ガーランドの狙いを付けている。

 フリスベルは杖を握って、雷を落とすべく頭上に雷雲をはびこらせる。俺とユエはハイエースのドアを盾にそれぞれ銃を構えて、ガドゥはその後ろで、爆弾の魔道具とAK47を握っている。


 無論俺達だけじゃない。一緒に来たバンギア人も気合が入っている。


 ザルアをはじめ、騎士達はどこから仕入れたか、俺のとは違うショットガンを構えている。確かフランキのスパス12とかいうフルオートとマニュアルの切り替え可能な代物だ。アグロスでも生産が終了しているはずなのだが、独自の銃器購入ルートでも持っているのだろうか。


 もちろん、フリスベルに負けじと、バンギアの人間の議員達も杖に魔力を集中させており、フリスベルの呼んだ黒雲が、ごろごろと鳴っているにもかかわらず、凍りつくような風も吹き始めていた。


 GSUMやホープレス・ストリート連中も、俺達の動きに勘付いているに違いない。誰かがくしゃみの一発でもして、点火すればたちまち紛争の再燃だ。


「……君の見た記憶が真実だとして、まだマヤがさらわれたとは限らないだろう。それとも、ザルアといったか、君達は彼女が我々と居た所を見たとでもいうのかい」


 将軍の眉間にしわが刻まれる。顔立ちの端正さを彩る、形のいい唇が、怒りと困惑に少しだけ歪んだ。

 だが論理的な指摘だった。実際のところ、ジンの記憶の中のアキノ王は、命令の後に、マヤはどうするのかという質問を受け、『あの子には別の役割がある』と言ったきり。


 それがなんなのか、ジンも知らないらしかった。


 無論、ザルア達も、議員たちも知らないのだろう。自衛軍に拉致されたと言い出したのは俺達断罪者であり、ここまではこの場に居る全員を勢いで引っ張ってきたに等しい。


 だが先日の事件で、報国ノ防人のメンバーである如月を生かして断罪し、その記憶を見た俺達断罪者には、最高の隠し玉がある。言い包められる振りをやめ、ギニョルが言った。


「……一年前、アキノ十二世から特別に貴族の称号を得たヤスハラ伯が、王の娘と結婚する予定のようじゃな。ヤスハラ、安原。はて、どこかで、聞いた名じゃのう」


 今度は将軍の奴が唇を噛む番だ。ザルアをはじめ、マヤの部下や議員達も表情を変えた。ヤスハラという名を、知らないバンギア人は珍しい。


 彼は将軍と並び、紛争を経験したバンギア人にとって、忘れられない存在だろう。


 七年前、ポート・ノゾミの襲撃と同時に派遣された陸戦自衛軍B2連隊。

 その総指揮を担った連隊長、安原やすはら克己かつみ一等陸佐。


 バンギア人撃退後、政治の決定を待たず独断で大陸に侵攻し、血の雨を降らせるほどの大戦果を挙げ、崖の上の王国やダークランド、果てはエルフの森にまで武器と紛争をばら撒いた張本人だ。

 日ノ本の公式の記録上、その存在は、戦闘中行方不明とされているらしいのだが、如月はその記憶の中で、彼とおぼしき存在から確かに指令を受けていた。


「日ノ本の者と、アグロスの人間の名が似ておるのは周知じゃが、えらい偶然もあったものじゃな。そのヤスハラがマヤと結婚し、崖の上の王国の大半の領地を掌握することになろうとは」


「何が言いたい」


「とぼけるのもいい加減にせぬか! 貴様ら自衛軍は、崖の上の王国を日ノ本の傀儡にする魂胆じゃな! わしらの眼をくぐってマヤを本国にやるのに、ここを置いて他に適切な場所などあるものか!」


 アグロス人たちがざわめく。だが魔法の冷気は乱れない。ますます鋭くなってきた。ザルアをはじめ騎士達は、スパスのフォアエンドを引き、いよいよフルオートに切り替えている。

 祖国が傀儡にされると聞いて、平静でいられる奴がいるだろうか。ましてや、祖国のためにポート・ノゾミくんだりまで、騎士や議員として派遣され、手を尽くしてきた人間達が。


 ギニョルが畳み掛けるように告げる。


「今、テーブルズに呼びかけて、あらゆる船舶の出港を一時的に停止させておる。じゃがこの橋頭堡だけは協力を拒んだ。つい先日の事件で、ただでさえ自衛軍の人気も下がっておるのに、なぜ今そんな無茶をした。答えは、どうしても船を出さねばならぬ理由があるからじゃ。マヤのことを置いて他にあるか!」


 詰んだ。もう言い逃れはできないだろう。


 将軍の眼がわずかに動く。自爆に出るか。ここで俺達と共に果てる事を選ぶか。


 正直、そうなってもまずい。


 仮に島が火の海になり、全勢力の戦いが起こったらどうなるか。俺達の潰し合いを悠々と眺めた後、結婚によって崖の上の王国と連合したヤスハラ伯達が、全てを平らげに出てくるに違いない。また日ノ本の橋頭堡コースだ。


 この場の誰もそれが分からない程頭は悪くないのだろう。だが。


 手の内を読まれた将軍たち自衛軍も。

 祖国を傀儡にすると言われた騎士や議員達も。


 このままでは止まれない。


 ギニョルと将軍が、同時に発砲の号令を出そうとした、まさにその瞬間。


 一台の車が、橋頭堡の奥からこちらに向かって進んできた。軽装甲機動車、操縦自体は普通の車と同じ。


 全員の眼が集中する中、操縦席から現れたのは、ドレス姿のマヤ・アキノその人だった。


 マヤは全く怖気づいた様子もなく、ドレス姿に杖一本だけを携え、全員に向かって踏み出した。


「私は、ここですわ。皆、武器を下ろしなさい」


 完全武装の数十人のただなかで、臆した所がひとつもない。

 いつもの嫌味っぽい高飛車さではない。王女としての威厳が、俺達の目をくぎ付けて放さなかった。

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