十章~硝煙の末姫~
1曇天
報国ノ防人の事件から一か月。ポート・ノゾミはしばらく平穏が続いている。
GSUMと自衛軍に、大規模な動きがないのが大きい。
前者はこの間の事件により、主な取引相手のアグロスの奴らが及び腰になってしまったらしい。ポート・ノゾミに来て寿命を延ばしたり、エルフを買ったり、自分たちだけは安全だと思っていたのが、危うく島ごと爆破されかけたのだ。その信頼をつなぎとめ、新たな顧客を開拓するのに、交渉やらなにやらでキズアトとマロホシがアグロスに行ってしまった。
首領を欠いては、島での大きな悪事はできないらしい。
後者の自衛軍は、報国ノ防人との関係が、島の住人から疑われている。テーブルズからは不問となっているが、最終的に島を滅ぼそうとしているという噂が収まらず、露骨に反感を買っている。例の傭兵活動も自粛状態だ。こういうときが一番不気味ではあるが、あの将軍も橋頭保から動いていないし、日ノ本からの使者や命令も降りた形跡がない。
シクル・クナイブは、相変わらずバンギアのどこかに潜んだままで動きを見せない。ホープ・ストリートでは飽きもせず抗争をやっているが、バルゴ・ブルヌスのような組織が現れる気配もない。
そういうわけで、一か月の間に起こった事件は、ケチな窃盗が三件、ずさんな強盗未遂が一件。ドラゴンピープルを抜いた各種族の根性なしが十人断罪され、死者はゼロ。久しぶりに、断罪文言で本当に銃を捨てる奴を見た。
俺達に勝つ自信があって、挑んでくるような連中以外の犯罪は、島中に放たれたギニョルの使い魔と、パトロールで大抵抑止できる。それでも起こる突発的なものには、勤務中の奴らが行って断罪すれば済む日々だった。
そういうわけで、時間外の呼び出しが起きにくい。
まとめると、俺とユエが二人とも休みの日に、対戦ゲームをやっていても問題ないというわけだ。
ユエの部屋にあるのは、アグロスから取り寄せた、40インチの液晶テレビ。2メートルほど離れて、俺は床、ユエはソファに座って画面をにらみコントローラーを握る。
二年前に発売したらしいゲームは、FPSの一種だ。西部開拓時代の町を歩き回りながら、銃弾や武器を拾ってお互いを撃ち合う。
最初はユエも持っているピースメーカーだけだが、レバーアクションのショットガンとか、ライフル、点火式の手投げダイナマイト、選んだステージによっては、手回し式ガトリングガンのように物騒なのもある。
俺とユエは、NPCも交えた合計二十人のガンマンと共に、駅のある町で都合三回、時間にして一時間にも及ぶ銃撃戦を繰り広げていた。
慣れない俺はというと、ユエどころか、NPCにまでやられてしまう始末で、すでにタイムマッチでの敗北は確定している。
だが、とうとう一矢報いるチャンスが来た。何十回も殺されたが、当たればほぼ即死のショットガンを拾って、ユエの操る黒衣のガンマンを追いかけていた。
狙いも適当に連射すると、守りに来たNPCが次々に溶けるように死ぬ。現実と違って、連中は平気で射線に身体をさらすから当てやすい。
「もうちょっとだ、ほら、ステージの端だぞ!」
駅に追い詰めた。画面上では線路が続くが、それ以上は進めない。現実と違って逃げ続けることはできないのだ。
俺のキャラの体力は満タン。現実のユエ相手なら無防備過ぎる攻撃だが、ゲームの仕様上、ピースメーカー数発じゃ死なない。すでにキルカウントは酷いバランスになっているが、一矢報いるだけでいい。
「きゃー、やばいやばい」
棒読み口調じゃねえか。余裕なのが腹立つ。そりゃ制限時間はもう少しだし、キルカウントで圧勝されてる。まあいい、これで確実にキル一つ。
「あ」
突然操作が中断された。切り替わったカメラは、俺のガンマンがやってきた蒸気機関車に跳ねられ、無残にも線路脇に倒れるのを映した。血とかが出てないのは、残虐表現規制の関係だろうか。元々メリゴンのゲームらしい。
結局そのまま時間は終了。これで、俺の十二戦十一敗だ。この上なくアホな死に方をしてしまった。
「えへへ、残念だったねえ」
「まじかよ……」
なんなんだこのステージギミックは。ギャグか。ユエに付き合って、色々と西部劇映画を見せられたが、機関車に跳ねられて死んだ奴は一度として見た覚えがないぞ。
列車強盗の映画とかでもある通り、できたばかりの蒸気機関車には、馬でも追いつけたらしい。それに跳ねられるとは。
「まあ、気にしないでよ。なんか飲み物作ろっか?」
負けに負けた俺の仏頂面を察したのか、ユエが立ち上がり、俺を見下ろして小首をかしげる。
媚びるような微笑みに余計腹は立った。
しかし、まだわずかに濡れた、匂い立つような金色の髪と、シャツの向こうで青い下着に包まれた豊満なバスト、それにホットパンツで覆われたヒップ、さらには肉付きのいい真っ白な太股。
精神が23歳で、肉体が16歳の俺には、怒りを忘れさせるのに十分だ。
「ああ、よければ頼む」
「……りょーかーい」
精一杯真面目な顔で誤魔化す俺に、ちょっとした流し目をくれると、ユエはキッチンへ向かっていった。
本当にそういう経験がないのか、あいつは。
いっそのこと、とは思ったが、本当に居なくなったはずの流煌の姿が思い出されてしまって、俺はため息を吐いた。
頭を冷やそう。
「煙草吸ってくるぜ」
「カクテルできたら、言うね」
携帯灰皿とライター、それにラッキーストライクを持って、俺はコンテナを出た。
フィクスが断罪されてから、特にお互い何も言わないまま、肉体関係のない同棲生活が続いている。かれこれ一か月と数日になるか。ちょっと雰囲気が変わりそうになると、間が持たなくなって、俺の方が逃げるようにべつのことを始めるというやりとりがちょくちょくある。
体が強張ってしまうのだ。
未練と呼んでいいのだろうか。
流煌であったフィクスを撃ち、俺を救ったユエ。
複雑な感情が、素直な行動を何度も邪魔している。
肺に充満した煙は、もやもやを包んだように、星の見えない曇天に向かって立ち上っていく。
「はあ……」
ため息まで吐いてしまった。悩んでも答えは出ないというのに。
ユエ。末っ子とはいえ、バンギア唯一の国の姫。
同じ断罪者ながら、射撃の腕は俺をはるかに上回り、恐らく事務処理の能力も段違いに高い。
流煌のように、俺より優れた女。
俺のために、俺を守って、俺を置いていきそうな女。
流煌が目の前で奪われたとき、フィクスが目の前で死んだとき。
また、取り残されるかも知れない。
胸の奥をナイフでえぐられるような痛みが蘇ってくる。
女々しいものだ。笑えるくらいに。
「騎士くーん、ブラディマリーできたよー」
中から呼ばれて煙草を灰皿に移す。
トマトのカクテルか。そういや晩飯には、アサリのトマトパスタを作ったんだった。ザベルの腕には敵わないが、俺にユエと流煌に勝るものがあるとしたら、料理くらいに違いない。
そう、思いつめることもないか。
気分を切り替え、コンテナに戻ろうとしたときだった。
背後に魔力の気配を感じた。フリスベルが現象魔法を使うときに似ているが、もっと大規模で、とりとめがないというか。一言でいえば、雑な感じだ。
「ユエ、誰かが魔法を」
俺がそう言うのと、ユエが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
魔力不能者で、魔力の感知は全くできないはずなのだが。
俺の言葉を聞くまでもない。目の前にある、静まり返ったホープレス・ストリートの暗がりめがけて、取り出したピースメーカーの引き金を引く。
暗闇の中に、銃火の灯が閃く。いつの間に身にまとったのか、銃が必要な事態まで予測したのか。相変わらず凄腕。
「う、うわっ」
男の悲鳴だった。同時に、俺の目にはマンションの屋上で、魔力を帯びた杖らしき何かが折れ、光が散るのが見えた。
追いかけようとした瞬間、曇天の空から突然稲光が走り、コンテナ脇の街路樹が焼け焦げながら倒れた。現象魔法が失敗して、半端な魔力で魔法が発動されたのだ。
稲妻の魔法とは、殺意が高い。コンテナを直撃されてたら、やばかった。
「殺人未遂だね、騎士くん!」
「あ、ああ」
ためらわずに駆け出すユエを追って、マンションを目指す。
バルゴ・ブルヌス崩壊の影響か、ホープレス・ストリートといえども断罪に踏み込めるようになってきている。とりわけ、ゴブリンが眠る夜は、以前クレールと踏み込んだときほどの危険はない。
しかし、コートもポンチョもなくとは。ユエを信じるか。
ユエの銃撃でフェンスゲートの鎖を破壊し、階段を駆け上ること数分。特に障害もなく屋上に着いた。
相手は逃げることすらしていなかった。壊れた杖を支えにして、足を引きずり手すりによりかかっている。
フードのついた白いローブで、すっぽりと体を覆っている。足を撃たれて負傷したのだろう、血がにじんでいた。
腕がいいのか悪いのか分からない。煙草を吸いに出なければ、俺達のほうが負けていたのに。
「動かないで……」
「ま、待て、おれだ、殺さないでくれユエ」
そう言って、フードを外した男は、ユエと同じ金髪だが、鳶色の瞳をしていた。
造詣はなかなか優れているが、切れ長の目が冷たい印象を与える。
ユエの知り合いってことは、ヴィレのような裏の仕事人の類だろうか。命乞いとは随分情けない。
油断なく銃を構えながらも、ユエは目を見開いた。
「……クオン兄さま」
兄貴だと。そういや、ユエは末っ子だった。王の娘というくらいだから、あのマヤ以外に兄や姉が居ても不思議じゃない。
だがこいつは、俺が気づかなきゃ、コンテナごと俺達を稲妻で撃ち抜いていたはずだ。実の妹のユエすら手にかけるつもりだったことになる。
痛みをこらえつつ、媚びるような微笑みを浮かべるクオン。殺そうとしておいて、『助けてください』か。
こいつがなんのつもりで俺達を狙ったのか。王族同士が殺し合う、どういう事情がユエの祖国にあるのか。
なかなか、厄介な事件が始まりそうだ。
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