30風に流れる花

 巨海樹からは、再び木の実の戦士が次々と生まれる。


 さらに悪いことに、フェイロンド達がアグロス人に植え付けたヤドリギが、発動し始めていた。


 下の自衛軍とバンギアの混成部隊は、橋から橋頭保まで攻め寄せ、巨海樹の下で休息していたらしい。


 軽装甲機動車が七。九六式走輪装甲車が六。七四式戦車が三、九十式戦車が二台。それに搭乗員と随伴の兵員で、大体二百名程度がこの場所まで進んできていたのだが。


「小隊長、あ、があああ」


「佐々木! 桑原! や、やめろ、うわぁああ」


 どしゃ。佐々木と呼ばれた大木の怪物が、小隊長らしい兵士を踏みつぶした。


 叫び声と銃声に、軽装甲機動車や、七四式戦車の黒炎が混じっている。ヤドリギを付けられた者と、そうでない者、日ノ本が最悪の事態を想定して送り込んだ自衛軍は壊乱状態だった。


 さっき言った戦闘車両も、半分がすでに破壊され、木のみの戦士が埋め尽くすように襲い掛かってきて、身動きが取れていなかった。


 そこに、テーブルズの連中も加わって、乱戦になっている。

 態勢は乱され、退路も切り開けぬまま、ごちゃごちゃの乱闘が続いていた。


 あの紛争を思い出させる地獄に、思わず震えた俺の手を、ユエが握った。


「騎士くん、行こう。一人でも助けよう」


「ああ」


 断罪者になる前から、ユエは凄惨に慣れている。

 俺だってもう、流煌を失った頃の俺ではない。


 悪魔姿のギニョルが瘴気を吐きだして、号令する。


「スレイン、中央に皆を下ろし、橋までの血路を開け!」


「任された!」


 砂塵と残骸を吹き飛ばし、スレインが降下する。すでにほかのドラゴンピープルは、ほうぼうに散って襲ってくる木の実の戦士に猛然と攻撃を仕掛けている。


 俺達がスレインを降りると、ギニョルも降下してきた。人間の姿に戻って叫ぶ。


「騎士、ガドゥは機銃を探して援護をかけろ。ユエは残りの者をまとめて円陣を作らせろ。クレールもスレインと同道せい! 魔法を仕掛けて来る者を撃て!」


 散開し、駆けていく俺とガドゥ。


 ホイールに木の実の戦士がはさまって動けない96式走輪装甲車を見つけると、上部に飛び乗る。巨獣の牙にやられて冷たくなった兵士が居たが、屋根の重機関銃は無事だった。


 一応操縦席を見てみたが、中はもぬけの殻だった。駄目だとみて放棄したか。


「騎士、いいな、行くぞ!」


「やれよ!」


 俺が給弾ベルトを整えると、ガドゥがM2重機関銃を撃ち始めた。


 標的は、兵士から変化して仲間を踏みつぶし、現象魔法の呪文を唱えようとしていた巨木の怪物。大口径の弾丸が幹の顔に次々と降り注ぎ、原型をとどめなくなったところに、スレインの灰喰らいが叩き折った。


 だがここは、巨海樹の樹冠の下でもある。周囲には、さらに木の実の戦士が落下し、十体ほどが取り囲んでくる。


「おい! 来てるぜ」


「分かってるよ!」


 M97が獰猛にうなり、12ゲージの散弾を吐き出す。五体を吹っ飛ばしたが、もう五体が猛然と這いあがってきやがる。


「くそっ!」


「寄るんじゃねえよ!」


 俺は銃剣、ガドゥは肩のAKのライフル弾を浴びせかけ、なんとか撃退した。


 下では、ユエが指揮官たちをまとめていた。内輪もめになるかと思ったが、さすがにこの状況が分からない奴は居らず、素直に兵士をまとめている。


 自衛軍が日ノ本からどういう命令を受けているのかは知らんが、もはや島の制圧どころではない。


 スレインが火を吐き、灰喰らいを振るって、巨獣と木の実の戦士をまとめて撫で斬りにする。

 その肩では、クレールがM1を構えて、こちらに現象魔法をかけようとする、シクル・クナイブの生き残りたちを次々と撃ち抜く。


 ギニョルは自衛軍もバンギア人も区別なく、回復の操身魔法を施していく。


 見れば、狭山達も、レグリムやニヴィアノも、全員それぞれに必死に生き残ろうともがいていた。


 政治や法や文化や紛争、様々に分断されていた全員が、ここに来て生きるために必死にまとまったのだ。


 だがそれでも、森を止めることはできなかった。


 反攻から十分もせずに、巨海樹はさらに成長する。アスファルトを貫通し、ビルが生えるような勢いで別の幹が現れ、敵を増やしていく。


「くそっ、銃身が焼けちまった!」


 悪態をついて、座席に迫ってくる木の実の戦士にナイフを繰り出すガドゥ。


「弾ももうねえぜ!」


 俺も銃剣で木の実の戦士の首元を薙ぎつつ叫んだ。給弾ベルトでつながった木箱は空だ。


 ユエは確かに兵をまとめて円陣を作ったし、スレイン達ドラゴンピープルも突破口を開こうと必死だ。


 だが、前者は増えた敵に囲まれてじりじりと狭められ、後者も生えて来た巨木が後続を分断、いまや囲まれちまってる。


 いいことといえば、魔法を使おうとしたシクル・クナイブが全員クレールに撃たれて死んだか魔錠をかけられて、円陣の中央に居るくらいか。


 びきびきと割れるような音がして、頭上の樹冠はさらに成長し空を閉ざしていく。遠くでは呪わしい巨大な木の実に次々と魔力が集中している所だ。


「やっぱり駄目なのかよ、フリスベル……」


 ここはエルフの森になり、俺達はその養分になっちまうのか。あいつはフェイロンドと一緒にその象徴の木になっちまうのか。


 断罪者として戦うより、美しい森のエルフであることを、あいつは望むのか。


「馬鹿を言うでないわ! わしらがあやつを信じずにどうするか!」


「ギニョル……」


 下から這い上がってきたのは人間姿の方。木の実の戦士にやられたか、ローブの肩が激しく裂けて、白い肌に傷がある。その手で重たい重機関銃の弾をつかんできたのか。


「M2の弾じゃ。替えの銃身は車内にあると、吸血鬼が聞きだした。諦めるでないぞ、断罪者は死地など選ばぬ」


「そうだな……」


 木箱をひっくり返し、薬莢を捨ててギニョルの持ってきた弾薬をセットする。ガドゥは操縦席に入り込み、替えの銃身と工具を持って出て来た。


「確かに修羅場はたくさんくぐってきたっけな……熱っ! このやろう」


 皮手袋で無理やり火傷を抑え、銃身を交換するガドゥ。


 兵士達と共に、的確な銃撃で木の実の戦士を撃ち抜くユエ。

 スレインの灰喰らいが、現れた巨木を切り倒し、再び俺達との道を開く。


 這い上ってきたムカデが、あごを広げて襲ってくる。ギニョルの白い背に牙が食い込むかと思った瞬間、ムカデの頭部が吹っ飛んだ。


 クレールがスレインの右肩でM1ガーランドを構えている。


 まだみんな、諦めてなんかない。逃げることなんてできるはずがないのだ。


 体勢を整えた俺達は、疲弊しながらもさらに数分戦い続けた。


 だが巨海樹も成長を止めることはなく、結局再び追い詰められる。


 もはやこれまでと思ったそのとき、ギニョルが巨海樹を眺めた。


 木の実の戦士や、ヤドリギで変わった兵士達も動きを止める。巨獣や虫も静止した。


 魔力不能者のはずのユエや狭山達までもが、武器を下ろして巨海樹を見上げる。


 魔力が変化している。凶暴に成長しようとしていた膨大な流れが止まり、穏やかでなぜかとても、心地がいい。


 戦場が、完全に静止している。その場の誰もが、ただただ巨海樹を眺める中、その変化は始まった。


「あ、花だ。花が咲いた!」


 ニヴィアノの言う通り、壁のような幹の途中に、青く可憐な花が咲き始める。それはすぐに木の幹全体に広がっていく。


「あっちも、こっちもだ!」


 誰の声かも分からないが、確かに幹のあちこちで、赤やピンク、黄色の目にも鮮やかな花々が咲き誇る。


「なあ、騎士、ギニョル、上もだぜ」


 呆然と見上げるガドゥの言う通り、樹冠を埋め尽くすおぞましい緑色が、鮮やかな虹のような色に変わっていく。


 花は巨海樹の外にも広がる。つき出て来た新たな樹もまた、幹と枝の区別なく、色とりどりの可憐な花々で埋め尽くされていく。


 ヤドリギで変化した大木たち、また、獰猛だった木の実の戦士たちまでが、戦いを放棄して全身に花を咲かせていく。


 禍神のときとは、別の意味でわが目を疑う光景だった。巨海樹に支配されたはずのポート・ノゾミが、みるみる内に美しい花々に埋め尽くされていくのだ。


 橋頭保にホープ・ストリート、ホープレス・ストリート、マーケットノゾミ。


 巨海樹の成長で人が逃げ出した島の全てに、目にも鮮やかで可憐な花々が咲き誇る光景。欲望に塗れたこの島を、不可思議な自然の神が浄化している様にさえ思える。


「あの娘が、やったんだ。”軽やかな鈴の音の娘”が」


 嘆息するレグリム。果たして、供物となって巨海樹に入り込んだ断罪者は、とうとう自身の宿願を叶えたらしい。

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