70魔錠が下りる
マロホシの魔力らしきものが、急速に追いやられていくのが分かる。
俺はガドゥと目を合わせた。現れたギニョルたちが見つめる方向、階段の階上。
魔力が途切れていく。俺とガドゥはほぼ同時に撃った。
「うッ……」
くぐもったような声。階段の手すり脇にマロホシが現れた。今度は生身。腹と腕から血を流している。
食いしばった唇、千切れかけた耳が尖っている。よく見ると、階段のコンクリートが不自然に隆起し、その体を守っていた。
ギニョルに追いやられ、自分の体に戻らざるを得なくなるとなった瞬間。エルフになって現象魔法で壁を作ったのか。
さすがというか、しぶといというか。追い詰められても大したものだ。
しかし、こんな行動は。守勢に立たされていることを自白したようなものだろう。
無事な右手が懐に入る。取り出した銃が指ごとはじけた。
『……諦めよ。わしには感じられる』
ギニョルの一人がエアウェイトを構えていた。俺やガドゥより早い。物質になっても射撃の腕も早さも衰えなかった。
マロホシが人差し指のとんだ手を見つめる。噛み締めた唇から血がにじんでいる。
敗北だな。掛け値なしの天才にとって、今までで初めての。
『そなたの魔力が散っていくぞ。それに』
銃を持っていないギニョルが、廊下側を振り向く。
外か。何が起こっているんだ。俺とガドゥが振り向けば、壊れた窓の外に変化があった。
銃声や爆発、魔法が巻き起こっているのには変わりがない。
だがそれが、このノイキンドゥへと近づいてくるのだ。
ホープ・ストリート、マーケット・ノゾミ、ポート・キャンプ、警察署前の大通り。あちこちからこのノイキンドゥへと向かって、銃撃の音と爆発、魔力のほとばしりが迫ってくる。
まさか。俺は、ほんの一分前にクレールが命と引き換えにして発動した蝕心魔法を思い出した。
『騎士、ガドゥ、行って見てみよ。マロホシはここだけじゃ』
見張っているギニョルに言われるまま、俺たちは窓際に駆けだし、身を乗り出した。
枯れた大木を守るように、スレインが陣取り、その背中でユエが射撃を繰り返している。スレインはあちこち鱗がはがれ、牙も二本折れている。ユエは左手を撃たれたのか動かないらしい。
一目で分かる劣勢。だが。
「あっ!」
俺は息を呑んだ。二人を追い詰めるGSUMの連中が背後から撃たれたのだ。
さっき見たものの再現のようだ。無数の車両がノイキンドゥのあちこちに踏み込んでくる。
ビル入り口に断罪者を追い込み、包囲していたGSUMの者たち。思い思い遮蔽物を使い、ユエ達を追い込んでいた連中が、背後から降り注ぐ銃弾と魔法で、総崩れになっていく。
特務騎士団の者たちがいる。ワジグル達エルフがいる。ララやマヤ、クオンたち、アキノ家の元王族もいる。
そして、何より。さっき見なかった者たち。人間、ゴブリン、エルフ、悪魔、吸血鬼にドラゴンピープル。
立ち上がったこの島の住人達がだ。
「騎士、これって、やっぱり」
「そうだよ。クレールのやつがやったんだ! キズアトの奴にやられた連中の心を、呼び戻してくれたんだよ!」
乱暴にガドゥの肩を叩く。
クレールが使った最後の蝕心魔法。キズアトに心を覗かれ、その囁きで悪に堕とされかけた者たちすべてに、断罪者の戦いと彼ら自身の温かい思い出を呼び起こした。
紛争を彩った残虐な欲望に、希望を求める住人達の心が勝ったのだ。
ノイキンドゥ以外の銃声が止んだ。いかに、四百ものなりそこないといえども。六万が団結すれば、問題にならない。俺たちがマロホシを追いかける間に、力を合わせた住人達に殲滅されてしまったのだ。
ときの声が、あちこちから沸き起こり、ノイキンドゥを埋め尽くしていく。もうマロホシ達の味方はわずかだった。銃撃され、魔法を受け、倒れる者、戦闘不能に陥る者。
『助けてくれ』、『降伏する』、『許してくれ』。
月と星を追いかける強者だったはずの連中は、戦意を完全に喪失。誰一人、上階で追い詰められたマロホシ達のことを叫ぶ者はなかった。
魔錠がかけられていく。ユエや、議員の長達、断罪助手たちが、雑草を引き抜くようにGSUMの幹部や構成員を捕らえていく。中には断罪法違反の嫌疑で、顔を覚えている奴らも居た。巧妙に断罪から逃れていたが、まとめて、断罪者を殺そうとした現行犯だ。
『クレール、フリスベル、お主らも見ておるな。GSUMの終わりじゃ』
ギニョルが感慨深げにつぶやく。
二人に、見せてやりたかった。
バルゴ・ブルヌス、アキノ家の王党派、日ノ本にシクル・クナイブ、自衛軍。どんな組織が倒れても、GSUMだけはあらゆる断罪を生き残った。最後には、テーブルズの議員たちを引きずり降ろし、選挙によって断罪者の手綱を握ろうとさえした、GSUM。
島で起こるあらゆる法の破壊の裏で、巧妙に糸を引いてきた組織が、事実上断罪者と島に負けた瞬間だった。
かみしめた唇から、また血が流れる。ひびの入った眼鏡、乱れた髪、傷を負って破れたスカートとタイツ。無理やり編み出した新しい魔法もギニョルによって解き明かされている。
いまや、マロホシは完全な敗者といえる。
『騎士、こやつには、そなたが魔錠をかけよ』
「……ああ」
コートから取り出した、ずしりと重い法の枷。
七年前のあの日、キズアトが流煌を奪い、このマロホシが俺の体を変えた。
アグロスとバンギア。二つの世界と人々は混ざり合い、憎しみあい、さんざんに傷つけあってきた。
法と正義の破壊を始めた者に、ようやくその手が届くのだ。
階段を上る。マロホシの下に辿り着く。いつかの逆のように思える。しゃがみこんで、立ち上がる気力もなさそうだ。
「GSUM首魁、通称“マロホシ”こと、悪魔ゾズ・オーロ。断罪者、丹沢騎士の名において、お前を断罪する」
マロホシは俺をにらんだ。だが、もう状況は覆らない。指を失った左手を差し出してきた。
無数の命をもてあそび、奪った手。また、その優れた技術によって、スレインを含めた無数の命をも救ってきた手。俺を、下僕半へと変えた手。
音が止まった様だった。ガドゥの作った魔錠の落ちる、かちりという音が、がらんどうのビル内に響いた。
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