21藪の中に


 三呂市は変わった地形をしている。人口百五十万だから都市化はそれなりだが、発展がいびつなのだ。


 オフィス街やタワーマンション、三呂駅を抱えた最も都市化しているエリアが中央区。ここは海に面しているが、北側に高い山々が迫って平地の面積は狭い。

 この区がポート・ノゾミとつながっている。同じ人工島でアグロスに残ったアイランド・サンロもこの区にある。臨海工業地帯というやつだ。


 隣の東区には、落ち着いた雰囲気の高級住宅街がある。あの遊佐の家もここだ。こちらは比較的広く、山もなだらかで住みやすい。海にも面していて、夜魔ふとうと工場地帯がある。


 今から俺が向かう北区は、もっとも辺ぴな場所といえる。


 中央区の北に広がる山の向こう。国道や県道にそって、斜面を切り開いた住宅街こそあるが、マンションやビルのような高い建物はほとんどない。北区は山と合間にある谷、わずかに広がる盆地で構成されている。中学生のとき社会の自由研究で産業を調べたら、酒米や果物を育てる専業農家があって驚いたものだ。


 問題の住所はその北区でもさらに北東の端。本来なら県道で北隣の市とつながっていたはずの峠だった。


 『はず』というのは、県道が途中で爆破、寸断されているからだ。

 やったのは日ノ本だ。日ノ本はバンギアの者達が来るのを三呂市までに制限している。列車や特定の高速道路、国道に検問を設けたため、そこ意外の道路を使えなくする必要があった。


 つまりこの県道はここから数百メートル先で生き止まり。民家や田んぼは、峠のはるか下にあったきりだ。


「じゃあ、ここはなんなんだって話だよな……」


 二車線道路を向かって右側。ガードレールの切れ目から先に土と石の道が続いている。


 道は県道から十メートルくらいで鉄柵に閉ざされており、脇には角田肥料と書かれた看板がさびついて転がっていた。


 俺はバイクで近づいてみる。門の前に停車して辺りを見回す。


「ふうん」


 見た目は確かに廃業した会社の跡地だ。しかし門の下には新しいわだちがあり、扉の南京錠も最近取り換えられている。


 新しい所有者が決まって、手入れか下見に来たのだろうか。


 その可能性もあるが、二年前の画像で無人だったはずのこの場所。何かの動きがあれば裕也の調べに引っかかっているはずだ。逃走してきた狙撃犯か、はたまた別の犯罪か。バンギアの連中が不法に滞在しているとか。


 いきなり当たりくさいところを引いた。俺一人でどうにかなるだろうか。

 今は使い魔もいない。もし向こうが準備万端でこちらを待ち受けていたら。


 不吉な考えはあったが、今から戻っていて逃げられては元も子もない。狙撃手を断罪できなければ、先輩がザベルのように殺される恐れすらあるのだ。


 あせりが俺の体を動かした。


 断罪者のコートをはおると、魔錠を腰に、ショットシェルを入れたガンベルトも巻く。バッグからショットガンを取り出してシェルチューブに散弾を込める。暴発が怖いから装填はまだだ。


 鉄門を見つめる。徒歩なら門の脇から通れるが、バイクでは門を開ける必要がある。


 どうするか。やはりいざというときの足はいる。


「日ノ本じゃ、犯罪になるよな」


 ぶつぶつ言いながら、バッグから用意しておいた金のこを取り出す。

 鎖に当ててこする。それほど頑丈でないらしく、無事に切れた。


 鉄門を押してバイクが通れるほどの隙間を確保。油が差してあるらしく、きしむ音もしない。ありがたいが、ますます何かあるということだ。


 門の奥には自動車一台幅の道。先は左にカーブして木の向こうに消えている。


「行くか……」


 バイクに戻ると発進させる。


 曲がり角の先は、肥料置き場らしい場所だった。木を切り開いて地ならしをして、コンクリート製の床に同じくコンクリートブロックの柵、鉄柱を立ててトタン屋根で覆った仮置き場だろう。


 もちろん肥料はない。鉄柱もさびて朽ち、穴の開いたトタン屋根は崩れかけていた。


 さびついたフォークリフトが停まっている。ぼろぼろの小さなプレハブ小屋もあるが、こちらも床の隅にほこりがたまり、事務机など役立ちそうなものは運び出され、雑草が侵食し始めている。


 つぶれた肥料会社の姿としては、これ以上ないくらい自然な姿だ。


 ここへ来た道以外は雑木林が広がるばかり。門から続いたわだちの跡も、ここまでで引き返している。


 俺はバイクを降りてみた。周囲を調べるが、見た目以上のものは見つかりそうにない。本当に不動産会社かなにかが、ただ見回りに来ただけなのだろうか。


「取り越し苦労ってやつか」


 考えてみれば見回りや南京錠の付け替えが、いちいちネットに載るはずもない。あの重機は搬入記録こそこの住所になっていたが、どこか別の場所に運ばれたのだろうか。


 空振りか。ただ、住所を偽装してまで重機を三呂に運び入れたことは確かなのだ。何らかの犯罪の臭いはまだある。


 それが果たして狙撃事件と関係があるのか。もしかしたら、狙撃手がアグロスに逃げたという俺の最初の見立てが間違っていたのではないか。


 まんまと出し抜かれている間に、連中は祐紀先輩をザベルのように暗殺して――。


 嫌な予感を払うために、俺は煙草を取り出した。ため息を吐いて火を付ける。


 子供もできるしいい加減やめたいが、生憎とまだポート・ノゾミにたばこ税なんて気の利いたものはない。アルコール度数の高いアグロスの酒と並んで、たばこは相変わらず嗜好品の王様だ。


 一服して煙を吐いて気が付く。携帯灰皿を忘れた。

 こんなところに灰皿なんてあるわけがない。


 俺はため息を吐くと、吸い殻を落とし、踏んでもみ消す。冷たくなったら拾って持ち帰るつもりだった。


「あれ?」


 足元に違和感があった。土の感触がおかしい。コンクリートみたいに硬い。

 火の消えた吸い殻をポケットにしまうと、バッグからショットガン用の銃剣を取り出す。しゃがみこみ、根元のソケットで叩いてみる。


 見た目は土なのに、岩のような感触と音。

 力を入れて叩きつけると、土がぱきりと割れた。


 どけてみると、水を含んだ柔らかい泥質が現れる。手は汚れるが、割れ目から岩のような土をめくっていく。広い範囲がこの不自然な土に覆われていた。


「こりゃあ、わだちの跡か。でかいな」


 中型以上のトラックのもの、それもかなり深く沈みこんでいる。重機か同じくらい重たい何かがここまで運び込まれた証拠だ。


 この土と岩の中間のものを拾い上げる。わずかに何かを感じる。


「魔力……」


 下僕半の身だからこそ感じる不思議な感覚。フリスベルかギニョルが居ればもっと簡単に見破っただろう。


 この土と岩の中間のものは、現象魔法で作られている。わだちを偽装するために何者かが魔法を使ったのだ。


 怪しい住所に重機を運び、しかもその痕跡を現象魔法で隠している。

 俺は偶然見つけたが、魔力の読めない奴では発見も難しい。


 とんでもないへまをやらかすところだった。


 立ち上がって周囲を確認する。隠していたということは、ここに運び込んだことを知られたくないということだ。誰から、追ってくる可能性のある者――俺のような断罪者から。


 周囲に広がる雑木林を調べる。近づいてよく見てみると、木の生え方が不自然な場所がある。

 種類、成長の度合いは同じ。今は秋で紅葉も同じように進んでいる。一見ただの林だが、ほかの雑木と違って、虫に食われた跡や風での枝折れがほとんどない。


 そんな林が、トラックでも通れそうななだらかな広い斜面に沿って続いているのだ。まるでここまで来た道が行き止まらずにそのまま続いているかのように。


 じっと林を見つめる。やはり、うっすらとだが魔力を感じる。雑木に紛れ込ませるかたちで、この先へ進む道を隠してあるのだろう。


 地図アプリには魔力が映らないし、衛星写真ではただの森にしか見えないはずだ。ほんの最近魔力に目覚めたアグロスの住人では感知も難しいに違いない。俺もよく調べてやっと見つけたくらいだ。


 木のせいでバイクは進めない。降りて林に入り込む。


 歩いてみて分かった。ここは道だ。足元に落ち葉が積もっているし、木の根もまわっているが、少しどかせば地面そのものは平べったく安定している。

 幅も広い。重機を載せたトラックだって安全に通れるだろう。自然にできた山の中腹にこんな都合のいい斜面は考えにくい。


 数分歩いた。二百メートルくらい進んだだろうか。頭上は木に覆われているが、相変わらず魔力を帯びた道が続く。

 ただ周囲の地形は変わってきた。俺が歩いている道の右はきつい崖。左に外れれば、傾斜の激しい岩場が二十メートルほど続き、下に渓流が流れている。川幅は十メートルくらいだが、水は濃い青色だから相当深いのだろう。


 林の道は相変わらず続く。進んでいくと二十メートルほど先に明かりが見えた。時刻はすでに三時過ぎ。雑木林は薄暗い。山の端に引っかかって揺らいでいるが、確かに太陽の光だ。


 自然と足早になる。正体を確かめたいのと閉鎖された森をとっとと出たい。

 あせりが油断を生んだ。


 何か糸のようなものを引っかけた。

 そう思った直後。足元がからころとけたたましい音を立てる。


 この糸、空き缶が結び付けられている。侵入者用の鳴子だ。最悪のへまをしちまった。


 ショットガンを抱えて地面に伏せる。敵はどこで狙っている。


 てっきりすぐに撃たれるか、鳴子そのものにトラップがあって即死かと思ったが。


 静寂。林を出た先には、三階建てのコンクリート造りの廃墟がある。あそこの存在を隠していたのだろう。


 風がざわざわと木々を揺らしていく。立ち上がって様子を見るかと思ったそのときだ。


「動かないで」


 後頭部に冷たい感触。銃口だ。まだ高い少女の声。


 小さなローファーが目の前に現れる。額にも銃口が当たる。


「変なコスプレのお兄さんですわね」


 女のローエルフ、いや、耳がとがってないし髪も黒い。

 しゃがみこんで俺を見降ろしている。手にしているのはコルトのベスト・ポケットか。


 一体こいつら何なんだ。とにもかくにも、命の危機に踏み込んじまったのは確かだ。

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