34不気味な胎動

 ララの足元を砂がとりまく。対するニノはウィンチェスターライフルのトリガーアームを引き、次の.44-40ウィンチェスター弾を装填した。銃口の先は胸元、容赦がない。クオンの方も、かざした杖に赤い魔力を集めている。火の玉でも作り出してぶつけるつもりに違いない。


 高まる緊張感の中、ララの砂が沸き上がった瞬間だった。


 ニノのライフルが火を噴き、弾丸を砂の壁が受け止める。ララは砂を柱のように固めて、弾丸を縦に受けた。幅五十センチ、縦一メートルほどの塊は、さすがに弾丸でも貫き切れない。


 だが次を装填する間に、クオンの方が現象魔法を発動する。


『コーム・フィレル・ヴァル!』


 かざした杖からほとばしる魔力は、ララの足元から炎の壁となって突き上げた。


 前髪が焦げそうなほどの温度だ。マヤの屋敷の廊下の幅、ざっと五メートル、天井まで七メートルが、一瞬にして炎の壁で覆われてしまった。


 眼球が焼け付いてくらんでしまいそうだ。目の前で鉄板の鋳造でもやってるみたいだ。こんなものが、砂で防げるはずがない。


 体を起こし、ようやく人心地ついた俺の手元。指先をくすぐるのはギニョルの使い魔のひげだ。


『すさまじい魔力じゃな。やはりアキノ家は特異なものじゃ』


「エルフの方が人間より凄いんじゃねえのか」


『エルフが人間より魔法に優れるというのは、種族を平均した素質においてじゃ。人間にはユエのような魔力不能者が現れる一方で、アキノ家に代表される、エルフを軽く上回るほどの素養を持った者も現れる。数は少ないから、エルフ全体と人間全体をくらべても、問題にならんがな』


 なるほど。人間にはばらつきが大きいってわけか。誤差みたいなもんだろうか。


『ところで騎士よ、投げ輪は得意じゃったな?』


「得意っていうか、まあ、当てようと思えばってだけだけど」


 フェイロンドの手に小石をぶつけてやったときのことを思い出す。確かに、銃で狙うより投てき武器の方が得意かも知れない。


『結構。では準備しておけ。ララもエルフと渡り合える奴じゃ』


 そう言って、ギニョルは使い魔との通信を切った。残されたねずみは、炎の壁を後目に、ニノとクオンの向こうへと走り去っていく。


 なんだっていうんだ。ララったって、鉄が溶けそうな激しい炎を食らってる。あの砂も動いていないし、もう骨も残らず燃え尽きていそうなものだが。


 とはいえギニョルの勘は当たるのだ。それに、一筋縄で行かない奴なのは重々分かっている。


 また指先に感覚がある。ねずみが小さな手に金属の輪を抱えて戻ってきた。


「魔錠じゃねえか」


 誰のかは分からないが、こいつが必要になるってことは。


『カウンタ・ラクト』


 初めて聞くララの呪文。燃え盛っていた炎の壁が、一瞬にして消失した。

 現れたのは、スカートの裾に焦げ跡すらないララ・アキノその人だ。


「馬鹿な。姉さまも、抗呪を……」


 クオンが唇を噛み締める。これは恐らく、ゴドーの奴が得意とするという現象魔法を打ち消す現象魔法だ。ララも使えるということは、弟のこいつでも知らなかったのだろう。


 砂がララの足元で動く。細長く太く固まって、形成したのは俺達全部を薙ぎ払うほどの大鎌だ。


「くっ……!」


 させじとニノがウィンチェスターの引き金に手をかけるが、それ以上動かせない。


「内部機構に砂を噛ませました。弟と死になさい、魔力不能者」


 砂の大鎌が薙ぎ払いにかかる。銃身を詰まらせて暴発で殺すこともできたのだろうが、よほど自分の手で処刑したいらしい。


 頭に来ているのだろう。だがそれは、完全に無視された俺もだ。


 ララの視線は武器もなく魔法も使えない俺から外れている。


 ギニョルの言葉の意味が分かった。俺は指先で魔錠を引っかけて持ちあげると、人差し指に一周させてララめがけて投げつけた。


 チャクラムのように正確に飛んだ魔錠は、砂の大鎌を振るうララの細い手首に命中。かちりと音をさせて、見事に固定した。


 途端に砂はぱらぱらと床に崩れ落ちる。さすがにマヤやフリスベルの魔法すら封じる魔錠。強い魔力を持つララ・アキノでも、なす術はない。


「おのれ、下僕半……!」


 俺をにらみつけ、ドレスの腿をたくし上げる。足首から太股にかけての見事なラインを取り巻くガーターベルトに、コルトのベスト・ポケット。


 標的はこっちだ。距離5メートル、魔錠の投てきが当てられるくらいだ。.25ACP弾でも十分俺の頭をぶち抜いて殺せる。


 銃声。


 床に転がったのは、そのベスト・ポケットの方だった。


「王女様、なかなか早かったですよー。ユエさんには全然敵いませんけどー」


 こちらも裂けたドレスから見事な脚のラインをさらし、片膝立ちの姿勢でリボルバー拳銃、シングル・アクション・アーミーを構えたニノ。黒色火薬のガンスモークが銃口から上がっている。


 ライフルが使えないと見るや、腰の後ろのホルスターからSAAを抜いていたのだ。単純だが、ララの目からは影になっており、もう一丁の銃の存在に気づかれなかったのだろう。


 魔法も封じられ、隠していた銃も失った。

 逃走しようとするララだが、クオンが再び呪文を唱える。


『コーム・バイン!』


 ララの持っていた杖が襲う。ツタ状に変形して伸びたツルが、ララの胸元と手首を縛り上げ、足首も縛ってうつぶせに倒した。


 悔し気に横目を向くララの隣にしゃがみ込むと、俺は笑顔を作ってやった。


「へへ、てなわけで、こいつが人間の力ってやつさ。なあ、王女さん?」


 本気で腹が立ったらしく、ララはそれ以上何も言わない。


 一段落だが、さてこれからどうするか。


 それを考える暇は無かった。


 さっきの戦闘を聞きつけたか、ララが来たさらに奥の階段に、ローブと迷彩柄のバンダナを身に着けたバンギア人が現れたのだ。

 

 杖を持っているが、束帯で肩から吊るしているのは、AKに間違いない。

 クリフトップを占領した、ララの部下か。


 ニノは最も判断が早かった。俺やクオン、さらには敵が何か行動するより早く、ララのこめかみにSAAを突き付けたのだ。


「いい子だから、余計なことはしないでくださいー。見ての通り、ララさんはこちらが確保してますよー。捕虜交換はどうですかー?」


 さすがに、ディレやユエと共に紛争を戦い抜いた特務騎士。取引にも慣れている。

他方、今にもAKで掃射をかけそうな二人の兵士は、顔を見合わせる。


 ややあって、赤い髪の方が居丈高な調子で言った。


「お前達に、ララ様が捕らえられるはずが」


「何か言いましたかー?」


 ニノは魔錠がかかったララの手首を高々と掲げる。腹にSAAの銃口を押し付けられては、ララもなすがままだった。プライドも高いが、冷静な判断力を持っている。特務騎士に捕縛される恐ろしさは重々知っているのだ。自分の命は相当大事らしい。


「一分以内が条件ですよー。あなた達が捕らえている、ローエルフのフリスベルさんと、王女様のマヤ・アキノさんと、魔術師のデオさんを連れてきてくださいー。ちゃんと魔錠は外して、下にはガソリン入りの走輪装甲車をひとつお願いしますねー」


 逃走手段まで用意させるか。抜け目がない。


「捕虜交換は私達が城下町を出た所で行いますよー。それまでこの人は連れて行きますからねー」


 仮に車に細工して渡してきても、クリフトップから城下町の外まで走れば、ばれる。ララの命が惜しい連中は、歯噛みをして俺達を見守るしかないという寸法だ。


 俺達の動きを封じるつもりで来たであろうララの部下たちは、戸惑ったようになにやら相談している。


「もう十秒経ちましたよー。いいんですかー、エルフロック伯爵が目の前で死んじゃってもー」


 銃を突き付けられたララは、歯を食いしばって必死にうなずく。ここで死ぬつもりが無いということは分かっているのだ。話が早い。


 ララの命令を聞いたのか、二人のうち一人が引っ込み、やがて、ニノが要求した三人を連れて戻ってきた。


 フリスベル、マヤ、デオ。三人とも特に危害を加えられた様子はない。ゴドーもだが、軍紀は結構守ってくれたらしい。


『お前が行け、騎士。しっかり見張っておれ』


 肩からの声に見下ろすと、ねずみの目が紫に光っている。ギニョルか。


「ありがとよ」


 軽くなでると、ねずみは初めて俺の指先に鼻を押し付けてきた。まあ悪くない。


 兵士に連れられ、こちらにやってくる三人。クオンも居るし、魔法で作られた偽物ではないらしい。


 ちゃんと魔錠も外されているし、それぞれ杖も持っている。


 フリスベルは、マヤを支えるようにしてこちらにやって来た。


「騎士さん、ニノさんとクオンさんも、ご無事だったんですね。マヤさん、私達助かりますよ」


「ええ……」


 力なくうなずくマヤ。ゴドーに見せつけられた結果を、まだ受け止めきれていないのかも知れない。マヤが当初望んでいた、本国によるポート・ノゾミの同胞の支援は全て失敗に終わってしまったのだ。


 一方、デオはクオンに駆け寄ると、ひざをついて、その手を取った。


「クオン様、再びお会いできてよかった。あなたに何かあったら私は、二人にも申し訳が立たぬ所でした。脱出を果たしたらば、この私の残りの人生、あなた様と、ニノ殿のお二人にお捧げいたしましょう」


 ニノを勘定に入れているあたり、もう二人はそういうことなのかと思うが、クオンはまんざらでもないらしい。ためいきをついて頭をかく。


「よしてくれデオ。おれはもう、アキノを捨てるんだ。お前にかしずかれる理由はないぞ」


「何をおっしゃいます! 私にはあなたの人生の幸福を見届ける義務があります。この上はあなた方の行路を幸福に導くため、ここから先もお励みいたしましょう!」


 こういう奴を忠臣と呼ぶのだろうか。クオンは部下に恵まれている。


『再会の喜びは分かるが、長居は無用じゃぞ』


「ギニョルさん、来てたんですか」


『フリスベル。まずはお前を見つけられてよかった。ちと差し迫ったことがあっての。話は後じゃな? ニノ』


「ええ。悪魔さん、話しが分かりますねー」


 ギニョルに促されるまま、俺達は外に出ると、連中の用意した96式走輪装甲車に乗ることとなった。


 ララがため息を吐く。さぞ当てが外れた事だろう。



 操縦手はクオン。指揮者席に俺とねずみ。そして、銃撃手にニノ。

 フリスベル、マヤとララ、デオが車内だ。


 まだらに燃えたクリフトップの中央を、96式走輪装甲車が行く。

 

「では、その禍神という魔道具が、父さまの中にあるというのか。そうして、ゴドー兄さまが父さまを追い詰めることによって、それが発動すると」


『恐らくはな。ところでわしは悪魔じゃが、信じるのか、アキノの子せがれよ』


 腕を組んで目を光らせるねずみ。意地の悪い口調だ。紛争前、バンギアにおいて悪魔と人間の中は最悪だった。


 ハンドルを握り、前を見たままクオンが答える。


「にわかには信じられん。それにゴドー兄さまが出し抜かれるとは考えにくい。だがこうして、ララ姉さまがおれ達をとらえたのも事実だし、大陸のあちこちには魔力の分布が歪んだ場所があるのも、おれは知っている。信じるしかあるまい」


「だいぶ、頭が柔らかくなりましたねー。偉いですよー、王子様」


 ニノが微笑みながら、機関銃手の席から、手を伸ばしてクオンの髪をわしわしとなでる。今や子犬でも可愛がる勢いだ。


「……よせ」


 そうは言っても、振り払うことはしない。危ないからなのか。それとも。

 見せつけてくれやがる。少し意地の悪い気分になったのと、必要もあってギニョルに尋ねる。


「それでギニョル、俺達の方針は変わらないのか?」


『ああ。こうしてお前とフリスベルを無事に回収できてよかった。ユエは直接説得に行かねばならんが、禍神が出ようが出るまいが、断罪者は島への撤退を堅持する。冷たい様じゃが、わしらには命を賭してまで人間だけの国を守る義務はない』


「ギニョルさん、どういうことですか!」


 声を上げたのはフリスベルだ。大人一人が精いっぱいの狭い指揮者席、俺の胸元に小さな体で潜り込み、吐息が触れるほどの距離に顔を出してくる。ふわふわの金髪に、とがってるくせに柔らかい耳が鼻をくすぐってくる。


 妙に背徳的な、柔らかい匂いが鼻をつく。ローエルフは趣味じゃないはずなんだが、なかなかあなどれない。


 だが当のフリスベルは真剣そのもので、ねずみに向かってまくし立てる。


「私達は王様の断罪をするんでしょう。それはこの国を変えることなんです。もうここまで一緒に戦ってきたんですよ。最後まで付き合わなきゃ嘘ですよ」


『フリスベル、そうはいっても、ここでわしらが倒れたら島はどうなる。キズアトにマロホシに、フェイロンドに将軍、それに、恐らくはヤスハラもここを生き残って、それぞれの目的に向かって動き出すはずじゃ』


「っ……で、でも、私達は」


 特にフェイロンドの部分で勢いを削がれたフリスベル。直接戦って脅威は十分に分かっただろう。断罪者として、あいつを放って死んでいいはずがないのは身に染みて分かっているはずだ。


「冷静になってくれ、ローエルフよ」


「クオンさん……」


「お前達断罪者に、おれ達は十分すぎる勇気をもらった。ユエも含めてだ。おれ達の中では、あいつとマヤ姉さまが、最も真摯に民のことを考えていた」


 後ろからじゃ表情は分からない。だが俺達を暗殺しようとしたときとは、大違いの口調だ。


 ヤスハラや王、ゴドーの軍勢の下にその身をさらしたユエ。王子や王女の中で最初から私心のない行動をしていたのは、結局のところあいつとマヤだけだった。


「これからこの国は大きく揺れるだろう。その禍神とやらが何をしようが、イスマはもう我が国の民にとって、安心できる場所にはなるまい」


 王と王子が戦ってしまうのだ。もはや800年の歴史の中にあった安寧があり得ない。


「そうなったとき、島を目指す民もますます増える。せめて彼らが安心できるように、お前達断罪者の勇気と力を取っておいてくれ。マヤ姉さまも同じだ。議員として、民たちを守ってやってくれ」


 下からは声が聞こえてこない。だが、マヤのすすり泣く声は耳に入ってくる。


「……殺そうとした手前だが、ララ姉さまにも生きてもらわねばなるまい。エルフロック辺境伯領も、有力な避難先だ」


「言われるまでもないわよ」


 ぶすっとした声が返ってくる。クオンを嫌ってはいないのだろう。


「クオンさん……」


「いいな、断罪者よ。必ず無事に」


 言いかけたところで、クオンは言葉を止めた。


 俺は背筋がぞくりとするのを感じた。クリフトップの台地から見える山向こう。夕暮れの迫る西の空に言い知れぬ感覚が漂う。


「なに、この魔力……」


 フリスベルの怯えた声。身を縮める小さな肩を抱くと、冷たく震えている。

 脂汗がつたってくる。俺が半分悪魔の下僕にされたせいか、目には見えない不気味な感覚が迫ってくる。


 どくん、どくん、という台地がうごめくような胎動が、装甲車の行き先を埋め尽くしている。


 思い出すのは、マロホシが作った成り損ないを初めて見たときの感覚だ。


 この世に居てはいけない何かが、今確実に表れ始めている。


『馬鹿な、早すぎる……!』


 使い魔を通したギニョルのつぶやきが、苛立たし気に響くばかりだった。




 

  



 



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