22降りこめられて


 俺の説得は功を奏さなかった。ツタは完全にハイエースを覆いつくしてしまって、俺たちはとうとうぴくりとも動けなくなった。


「……だめだ。また、魔法で枯らしてみてはどうだ」


 ツタの壁から、89式の銃剣を引き抜き、狭山が振り向く。


「無茶を言うな人間。フリスベルは、魔法の才のある娘だ。700年を生きた私とてこれ以上は対抗できない。何重に取り巻かれていると思っている」


「狭山中隊長、我々は、息が詰まってしまうのではないでしょうか?」


「兵士さん、その心配もないよ。サンソっていうのかな。それをちゃんと作ってくれる草なんだ。フリスベルさんは、もう人が死ぬのを見たくないみたいだし」


「おとなしくしてろってことか……」


 このまま森が広がるのを見ていればいい、と。しかし、フェイロンドの奴は島の全てを洗い流すのが海鳴のときだと言っていたはずだがな。


 フリスベルが騙されているわけではないだろうし。


「こうなった以上は、あの娘の慈悲に甘えておくのも一つの方策かも知れぬな。私も、七年前の転移以来、もっともすがすがしい気分だ。エルフの森を思い出すよ」


「爺さん、何和んでんだよ。あんたはいいかも知れねえが、ポート・ノゾミはめちゃくちゃになっちまう。フリスベルが本気でフェイロンドに手を貸すってんなら、断罪者としちゃあ、戦ってでも止める義務があるんだ。何がなんでも進むぞ」


 こんな事態、ギニョルに知れたらどうなるか分からない。結果的にあいつが向こうに居て良かったということになっちまう。


「フリスベルさんを害するというのか。ここまで来て、話が違うぞ」


 狭山が俺をにらみすえた。無言の迫力が恐ろしい。自衛軍で最も厳しい空挺団の訓練を受け、実戦まで経たこいつは、俺を軽く殺せるだろう。


 だが、引けん。ショットガンぶっ放すしか能がなくとも、俺も断罪者だ。


「中隊長さんよ。俺たちの断罪を妨害すりゃ、断罪を受ける。そいつが法なんだ。俺たちは法を守らなきゃならないんだ。あんたは、味方を撃った兵士を放っておけるか」


「……厳し過ぎる。戦友のようなものだろう」


 俺も狭山も、銃撃戦が仕事の一部だ。

 ともに戦い、生死の境を潜り抜けた奴らには、血ほどに濃いものを感じることもある。


「だから、マントと銃を渡したんだよ。フリスベルが、断罪のために俺達の動きを一時的に封じたっていうんなら、妨害には当たらねえ」


 部の悪い賭けだがな。


「騎士、フリスベルさんに、フェイロンドを断罪させようっていうの?」


「無駄だな。時忘れを呑まされたローエルフの娘だぞ。ハイエルフのごとき堅牢な覚悟と、苛烈な正義が、本質から現れるはずがないだろう」


「うるせえな。俺はあんたらよりたくさんあいつと戦ってきた。フリスベルは信じられるんだ。本当にやりたいことっていうんなら、最後は断罪法の執行になる」


 思えば、フェイロンドが現れてから、あいつには辛い事件ばかりが続く。


 連中は自分達の種族のために、他者を虐げ、悪魔の魔法すら使い、銃を駆使し、同族をも平然と殺す。それが正義と美のためだとフェイロンドは確信しているらしい。


 ここに居るレグリムも裏切られたし、ニヴィアノに至っては、目の前で仲間を殺され、本人も処刑樹を植えつけられるところだった。


 フリスベルが納得できる相手のはずがない。

 過去に、どんな因縁があろうとな。


「では、私たちはここで待っているだけでいいのか」


「そんなわけねえだろ。恐ろしい奴だぜフェイロンドは。何とか手を貸さなきゃならないんだ」


 俺はもう一度M97の銃剣で突いたが、話にならない。ツタの量も強度もさっきとは全く違う。レグリムでも枯れさせることができないなら、いよいよ脱出は不可能だろうか。


 そう思ったとき、爆音があたりに響いた。


「きゃあ!?」


 車体が大きく揺れ、ニヴィアノがバランスを崩して俺にしがみつく。


「大丈夫か」


「う、うん……私より子供なのに変な感じね」


 二百歳を二十歳と考えたら、俺の実年齢とあんまり変わらないことになる。

 控え目に言って、近くで見ると魅力的だ。ユエのことを思い出す。


「慣れてくれ。狭山、何があったんだ」


 こっちは、兵士たちと共に改めてツタを突破しようとしているが、どうしようもないらしい。


「状況は分からん……まるで目隠しだ」


「魔法ではないぞ。おぞましい、鉄と硝煙の気配がする。魔力が乱れているぞ」


「鉄と硝煙なんて、こんなところじゃ」


 再び轟音。ハイエースの右側のツタが吹き飛び、高熱でガラスにひびが入る。


「うっ」


「熱い!」


 ダークエルフ達が思わず離れる。


「外が燃えている!」


「車が傾いているぞ」


 もう間違いない、爆撃か砲撃だ。しかもこの威力、てき弾のものじゃない。迫撃砲か戦車砲かもしれない。


 それができるのは、自衛軍のまとまった戦力のみ。バンギア側の勢力は、日ノ本が把握できないほど、崩壊しているらしいから、確実なのは。


「境界がまたつながったな。ドーリグたちの仕業だろう」


「橋へ向かった連中のことか。だが、こんな砲撃は」


「日ノ本が、三呂に駐留してる自衛軍を動かしたんだ。これが狙いで境界の閉鎖を破りに行ってたんだ」


 恐らくギニョルかマロホシの策略だろう。首相の方の山本善兵衛は、何が何でも、日ノ本からのポート・ノゾミの独立を妨げるつもりだ。


 自衛軍だけでは突破できなかった境界が、都合良く破れたとなれば、三呂に駐留する全ての兵士を送り込んできてもおかしくはないのだ。


 砲声はどんどん増えている。境界を越えた部隊が展開、巨海樹に向かって砲撃を繰り返しているのだ。


 車体が強く傾く。ぶちぶちという嫌な音がそこら中で響く。フリスベルがツタの檻が崩壊しようとしている。


「まずい、落ちるぞ」


 落下のショックは生易しいものではない。どうするかと思ったら、ダークエルフ達が小さな袋から種をばらまいた。


 ニヴィアノが杖をかざす。


「任せて。バース・リグンド!」


 呪文と同時に、車体が落下。ハイエースの自重と十人分の体重が襲うかと思ったが、サスペンションのきしみと、突き上げる揺れのほかは、さほどでもない。


 車体の下でがさがさと音がする。さっきまいた種を成長させて受け止めたのだ。車体と乗員で、合計数百キロだが、爆発的に何かの植物を成長させたのだろう。


 再び枝の折れる音。ハイエースは数十センチを落下し、ようやく路面に接地した。


 周囲の様子が見える。あたりを埋め尽くした木々に、火が点いている。水分をかなり含んでいるのと、絡みついているのがコンクリートの建物のせいで、まだ燃え広がってはいないが、砲撃はあちこちに着弾したらしい。


「フリスベルさんが居ない」


「フェイロンドの所に行ったんだろうな」


 断罪か、事態の対処のためか。

 

 しゅぱ、ひゅるる、と不気味な音が頭上の樹幹を渡る。

 どん、と重たい音を立てて、橋頭保にそびえる巨大な幹に爆発が起こった。


「巨海樹がやられてる……!」


 ニヴィアノに言われずとも分かる。ここからじゃ見えないが、日ノ本が送り込んだ自衛軍は攻撃の手をゆるめない。


「この威力は戦車砲だぞ。特車隊まで来ていたのか」


 戦車。一度も戦ったことのない相手だが。走輪装甲車や、軽装甲機動車とは比べ物にならない兵器だ。


「おろかなことを。森の魔力が動き出すぞ」


 レグリムの言うとおりだった。燃やされかけた木々が、一斉に実をつけ始めている。ぼとぼとと実が落ちる音が、あちこちで聞こえる。


「人間、車を止めろ! 鉄の炉を使うな!」


「だが道が開けて」


「早くしろ! 死にたくなければだ。この車とやらが死んでいるふりをしろ!」


 あまりの剣幕に、狭山も再びハイエースのエンジンを切った。ライトも落とすと、あたりは薄明に包まれる。


 レグリムはニヴィアノから種袋を奪いとり、つかみだして周囲に撒く。

 杖をかかげて呪文を唱える。


「イ・コーム・ブァーザ・レアフ!」


 種が爆発的に成長し、ハイエースは深い茂みの中に隠れてしまった。

 これじゃあ、フリスベルに閉じ込められたころに逆戻りだ。


 ニヴィアノが作った植物のクッションのおかげで、タイヤやシャーシにもダメージは無かったらしいのに。


「おい、またこもってどうするんだよ」


「黙って待て。静かにしろ下僕半。貴様の汚れた魔力が危険だ」


 馬鹿にしてるというよりは、真剣に注意しているらしい。

 俺はため息をついて、茂みの隙間から外をうかがってみる。


 砲撃の火炎と、近づく夜明けにぼんやりと明るくなる街路、相変わらずそこら中で樹の実が落ちる音がしている。


 やがて、誰も居ないはずの道に、人影が立ちあがったのに気がつく。


「シクル・クナイブの奴ら……!」


「違うぞ、騎士。あれらは違う」


「何言って……うげ、なんだ」


 狭山にたしなめられ、俺はM97を納めた。

 人影と見えたのは、樹木だった。

 雨のごとく落下した実から生まれた、動く苗木だ。


 人間ほどの大きさとはいえ、ごつごつと節くれだった幹に、枝も拳ほどに太い。小さな樹木の戦士といった具合の奴らが、ざっと数えても百体以上、次々と生まれている。


 そいつらは、俺たちに反応しない。目指す方角は島の北。恐らく三呂大橋の境界だろう。

 ということは、送り込まれた自衛軍に襲いかかるつもりか。


「この者達こそ、木の実の戦士だ。豊かな魔力が巨海樹に宿り、実を結んでいくらでも生まれ来る。戦士達は、巨海樹を害する者に、森を乱す不自然な魔力に容赦しないのだ」


 あの恐ろしい、禍神が呼んだ奴らを思い出した。

 感情も何もなく、ただ殺到する、石や水や木や火の化け物どもの群れを。


「戦士達が生まれた、実が作れるということは、巨海樹はもう、海鳴のときに近いぞ」


 馬鹿な。明日の昼じゃなかったのか。


「フリスベル……」


 木の実の戦士の降る中、俺達は再び立ち往生した。

 事態は、好転していなかった。

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