19暴露
こっちから来たってことは、ドロテアが壁を上って来たのだろうか。
意外だけど、できない事ではないだろう。
爆発での負傷は、素肌への火傷くらいだったので、フリスベルの回復魔法で応急処置をし、一晩寝たら平気で起き上がっていた。
ものすごい回復力だが、父親のスレインも、手術後2日でこの回復だ。やはりドラゴンピープルの血だろうか。
「ずいぶん大げさに寝込んでるな。これ持てるか、親父?」
にやにやしながら、ドロテアが両手で差し出した戦斧、“灰喰らい”。
少しためらったが、スレインは片手で受け取ると、石突で床をついて、岩石のベッドから立ち上がった。
たちまち頭の位置が4メートルまで上がり、俺もガドゥも大きく見上げなきゃならなくなった。
久しぶりに起き上がったのだろう。
翼を羽ばたかせたり、腕を曲げたり、尻尾を振るったりしながら、体の感触を確かめているスレイン。ときどきうなったりしているが、ほとんど回復しているらしい。
改めて見ると、やっぱりでかい。しかもこの見た目で火まで吐く。
ひとしきり体の調子を確かめると、スレインはドロテアの方に向き直った。
「……わざわざ届けてくれたのか、すまんな」
ドロテアは腕組みをして、目をそらした。
「べつに。おふくろ送るついでだよ。店にあっても邪魔だし。自衛軍の奴らが、車で来て押し付けてったんだ」
所在なさげに伸びたドロテアの尻尾が、ガドゥの胴に巻き付いた。
そのまま締め上げはじめる。一種の照れ隠しなのだろうか。
俺は慌てて引きはがそうとしたが、プロレスラーのヘッドロックみたいに、全く離れない。なんという筋力だろうか。さすがに、人一人を軽く支えるだけはある。
スレインは気づいてないらしい。マロホシと対峙したときは、打って変わって穏やかに口元を緩めている。
「良く持ってきてくれた、ありがとう。2人とも体は大丈夫か?」
「私は平気、あなたの方こそ、心配したわ」
スレインの懐に飛び込む珠里。ドロテアはそんな母親を横目で見ながら、尻尾でガドゥを締め上げる。
「私も、平気さ。お袋は元軍人だし、私にはあんたと同じ、赤い鱗があるんだ。あんな爆発でくたばるわけないだろ」
親父に心配してもらって、嬉しくてしょうがないんだろう。
よくよく考えれば、橋頭保では、覚悟を決めたスレインから、面と向かって娘として愛していると伝えられたのだ。
もうわだかまりの心配は、しなくていいのかも知れない。
それはいいが、このままだと、せっかく生きて橋頭保を出た断罪者が一人減っちまう。
「おい、ドロテア! いい加減にしろ、ガドゥが」
「うわあっ、ごめん。大丈夫か、ついやっちまった、なんか捕まえやすくて……」
尻尾を離すと、せき込むガドゥを抱き留め、必死に呼びかけるドロテア。
ぬいぐるみレベルの認識だ。成長が早いせいで忘れてたけど、こいつ、まだ5歳ぐらいだったっけ。ガドゥの様なゴブリンが、マスコットになることはあり得ないだろうが。
「うぅ、なんだ、何があったんだ」
「本当、ごめん。お前っていじめやすくてさ。今度、なんか安くしとくから」
「……いや、いいよ。それよか、尻尾には気を付けてくれ」
ガドゥは本気でドロテアが好きなんだろうか。まず男として見られてない。
それに。俺はスレインを見上げた。
「それがしが、どうかしたのか。騎士」
驚異的な回復力と身体強度、そして自力での飛行と火炎放射まで備えた、戦闘ヘリみたいなこの親父だ。
俺ならば、大金積まれても、ドロテアを口説くのだけはごめんだ。
好みに合わない、わけでもないけど。
「……む、珠里、ドロテア、すまないが少し離れてくれ」
「分かりました」
「なんだよ、親父」
すっと退いた珠里に、もう普通に親父と呼んでいるドロテア。
スレインの見上げた先、南の方に、大きな鳥が飛んでいる。
いや、あれはけっして、鳥なんて貧弱な生き物じゃない。
力強い羽ばたきに、暗い緑色の鱗、垂れた尻尾に、隆々とした筋肉。
間違いなく、ドラゴンピープルの群れだ。
オーケストラを間近で聞いたときの様な、野太い咆哮がそこら中で上がる。入院しているドラゴンピープル達だ。挨拶の様なものだろうか。
10体ほどの群れからも、同じ声が戻って来た。
先頭の奴は見覚えがある。テーブルズのドラゴンピープル代表、ドーリグだ。
となると、引き連れているのは、ドラゴンピープルの議員団か。
種族や国家の利害に絡み、断罪者の足を引っ張る議員が多い中。断罪者に味方してくれる、貴重な勢力。
議員団が屋上に降り立つ。
スレインや入院している奴らと合わせて、ざっと20体近い。
4メートルのスレインを筆頭に、それより少し小さいだけのドーリグ、その他、3メートル近い、ほかのドラゴンピープルも。これだけ居ると、すさまじい威圧感だ。
自衛軍の特車隊は、これくらいの数を相手に、夜間の奇襲を戦った。
生きた心地が、しなかっただろうな。実際、珠里の映像を見た限りでは、部隊の9割くらいが死んでいるのだろう。
ドーリグをはじめ、屋上に降り立ったドラゴンピープル達は、スレインの前に集まると、一斉に片膝を突いた。
「スレイン殿、断罪者の方々。この度は、それがし達議員の不手際で、こんな危険を招き、誠に申し訳ございません」
開口一番、謝罪の言葉か。
俺達に対しても、謝っている。確かに活動縮小の動議が無ければ、真壁があんなに強引に動く事は無かったかも知れないが。
スレインが慌ててしゃがみ、ドーリグの手を取った。
「よせ、ドーリグ。お前は議長として、法にのっとり手続きを進めただけだ」
「しかし、我らの体たらくのせいで、あの真壁が動き、あなたを痛めつけることになりました。あなたをはじめ、断罪者達が倒れ、島の天秤が傾くところでした。天秤を壊して、何が法でしょうか」
また天秤の話か。それにしても、ものすごく真面目な面だ。
いや、みんなトカゲの顔だけど、スレインを見ているせいか、微妙に顔つきの違いが分かって来た。
「それがし、この2年、至らぬなりに議員の活動というものをやってまいりました。議長も任され、自信がついたつもりでしたが、あんな動議を通したことは、この世の天秤たるべき、我らドラゴンピープルの代表として、あまりにも浅はかな振る舞い。だが全ては、それがしの判断でしたことです。後ろの者達はそれを支えたに過ぎません。どうか、どうかその灰喰らいには、それがしの首ひとつだけを食わせて、まだ若い、ほかの議員の者達には、もう一度機会をお与えください……!」
戦に負けた武将か、こいつは。
ドラゴンピープルってやつが、恐ろしく生真面目で、掟に命を懸けてる種族だというのは良く分かった。
だがスレインも戸惑っている。そりゃあそうで、昔の日ノ本じゃあるまいし、失敗したとて腹切ってわびる文化など俺達には無い。大体ドーリグは、動議に反対するという、俺達にとって十分価値のある行動をしてくれた。適法に出された動議を、握りつぶすわけにはいかない。
「顔を上げてくれ、今度の事はもういい。我々は無事だったのだ」
「しかし、それがしがあのとき、山本やマヤの様な、こざかしい知恵の働く人間達にさえ丸め込まれたりしなければ、このような危機もありませんでした。我らの仲間を殺めた自衛軍にいたぶられ、さぞお辛かったでしょう。一族の雄たる、赤鱗の御身を失えば、我ら一同、どれほどの悲しみに暮れるやら……」
まるで王族か何かの様な扱いだ。
そういや、赤い鱗のドラゴンピープルというのは、スレインのほか、一度も見たことがない。貴重というか、そんなに重い立場なのだろうか。
「……おいおい、そんなに親父が大事なら、スレインの代わりにあんたが断罪者やればいいだろうに」
俺が心の中で思っていたことを、ドロテアは素直に口に出してしまった。
ドーリグが振り向き、目を細める。
「小娘。見たところ、貴様も我らの血を継いだ様だが、知らぬのか。赤き鱗は覇王の証だ。バンギアにおいて、いずれかの種族が亡ぶほどの争いが起こったとき、我らは赤き鱗の覇王の元に集い、天秤を正すべく戦うのだ。それがし達の寿命はそれほど長くないが、何代を経てもその営みを繰り返してきた。それがし達がこのバンギアに生まれ落ち、千年、万年経とうとだ」
スレインが言ってた、ドラゴンピープル達の戦う理由。秩序を守る事、バンギアの種族が互いに食いつくすことの無いよう、力の天秤のバランスを取る事。
まくしたてるドーリグ以外のドラゴンピープルも、神妙に首を垂れている。こいつらにとって、スレインの存在は相当のものらしい。
「貴様もその目でとくと見よ。この美しい赤鱗の輝きを。さすれば、その様に生意気な口も利けまい。大体、貴様らドラゴンハーフ達には、自覚が足らん。せっかくの恵まれた体も大切にせんし、鱗を磨く事、すら、も……」
ドーリグの声が小さくなっていく。目を向いて見つめているのは、腕に生えた真っ赤な鱗を、けげんそうに確かめるドロテアの姿だ。
他のドラゴンピープルの間で、ぼそぼそと声が漏れる。スレインとドロテアを見比べている奴もいる。
「スレイン殿、よもや、よもやこちらの、この美しい、お嬢様は……」
ドーリグの視線が、二人の間をさまよう。
まずいな、スレインはこれを警戒して、ただの任務としてパールに行っていたのに。
天秤としての役割の重さが分かったのか。珠里とドロテアが、そっくりの心配そうな表情で、スレインを見上げる。
ここは嘘をついた方がいい。後々の事を考えると。
スレインも立場を優先するのだろうかと思ったが。
力強い腕が、2人をぐい、と引き寄せた。
「伝えていなくてすまない。この子はドロテア。それがしの娘だ。紛争中、妻と、こっちの珠里との間にもうけた」
言っちまったか。
ドラゴンピープル達が静まり返る。
まさか一斉に怒り出すとかは無いだろうな。スレインに失望して、それぞれ勝手に天秤をやりだすとか。こいつらが暴れ出したら、鎮圧には自衛軍をまとめて相手にするくらいの力が必要だ。
まあ間違いなく、今ここに居る俺やガドゥは巻き込まれてお陀仏。
でなくても、こいつらの応援が得られなきゃ、断罪者の活動はきつい。ひいては島の治安にも悪影響が――。
「素晴らしい……素晴らしい」
あれ、これは。
歓喜に打ち震えながら、ドーリグが咆哮を上げた。
「皆、見ろ。早速同族に伝えよ。赤き鱗が、ついに血を経て伝わったぞ。この、ここに居るドロテア様こそ、天秤を守るそれがし達の誇りが、人間に理解され、伝わった証だ」
ドラゴンピープル達の雄たけびが、ポート・ノゾミの空に響く。
空に向かって、火を吐いてるやつも居る。
あまりにでかい音のせいか、近くのマンションの窓が開き、こっちをうかがう悪魔や吸血鬼、人間も居た。
「めでたいことだ。今まで、使命を終えて生き残った赤鱗の者は、自らの血を伝えようと、娘たちを独り占めし、色に走ったが、赤い鱗は決して受け継がれなかった。だがスレイン殿は見事に伝えた。これほどの事は、古今に聞いた例が無い!」
勝手に興奮しているが、これはどうやら、スレインの取り越し苦労だったってことになるのか。家族うんぬんってのは、天秤として戦った、過去の赤い鱗の奴らから出て来た話なのだろうか。
「黙っていて、すまない。だがそれがしは、天秤として」
意味が分かっていないのか、スレインはかしこまって先を続けようとしている。
それをドーリグが遮った。
「いや、みなまで申さずともよろしいでしょう。赤鱗を次に伝えたスレイン殿の資質、誰一人として疑う者はおりますまい。こうなっては、ますます励まねばなりません。天秤として、不肖このそれがしめも、ますます勤しまねば! 首を差し出している場合ではありませんな。ようし、今日は宴だ、皆続け、島中の同族を呼びつける、ポート・キャンプの店を貸切るぞ!」
もう入院はいいのか、岩のベッドから次々と立ち上がり、包帯を投げ捨てたドラゴンピープル。傷跡も何も存在していない。
議員団と交じると、口々に巨大な咆哮を上げ、空に火を吹き、翼をはためかせた。
島のあちらこちらから、似たような雄たけびが返ってくる。
青、白、緑、黒。赤以外の様々な色のドラゴンピープル達が、次々と空中に躍り出てきた。
屋上の一団が一斉に飛び立ち、空中で合流。火を吹き、雄たけびを上げ、ポート・ノゾミ中を騒がせながら、南のポート・キャンプへ向かっていった。
取り残されたのは、俺達断罪者と、スレインの家族のみだ。
「……親父、なんか、これでいいの?」
「ああ、多分な」
「家に来ても、大丈夫になるの」
「そうだと思う」
珠里がスレインの腕を握り、身を寄せている。幼い見た目だが、人妻の色気が漂っている。断罪者唯一の既婚者、か。
『やっと見つけた、おいお前達!』
驚いて振り向くと、烏が一羽、水辺にたたずんでいる。
ギニョルの使い魔だ。
『GSUM傘下の組織と、自衛軍の下っ端がもめておる! 散弾銃とAKと、現象魔法まで使って暴れとるわ。とっとと警察署に戻れ!』
こいつはいけない。出動がかかった。
出て行こうとする俺を、スレインの大きな手がつかんだ。
ひょいと背中に乗せられる。
ガドゥもしっぽにつかまり、俺の隣に降ろされた。
「それがしも、行こう。ただの銃の相手は得意だ」
いやというほど、それは知ってる。正直、もしドラゴンピープルが敵に回ったら、フリスベル無しで断罪できる気がしない。
「旦那、まだ病み上がり……」
言いかけたガドゥは、灰喰らいが片手で担ぎ上げられるのを見て、黙ってしまう。
マロホシの奴を、思いっきりびびらせてやるか。
「珠里、ドロテア。わが妻、わが娘よ。行ってくるぞ」
上半身をかがめると、家族として、2人を抱きしめたスレイン。
珠里はその牙に頬を寄せた。
「……気を付けて」
一方のドロテアも、どこか不敵な笑みを浮かべて、スレインの角を叩く。
「ぶちかまして来い、親父。あ、ガドゥも無理すんなよ」
微笑みかけられ、戸惑うガドゥ。その視線に、一瞬スレインの目が動いた。
2人から体を放すと、大きな雄たけびを上げ、翼を羽ばたかせたスレイン。
巨体が宙に浮きあがる。
ドラゴンピープルだけが知る、ポート・ノゾミの空へ。
バンギアの正義の象徴。
心優しき、赤鱗の火竜は、今日もまた俺達断罪者と共にある。
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