12炸裂する怒り

 どうするか。俺は丸腰で相手は吸血鬼と複数の悪魔。それにくわえて、全員が銃を持ってる。ハプサアラから、俺については筒抜けになっているかも知れないが、ここは、はぐれのふりをしておくべきだろう。


「ご主人様方、ようこそいらっしゃいました」


 改めて、ひれ伏したキファイグ達と同じように片膝を突く。この女吸血鬼の名前を呼べばいいのだろうが、あいにくと知らん。


 吸血鬼は俺の前に歩み寄る。まさかチャームをかけられたりはしないだろうな。

 そう思った瞬間、吸血鬼がショットガンの銃身を持って、ストックを振りかぶる。


 避けることはできない。歯を食いしばった直後、俺の頬に硬い木の銃床が食い込んだ。


 クレールの剣のように、力強い一撃だった。俺は吹っ飛び、さっきまで居たテーブルの脚に背中をぶつけた。相当な衝撃だったのか、テーブルの脚がへし折れている。


 吸血鬼は見た目にそぐわぬ身体能力も、持ち合わせているのだ。男の悪魔達が、楽しそうに笑い転げている。

 吸血鬼が、トリガーアームを引いた。M1887、俺のショットガンより少しだけ古いその銃は、スライドではなくトリガーアームを使って排莢と装填を行う。


 突き付けられた銃口。俺は今、距離1メートルで、発射直前の散弾銃の眼前にいる。撃たれたら、頭が吹っ飛び、即死するだろう。


 ショットガンを構えながら、吸血鬼が横柄な口を利く。


「ハプサアラ、しつけがなっていないわよ。森番が、居合わせた全ての主人の許可を得ずに口を利くなんて」


 ハプサアラがメモに鉛筆を走らせた。


『私も通った道です。申し訳ありません』


「……そうだったわね。あなたはロンヅに、声帯を変えられたのだったかしら」


 声帯だと。確かに、操身魔法なら体の一部の変化と固定化は可能だろうが。


『両親と妹が生きながら食べられたときですね。不快な悲鳴と泣き声のせいで、ヒキガエルにするか、声を消すか迫られました』


 そのメモに、吸血鬼がころころと笑う。


「あらあら。カエルになるくらいなら、私も声を消すほうを選ぶわ。でも声のない女も可愛らしくていいじゃない。そう思わないかしら?」


 悪魔たちが、一斉に顔を見合わせる。近づいてみると、こいつらは若い方らしい。体格からして、クレールよりは年上だが、恐らくギニョルよりは下だ。二百歳前から、二百五十才くらいだろう。


 ちょっと古い表現だが、この吸血鬼の若いつばめといったところか。


「同意します。よろしければ、私達が確かめて差し上げますが」


 ねばついた視線が、ハプサアラに注がれる。

 だがハプサアラも、ブラウスのボタンを二つ外すと、虚ろな顔で悪魔達を見つめた。今この場でどうされようと構わないということだ。


 吸血鬼は苦笑した。


「少し待ちなさい。今はこの森番のしつけをしなくちゃ。それに、準備もしてきたでしょう。持ってきなさい」


 まだ何かあるのか。ハプサアラと悪魔達が居酒屋の外に出た。重たい鎖の音、ごろごろと何かを引きずる車輪の音。


 やがて入ってきたのは、三つの檻だった。

 入っているのは、ゴブリンだ。それぞれ腰にみすぼらしい革一枚しかつけていない。一番目の檻から順に、右手、左目、左脚がなく、代わりに虫の脚らしきものが生えている。


 ゴブリン達はよだれを垂らし、鉄格子をつかんで暴れている。恐らく言葉も介さないのだろう。ガドゥや、ギーマ、島に居るゴブリン達のように、破天荒な中にも理性があるのがゴブリンだと思っていたのだが。


 これでは、怪物そのものだ。いや、悪魔によって怪物にされてしまったのだ。恐らくただの戯れのために。ガドゥがここに来たがらない理由、外に出されたゴブリンが一人も居ない理由が分かった。


 吸血鬼が俺の襟首をつかむ。装填されたM1887の銃口が目の前にある。


「森番。ダルフィン家が当主、ニュミエ・ビー・ベルン・フォン・ダルフィンとして命令するわ。この店の中から、あいつらの贄を選びなさい。義務を果たすの」


 ダルフィン家というのは、吸血鬼を統べる家か。ということは、こんな奴が、ダークランドの吸血鬼の代表。


 銃口越しに、ハプサアラが少しだけ唇を釣り上げるのが見えた。


 あいつの言った、狩りの意味が分かった。森番が整える獲物というのは、動物なんかじゃない。あいつの言う狩りというのは――。


 ニュミエと名乗った女吸血鬼が立ち上がる。俺から離れたM1887に代わり、悪魔達の9ミリ拳銃が突き付けられる。


 ニュミエは踊る様に歩きながら、キファイグの妻である、カイアの前で足を止めた。ひれ伏した目の前にしゃがみこむと、手を伸ばす。


 床に触れるほど長く青い髪に、細い指を絡めながら、唇を少しだけ開くニュミエ。吸血鬼の特徴である鋭い八重歯が覗いた。


「ここは無主の地、シェイムレスヒル。下僕と奴隷に主人の無い地よ。ここに居る者は、仮初めの自由と引き換えに、主人の庇護を外れる。つまり私達吸血鬼と悪魔、全員の獲物足りうるのよ……森番、あなたが鈍いから、この子に決めたわ」


 ついさっき、この場所の仕事を楽しみ、キファイグと帰ることを楽しみにしていたカイアを、差し出せと言うのか。


 俺はカイアを見つめた。必死に笑顔を作ってはいるが、スカートのすそを握った手に力がこもっている。キファイグは、表情を消して歯を食いしばるが、その眼は床を見つめたまま動かない。


 下僕や奴隷、あるいはそうであった、はぐれ達は、捕食者に対する被食者。抵抗できないのだ。


 檻を叩くゴブリンの拳、がさごそと床を引っかく、異形の脚や手。

 知らず、俺の首筋に汗が流れ込んできた。


「どうした、早くしろ!」


 銃声と共に、目の前の床に穴。悪魔の一人が、しびれを切らしてぶっ放した。


 体が自分のものでないような感覚のまま、俺はゆっくり立ち上がった。

 ニュミエはカイアのあごをつかむと、立ち上がらせる。


 スカートのポケットから出てきたのは、アグロス製の小さな折り畳みナイフだ。カイアのブラウスに差し入れると、切り裂きながらボタンをはずしていく。


 目を閉じ、震えるカイアの頬をなめながら、俺の方を振り向く。


「まあ、いい肌だわ。森番、仕事は簡単よ。檻の鍵を空ければいいの。子鬼たちが飛びかかったら、私達も始める。いつも通り、使える死体は持って帰るし、だめなものは片付けておいてね」


 悪魔から投げ渡された鍵。こいつでゴブリンの檻をあければ、おぞましい宴が始まる。なにひとつ抵抗しない下僕たちを撃ち、犯し、悲鳴を上げさせその血を浴び、死体を奪って実験に使う。


 ダークランドに住む者が、何千年と繰り返してきた、吸血鬼と悪魔の当たり前が、始まるのだ。


 俺は知らなかった、吸血鬼や悪魔が、これほどに字義通りの存在だったとは。


 ギニョルやクレール、島の奴らに先に出会った俺は、連中の本当の姿を誤解していたのだ。


 また銃声。弾丸は俺の脇をかすめ、さっきグラスを合わせた、ローエルフのシャルーンの左腕に当たった。痛みをこらえ、震えながらも、平伏をやめない。


「行儀が悪いわ、ディン」


「申し訳ありません。しかし、森番が遅いのです。その奴隷は、傷を付けた私が、責任を持って壊して遊びますよ」


 殺されるということだ。恐怖からか、シャルーンの閉じた目に、涙が浮かび上がっている。十歳くらいの男の子が、腕を撃たれてこれから死ぬと宣告されたように見える。


 日ノ本とバンギア、事件、情報、俺の立場、さまざまなものが頭に浮かんでくる。俺は断罪者ではない。ただの森番。そう頭で言い聞かせるが、湧き立つ血は抑えようがない。


 久しぶりに、撃ち殺しても心の揺れない連中に出会ったのだ。そう思うと戦闘の計算が止まらなかった。


 俺は素手、相手は六人で武器はショットガンが一丁と9ミリ拳銃が五丁。


 そのうちショットガンが装填済みで距離四メートル、9ミリ拳銃はスライドを引いてあるのが一丁きり、距離六メートルだが、俺を狙ってはいない。


「おいどうした、早く……」


 声を無視して、俺はニュミエに飛びかかった。


「愚かな下衆が」


 ニュミエの目に蝕心魔法の光が集まる。読み通り、装填済みのショットガンを使わなかった。てめえの魔法にこだわるところが、プライドの肥大した吸血鬼だ。


 投げつけたのは檻の鍵束。目を閉じ、身をよじったせいで、集中が途切れた。


 慌ててショットガンを上げようとするが、片手はカイアにちらつかせたナイフでふさがっている。俺は先に銃身をつかんで、M1887を奪い取り、蹴りを入れて細い体を床に転がした。


 振り向いた瞬間、ディンと呼ばれた悪魔の銃口。だが俺の指も引き金にかかる。


 火を吹いたのはM1887。バックショットが拡散し、悪魔の手が9ミリ拳銃ごと吹き飛んだ。


「ぐあああああぁぁぁぁっ!」


 汚い血と悲鳴を撒き散らして倒れ込むディン。慌ててホルスターから銃を抜こうとするほかの悪魔に、俺は容赦なくM1887の狙いを付けた。


 トリガーアームを引いて排莢、装填。怒りが冷静な狙いに代わっている。


 あたふたとしている間に、二発目、三発目、四発目が、それぞれべつの悪魔の左脚、右手、左手を血みどろにして倒した。俺程度にここまで戸惑うとは、銃で戦った経験がないのだろう。


 M1887の装弾数は五発。最後の一人がようやく9ミリ拳銃のスライドを引いて狙いをつけたとき、俺は最後のトリガーアームを引き、蹴り倒したニュミエの頭に散弾の照準を合わせていた。


 ハプサアラが目をむいて黙っている。その場の全員が、何が起こったのかも分からない様子で、呆然と見つめる中、俺はため息を吐いた。


「お前ら、やっぱり、他の人種の敵なんだな……」


 クレールが先に謝った意味が分かった。


 あってはならないことのはずだが。

 こんな奴らなら、自衛軍が全て吹き飛ばしていいと思い始めていた。

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