13ダークランドの根源

 ニュミエは俺を呆然と見つめている。年齢五百歳以上の吸血鬼が、はぐれに逆らわれ、かつ命を握られているのだから当然だ。事態が認識できないのだ。


 勢いでやっちまったが、これからどうするか。はぐれの下僕、”ナイト”は、断罪者”丹沢騎士”でもある。ダークランドは断罪法の管轄外だが、テーブルズに議員を派遣している以上、断罪者である俺に対する行為には、断罪法が適用される。


 すなわち、俺に対するニュミエの暴行、脅し付けるためのディンの発砲は、断罪法に反する行為だったということだ。ここまでの反撃については、抵抗を抑止するための行為だと言い訳ができる。


 とはいえ、吸血鬼を統べるダルフィン家の当主であるニュミエを、断罪法で引っ張ったりすれば、ギニョルやクレールの立場がなくなっちまう。情報収集は失敗、真相はうやむやのまま、将軍は攻撃に出る。


 戦争になれば、被害はこんなものじゃ済まない。

 といって、こんな状況を放っておいては、断罪者なんぞ名乗れない。


「……どうするのかしら、下僕半」


 そう小声で言って、少しだけ口元をほころばせたニュミエ。

 もしかして、こいつら。


「ぐ、ぅ、だ、誰か、助けてくれ、こんな、鉛が私の体に、あ、あぁ」


 バックショットで手の吹っ飛んだディンは、本気でうめいている。もう悪魔として奴隷たちにのぞむ気概もなにもない。激痛に苦しみ、死に恐怖しているばかりだ。


 訂正、こいつら、じゃなくてこいつだけだ。


 あるいは。俺は状況を使い魔で見ているという、ギニョルの親父、ロンヅのことを思いだした。


「おい、ロンヅさん。うちのお嬢さんの親父さんよ、俺を試すのは中止して若いのを助けてやれよ。さもなきゃ、本当に死んじまうぜ」


 ディン以外の四人が、あたりを見回す。それぞれ負傷に苦しみながらも、何かを察したような表情になった。


 果たして、居酒屋の外に再び車輪の音が聞こえた。今度はひづめも交じっている。相当な高級馬車だろう。


 隣のカウンターの上に、大きなネズミがのそりと立ち上がった。目玉が紫色に光っている。


『いいだろう。娘の言う世界の歪みは、この目でしっかり、見せてもらった。皆様も、よろしいでしょうね?』


 問いかけだと。続いて喝さいが混じる。パーティの会場か何かから見てたのだろうか。使い魔の視界は、主人の悪魔と共有できるが、それをさらにスクリーンに映し出す魔道具もある。


 馬車から誰か出てきたらしい。居酒屋の木戸が開き、二人が姿を現した。


 赤と黒のマントをはおった、美しい少年は、見慣れたクレール。

 そして、紫色のローブをまとった、真っ赤な髪と立派な角をした女は、ギニョルだった。


「お前ら……」


「銃を降ろすんだ、ナイト。ニュミエ様、もうよろしいでしょう」


 クレールの言う通り銃を下ろすと、ニュミエは起き上がって服のほこりを払った。やっぱりそうか、こいつだけは、俺を試すためにこの狩りを仕組んだのだ。


 ニュミエがクレールを見つめ、艶めかしい視線を向ける。恐らく五百歳近いだろうが、色んな執着がうかがえる。


「愛しい仔よ、あなたの言う通りだったわ。この私に銃を向けた下僕半の蛮勇をもって、世界の歪みを認めることとしましょう。本当に、ライアルと見まごう勇気を身につけたのね……」


「いえ、まだ僕は父様などには到底及びません」


 ライアルってのは、クレールの親父の名だ。ニュミエはどうやら、そのライアルにご執心だったらしい。多分、若い頃のライアルとクレールを重ねているのだろう。


 ニュミエの見た目こそ、二十歳前の神秘的な美しい少女には見える。だが、吸血鬼基準では親父と同年代の女に追いかけられるのはきついだろう。


「ギニョル、話を聞かせてもらうぜ。俺が撃った奴らの手当ても」


「分かっておるわ。皆、頼むぞ」


 入ってきたのは、担架を持った十人以上のハイエルフと、吸血鬼が六人だった。

 ハイエルフは負傷した悪魔達を、担架に乗せて運び出していく。


 一方、吸血鬼達は、キファイグをはじめとした、奴隷たちに対して、蝕心魔法を施していく。


 魔力の光が目を通して入り込むと、どいつも意識を失ってしまう。


 恐らく事態を目撃した連中の記憶を操作しているのだ。吸血鬼のニュミエが、下僕の俺から足蹴にされて銃を奪われ、悪魔達がその銃で撃たれて、助けを求めた。


 そんな光景を、記憶として留めておけるはずがない。


 つまり、俺の目の前で展開されたのは、半分芝居で半分真実。あれが、ダークランドという地の根源だったということだ。


 ギニョルが、ハプサアラをなで、ついで一部始終を見守っていた猟犬イニスの頭もなでる。どうやら慣れた犬らしい。


「御苦労であったな、そなたの記憶は消さぬ、ハプサアラ」


 ハプサアラは俺の方をじっと見つめている。声がないのは、芝居じゃなかったのだろう。断罪者の長たるギニョルの父親が、紛争中に日ノ本の少女から声を奪い、下僕にしたのは事実なのだ。


「こやつは、丹沢騎士。そなたと同じ、目の前で全てを奪われた男じゃ。だがわしは、その騎士に何度助けられたか分からぬ。お前には、ああいう生き方もある、覚えておいてくれ」


 若い悪魔が全員運ばれていった。吸血鬼の一人がクレールの下に戻って何か言っている。記憶の消去は終了したか。


「騎士、行こう。全て説明するよ」


「ぜひ頼むぜ。俺は、お仲間と仲良くやるチャンスを棒に振っちまったんだ。後、銃は取りに戻ろう。マントとローブはいらねえだろうがな」


 ギニョルとクレールが着ている方が本物。どうやら、秘密裏に情報収集するという方針自体が、こいつら二人で俺についた嘘だったらしい。


 数分と経たず、俺はギニョルとクレールと向かい合って、馬車に揺られることとなった。不格好だが、高級馬車の車輪はアグロス製のゴムタイヤ。振動ははるかに抑えられている。


 銃が出回ってたことといい、交通手段にヘリが使われていることといい、このダークランドでもアグロスの技術や文化からの侵食が免れないらしい。


 M97を支えに、俺はぼんやりと車窓を見ていた。もう陽光のシェイムレスヒルは終わって、妖雲が太陽を遮る本来のダークランドに入っている。酒場に来た連中といい、やはり神経に触る土地だ。


「……そういうわけで、わしらはお前を謀った。わしとクレールは、まずダークランドの統率者である、ロンヅとニュミエに真相を問うておったのじゃ」


「お二人は、世界の歪みが真実かどうか、試すと言われた。下僕半であるお前が、絶対に吸血鬼と悪魔に逆らえないはずのお前が、残虐を前にどうするのか、その眼で見たがった。決して、主に逆らう下僕や奴隷は居ない、とな」


 窓に映る俺は仏頂面だった。そのままに、二人を見すえる。


「田舎の引きこもりかよ。島じゃ、下僕も悪魔も吸血鬼も関係ねえだろ。銃があるんだ。お前ら二年断罪者やって、そんなこと当たり前になってるだろうが」


 俺の一言に、クレールがうつむいて黙り込む。ギニョルが苦笑した。


「そう言われると弱いな。じゃが、騎士よ。わしらにも歴史や文化がある。人間の歴史を超えるほどの、長大で当然の、な」


「そんなもん、エルフにだってあったじゃねえか。フリスベルを見てて、よくそんなことが言えるな」


「分かっておる。じゃから、こういう形で、事実をえぐり出すしかなかった」


 ニュミエは、捕食者として。ロンヅは使い魔を通じて。吸血鬼と悪魔が下僕半の俺に見事に打ち負かされるのを見たのだ。


 だがそれにしては、反応が薄かった。たとえば好みは真逆だが、保守派だったハイエルフのレグリムがエルフの正義と美を乱されるようなものを見せつけられたら、やはり動揺しただろう。年でいえばあいつの方が上のはずだ。


「……それにしては、ニュミエ様も衝撃が少ないように見えたけどね」


「お父様もな。これは、何か知っておるのは事実じゃろう」


 馬車は再び、田園の小路から森へと入る。真っ黒い葉を多く茂らせた森。薄暗い中を進むと、鉄の扉が大きくきしむ音が聞こえた。


 馬車が門をくぐって、芝生を進んでいく。車窓には、赤一色に塗られた荘重な屋敷が出迎えている。恐らくロンヅの方の屋敷だ。


 馬車は玄関を超えて中庭の方へ回り込んでいくらしい。あの使い魔の音声から考えて、ほかの悪魔や吸血鬼も居るに違いない。


 ギニョルの父にして、悪魔を統率する大悪魔。俺たちを試したロンヅ・オド・ゴドウィとの邂逅だ。

 

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