30境界の向こうの望み
あのとき俺達が見た所、七人のアグロス人と、五人の警官、それに十二人の自衛軍兵士、四人の日ノ本政府関係者を犠牲にして。
ロットゥン・スカッシュは壊滅した。
ラゴウも、イェリサも、ハーフ達も残らず死んだ。
俺達が居たからこれだけで済んだのか。
それとも、俺達が来たせいでここまで広がったのか。
それは分からない。
だが、今のところ断罪者は誰一人として日ノ本から裁かれていなかった。
もっとも、解放されてもいないのだが。
事件から三日。俺達断罪者は、三呂市内の工場跡に作られた、自衛軍の基地に居た。
俺、ユエ、フリスベル、ガドゥ、クレール、ギニョルの人間型の六人は女子官舎と男子官舎の一角に部屋を与えられ、滞在している。
スレインは基地棟の中央、訓練場のトラックの前の壁に鎖で拘束され、M2重機関銃を構えた四台の装輪走行車が、昼夜を徹して見張っていた。
スレインの様子から分かるだろうが、俺達は実質軟禁状態だ。基地どころか、官舎の一帯から一歩も踏み出すことができない。無論島にも帰れない。
一日のほとんどは個室で見張付きで借りた図書館の本を読んで過ごし、日中の運動時間だけは、訓練用の運動場で一時間半ほど、バスケットボールができる。
しかも悪魔であるギニョルや、吸血鬼のクレールの生活リズムを無視した、完全昼型のスケジュールだった。
ひょいと飛び上がったユエが、ギニョルの体を超えてゴールにボールを叩き込んだ。
兵士が中央のスコアボードを無造作にめくる。落ちたボールをギニョルがクレールに投げ渡した。
「フリスベル!」
「わ、わわっ……」
なすすべもなく、クレールに抜かれるフリスベル。すばしっこいローエルフも居るらしいが、クレールの運動能力はずば抜けている。
レイアップを決めにかかるかと思ったら、ゴール前に走るユエを欺いて止まった。
「あ……!」
しまったというユエのつぶやき。目いっぱいに背を伸ばし、脇の締まった丁寧なフォームでクレールが放ったスリーポイントシュートは、鮮やかにネットをくぐった。
俺とガドゥはといえば、軽装甲機動車とM2重機関銃に囲まれたスレインの前で、ゲームに興じて明るく振る舞う四人を見守っていた。
他に俺達を見張る兵士が六人,
銃を携えて直立している。会話は筒抜けだが、そんなことは百も承知だ。
「じゃあ、あっちの戦闘も同じようなもんだったのか?」
「生存者は居ねえ。二人捕まえたんだが、急襲部隊の銃を奪って、お互いを撃ち抜いて死んじまったよ」
覚悟が決まっていたか、もうこの世で生きていく気力すら無かったのか。
いずれにしろ、十歳にも満たずに死んでしまうなんて、かげろうでもあるまいし、あってはいけないはずだ。
「……先行きに、望みがないせいだろう。天秤とは先の世の幸いを図って保つものだ。イェリサは己とハーフ達の生に望みを失い、天秤を見失ったのだ。それがしは、気付けなかった」
静かに響いた声は、頭上のスレインからだった。
イェリサを自分の手で討ち取って以来、ほとんどの時間を黙って過ごしていた。
「愛とはなんと、過酷なものだ。望みを与えもすれば、奪う。朱里や、ドロテアにも会えなくなった。やはりそれがしは、人を愛するべきではなかったのか」
うなだれた顔に、頭上の太陽が影を作る。ドラゴンピープルであるスレインの顔は、人のものとは明らかに違うが、打ちひしがれたようにも見える。
ガドゥが肩を落とした。いつの間にかバスケットボールも止まり、ギニョル達も心配そうに見上げている。
思わず、言った。
「違うよ」
「騎士……」
「違うに決まってるだろ。イェリサのことは残念だろうが、あんたの女房とはねっかえりの娘はべつだ。それに、イェリサがやったことは許されない」
自らの身に降りかかった不幸に負けず生きている者もまた、あの島には存在する。
流煌を失った俺だって、また、ユエのことを――。
「一人で背負うなよ。俺達の引き金があんたの引き金であるように、あんたの振るった斧だって、俺達の斧なんだ。あんたの天秤は、傾いてなんかないだろ」
ユエが流煌を撃ったように。イェリサのとどめは、できればスレイン以外の俺達が引き受けてやりたかった。
ユエがこっちに駆けよってくる。
「スレイン、ごめん。私が簡単に捕まっちゃったから!」
「私だって、狭山さんを助けて気絶してしまいました。現象魔法があれば、イェリサをもっと早く倒すことも出来たし、アグロスの人達にこんな犠牲を出すこともなかったんです」
フリスベルもだ。クレールとギニョルも集まってきて、もう運動の時間とはいえない。
だが、見張りの兵士は黙ってくれている。運動時間に運動以外の行動をすることは禁止されているはずなのに。
あるいは、断罪者として戦ってきた俺達のことを知り、情けをかけてくれているのだろうか。
「みんな、それがしは、ただ責務を果たしただけだ」
「そうでもあるまい。そもそも、イェリサの正体を見抜けなかったのはわしの手落ちでもある。あれほど積極的に接触してきたというのに、見抜けずに捜査をかく乱された」
「ギニョル、僕は疑いたくなかったんだ。ハーフ達を集めて暮らさせていたあの白竜のことを。多分誰も、同じ気持ちだったんだろう。スレインだけじゃないんだよ」
クレールの言う通りだ。マフィアの類でもないのに、生きるのに苦心しているハーフ達を集め、教育していたイェリサのことは、疑いたくなかったというのが本音だ。
「連中に望みを与えるってんなら……ポート・ノゾミだけじゃ無理かも知れねえな。バンギアじゃ一番進んでるっていっても、こんなに人も居なけりゃ、経済だって発展してねえんだ。日ノ本の助けがあれば、状況が違ってくるかもしれない」
ガドゥの言葉は冷静な判断と言えた。
だが、その日ノ本の助けが得られないからこそ、俺達はここに囚われているのも確かなのだ。
バンギアとアグロスが交わって七年。
紛争の終結からは二年。
ポート・ノゾミと日ノ本の関係もまた、清算のときを迎えているのかも知れない。
ギニョルが振り向き、自衛軍基地の周囲に広がる住宅街を見つめる。いや、本当はそのはるか南西、俺達が超えてきた、三呂大橋の境界を見つめているのだろう。そうして、その先にあるポート・ノゾミも。
「……潮目じゃな。いずれ来るものがいよいよ来た。日ノ本の民もまた、この七年をどうするか定めねばならぬのであろうな」
報道ヘリが頭上を飛んでいる。
いくら日ノ本が隠そうとしても、俺達の存在は知られたのだ。
今は見つめていなければならない。日ノ本の民が、一体何を選ぶのか。
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