8排除


 それからの話は早かった。俺達には武器が与えられ、とうとう、三呂の自衛軍基地を出ることになった。


 もう人間の姿を偽ることもない。

 スレインはその巨体を隠さず、ギニョルも角を生やした悪魔本来の姿。クレールも瞳や髪の色はそのまま、ガドゥも、フリスベルも同じだった。


 防弾仕様のハイエースこそ、島に置いて来てしまったが、宿舎前で与えられたのは、なんと96式装輪走行車。それも黒塗りの断罪者仕様だった。


 備え付けられているのは、76式機銃。下手をすれば、あのハイエースよりよほど使い勝手が良さそうだ。


 宿舎前に集合した俺達の元には、ユエの姉でこちらに取り残されたテーブルズの議員、マヤ・アキノと、護衛のザルアがやって来た。

 頭上には、報道各社のドローンが飛び、フェンスの隙間からは、基地への侵入を制限された記者達が、携帯電話やカメラを向けて来やがる。許可も何もあったもんじゃない。


 シャッター音の響く中、マヤはギニョルと握手を交わした。


「……ギニョル、私は少し後悔しています。こんなはずではなかった」


 日ノ本へやって来た俺達に、テーブルズの議員として、命令の形で断罪を許可したのはマヤだ。結果として断罪者全員を拘束させた責任を感じているのだろう。


「マヤ様、何もおっしゃらないでください。それより今は、我々がこちらでいかに生きて立ち回るかです。善兵衛は手強い政治家ですよ。マロホシの思い通りにもなりにくいことを、幸いと思いましょう」


 慰めの言葉にも、マヤは黙っているばかりだ。俺達に情勢を知らせてくれたのは英断だったが。マロホシの介入を呼び込んだことにも、自責の念があるのだろう。


「姉様、私、できるだけのことはやるよ。こっちしか駄目だって言うんなら、それはそれでやり方が変わってくるんだから」


「ユエ。強いのね、あなたは……」


「マヤ様、私がお支えします。こちらに渡って来た者もおります。お辛くとも望みを捨ててはなりません」


 スーツ姿もたくましいザルアが、マヤの細い肩を抱く。まだ正式には結婚していないらしいが、崖の上の王国の件で実質婚約のようになっている。


 手を取られたマヤは、俺とユエと、断罪者を見比べた。


「……分かっています。みんな、しっかりお願いね」


 腐っている場合ではない。フリスベルも表情から不満を消していた。

 俺達は断罪者として装甲車に乗り込み、スレインも日ノ本の曇った空へと飛び上がった。


 車両の中の会話は少ない。ヤドリギの最初の現場は、三呂ホールという、ポート・レールの駅のふもとにある、展示場だった。


 二階建てと平坦ながら、中は広く作られており、主催のための駐車場や搬入口等も充実している。


 普段なら就活関連のフェアや、商談会、見本市などが開かれるはずの建物は、M2重機関銃やてき弾銃を装備した装輪走行車、また74式機関銃を装備した軽装甲機動車などがものものしく固めていた。


 小隊に一人くらいの割合で、魔力の分かる吸血鬼や悪魔、ハイエルフやローエルフが同行していた。用心のためだろう。


 幕僚長と防衛大臣に話が通っているだけあり、兵士達はすんなりと俺達を中へ通した。

 スレインだけが、飛び上がって建物の屋上へと向かった。


 搬入口から地下駐車場に車を止めると、ギニョルの命令で、ホールへと昇った。


 一階、二階に分かれた展示場には、自衛軍の兵士達がひしめいていた。全て足せば一千人に近いに違いない。


 善兵衛が一万五千人を集めて派兵するというのは、嘘でも大げさでも無かったのだ。


 小隊長や連隊長に話を聞くと、一日前に境界上の植物へ迫撃砲やアパッチのミサイルを撃ち込んだ後、車両と歩兵で突撃を行ったらしい。


 橋を損傷しない範囲で、向こう側が見えるほど激しく攻撃したのだが、突撃した兵士の目の前で樹木や蔦が再生し、結局撤退することになった。


 二次、三次と攻撃を仕掛け、同様に侵入しようとしたが全て失敗。樹の灰や火の粉を浴びたものの、無事戻ってきた兵士を見たハイエルフが、ヤドリギの存在に気づいたそうだ。


 歩兵として攻撃に参加した兵士達には、駐留任務と称してこのホールやほかのビルなどに押し込めてある。


 一階大ホール。白い柱が並ぶ中に、命拾いして、無邪気に無事を喜び合う兵士達の群れ。物珍し気にこっちを見ている奴も居る。


 全体的にまだ若い。高校出たての十代らしいのがちらほら。ほとんどは二十代、年が行ってて三十代。分隊や基地の名誉を背負っているのだろう。


 覚悟は決めてきたのだろうが。人の一人も殺していない、兵士達。こいつらが、樹化して暴れ出すというのか。


 ギニョルはため息を吐いて、フリスベルを振りむいた。


「種の存在は感じるか?」


「ここからでも、わずかだけ。あの中の三分の二ほどは植え付けられています。ヴィーゼルの魔法で枯らすこともできますが、抵抗力のない人間の方々はそれだけで命を失ってしまいます」


 魔力を帯びた樹を枯らす、現象魔法のことか。あれはレグリムの育てた海猿の大鉢にさえ通じたが、そんなもんを食らって耐性の無い人間が生存しては居られないだろう。


 自衛軍にやられた恨みがあるとはいえ。クレールも複雑な表情だった。


「あの首相のことだ。いざとなれば、それをやらせるだろう。あちこちにエルフが居たのはそれも狙いかも知れないな」


「俺たちを呼んだのは、樹化した者達を無事に始末するためだってか」


「なんべんか、戦って慣れてるからね」


 読唇術を心得てそうなのは居ない。俺達の会話を聞いている上官たちは、事情を知っているのだろう。眉一つ動かさず、兵士達の中心に居る。


 体色が緑で、毛のないゴブリンのガドゥは、ジャケットを着ていても目立つ。遠くから写真を撮ってくる兵士を見つめながら、つぶやく。


「後どれくらいで、樹化が始まるか分かるか?」


 フリスベルは兵士達を見渡した。


「まずもって二日。明後日の朝には、樹化が始まってしまいます。樹化の強薬を使った時と同じで、戻れません。種を植え付けた者の意思に従い、この辺りを森にしようとするでしょう」


 エルフ流の正義と美が満ちた、魔力たっぷりの森か。


「外科手術で取り出すのも不可能であろうな。マロホシにも、できないことはあるらしい」


 あいつがヤドリギを取り除けたら、それを盾に日ノ本にさらに色々要求しているに違いない。交渉に来た首相の態度からも、その可能性は低い。


「となると、本体ってのか、種をばら撒いた奴を倒すしか方法は無い、か」


「……ええ。フェイロンドを断罪するしか」


 あいつ、だったのか。もう樹化してしまっているのだろうか。


 それもありうるが、なんでもやるあいつのこと、何かの手段で、まんまと人の形のまま種を作ったのかも知れない。


 後四か所の集合地点を回り、夕暮れが近づくころ、俺達は基地に帰ることになった。


 どこも状況は同じで、ヤドリギを植え付けらえた兵士が、何も知らずに駐留していた。


 それを包囲する戦力は十分にあり、エルフや悪魔など、魔法に対抗できる連中も相当数用意されている。殲滅して、これ以上の被害を防ぐこと自体は、難しくないに違いない。


 結局俺達が何かすることは、日ノ本の計画に入っていなかった。


 重々しく会見した割に、日ノ本政府は、危機に際して断罪者を使ってやった、という実績が欲しいだけのことだったのだ。


 その思惑に乗ってやれば、こちらに取り残されるバンギア人達の扱いは上向く。


 たったそれだけのことが、ギニョルの目指した妥協だったのだろうか。


 装輪走行車の中、俺は向かいに座るフリスベルを見つめた。ローブにマント、杖を携え腰にはコルトベスト・ポケットと予備のマガジン、種の袋――。


 断罪者フリスベルとしての全てを持つ権利を日ノ本から認められながらも、それは全て飾りに等しい。


「……どうにかならねえのかよ。これじゃあ、俺達は着飾った置物じゃねえか」


「騎士くん、でも、もうこれ以上の方法なんてないよ」


「分かってるけど、こんなのは……」


 フリスベルは会話にも参加してこない。ただ茫然としているだけだ。


 最初お飾りの断罪者だったローエルフは、偏狭な同族の断罪のために決意を固めて励んできた。


 その結末が活動すら許されずに封じ込められることなどとは、あんまりだ。


 それに、あの兵士達。このまま樹化が始まったら、被害を防ぐため、何も知らずに仲間から葬られることになるのだ。


 それが、日ノ本を守るためだとしても。

 許される行為ではないと思う。


 ましてや、フェイロンド達と戦うことすらせずに、味方を始末して済ませるなどと。


 俺は黙って拳を握った。怒りのせいか、スラックスの下、右のふくらはぎがむずむずする。


 いや、妙な感覚が昇ってくる。ふとももを過ぎて、腰のベルト、腹――。


「うぁ……!」


 ユエから口をふさがれる。カッターシャツの間、胸元から顔を出しているのは、たくさんの脚を持った灰色のげじげじ。


 こりゃどういうことだ。こいつギニョルの使い魔か。

 全員の視線が俺に集中する。


 フリスベルも含めた全員だ。俺の体に、げじげじを引っ付けたことは、ギニョルの計略の内らしい。


 ユエが俺に頬を寄せ、ひそひそと耳打ちする。


「体にくっつけて部屋に入って。この中は録音と録画がされてる」


 まあそうだろう。俺達を監視し、妙な動きは封じにかかるのが日ノ本の方針。悟られずに連絡するにはこれくらいしか方法がない。


 気色は悪いが、俺はなるべく平然として基地までを待った。


 ここまでやられても、諦めないのがギニョルなのだ。


 しかし、二十三歳の男が虫にまとわりつかれる需要なんて、どこにあるのか、疑問でしかないな。

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