第5話『バズってる!?』


「……ふぅ」


 俺は推しふたりの掛け合いを見て、すこしだけ冷静になっていた。

 いや、感動が混乱を上回った、というほうが正確か。


 姉ヶ崎モネは英語がからっきしだ。

 あんぐおーぐのほうも、ほんのちょっとしか日本語がわからない。


 しかし、意味はわからずとも雰囲気と勢いだけで会話が成立してしまう。

 このふたりのコラボはお互い、なにを言ってるのかわかってないのに通じあったり、たまにアンジャッシュしたりする……そのわちゃわちゃ感が魅力的。


 それが今、目の前で行われているのだ。

 これが興奮せずにいられるだろうか!


《イロハチャン、ワタシの大ファンなの? すごくうれしい》


《わわわわわたしこそありがとうございます! いつもおーぐちゃんの配信に元気もらってます!》


《こっちの視聴者たちが、イロハチャンの英語がすごく上手だってびっくりしてるよ。英語圏に住んでたことあるの?》


《いえ、英語は学校の授業と自習と……あとはおーぐちゃんたちの配信くらいで》


《ほんとに!? それだけでそんなに自然な発音なの? ”マジスゲー”。って、おい視聴者!? ワタシからイロハチャンに乗り換えようとするな! 噛むぞ! ぐるるるっ!》


「はーい、じゃああんまり長引かせてもアレなのでサクサク進めよう姉ぇっ☆ 言ったとおり、イロハちゃんは未成年だから、夜が更ける前にお家に帰さないと」


>>ガチで未成年なのか

>>アネゴの妹と同級生ってことはまだ小学生?

>>小学生でこんなに英語話せるのすごいな


「じゃあ、あたしたちはこっちの回答者席に。んで、この立ち絵を出題者席に配置してっと」


>>かわいい

>>このために立ち絵まで用意したのか!?

>>これ、こないだのお絵かき配信で描いたやつやな


「えっ、これがわたし!? なんというか、かわいすぎるというか」


 配信画面に、真っ白なアカデミックガウンを着た幼女が追加される。

 そのデザインはどことなく天使を連想させる。


 このお絵かき配信は俺も見た。

 たしかお題は『人間を学びに来た天使』だったはず。


「さすがにイチから描く時間はなかったから、あり合わせで許して姉ぇ~」


>>むしろピッタリじゃね?

>>イロハたんマジ天使

>>イロハたんはぁはぁ


「よしじゃあ、いよいよやっていきますか! ここからは進行お願いできる?」


「う、うん。わかった」


 こほん、とひとつ咳払い。ようやく本来の進行に戻る。

 日本語での説明はあー姉ぇがやってくれるとのことで、俺は英語側を担当する。


《最初の挑戦は――》


 しかし、ようやくはじまった本編も波乱続きだった。

 ファンからすればいつもどおりなのだが、姉ヶ崎モネの配信は行き当たりばったりが多い。


 それでも最後はなぜかみんなを笑顔にしてしまう、剛腕なトーク力の持ち主。

 なのだが、巻き込まれる側になってみるとたまったもんじゃねぇえええ!?


 しかも、この悪友にしてこの子あり。

 あんぐおーぐもあー姉ぇと仲がいいだけあって、かなりのイタズラ好きだ。

 あー姉ぇに負けず劣らずのトラブルメーカーだった。


《おーぐちゃん今、ズルしたでしょ?》


《やべっ! ピ〜ヒョロロ〜。な、なんのこと? 知らないなー。ワタシの視聴者もみんな「知らない」ってコメントしてるぞ?》


《今、二窓してそっちの配信のコメントも見てるけど、みんな『知ってる』『バレた』ってコメントしてるよ?》


《ぐるるるっ……厄介な!? アネゴだけなら英語読めないし、チョロかったのに!》


「え? 今、あたしのこと呼んだ? それよりおもしろいこと思いついたんだけど、問題追加しない?」


「ヒィっ!? あー姉ぇの思いつきは毎回、ロクなことにならない! しかもだれにも止められないっ!」


 そんなこんなで最後のほうはもう振り回されっぱなし。

 しかし、ヘトヘトになりながらもなんとか走りきった。


 たった1時間ちょっとの配信だったのにドッと疲れた。

 配信ってこんなに体力を使うものだったのか。


「それじゃあご視聴ありがとうございましたぁ〜。せーのっ!」


「まった姉ぇ〜っ☆」


《”れすと・いん・ぴぃいいいす!”》


「やっと終わった。もう疲れた……お疲れぇ……たー、ありげーたー」


《ぎゃははは! ”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”!》


 そのまま配信は閉じられた。

 なんか最後、疲労のあまり変なこと言った気がする。あんぐおーぐにもマネされてしまった。


「おつかれ〜。イロハちゃんよかったよ、めっちゃ助かったー。ありがとね〜」


《”オツカレサマデシタ”。イロハチャンすごくおもしろかった。ワタシ最後のすごく好き。”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”! ぎゃははは!》


《おーぐちゃん、配信でもいっつもそういうジョーク言ってるもんね。笑ってもらえてうれしい……って、わたし今おーぐちゃんと会話してるぅううう!?》


《今さらでワロタ》


「なんにせよ大成功! トレンドにも載ってたし、記念配信以外だと最近で一番同接多かったかも」


「そう、それはよかった」


 俺はイスの上でぐでーっと崩れ落ちた。

 苦労した甲斐もあった、というものだ。


「っと、そろそろ本当に時間がヤバい。未成年をこれ以上引き止めたら、大人としていろいろと責任が」


《時間? 了解。もっと話したかったけど仕方ないね。イロハチャン、また一緒におしゃべりしようよ》


《うぇっ!? おーぐちゃんとまた!? それはめちゃくちゃうれしい! うれしいけどもぉっ……!》


 ぐぬぉおおおう!?

 俺の中でまたイチ推しと話せるよろこびと、ファンとしての一線を守りたい気持ちがせめぎ合っている。


「はいはい、その話はまた今度ね。イロハちゃん、家まで送るよ。今日は疲れただろうし、助けてもらったお礼はまた後日にゆっくりと」


「助かるよ、あー姉ぇ。……騙し討ちしたことは許さないけど」


「まだ根に持ってる!? べつにVTuberであることを隠してたわけでもないんだけどなぁ。時間ないし、そもそもVTuberを知らないかもだし。わざわざ説明するより、配信者とだけ伝えたほうが混乱しないと思ったんだけど」


「あー姉ぇは、自分が策を弄してよくなった試しがないことを自覚すべき」


 俺は最大限の恨みを込めた視線をあー姉ぇへと送っておいた。

 あー姉ぇはケロッとしており、ちっとも効いてない。こいつめ。


《それじゃあね、イロハチャン》


《じゃあね、おーぐちゃん》


《”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”》


 そこであんぐおーぐとの通話が切れた。

 よほどあのフレーズが気に入ったようだ。


 ぐぐっと背伸びする。

 俺としてはともかく、”わたし”としてはもういい時間だ。


 帰ろう、と部屋の扉を開ける。

 そこに女の影が立っていた。


「ぎゃぁあああ唐突なホラー展開ぃいいい!?」


「あっ、お姉ちゃん! イロハちゃん!」


 そこにいたのはマイだった。

 わ、忘れてた。


「もうっ、待ちくたびれたよぉ~! もう終わったぁ~? じゃあこれから3人でなにして遊ぶぅ~!?」


「いや、帰るけど?」


「がーん!?!?!?」


 マイ、なんて不憫な子……。

 明日はちょっとだけ学校でやさしく接してあげよう、と思った。


   *  *  *


 そして翌日、運命の歯車が動きはじめる。

 朝イチであー姉ぇから着信。お礼の話かな? と俺は電話に出た。


『イロハちゃんがバズってる』


「……へ?」


 スクショを見せられた。トゥイッターのトレンド1位を獲得していた。

 えぇえええええええええ!?!?!?


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