第442話『百合営業』


「どおじでみんな信じでぐれないのぉ~っ!?」


 語ったストーリーを作り話と断定されてしまい、マイは泣きべそをかいていた。

 あんぐおーぐが呆れながら言う。


「普段の行いじゃないカ?」


 それは一理あるかも、と俺もこっそり心中で同意した。

 マイは「んぐっ!?」と怯んだあと、売り言葉に買い言葉であんぐおーぐを煽りはじめる。


「ふ、ふんっ……だぁ~っ! おーぐさん、本当は悔しいだけでしょぉ~? 自分がイロハちゃんの一番だと思ってたのに、マイに取られちゃったからぁ~!」


「お、オマエっ……!?」


「まぁ~、正直マイも……『本当にマイでいいのぉ~?』って聞いちゃったけどぉ~。でもぉ~、イロハちゃんはそれでも『マイが一番』って言ってくれてぇ~」


 しかし、そんな挑発はあんぐおーぐに効かなかった。

 すぐに冷静になって「フンっ」と鼻で笑い飛ばす。


「マイ、残念だがそれはありえないゾ」


 あんぐおーぐの言葉には確信がこもっていた。

 それに追従するように「そうそう」「そうデスヨ」とあー姉ぇとイリェーナもうなずく。


「ど、どうしてそう言い切れるのぉ~?」


 マイがやや怯みながらも問う。

 あんぐおーぐはスッとポケットから手を出し……。


「だっテ――」



「――イロハと本当に付き合ってるのはワタシだからナ!」

「――イロハちゃんはお姉ちゃんと付き合ってるんだもんねーっ!」

「――イロハサマはワタシと婚約中ですからカラネ!」



 あんぐおーぐ、あー姉ぇ、イリェーナの3人が同時に左手を突きつけていた。

 その薬指には銀色の指輪が嵌まっていた。


「「「「……んんん???」」」」


 時間が一瞬止まった。

 みんながシンクロした動きで、身体ごと首を傾けていた。


「えぇ~っと……?」


「なに言ってるんダ、オマエら? イロハはワタシのモノだゾ? この指輪がその証拠だガ?」


「えーっ、ちがうよーっ? お姉ちゃんとイロハちゃんは恋人同士だもんっ。ほら指輪見てー」


「おふたりとも間違ってマス。ついにワタシがイロハサマを射止め、リアルヨメに……」


 マイの声を皮切りに、全員が自分の主張をはじめる。

 しかし、その内容はみんな似たり寄ったりだ。


 と、お互いの指に嵌まったソレをじぃ~っと観察しているうちになにやら気づいたらしい。

 ポツリとつぶやくようにあんぐおーぐが言った。


「あレ? ナぁ、この指輪……もしかしなくても全部同じじゃないカ?」


「たしかにぃ~? デザインが完全に一致してるかもぉ~」


「……ほぇ?」


「ツマリ……今ここにまったく同じ指輪が”4つ”モアル、ということデスカ?」


 あんぐおーぐ、マイ、あー姉ぇ、イリェーナが考え込みはじめる。

 それを横から見ていた俺は彼女らの間違いを訂正した。


「えっ、ちがうよ? 同じ指輪は全部で”5つ”だよ? ほら」


 言って、俺はネックレスにして首から下げていた指輪を取り出した。

 それを左手の薬指に嵌めてドヤーっと見せつける。


「ねっ? これで――」



「――みんな・・・、お揃いだねっ!」



 そう。なんたって、俺はちゃんと・・・・全員分の指輪を用意したのだから!

 その言葉を聞いた瞬間、全員が「ハッ」としたような表情になり……そして、無言になった。


「「「「……」」」」


「あ、あれ? ちょ、ちょっとみんな? 顔が恐いんだけど……。よろこんでもらえると思ったのに」


「イロハ……それ、ワタシと・・・・お揃いの指輪だよナ?」


「うん。みんなと・・・・お揃いの指輪だよ?」


「つまリ……」



「オマエ――”ウワキ”してたのカぁーーーーっ!?」



「えぇーーーー!? う、浮気ぃーーーーっ!?」


「なんで張本人であるオマエが驚いてるんだヨ!?」


 そんなこと言われても……。

 俺は否定しようとして、「いや、待てよ?」と思った。


「たしかに、わたしは単推しじゃない――愛をたくさんの推しに捧げてるから、浮気と言われればそうかも?」


「今、推しの話はしてなーーーーイ! ワタシが言ってるのハ……オマエ、アメリカでワタシと付き合うことになっただロ? つまりワタシが一番最初のカノジョダ! なのニ、そのあとコイツらに告白しテ……」


「へっ? 付き合うって――だれとだれが?」


「……!?!?!?」


 俺の言葉になぜか衝撃を受けたようにあんぐおーぐが固まる。

 いや、ほかのみんなも同じ様子だ。


 えーっと、俺……なにか間違えたかな?

 だって……。


「わ、わたし……おーぐともだれとも『付き合う』なんて言ってない……よね?」


「な……ナぁあああ!? で、でもオマエ……ワタシのこと『愛してる』っテ……」


「う、うん……わたしこんなに大切な”友だち”できたのはじめてで。みんなのことが本当に……わーっ、恥ずかしいからこの続きはナシ! そ、そういうのはふたりきりのときだけだからっ!」


「それにこレ……」


「えへへ……はじめてできた大切な友だちだから、みんなでお揃いのアクセサリーをつけたいなーって」


「よりによっテ、なんで指輪!?」


「だって、いつかの『下ネタ配信』で指輪の話題になったあと、なぜか・・・ここにいる全員が揃いも揃って自分の指輪サイズを送ってきたから」


「言われてみたらこの指輪、いきなり渡されたのにワタシの薬指にピッタリだっタ!? で、でも左手の薬指じゃなくたっテ……」


「みんながサイズ教えてくれたのその指だけだったし。でも渡すならサプライズしたくって」


「おかしいと思わなかったのカ!? それにキスだっテ……!」


「で、でも……」



「――わたしの知ってる仲の良い推し同士は、薬指にお揃いの指輪つけたりキスしたりしてるよ?」



「それは”百合営業”ダぁーーーーっ!?」


 あんぐおーぐが吠えた。

 ほかのみんなも頭を抱えていた。


 あ、あれ……?

 もしかして、俺――なにか間違えた!?

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