第443話『俺のヨメが多すぎる!』
「なっ、失敬な!? 百合営業についてはわたしだってちゃんと理解してるよ!」
言って、俺はあんぐおーぐの指摘に憤慨する。
これでも妄想と現実の区別はつくのだ! まぁ、VTuberに妄想も現実もないけれど……それはそれとして。
「どれだけイチャイチャしていようとも、本当に付き合っているとはかぎらないって! でも逆に言えば……大好きな女の子の友だち同士でならちゅーできるってことでしょ! だからこうしてわたしも――」
「そうだけどそうじゃなイぃいいい!? オマエ、やっぱりなにもわかってないゾ!?」
い、いったいなにが間違っているというんだ!? 俺の理論は完璧のはず……!
イリェーナが頭を抱えながら言う。
「これは完全に盲点デシタ。マサカ、イロハサマの恋愛観がここまで狂っていただナンテ。今ばかりはこのVTuber業界とその特有の文化を恨ミマス……!」
「あのー、もしかして……仲が良くても女の子同士がちゅーしたりって」
「しなイ……こともないガっ! ワタシとイロハがしたのはそーゆーのとは全然ちがうやつだったロ!?」
「えぇえええ~~~~っ!?」
「というコトハ、マイサンの話も妄想じゃなかったわけデスネ」
「だからそう言ってたのにぃ〜! ……あっ、でも考えてみるとマイはVTuberじゃないからその法則は適用されないんじゃぁ〜? つまり本当の本命はマイだけ――」
「……ハぁ、まさか全員がまだオトモダチ止まりだったとはナぁ」
マイの言葉をスルーしてあんぐおーぐがつぶやく。
あのブラックフライデーの日、注文したのは彼女の指輪……だけではなく、全員分の指輪だった。
それがまさか、ここまでの大ごとになるだなんて。
と同時に「なるほど」と納得する部分もある。
みんなが俺にお知らせがないことに驚いていたが、どうやら今日のパーティーを自分との結婚やらお付き合いやらを発表する場だと思っていたらしい。
「……」
でも、そうか……
だったら――これで正解のはずだ。
この結果が一番いいはずだ。俺は間違ってない。
そう内心で自分に言い聞かせ――。
「イロハちゃん……本当にこれでいいの?」
「っ!?」
あー姉ぇに耳元でそうつぶやかれ、ドキッ! と心臓が跳ねた。
俺は動揺して早口になりながら聞き返す。
「な、なに言ってるの良いも悪いもないでしょ」
「……それでイロハちゃんは後悔しない?」
「っ……!」
「いいの? みんなと――”オトモダチ”のままで」
「あー姉ぇ……あ、あははっ。そ、そんなのみんな仲良く友だちでいいに決まってる……でしょ」
俺は笑顔で答えた。
つもりだがうまく笑えた自信はなかった。
「本当の本当に?」
「だ、だから……」
「イロハちゃん、いいんだよ。正直に自分の気持ちを言っても」
なにもかもを見透かしているかのように、あー姉ぇはやさしく微笑んでいた。
ふとしたときに見せる、頼れるお姉ちゃんとしての彼女がそこにはいた。
それでつい心が言葉の形になっていた。
気づくと俺はぽろっと漏らしてしまっていた。
「で、
俺は「ハッ」として急いで口を手で押さえた。
だが、遅かった。みんなにそれは聞こえてしまっていた。
「『でも』……なぁ〜に、イロハちゃんぅ〜?」
「マイ……」
マイが尋ねてくる。
彼女もまたあー姉ぇと姉妹だったことを思い出させるかのような、やさしい表情をしていた。
「イロハサマ、大丈夫デス。みんなイロハサマのことが大好きですカラ……ちゃんと全部受け止メマス」
「イリェーナちゃん……」
イリェーナが俺の背中を押すように言ってくれる。
俺は、俺は……。
「本当に……言って、いいの?」
「……ハぁ〜」
恐る恐る尋ねた俺に、あんぐおーぐが大きなため息を吐いた。
それから胸を張って、笑って見せる。
「イロハ、オマエはもっとワタシたちを信用しロ。ワタシたちはオマエが思ってるよりもずっト――ちょっとやそっとじゃ嫌いになんて絶対なれないくらいにオマエのことが大好きダ!」
「おーぐ……」
「だかラ――」
「――”言葉”にしろヨ、イロハ。それこそがオマエの一番の特技だロ?」
「……っ!」
その瞬間、ずっとガマンしていたものが決壊した。
涙が、言葉が、止まらなくなる。
「わたし……俺……、本当はっ……全部、意味がわかってたっ! わかってて、指輪を渡したっ……!」
「それでぇ〜?」
「最初はだれかひとりを選ぶつもりだったっ! でも、できなかった! だって……みんなのことが同じくらい大・大・大好きになっちゃったからっ!」
「それでそれでっ?」
「だからこそ、だれにも『付き合おう』なんて言えなかった。だって、だれかひとりと付き合ったら……きっと、ほかの人とは疎遠になる。そうなるくらいなら――みんなでオトモダチがいい」
「そレカラ?」
「こんなにも大切な人ができたの人生ではじめてでっ。だから、絶対に失いたくなくてっ……それでっ……!」
「ハぁ〜、もウ……仕方ないナ。……じゃア――」
「――みんなで一緒にイロハと付き合うカ」
「……えっ?」
「オマエらもそれでいいカ?」
「まぁ、仕方ないよねぇ〜」「お姉ちゃんはもちろんオッケーっ」「イロハサマの幸せがなにより優先デス」
「へっ? ……へっ? どどど、どういうこと!?」
「だかラ、今言ったとおりダ。全員一緒に――オトモダチからカップルに昇格ダ」
「……いいの? 本当に? だってみんな、今までずっと『自分が一番じゃなきゃヤダ』って言ってたのに」
「でモ、イロハはワタシたち全員を同じくらい好きになっちゃったんだロ?」
「う、うん」
「じゃア、もう――”ショウガナイ”だロ。全員が一番なんだかラ」
「っ! その言葉……」
「英語の辞書にそんな諦めの言葉は載ってなイ。昔、ワタシはこの日本語が嫌いだっタ……でモ――案外、悪くないかもナ」
人は変わる――あんぐおーぐは暗にそう語った。
俺が変わったように、みんなも……。
こんなことがあっていいのだろうか……?
こんな……幸せなことが。
「み、みんな……ふぇえええんっ! びぇえええんっ!」
俺はみっともなく声を上げて泣いてしまった。
みんなはそれを見て笑い、いつもの調子で会話のプロレスをはじめる。
「ア、でもイロハ(ヨメ)はワタシがもらうからナ。代わりニ……仕方ないからイロハ(恋人)やイロハ(婚約者)は譲ってやるガ」
「ナっ!? イロハ(ヨメ)サマはワタシのものデスガ!? おーぐサンにはイロハ(カノジョ)サマが合っていると思イマス!」
「待ってよぉ〜! マイだって、イロハ(ヨメ)ちゃんは昔からの夢でぇ〜……」
「じゃあ、お姉ちゃんはイロハ(ダーリン)ちゃんをもらうということで決定――」
「「「いや、イロハ(ダーリン)はない」」」
「……ぷっ、あはははっ!」
勝手に新たな俺の概念を作りはじめたみんなに、思わず吹き出して笑ってしまう。
俺は涙を拭いながら言った。
「じゃあ、今日から――わたしがみんなのお嫁さんだね。不束者ですがよろしくお願いします……えへへっ」
「「「「〜〜〜〜っ!」」」」
みんなが身悶えするように手足をバタつかせ……。
そこで俺は「あっ」と大切なことを思い出した。
「でも、わたしはみんなの嫁になれるけど、みんなはわたしの嫁にはなれないよ?」
「ン? なんでダ?」
「だってそのポジションは――推しですでに満席だから」
「「「「……」」」」
「えーっと、みんな……? あれ? もしかしてわたしセリフ選び間違えた? あっ、ちょっ……ぎゃーっ!? 変なところ触らないでー!? イヤーっ、襲われるーっ!?」
そこからまたひと悶着があったりしたけれど……。
俺たちの関係はこうしてついに、ひとつ前へと進んで――。
* * *
そんな幸せムード全開の俺はひとつの問題にぶつかっていた。
それは……。
「うーん。やっぱり付き合いはじめたことファンのみんなにも報告しなきゃダメ、だよね……」
大波乱が起こることは想像に難くなかった――。
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